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彩られたおとぎの国


 月明かりと物音で目を覚ました私がいたのは、布団の中ではなくベッドの中だった。
 トリップしたことはすぐに分かった。もう慣れた。影が見つからないと泣いている少年が物音の犯人で、この話が『ピーター・パン』だと気付くことが出来た。
 だから今の私は多分ウェンディ。
 間違っていたらどうしようと不安だったが、少年は私の想像……昔アニメで見た姿とほぼ同じだった。記憶が反映されているのか、本当にこの姿なのかはわからないけれど「ピーター・パン」と名乗ったので、この話が『ピーター・パン』ということが確定した。
 泣いているピーターを宥めながら影を縫い付けた。実際にこんなことが出来るなんて信じられなかった。けれどやるしかなった。
「よし、出来た」
 無事に縫い付け終了。
「ありがとう、ウェンディ」
「いいえ。どういたしまして」
 良かった。上手く出来て。
 影が縫えるというのもすごいけれど、それを糊でくっ付けて生活したというピーターもすごい。そりゃ落とすわ。
「そうだウェンディ」
「何?」
「一緒に来てくれないか」
「一体どこへ?」
 思わず聞いてしまったけれど行先はわかっていた。
「僕らの国、ネバーランドさ」
「ネバーランド?」
 話を聞きつけて弟のジョンがやって来た。
「そう。僕ら子どもだけの世界。永遠の子どもの国さ」
「だったら僕たちもいける?」
 目をキラキラさせてピーターを見るジョンとマイケル。
「もちろんさ」
「やったー」
「でも……」
 弟たちのように純粋に嬉しいとは思えなかった。幼い頃、行きたいと思ったし憧れた。でもいざ行くとなると怖い。帰ってこられなく気がして。
「お願いだ。今、君が必要なんだ」
「どうして?」
「男の子しかいないんだ。それにみんなお母さんを必要としている。君にお母さんになってほしい」
「そんなこと急に言われても……」
「君なら立派な母親になれるよ」
 子どもの世界で母親になるって不思議な感じ。
「行こうよ、お姉ちゃん」
「行きたいよ」
「じゃあ……」
 弟たちにせがまれて行くことを決めた。そもそも行かなければ話が進まない。
「ありがとう」
「でも、どうやって行くの?」
「これで空を飛んで行くんだ」
 ピーターはポケットから小さなビンを取りだした。そこにはめいっぱいキラキラした粉が入っていた。
「わー空飛べるの?」
「そうさ、この粉を振りかければ誰だって空を飛べるようになる」
 そう言ってピーターは粉を私たち三人に振りかけた。
「さぁ、飛んでごらん。大丈夫。家の中なら安心だろう?」
「そうね」
「わーい、本当に飛べたよ」
「……夢みたい」
 本当に飛んでる。部屋の中をぐるぐる飛び回ってる。
「夢なんかじゃないさ。さ、ついてきて」
 ピーターに言われるがまま、窓から空へ飛び立った。

 わかってはいたけどネバーランドは遠くて、途中何度も睡魔に襲われた。マイケルなんて器用に寝ながら飛んでたんじゃないかって思う。
「もうすぐだよ」
 そう言われて抜けた大きな雲の先は別世界だった。
 綺麗な海が広がっていて、森があって、そう大自然。
「ここが……」
 息をのんだ。
「そう、ここがネバーランド」
「すごい所ね。とっても綺麗」
 若々しい草の匂い。海が煌めくのは綺麗な証。
「気に入ってくれて嬉しいよ!」
 宙を自由にくるくると飛び回るピーターの軽やかな動き、若いって素晴らしい。て、言いたくなるような開放感がここにはある。
「まず僕の家に案内するよ。疲れただろう」
「えぇ」
 その時だった。ピーターの腰に挿していた剣が落下して私たち姉弟が網に捕えられたのは。
「な、何?」
「一体誰……ティンク!?」
 ピーターの視線の先には妖精がいた。ティンカーベルだ。
「どうしてこんなこと」
「……」
「お願いここから出して」
 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「今助けるよウェンディ……あ」
 ピーターは腰に手をかけて剣が落されていたことを思い出したみたい。
「くそっ」
「落とした場所がわからなくならないうちに探しに行って、ピーター」
「絶対助けるから」
「うん」
 そうだティンカーベルに話しを……と、思ったがものすごく怒ってる様子で網を引っ張っていて何も言えなくなった。一体どこに連れて行かれるの?
 もし抵抗してこの網から解放されても何も知らない場所でどうしていいかわからない。何もせず向かった先でピーターの助けを待つ方が賢明な選択だと思った。

 連れて行かれたのはジャングルの中、陸の上にある船だった。多分フック船長かなって思ったらその通りだった。
「ハーッハッハッ。ピーターのやつ剣探しに戸惑っているのか? 愚かなやつめ」
「さすがフック船長です」
 何がさすがよ。
「どうしてこんなことをするの?」
 柱にロープで括り付けられた私たち。
「ピーターが邪魔だからに決まっているだろう」
「じゃあどうしてティンカーベルまでこんな事をするの? ピーターが邪魔なの?」
「いいえ。ピーターが邪魔なのではありません。貴方が邪魔なのですよ」
「私が?」
 初めて会ったのよ?
「そう。それをワシが利用したまで」
「なんで」
「ご存知ない? 彼女はピーターが好きだから、他の女がピーターのそばにいるのは許せないのです」
「嫉妬、ね」
 めんどうなことになった。私はこれっぽっちもピーターに気なんかないのに。あの私を必死に助けようとするピーターの姿見てるから何言っても信じてもらえなさそう。ピーターが否定してくれないと無理ね。
「船長、こいつらどうしやす?」
「うむ……ん? なになに……はりつけか。それは面白い」
 ティンカーベルの耳打ちにフックはニヤリとした。
「面白くないよ」
 ジョンが怒る。
「はりつけてどうするの?」
 まさか火炙り?
「あの先に見える沼の主にくれてやる」
「……」
 森の奥に沼が見えた。
「もしかして、あのヘドロ?」
「そうだ。あそこにセロリと小松菜の次に女が好きなカッパがいる」
「ちょっと待って意味わかんないんだけど、カッパってキュウリが好きなんじゃ……」
 違う、そこじゃない。自分の発言につっこむ。
 色々ツッコミたいことがありすぎて。とりあえずファンタジーだから何でも受け入れられるわけじゃない。
「カッパが恐ろしいかそうか」
「誰もそんなこと言ってない」
「スミーはりつけちゃって」
「はいはい。わかりましたフック……」
 スミーの動きが止まった。
「そうはさせないぞ!」
「ピーターだ!」
 そうピーターが助けに来てくれたのだ。
「くそっ、いいところできやがって」
「助けにくるのが遅くなってごめん。ティンクもこいつらに脅されていたんだな」
「……」
 黙るティンカーベル。この子本当に喋れるのだろうか。
「こいつはなぁ……おい! 小僧その女は……」
「フック船長の大好きなワニですよ」
 フックの怯える原因であろう女の人はリアルな時計のデザインされたTシャツを着ている。この女の人がワニなの?
「久しぶり。会いたかったのよ?」
「す、好きじゃない。近づくな、どっかいけ」
「寂しいこと言わないでよ。傷つく」
「頼むから来ないでくれ」
 後ずさって行くフック。
「スミーなんとかしろ」
「そう言われましても」
 その間にピーターが縄を解いてくれる。
「よし、上手くいった」
「ありがとう」
「ありがとうピーター」
「あの人はワニなの?」
 人間の姿しているんだけど。
「そうさ。フックのことが好きなワニさ」
「フックはワニが嫌いなの?」
「ああ」
 そんな話聞いたことあるけれど、腕を食べるなんて人間でそんなこと起こるわけないし、何があったのかな。
「ギャーー」
 響き渡るフックの叫び声。
「捕まったみたいだね。これで安心して帰れるよ」
「う、うん……」
 たしかに、フックがワニに拘束されている以上私たちを襲ってくることはない。安心して帰れる。だけど。
「どうした?」
「気になるの。どうしてフックがワニのこと嫌いなのか」
 モヤモヤとする原因はわからないけど、帰っては行けない気がして時間引き延ばしのためにも話をきこうと思った。
「それはですねぇ――」
 スミーが詳しく教えてくれた。
 昔、ピーターとフックが戦っていたときのこと。近くを通りがかったワニがフックに恋をして声をかけたせいで、フックに隙が出来てピーターに腕を切られてしまった。ワニのせいで腕を切られた。だからフックはワニが嫌い。それからそのとき、フックは腕に時計を着けていたからワニが「私がフックの腕になる!」とか言って時計のTシャツ着てるらしい。しかも本当に時を刻んでてチクタクと針の動く音がする。
 そりゃあ恐怖に思うのも無理ない。一緒にいたいからってそんなの怖すぎる。付きまとわなければここまで嫌われなかったかもしれないのに。でもそもそもピーターが腕を切らなければ上手くいってたかもしれないよね?
 幸せになってほしい。
 これだ。二人が余りにかわいそうだから帰りたくなかったんだ。
 涙ながら話すスミーにもやられてしまって、余計なお世話だけど、私は決めた。これも何かの縁だから二人には絶対幸せになってもらう。
「あのっ」
「あぁもう帰りたいですよね」
 ハンカチで涙を拭うスミー。
「違うの。あの二人をくっつけたいの」
「……!?」
 驚く一同。当然だ。
「本気ですか?」
「ええ本気」
「でもどうやって?」
 そうだ、どうすればいいの。肝心なこと考えてなかった。
「とりあえず二人を呼んできましょう」
「よろしくお願いします」
 話し合いなんかで二人は仲良くなれるの? そもそもちゃんと話しをしてくれるかどうかもわからない。
 自分がどれだけすごいことをしようとしてるのかに気付いて震える。弟たちの行きたがってたジャングル行った方がよかったのでは? と思ってももう後には引き返せない。
「連れて来ましたよ」
「フン。これ以上何をするというのだピーター」
「僕は何もしないさ」
「あら、じゃあ何かしら」
「二人に仲直りしてほしいの」
「ハァン?」
「まぁ素敵」
「どこが素敵だ」
「とても素敵じゃない。ねー仲良くしましょ? 私はただあなたが好きなだけなのよ」
「それが気持ち悪いんだ」
「そんなこと言わないでよ」
 もしかして意外といい感じなのでは? 痴話喧嘩というやつに見える気がする。
「ねぇピーター」
「どうした? ウェンディ」
「多分なんだけどね」
「うん」
「あの二人お似合いだと思うの。というよりももう仲良いんじゃないかなって」
「えっ」
 ピーターにはどう映ってるのかな。恋愛経験あるのかな。いや、そこは私もないけど。
「フックは自分の気持ちに気付いていないだけだと思うの」
「なるほど。ウェンディはすごいね」
「そうかな?」
「フック、お前はワニのことどう思ってるんだ」
「どうって最低最悪だよ」
「どの辺が?」
「ワシの腕を……切ったのはお前だ。しかしそうなったのはこいつのせいだ」
「でもそれってフックがワニを見たからでしょ? 声がしてピーターは見なかったけどフックは見たんでしょ?」
「……」
「私のこと好きってこと?」
「誰もそこまでいってない。お前はすぐ飛躍する」
「えー違うの?」
「違う。でも……」
「でも……?」
「気になっていたのはたしかだ。声をかけられる前から気になっていた。かけられて浮かれてしまった。それは認める」
 そこまで認めたら十分だと思う。
「ということは」
「私と両想い!」
「だからだれも」
「これって好きな女の子には素直になれなくて、悪戯したり思ってもないこと言っちゃう系の男子と同じ」
「何それ」
「ううん。なんでもないよ」
 ピーターにはわからないわよね。ここは別の世界なんだから。
「とりあえず、最低最悪はフックの思い込みってことだね。両想いにはこれからなっていけばいいんじゃない?」
「そうね、ありがとう」
「……フン」
 うらしやましい。私も愛し合う人がほしい。
 吹き抜けるさわやかな風。
 私とってもいいことしたわ。
 ワニさんとフックが長年の誤解を解いて両想いになるなんて!
 そんな気持ち。なんだけど、別にこの世界をクリアしたわけではなくて、人の恋より自分がしたい。
「ウェンディ、行こう」
「どこへ?」
「決まってるだろ、僕たちの家さ」
 ピーターに手を引かれ、ティンカーベルに邪魔されながらピーターの家へ向かった。

   +

 それから私は子どもたちに懐かれてしまって、帰るに帰れなくなっていた。
 自然豊かな生活も悪くないって言いたいところだけど、豊かとかそういう次元じゃないの。ずっと生活なんてしんどい。便利な生活に馴れすぎていたからなのかな。

「ウェンディ、ずっとここにいてくれないか」
 あるときピーターにそう言われてハッとした。
「私、帰らなくちゃ」
 ずっとここにはいられない。
「どうして」
「あなたとは住む世界とは違うのよ」
 全然違うの。
「あっちなんかより楽しいだろ?」
「確かに楽しいわ。でも違うの」
 ここで物語をやめて一生を過ごす勇気はない。
「でも、君ならそう言うと思ったよ」
 ピーターは乾いた笑いを浮かべてポケットに手を入れた。
「これ、僕たちの出会いの印に」
 ポケットから手を出すとそこにはネックレスが握られていた。木の皮で作った紐に押し花された四つ葉のクローバーが付けられている。
「ありがとう」
 受け取って首から下げてみせる。
「似合う」
「良かった」
 ピーターはさわやかなイケメンだからこんなことされたら普通恋に落ちる。けれど、ティンカーベルがチラついてどうも一方踏みとどまってる。それでいいんだけれど。帰れなくなってしまうから。


 残念がる弟たちを連れて、私はネバーランドを離れた。
 この雲を抜ければ、戻ってしまう。
 私にとっては本当の現実でないけれど。
 一度深呼吸して雲から出た。
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