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彩られたおとぎの国


「その国の王子様はとてもかっこよく素敵な人でした」
「私もそんな人に会いたいわ」
「本当。ねぇ、人魚ちゃん聞いてる?」
「あ、ごめんなさい」
 会話をなんとなく聞き流していた。
 えっと、ここどこ? って水の中? でも呼吸出来てる。人魚ってすごい。
「この話好きだからうっとりしていたのよね?」
「もー人魚ちゃんたら」
 お母さんの話を聞いていたはずなんだけど、いつの間にお姉さんの話に?
「うっとりしすぎ」
「つい」
 うっとりしていたわけじやないけど。
 お姉さんたちは笑ってる。
 まぁ確かに王子様と恋とか憧れるけどさ。
「ごめん、ごめん。そんな顔しないの」
「う、うん」
「そうだ、少し空でも見て来たら?」
「そうする」
 頭の中整理しないとどうしていいかわかない。
 上へと泳ぎながら改めて海を見るととっても綺麗だった。そういえば中の景色なんてテレビの絶景紹介とかでしか見たことなかった。今は夜だから、昼間だと光が入ってキラキラしてもっと綺麗なんだろうな。
「よし」
 思い切って海から顔を出してみた。
「はぁ――」
 やっと呼吸できたーって、海の中が苦しかったわけじゃないけど。
 夜空がとっても綺麗。
 人魚姫かー。そうか。お母さんの話聞きながら寝てたの? どこから話してる人変わったんだろ?
 あ、船だ。ここに王子様がいるんだっけ?
 船を見つけた。大きくて立派な船。たしかにお金持ちの船って感じ。
「かっこいいのかな?」
 ちょっと楽しむ余裕が出来てきた。もう六個目だもんね。て、一体いつになったら帰れるの?
「あ」
 王子様登場! イケメン。見られたらまずいから少し移動してそっと様子をうかがう。
 酔いを醒ますために出てきたのか少しふらふらしている。大丈夫かな。
 船が大きく揺れた。
「ちょっとっ!」
 その拍子に船から少し身を乗り出していた王子様が海に落ちた。
 急いで王子様の元へ向かう。
「大丈夫?」
 返事はない。
 どうしよう……とりあえずどこかに運ばなきゃ。海じゃ息出来なくて死んでしまう。
「あ、あそこがいいわ」
 ちょうどいい浜辺を見つけて王子様を運ぶ。
 仰向けに寝かせて、口元に耳を近づける。
「良かった」
 息はしている。
 とりあえず、王子様が起きるか誰かが来るまではいよう。でも見つかっちゃいけないからすぐ逃げられるようにしておかなくちゃ。
 どうしようか考えながら、気づいたら歌を歌ってた。それが自分でもびっくりするくらい透き通るような綺麗な声で。
 これは私というより人魚姫が上手いんだ。
 なんて思っていたら足音が聞こえた。
 誰か来た。そう思って海に戻り、岩場の陰から様子を見守る。
「王子様!」
 可愛らしい声に綺麗なドレス。お姫様かな?どんな顔をしているのか見たいのに見えない。
「王子様大丈夫ですか?」
「ん……」
 わ、王子様が目を覚ました。ゆっくりと起き上がる王子様。
「良かったぁ」
 女の人が勢いよく抱きついた。
 不細工……。おかげで顔が見れたのだけど、本当に不細工で。スタイルいいし可愛らしい声をしているというのに、なんというギャップ。
「あ、ありがとう。君が助けてくれたんだね」
「ええ。隣の国の王女です」
 違う。助けたのは私よ。叫んでやりたかったけどそれでは隠れた意味がない。クリアするには見られてはいけないの。それに本当に姫だったのね。びっくり。
「命の恩人だね」
「そんな……行きましょう。部屋でちゃんと休んだ方がいいわ」
「そうだな」
 王女に付き添われながら王子様は行ってしまった。

   +

 あれから、考えるのは王子様のことばかり。
 どうやら恋に落ちてしまったみたい。トリップしてきて初めてだわこんな気持ち。
 もし、このお話が原作通りに進まなくたって、私はこの世界の人間ではないから、王子様と幸せに暮らすことは出来ない。
 今までだってかっこいい人は沢山出てきた。だけど恋に落ちることはなかった。
 なのに、何で今なの? 神様が与えた試練なの?
 私に現実へ帰らないなんて選択肢ないから、叶わぬ恋。
 この恋心がなければ簡単にクリア出来たのに。
 あ、でも泡になるってことは死ぬってことよね?私死んじゃうのかな……不安。
 気がつくと考えているのは王子様のことばかり。恋ってすごいのね。一旦忘れようと綺麗なこの海を巡ってみたけどそれも効果はなしだった。

「はぁ」
 王子様に会えなさすぎてご飯も喉を通らなくなっていた。
「どうしたの人魚ちゃん」
「最近元気ないわよ?」
 お姉さんたちが心配してくれる。
「私、恋をしてしまったの」
「恋?」
「誰によ」
 興味津々。
「陸の王子様。外に出たとき見た王子様が素敵で」
 こんなこと普通なら恥ずかしくて絶対話さないけど、今は誰かに話さなけば爆発してしまいそうだった。
「あら」
「船上パーティをしていたあの日ね?」
「あぁ大きな船が止まってるの見たわ」
「うん」
「あの日の人魚ちゃんは少しおかしかったわよね? もしかして、運命じゃない?」
「そうね、運命よ」
「でも私は人魚、彼は人間。恋は実らないの」
「伝説って信じる?」
「伝説?」
「そう、この海の禁断エリアにいる魔法使いに頼めば人間になれるのよ」
 ごくり。のどを鳴らす。
「きっと人魚ちゃんなら大丈夫。お姉ちゃんたち応援するわ」
「いつも助けてくれていたものね」
「ありがとう」
「ヘンなのに食べられないように気を付けるのよ」
「はーい」

 禁断エリアという名前からして恐ろしい。殺されはしないかと不安だった。
「ここね」
 入口の前で大きく深呼吸して落ち着かせる。
 大丈夫、王子様に会うために、クリアのために人間になるの。
「わ、冷たい」
 入った瞬間からひんやりと冷たい空気を感じる。
「あのー」
 誰かいないかと呼びかけてみる。
「なんや」
「わっ」
 声が返ってきてびっくりした。
「呼んだん、お前や」
 そう関西弁で話しかけてきたのはイルカさんだった。
「ご、ごめんなさい」
「で、何の用や」
 そうだった。
「魔法使いさんに会いたいの」
「ほー」
「私人間になりたくて」
「何で人間になりたいんや?」
 不思議そうにイルカさんは訊ねた。
「王子様に会いたいの」
「そうか、恋か」
「ええ」
「青春ってええなぁ」
 そうかしら。
「ところで、魔法使いさんは」
「ああ、ごめんやで。お嬢ちゃん可愛いからついな」
「あ、はい」
 急にそんなこと言わないでほしい。可愛いって言われるの慣れてない。
「こっちや。案内したる。このあたりは可愛い子食べようゆー奴らが多いから、気ぃつけな」
「ありがとうございます」
 前を進んでくれるイルカさんについて行く。
「王子はお前さんのこと知らんねやろ?」
「そうです」
 この人……人じゃないけど、何でもわかるのね。
「そうかー人魚って切ないなぁ」
 あ、そうか私が人魚だからか。忘れてた。
「何で見られてはいけないんでしょうか」
「何でやろなぁ。人間と人魚、生きる世界が違うからなぁ」
「……」
 そうよね。
「大丈夫や。心配せんとき。人魚に恋すればよかったとか思てるかも知らんけど、恋してもうたんやからしゃーない」
「ありがとうございます」
 なんだろう関西弁だからか、安心する。
「こんな可愛い子久々やから嬉しいわぁ」
「どんな人がここには来られるんですか?」
 恥ずかしくて話をそらす。
「おばはんが多いかなぁ。肌に気ぃ使ってこーへんかったんは自分やのに、綺麗にしてくださいとかもてたいとかむちゃくちゃ言うねん。あきれるやろ?」
 イルカさんが笑うから一緒に笑った。
「ここやで。あ、ちょっと待っとき。先話して来るわ。ちょっと冷たい人やからその方が安心するやろ?」
「ありがとうございます」
「なんかあったらすぐ叫びや。助けたるから」
 どこまでも優しい人だ。
「はい」
 私を置いて奥へ入っていった。

「おまたせ。話しといたから」
 イルカさんが戻ってきた。
「ありがとうございます」
「もったいないなぁ何か失うなんて……」
 去り際にそう呟いたのが聞こえた。
 中に入ると女の人魚がいた。
「あのっ」
「何」
 振り向いたその表情に殺気を感じ、背筋を凍らせる。
 態度も目つきもあの人とは正反対で冷たい。ここの冷たさはこの人からきているのかな。
「私を人間にしてください」
 怖くても言うしかなかった。
「ふーん、本気なんだ」
「はい」
 だって、進まないから。
「じゃあ、声」
「え」
「その声を私にちょうだい。そしたら人間にしてあげるわ」
 来た。
「……あげます」
「人間でいれる期間は七日。その間に結婚できなかった泡になるから」
 一週間でなんて少ないよ。
「なんか文句でもあるの?」
「い、いえ」
 思ったこと表情に出てたかな。怖い、怖い。
「取引成立。お疲れ様」
 その人は食欲減退色の液体の入った瓶を置いて消えた。
 しばらく見つめた後、意を決して不味そうなその液体を一気に飲んだ。

   +

「……夫、大丈夫かい」
「……」
 ここはどこ? 目を開けてあたりを確認する。
 あの浜辺だ。
「意識はあるみたいだ。良かった」
 そうだあなたは誰? 聞きたいのに声が出ない。だから自分の目で確認する。
「……!」
 王子様だ。会いたかった王子様がそこにはいた。
「どうやら声が出ないようだね。溺れてしまった時に何かあったのかな……とりあえず落ち着くまで家においでよ」
 お礼を言う代わりに深々と頭を下げた。
「気にしなくていいよ。人に助けられてから人を助けたいって強く思ってて。さらに君可愛いから」
 王子様に手を引かれ、お城へ向かった。
 あと七日。王子様と結婚できなければ、私は死ぬ。

 王子様に会えるだけで幸せなのだけれどそうも言ってられなくて。声が出れば簡単なのにその肝心の声が出ないんだから困った。
 紙に文字を書くことも試みたが、字が書けなかった。
 身振り手振り、あと表情でなんとか生活はできた。王子様はすごくて何でもわかってくれた。
「僕さぁ」
 うん。
「最近酔って船から落ちてさ。バカだろ?」
 あれは船が揺れたから。
「で、溺れてさ。でも誰かが助けてくれたんだ。で、歌も歌ってくれてさ」
 知ってる、それ私だから。
「こんな歌だったんだ」
 そう言って王子様が歌ってくれたのは現実でよく聴いていたバラードだった。私、こんなの歌ってたの? 無意識って怖い。
「僕よりもっと綺麗で透き通って美しい声だったんだよ」
 その声を今、聴かせてあげられればいのに。
「その人は隣国の王女でさ……」
 違う。その人じゃない。これ以上話を聞きたくなくて、私は逃げた。
「……」
 自然と溢れてくる涙。こうなることはわかっていたはずなのにどうしてこんなに苦しいの?
 コンコンとドアをたたく音。
「ごめん、いやな話したよね」
 悪いのは私なのに。
「君を抱きしめてあげたい」
 え。
「だけど……、もう出来ないんだ」
 どういうこと?
「もう少し早く君と出会っていたら違ったのかな」
 それって……。いや、聞きたくない。
「明日、来るから紹介するよ」
 悔しくて苦しくてドアを思いっきり叩いた。
「僕が王位継承権を持っていなくて、兄弟がいたなら、一夜の過ちも家を捨てることも簡単に出来たのに」
 何それ。ずるいよ。
「泣くとのどに負担かかるからもう寝て、ゆっくりお休み。声戻したいでしょ」
 もう戻らないよ。あなたと結婚出来ないから。

 夜、城を抜け出した。
 眠れなかったから海が見たくて。お城の中からだって見える場所はあるのだけど、近くに感じたかった。
 砂浜に座って海を見つめる。
 恋ってこんなに苦しいものなの?
「わ、お嬢ちゃんや」
 あのイルカさんが目の前に現れた。
「どうしたん?」
「……」
「そうかそうか寝られへんかったんか。一緒やなぁ」
 何も言ってないのに。
「せっかくの美しい声やったのになぁ。まぁあの人は美しいもんが好きやからしゃーないんかな」
 この人なんなの私を安心させる天才なの?
 勝手に涙が溢れてくる。
「何で泣いてるん!? なんかやなこと言うた?」
 首を横に振る。
 違うよ。言いたくても言えない。
「ならええけど。どうしたんや?好きな人と上手く行かんのか?」
 うん。今度は縦に首を振る。
「そうかぁもう明日がリミットやっけ? なんとかならへんのかなぁお嬢ちゃん可愛いのにそいつは何考えとんねん」
 そうもう明日なの。
「そや、大丈夫やで。泡になんかさせへんから。声も出えへんのに結婚なんて無茶すぎるからなぁ」
 イルカさんは一体何を考えているの?
「絶対助け出したるからな! 確か日付変わるギリギリまでセーフやった気がするからまだまだ時間あるし」
 優しい言葉は涙のダムを決壊させる。
「もーまた泣いてもうた。泣き虫やなー」
 泣かせたのそっちなのに。勝手に出てくるんだから仕方ない。
「とりあえずわろとき。そやないとせっかくの可愛い顔が台無しやで? 自信もたないと」
 笑ってみる。顔ぐしゃぐしゃだろうけど。
「そうそれ! それがあればきっと大丈夫やから」
 頷く。
「じゃあまた」
 イルカさんは海の中へ戻ってしまった。
 けど、助けてくれるってどうやって?

「この人が僕のフィアンセ」
 王子様に紹介されたのはあの不細工な王女。何でこんな人と結婚するのか。
 その疑問はそのあと二人きりになった時に解決した。
「びっくりしたでしょ? 僕もびっくり」
 その発言にびっくりなんだけど。
「全然タイプの顔じゃないんだ。でも声が可愛いだろう? その甘辛にやられたんだよ」
 キャップ萌というやつか。
「それに、父上がうるさいんだ。この人と結婚しなさいって」
 身分がいいからかな?
「そりゃ身分もあると思うけどあの人のタイプだから」
 そう言って見せてくれたのは王様とお妃の写真。失礼だけど確かに可愛いとは言えないお妃だ。
 親のタイプで結婚が決まるなんて……。
「ごめんね」
 頭を撫でてくれた王子様。その王子様も泣いているように見えた。

 零時を回れば私は泡になる。
 お礼のメッセージを残そうと、王子様の部屋に入った。
 カーテンの隙間から見える景色が綺麗でそっとバルコニーに出た。夏だから窓を開けても寒くないしよかった。王子様が起きてしまったら困る。
 海も空も綺麗だ。
「人魚ちゃん!」
 空を見ていたらお姉さんの声がして視線を下に持っていく。
 お姉さんたちがイルカさんと一緒にいた。本当に助けに来てくれたの?
「約束通り来たでー!」
「魔法使いから、あなたのためにナイフをもらってきたわ。これでその好きな人の心臓をさしなさい。そしてその血を足にぬるのです。そうすれば、あなたは人魚に戻れるわ」
「人魚ちゃん!」
 イルカさんの上にお姉さんが乗ってイルカさんがジャンプ。そして上手く私にナイフを手渡した。
 ああ、ついにこの時がきた。
 この人を殺さなければ私は死ぬ。でも殺してしまっては現実に戻れない。どうすればいい?
 だって泡になって天から見守るってそれは死ぬってことでしょ?
 人魚姫の話を思い出して、ナイフを目の前に私は立ち尽くした。
「良かったーお嬢ちゃんにナイフ渡せて安心やわー」
「早く人魚に戻るのよ!」
 この人も相当悩んだのよね。私とは全く違う理由だっただろうけど。愛する人を殺すくらいなら死んだほうがマシっていうのはどういう感じなのかしら。
 死ぬのって怖い。
「何をしているの」
 お姉さんに急かされる。
 もう決めなきゃ。大きく深呼吸する。
「……ごめんなさい」
 恋をありがとう、さようなら。
 そっと彼にキスをした。ヒロインになったつもりで。
 殺せない。
 人殺しなんてしたくないし、なにより私は物語をちゃんと完結させなきゃいけない。
 だから殺せない。
 このまま海に飛び込んだら、私は泡となって死ぬのだろうか。この世界で死んだら、現実世界はどうなるのだろう?
 怖かった。でも、そうするしかなくて、ナイフを投げ捨てた。
「痛っ」
 投げ方が悪くて少し腕を切ってしまったけどそんなこと気にしていれない。
 思いっきり海に飛び込んだ。
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