滅び
研究所。
「所長、終わりませんね。蒼空くんばっかり可哀想ですよー」
「何がだ」
「だから、戦争終わんなくて大変なのにこっちからは蒼空くん一人しか戦ってないんですよ」
「あぁ……」
「もー妃以外に興味はないんですか!?」
「ない」
「即答……少しは蒼空くんにも……」
「なら柚木、お前がいけ」
「何でそうなるんですか!?」
「お前も蒼空を見捨てるのか?」
「まだ死にたくないし……」
「じっとしてても死ぬ時は死ぬ。この技術が発達した時代に戦争が起こってるんだ、建物一つ爆破させるくらい容易だろう」
「うぅ……」
柚木はそのまま黙り込んでしまった。
「戦うのはアイツだけで十分だ」
暫くの沈黙のあと所長は言った。
柚木は突然の声にほんの少し体をビクッ、とさせた。
「どーしてですか?」
そして、いつもの明るい口調で尋ねた。
「ここが狙われた時に戦うやつが必要だからだ」
「そーいえば、そもそも何で蒼空くんは戦ってるんですか?」
「ここの情勢を知るためと力を発揮させるためだ」
「なるほどー流石所長、色々考えてますね」
柚木は感慨深く頷いた。
*
――蒼空は生まれた時から未来が生きる意味が決まっていた。
それは、何かのために死ぬこと。
だから、妃波を守るために自らの命を絶つ事を躊躇ってはならない。
何かとはいえ、自分の愛する者のために命を絶つのではない。所長の愛する者のためにだ。
蒼空は所長に育てられてきた。
所長が救いの手を差し伸べていなければ、生きていなかったかもしれない。
だから所長の言うことに逆らえなかった。
愛する者と離れなければならない辛さ。
それは所長が一番わかってるはずなのに、蒼空は愛する者と引き裂かれてしまった。
まだ死ぬわけにはいかない。
だから戦い続ける。
戦争が終わるまで――。
――ここはどこ?
目醒めた時、一番最初に妃波が思ったこと。
その後気付いた、自分の名前さえもわからないことに。
*
「ヒーナーミー♪」
ハイテンションで妃波に声をかける柚木。
「…………」
「あの日以来、起きてなかったもんねぇ。名前妃波って言うんだよ」
「ヒナミ……」
「そう。で、ここは妃波の家みたいな感じかな」
「ふーん……」
「あ! 所長。妃波目醒めましたよ」
「おお、そうか。妃が……」
「ヒメ?」
「あ、言い忘れてた。この人、所長は妃波のこと妃って呼んでるんだ」
「そう……」
「妃、大丈夫か?」
「うん」
コクリと頷く。
「ああ、六名さん……」
所長は落胆の声で呟く。
「所長? まだ引きずってるんですか?」
「戦争が始まったんだ。妃が危ないんだぞ?」
「……この前の所長とは全然違う。流石妃波……」
柚木は所長と妃波を見て呟く。
「何か言ったか?」
「いーえ、別に何でもないですよ」
柚木は口元を若干緩めつつ否定すると、「では、二人の時間を」と部屋を出ていった。
所長は妃波との会話で気が可笑しくなって、とあることを思い付いた。
それは、妃波増強。
ちなみに余談になるが、それを聞いた柚木は戦争をより一層強めるだけじゃ……と、思ってたりもする。
*
「妃波すまない」
所長はそう言うと妃波の後ろに回り、口と鼻にハンカチを押し付けた。
妃波から力が抜けていく。
そして、すぐ眠りに入った。
「柚木、運ぶぞ」
「あいあいさー!!」
所長が妃波をお姫様抱っこのように抱きかかえ、柚木が戸を開けたりと上手く誘導していく。
妃波にプログラムをねじ込んだ機械と似たような機械に妃波をいれる。
「所長?」
何やら思案しているらしい所長を不思議そうにみている柚木。
「あ、いや、どのくらい強化するか迷っただけだ」
少しだけ焦りが見えた。
だからか、それを隠すように素早くスイッチを二つ押した。
妃波に何かが流れ、悶えているのがありありと見える。
それを見ながら今にも笑い出しそうな所長。
若干震える柚木。
暫くすると何かの流れが止まり、二人の前にスヤスヤと眠る妃波がいた。
――世界はまた一歩、大きく動きだす。