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彩られたおとぎの国


「……、赤ずきん」
 誰かの声でハッとした。
 ここは?
「赤ずきん大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
 顔を覗き込まれて慌てて返事をする。
 今度は赤ずきんなのね。考える時間がないのは大変。わかりやすい名前で良かった。
「ならいいけど、本当におばあちゃんのお家一人で行けるかしら。しんどくない? 無茶はだめよ」
「……大丈夫。楽しみで色んなこと考えていたの」
 ふと胸元を見るとピーターからもらったネックレスがあってびっくりした。
「そう。そうやってボーっとしてたら危ないから気をつけるのよ」
「うん」
 また話を聞き流してしまったけど、なんとか誤魔化せた。おばあちゃんの家にジャムを届けなきゃ話は始まらない。
「じゃあ、このイチゴジャムとラズベリージャム、それからこのリンゴを届けてちょうだいね」
「はい」
「重たいけど大丈夫?」
「大丈夫よ」
 私はお母さんから届け物の入ったかごを受け取る。
「――じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 私は家を出た。ちらつく雪で今が冬であることを知った。

「やっと森についた……て」
 何も考えず、なんとなく、歩いて森に来た私だったのだけど、気づいてしまった。
 おばあちゃんの家、どこにあるか知らない。
「はぁ」
 立ち止まってため息をつく。そして森の入口を眺めた。ここであっているのか。
 この事実に出発前に気づいたところでどうしようもないのだけれど。だって不自然でしょ? おばあちゃんの家がわからないなんて。
「でも、」
 勘っていうか無意識っていうか、本能がここって言ったんだから合ってる。そう信じる。
 再び私は歩き出した。
 けれど、やっぱりおばあちゃんの家がわからないまま歩くのは果てしないし、この森じゃ迷子になってぐるぐる回るだけになりそう。
「うーん」
 どうすべきかと必死に思案する。
 とりあえず昔読んでもらった『赤ずきんちゃん』の話を思い出そう。
「……」
 一生懸命頭を巡らせる。
 そんな説明あったかな。絵本以外にも図書館で童話集読んだことがある気がする。
「……あ!」
 風車の見える家だ。
 なんとか思い出した。
 そうであってほしい。そう思いながら辺りを見渡す。森の中じゃ見えにくい……あった!
「良かった」
 木々の隙間からちらりとそれらしきものが見えた。
「何が良かったんだい?」
「おばあちゃんの家の風車が見えたの……」
 て、誰?
 何も考えず返事してしまった。嬉しかったからつい。
 恐る恐る声のした方を見ると、そこにはオオカミがいた。
「……」
「どうしたんだい? わからないなら俺様が案内してあげるけど」
「いいえ、大丈夫よ。もう何度も行ったことがあるから一人で平気よ」
 早くこの場所から、オオカミから、逃げなくちゃ。
「そうかい。残念だよ。可愛い子と一緒にいれるなんてそうそうないからな」
「可愛い?」
 私が?
「頬が火照っているよ? 照れてる姿も可愛いねぇ」
「照れてない」
 オオカミに口説かれたって何にも嬉しくない!
「素直じゃな……」
「じゃあ、ごきげんよう」
 話を遮り一礼して、私は逃げた。
「はぁ、びっくりした」
 こんなところで食べられるわけにいかない。
 さっさとおばあちゃんの家に行かないと。
 暫くは何事もなかった。
 しかしやつは再び現れた。
「やぁお嬢さん。また会ったね」
「偶然ね」
 絶対偶然ではない。顔がニヤニヤしているのでバレバレである。
「お嬢さんはお花好きかい?」
「いいえ」
 面倒なことが起こりそうで嘘をつく。
「お花はとってもいいよ」
「そうね、でも花粉症だから好きじゃないの」
 適当に理由を述べておく。
「一緒にお花摘みに行こうよ。花粉からは俺様が守る」
「そんなの無理。それに早くおばあちゃんの家に行きたいの」
「おばあさん、お花喜んでくれるんじゃないかな?」
「しつこい」
「ほらこっちだよ」
 手を引っ張られる。
「ちょっと放してよ、私は行きたくない」
 どうして結局こうなってしまうのか。最悪だ。
「ほら、きれいだろ?」
 チューリップとバラで辺り一面埋めつくされている。確かに、綺麗ではある。しかし今は冬だったはず。
「……」
 メルヘンなんだから何でもありよね。オオカミには返事もせず、自己解決した。
「ほら、これとか似合うよ?」
 オオカミは一輪のバラの花を指さす。
「とってもきれいだろう? でも、君の方がきれいでおいしそうだよ」
 囁くようなつぶやきに背筋が凍る。
「いただきます」
 律儀な挨拶が聞こえて振り返ればオオカミが大きな口を開けていた。
 やばい!
「痛ってえええ」
 咄嗟に避けた後聞えたのはオオカミの悲鳴。
それによりバラの上に倒れ、棘が刺さって痛いみたい。
「うわっ」
立ち上がったオオカミを見てびっくりした。
血だらけ。小さな棘も数集まれば脅威になるのね。あぁ恐ろしい。
「だ、大丈夫?」
 さすがにこの状況無視はできない。
「平気だよ。だって君が……いや、何でもない。鑑賞を邪魔したね。さぁお花をお摘み」
 あぁ、こんなに怪我をしてもまだ私を食べるつもりなんだ。強欲すぎる。
 にこやかな笑みが怖い。
「ありがとう。でももう行かなくちゃ。さようなら」
 逃げた。あいつ驚いていたような気がするけど、何を根拠に食べられる自信があるのだろうか。

 風車の位置を見失いそうになりながらも私は歩いた。ジャムのビンが重くて一度休憩したけれど。
見えているのにこんなに遠いなんて。この森は一体。
「きゃっ」
 何かが飛んできた。
 地面に落ちたのはジューと音を鳴らす石。もしかして焼け石? 確認することが出来ないけど多分そう。水があればかけて確認したんだけど。
 頭巾被っていて本当に良かった。
 しかし誰が?
「お嬢さん大丈夫かな?」
 出た。この声はオオカミだ。
「あなたがやったの?」
「なんの話だい? 俺が君を傷つけるとでも!?」
「ええ」
 食べるために手段は選ばないってところじゃないの。
「俺はきれいな君にしか興味ないんだよ!?」
 いや、そんな熱く訴えられても困る。
「綺麗なまま食べるの?」
「そうだよ……おっと何を言ってるんだい?」
 あーバレバレなのに私を食べようとすること隠すんだね。
「そう、ごめんなさい。間違ったことを言ったわ。じやあ」
 さっさと行こう。こんなところでオオカミを構っている暇などない。
 目の前には分かれ道だ。んー右でいいか。
「待って」
「何?」
「そっちよりこっちが近道だよ」
「そうありがとう」
 嘘を教えている気がして教えてくれた方には行かなかった。

「寒い」
「温まっていくかい?」
 呟くと声が返って来た。
 声がした方を見るとおじさんが焚火で暖を取っていた。
「あなたは?」
「しがない猟師だよ。お嬢ちゃん一人かい?」
「ええ、これからおばあちゃんの家に行くの」
「赤い頭巾……そうか……」
 ぼそぼそと何かを言っている。
「どうかされました?」
「何でもないよ。さぁおいで」
「お言葉に甘えて」
 切り株の椅子に座って火に当たった。
「何を狩るの?」
「色々だよ。今はオオカミを狙ってる。なかなか逃げ足が速いんだ」
 あのオオカミかしら。
「さっき、オオカミに話しかけられたのだけど」
「本当かい」
「ええ、しつこくて逃げるの大変だったわ」
「珍しいな。どこで会ったんだ?」
「最後に会ったのは手前の分かれ道だけど」
「ありがとう!」
 銃を持って走り去ってしまった。まだいるといいけど。
 もし、仕留められなかったら? おばあちゃんの家に来るわよね? 近道とか教えてくれたのは自分が先回りするつもりで……早く行かなくちゃ。
 名残惜しかったが諦めておばあちゃんの家へ急いだ。

「やっとついた」
「おばあちゃん、赤ずきんよ」
「おはいり」
 しまった遅かった。中にいるのはオオカミだ。
「どうしたんだい?」
 助けなくちゃ。
「なんでもないのよ」
「そうかい」
「おばあちゃん。大きな耳ね」「目も大きい」「このごつごつした大きな手どこかで見たことあるわ」「その口は私を食べるためでしょう?」
「な、なんで」
「その声、よく覚えてるもの」
 どうやっておばあちゃん助けようかしら。
「あ!」
「?」
 何としたことかオオカミが指差した先を見てしまって、その隙に丸飲みされてしまった。
 気持ち悪い。真っ暗。
 おばあちゃん寝てるし。
「助けて!」
 仕方ないから叫ぶことにした。
「助けて!」
そしたら猟師さんが助けてくれた。
「また会ったね」
「ええ」
 お腹を切られたというのにぐーすか寝ている。
 バラの棘で血が出てたのに今は出ていない。さすがメルヘン。
「石を持ってきておくれ。ここに詰めるから」
「はい」
 外に出てて石を拾った。その拾った石をお腹に詰めた。それをおばあちゃんが縫って閉じた。
「起きた時が楽しみね」
 三人で隠れた。
「ふぁああああ」
 起きたオオカミはお腹の重みを疑うことなく外に出た。
 そして転んで頭を打って死んだ。
 あっけなく死んだ。
「いい毛皮が手に入ったそ」
 喜ぶ猟師さん。よかったね。
「おばあちゃん、風邪は大丈夫?」
「なんだか治ってしまったよ」
「それはよかった。持ってきたジャムとリンゴ食べよう?」
「そうだね。寒いから暖炉で温まらんとね」
「うん」
 暖炉の火にあたって体を温めながら、リンゴとおいしいパンケーキを食べた。
「お母さんが心配するから、もう帰りなさい」
「うん」
「送って行くよ」
 私が立ち上がると猟師さんも立ち上がった。
「もう帰ってしまうのかい?」
 おばあちゃんが切なそうに猟師さんを見つめる。
「また来るさ」
 ん? ここは何か愛が生まれているのですか?
「本当かい?」
「ああ」
 そう言えば助けに来るのが実にスムーズだった。年の差恋愛か。この猟師さんおばあちゃんよりは若そうだし。
「じゃあねおばあちゃん」
「また来るよ」
「二人とも待ってるわよ」
 寂しそうなおばあちゃんに手を振って家を出た。
「おばあちゃんと付き合ってるの?」
 帰り道、気になったので聞いてみた。
「愛し合っているのさ」
 ミュージカルみたいな熱い言い方。
「楽しい?」
 聞かなくてもわかるんだけど、聞いておこう。
「情熱の燃える恋! とっても楽しいよ」
「そう」
 聞いといてなんだけど暑苦しい。
 そのあとはテキトーにおばあちゃんとの恋を聞き流した。
「じゃあここで。気をつけて帰るんだよ」
「ええ、ありがとう」
 早歩きで森を抜けた。

   +

 家に着く頃には夕日が眩しくなっていた。今日は一段と色が濃い。
「ただいま」
 玄関の戸を開けてやっと帰ってこられたと感じた。帰り道は邪魔なくスムーズだったけれど。
「帰りが遅いから心配したのよ」
「ちょっと色々あって、オオカミとか」
 思い出すだけで疲れる。
「オオカミ?」
「そう、しつこく付きまとわれたの。食べられるかと思ったけど……食べられたけど平気だった」
「よかった」
 本当生きてて良かった。死んだら現実に帰れない。
「おばあちゃんはどうだった?」
「おばあちゃんもその事件で元気になったわ」
「よかった。疲れたでしょう? 大好きなお話聞かせてあげるわ」
「聞きたい!」
 疲れたから心地よく眠りたい。
 
「あるところに、とってもかわいいお姫様がいました。そのお姫様は――」
 絨毯の上に座ってお母さんの話に耳を傾けた。
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