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彩られたおとぎの国


 気がつくと真っ暗で何も見えない場所にいた。分かるのは揺れてることだけ。
 多分クリアして別の世界に来たんだ。クリアには少し中途半端だったような気がするけどそんなものかな。しかし次は何の話だろう。検討もつかない。
 そういえば、私がいなくなったあとの世界は一体どうなっているのだろうか。少し気になる。
 それより、またキスし損ねた。実は記憶がないだけでしてたりして……って別にしたかったわけじゃないよ。キスしたことないからちょっと気になっただけ。
 自分の唇に触れてみるが思い出すような感覚はない。ただ、キスの前王子様に抱きしめられたぬくもりはある。
 キスでクリアってどうにかならないのかな。
 もう一度言うけどキスしたいわけじゃないよ。

 急に眩しくなって目を開けると、どこかの家だった。
「じいさん、これは」
「可愛いおなごじゃのぅ。オレンジからこんな可愛い子が生まれてくるとは」
「こんな大きなみかんだからたくさん食べられると思ったのに。おかしいと思ったんですよ、川からオレンジなんて」
「こらばあさん。真面目に洗濯したり芝刈りするわしに神様が恵んで下さったんじゃ感謝せねば」
「そうですね、じいさんじゃ子ども産めませんからね」
 一体この人たちは何なのだろう。
 会話から察するに私はおじいさんが洗濯中に川で拾ったオレンジにいたんだ。でもなんでみかんじゃなくてオレンジ?
 服は着物。体が小さくなったりしてる様子はない。
 みかんから生まれるなんて聞いたことがない。いや、待って。川に流れていた桃から生まれるって話あったよね。あれのオレンジバージョンってこと? 赤ちゃんでもないけど。
 少ない情報でなんの話かわかった自分に感心する。
「ばあさん名前どうしようか」
「好きに決めればいい」
「じゃあミカン。ミカンちゃんじゃ」
「そのままじゃない。センスないわねぇ。まぁいいけど」
「……」
 ここはオレンジじゃないんだ。でもまぁ桃太郎もそうだもんね。そのままだもんね。
 しかしおじいさん完全に尻にひかれてる。洗濯してたし。いや、もしかしたらおばあさんが夫の関白なのかもしれない。
「ミカンちゃん、おいで」
「……」
 おじいさんの方へ歩くと抱きしめられた。
「嬉しいよ。ばあさんとの子どもが持てるなんて本当に嬉しいよ」
「じいさん……」
 感動的な雰囲気だけどどうしたらいいの私。
「これから三人幸せに暮らそう」
「うん」
 涙目な二人に戸惑いながらとりあえず頷くしかなかった。

   +

 一緒に生活してわかったことは、料理以外の全てをおじいさんがやっているということ。出会った時の会話でなんとなくわかってはいたけど、掃除、洗濯、畑仕事……。川や山にも行かなければならないので、私がシンデレラだった時より過酷なことをしている。
 二人から「女の子は何もしなくていい」と言われたけどすることもないので手伝うことにした。なんてことないのに、おじいさんは「なんて親孝行な娘だ……」と泣いていた。
 温かい家庭だった。ちゃんと家族だった。シンデレラや白雪の時は周りと距離を感じていたけど今は感じない。
「ミカンちゃん、お団子作ったから休憩しましょう」
 おばあさんが部屋を掃除中の私を呼んだ。
「はーい」
 掃除を中断して手を洗い、縁側へ向かう。
 そこでおばあさんと庭の綺麗な紅葉たちを見ながらお団子を食べた。秋だなぁ。
「綺麗だね」
「今年は一段と綺麗なのよ」
「へーそうなんだ」
 紅葉は山に見に行くイメージだったからこうやって庭でゆっくり見るのは意外。
「お団子おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「よかった」
「おじいさんにはあげなくていいの?」
 二人だけで休憩してていいのかな。
「別に気にしなくていいの。お腹がすいたら勝手に帰ってくるから」
「そうなんだ」
「優しいわねミカンちゃんは」
「そうかな?」
「すみませんー!」
 玄関の方から男の人の声。
 おばあさんと玄関に行くとそこにはイケメンがいた。
「……かっこいい」
「あ、初めまして。太陽です。君は?」
「初めまして……ミカンです」
 こんなキラキラネームみたいなダサい名前名乗りたくないんだけど。彩波って言う可愛い名前なのに。
「可愛いね。よろしく、ミカンちゃん」
「は、はい!」
 可愛いって言われて声が上ずってしまった。
「太陽くんどうしたの?」
「あぁ、最近金柑鬼がそばの町まで来ているようなので気を付けてください」
「金柑鬼が!?」
「あの、金柑鬼って?」
「オレンジ色した鬼だよ。皮膚は金柑の味がするって聞いたことあるよ」
 皮膚が金柑の味ってどういうことなのよ。舐めたことある人でもいるの?
「金目の物と女性を片っ端から狙ってるようだから、二人とも気を付けるんだよ」
「ええ」
 怖いな……。その鬼をきっと倒さなきゃいけない日が来るんだよね。私に倒せるのかな。

   +

 太陽くんの家へ招かれた。
「ミカンちゃん、紹介するよ。俺の愛する妹、夕陽」
「初めましてミカンさん。夕陽です」
「よろしくね夕陽ちゃん」
 兄妹らしい名前。兄のどことなくチャラい感じとは全然違ってとてもおしとやか。
「お兄様、あの話を聞かせて」
「またかい?」
「ミカンさんは初めてよ。聞かせてあげたいの」
「わかったよ」
 太陽くんが頷く。
「あの話って?」
「夢の国のお話よ。とっても素敵なの」
 手軽に本が読める時代じゃないからこうやって話を聞くしかないのね。なるほど。
「じゃあ、話すよ。それは遠い遠い世界のお話」
 太陽くの話す話に引き込まれ夢中になった。魔法にかかった気分で何度も聞きたくなる夕陽ちゃんの気持ちがよくわかった。
「……おしまい」
「終わっちゃった。ミカンさん良かったでしょう?」
「うん。とっても温かくていい話だった」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
 現実に引き戻された気持ちがした。現実世界じゃないのにね。
「ねぇお兄様。外騒がしくない?」
「たしかに」
「私見てくるね」
「まて、何があるかわからない」
「大丈夫よ。少し覗くだけだから」
 太陽くんの静止を振り切って夕陽ちゃんは言ってしまった。
「大丈夫かな」
「きっと大丈夫」
 そう信じるしかない。
「きゃあー」
 夕陽ちゃんの悲鳴が聞こえた。

 大丈夫だと思ったのに。
 太陽くんと急いで玄関の方へ向かう。
「いない……外?」
 外に出て横を見ると夕陽ちゃんが金柑鬼に捕らわれていた。金柑鬼は初めて見たけど色的に多分そう。太陽くんが注意に来てくれてから日が経ったのにまだいたのね。
「夕陽!」
「お兄様!」
「おい、金柑鬼! 夕陽を離せ!」
「嫌だね。可愛いからもらった」
 金柑鬼はデレデレと夕陽ちゃんを抱きしめる。
「夕陽ちゃん大丈夫!?」
「助けて……お兄様」
 抱きしめる力が強いのか夕陽ちゃんは苦しそうだ。
「俺の夕陽だ。返せ」
「やだね。今は僕のだ。僕が持っているから」
「勝手に奪ったんだろ」
「とったもの勝ちだよ。んーどうしても返してほしいって言うなら鬼ヶ島に来てよ。そこでゆっくりお話しよう」
「なんで鬼ヶ島行かなきゃいけないんだよ」
「それが人に物を頼む態度かなぁ?」
「……くっ」
 なんて最低な鬼だ。自分勝手すぎる。
「まぁ今日のところは大目に見てあげるよ。鬼ヶ島で待ってるからね。お義兄さん」
「は!?」
「あっ気付いちゃった? 目ざといねぇ。結婚するよ」
「私は嫌よ」
「照れ隠しかな? 鬼ヶ島の王様と結婚出来るなんて最高の幸せしゃないか」
 どこまでも勝手な鬼だ。まさに鬼。
「夕陽ちゃんにとっては幸せじゃないと思うし、出会ってすぐ結婚ってどうなの?」
「部外者は黙っててくれるかな。めんどくさいからもう行くね」
 金柑鬼はくるっと向きを変えた。大きいわりに動きは軽く、あっというまに行ってしまった。
「……太陽くん。鬼ヶ島行こう。夕陽ちゃんを助けよう」
「ミカンちゃん……」
「私、女だけど頑張るから」
「ありがとう……うん、夕陽を助けよう」

 次の日。さっそく鬼ヶ島へ行くことになった。
「ミカンちゃん、これ」
「これは……?」
「きび団子よ」
 おばあさんに手渡されたのはきなこのかかったきび団子だった。
「ありがとう」
「ミカンちゃん、ほんとに行くのか」
「うん。夕陽ちゃんを助けたいから。おじいさん、おばあさん、勝手な行動してごめんなさい」
「友達思いのいい娘でわしゃ嬉しいよ」
「ありがとう。おじいさん。……じゃあ、行ってきます」
 家を出た。家の前にはもう太陽くんが来ていた。
「待たせちゃったかな?」
「全然。それより本当にいいの?」
「うん、決めたことだから」
 行かないと現実世界に戻れないから行くしかないの。
「じゃあ行こうか」

 鬼ヶ島へ向かう途中、仲間がほしいという話になった。
「誰をどう仲間にするかだな。女性なら簡単だが男じゃないと意味がない」
「簡単って?」
「俺の美貌にすぐやられてくれるから」
「そうなんだ」
 そうだよね。そりゃもてるよね。私だって恋に落ちたんだもん。自覚してるんだね。
「あ、あそこに馬がいる。乗せてもらえないかな」
 太陽くんの視線の先にはたしかに馬がいた。
「おーい、おうまさーん」
 太陽くんが馬に声をかけながらそっちに向かって歩いていく。
「なんだい?」
「鬼ヶ島に行きたいんだけど、運んでくれないかな」
 馬がしゃべってる……桃太郎も動物と話してたねそうだね。
「鬼ヶ島だって? そんな恐ろしいところ僕は行けないよ」
「妹が大変なんだ。早く助けないと」
「そう言われてもねぇ」
 そりゃそうだよね。そんな恐ろしいところ行きたくないよね。でも馬が力を貸してくれれば……。
「あ、あのっ、このきび団子あげるんでなんとかなりませんか?」
 おばあさんにもらったきび団子が使えることに気付いて、差し出した。
「きび団子? おいしそうだな……よし、協力しよう」
「ほんとに? ありがとう」
「お馬さん、ほんと助かるよ」
 私たちはきび団子を一つお馬さんにあげて、乗せてもらった。

 快適に進むことが出来た。こんなの歩いていたら鬼ヶ島に着く前に体力がなくなってしまう。
 道中色々あって犬、猿、雉と仲間にした。物語通りきび団子で買収した。
「着いたよ」
「ここが鬼ヶ島か」
「柑橘系の匂いでもするのかと思ってたけど金木犀の香りがするのね」
 一面金木犀。匂いがすごい。しばらくいると嫌いになりそう。
「誰だ!」
 金柑鬼ではない鬼が現れた。
「あれは……デコポンだよ」
 犬が言う。
「後にはレモンもいるよ!」
 雉に言われてもう一鬼に気付く。
 しかしどうしてこうも似た色をしているのか。目が痛いのだけど。大体鬼って普通赤鬼と青鬼でしょ。名前だって食べ物ばかりでおかしい。鬼すら付いてないし。
「おい、夕陽を返せ」
「だから誰だと言ってる」
「きっとあの娘の兄貴とかいうやつですよ。王様のお義兄さんになる人だから丁寧に対応しないとまずいよ」
「まじかよ。やべーな」
 人参鬼からの情報に慌てるデコポン。
「俺は結婚を許したつもりはない。だからあいつの兄にはならない」
「王様の言うことは絶対なんだよ? 逆らうんだったら殺さないと」
「どうしてそうなるんだ。殺す以外の手段ないのかい?」
「ないね」
 どの鬼も話にならなくて困る。
「じゃあ戦うしかなさそうだよ、太陽」
 猿はもう戦闘モードだ。
「行くぞみんな! あ、ミカンちゃんはちょっと下がってて」
「あ、うん」
 太陽くんに言われた通りに少し下がる。
「うおおおおあ」
 太陽くんと動物たちは鬼に向かって行った。それからすぐだった、二鬼がくたばった姿を見たのは。
「……すごい」
「弱かったよ」
「そうなんだ……」
「次行こうぜ太陽」
「そうだな」
 金柑鬼を探して再び歩きだした。

「お兄様!」
 私たちが見つけるより先に夕陽ちゃんが見つけてくれた。
「あー来ちゃったか。もっと一緒にいたかったのに」
 その言い方だと返してくれるの? 素直に?
「夕陽に何をした」
 でも太陽くんは気付いていなくて怒ってる。
「別に何も。一緒にお風呂入ったりご飯食べたり、夫婦ごっこしただけだよ」
「夫婦ごっこ?」
 予想外のことにただその単語を繰り返すことしかできない。一緒にお風呂の衝撃はすごい。
「そう。ね、ゆうひたん」
 ゆうひたんって……気持ち悪い呼び方。
「う、うん。お兄ちゃんあのね、この鬼、思ってたより優しかった」
「嘘だ」
 信じられない様子の太陽くん。そりゃそうだよね。私も信じられない。
「僕はただ家庭のぬくもりがほしかったんだ」
 寂しそうに鬼が呟いた。
「一人なの?」
「うん。女を連れてきても家族ごっこも夫婦ごっこもしてくれないからすぐ帰しちゃう」
 知らなかった。女たらしではないのね。
「それに仲間はいても僕を家族とは思っていない。弱過ぎて遊べないからいつもひとりなんだ」
 同情しそうだけどやったことは誘拐だから間違ってる。
 あ、そうか。夕陽ちゃんはちゃんとごっこしたんだね。
「じゃあ、返してくれるの?」
 この感じ返してくれる流れだよね。
「やだ」
「なんでだよ」
 イライラの積もる太陽くん。
「その雑魚くれたら返してあげる」
「雑魚?」
 鬼が指さしたのは猿、犬、雉だった。
「俺らのことか?」
 猿が恐る恐る尋ねる。
「そう。とっても弱そう」
「うるせーあの鬼倒したんだ! 弱くなんかない」
「あ、その前に戦闘ごっこしよう」
 怒る犬を無視して鬼は言った。
「は?」
「鬼退治に来たんでしょ? 本気で勝負しよう。勝ったらゆうひたんの気持ちも変わるかもしれないし」
 にこにこ嬉しそうな鬼。
「変わらないわ」
「見てみないとわからないよ?」
 というわけで戦闘ごっこが始まったのだけれど、この鬼めちゃくちゃ強い。
「降参かい?」
 鬼が笑って問いかける。
「そんなのしないよ」
「何か弱点はないの?」
 困ってる男たちの力になりたくて自分にも出来ることを探る。
「それだ!」
 犬が叫んだ。
「あいつ酒に弱いんだ」
 雉がひそひそと話してくれる。
「ウイスキーが蔵にあったはずだからとってきて」
「案内する」
 雉に案内してもらって酒蔵へ行った。
 そしてウイスキーの瓶を数本頂戴してきた。
「これでいい?」
「ありがとうミカン」
 太陽くんが瓶を受け取る。
「いっけえええ」
 ウイスキーを鬼にかけた。
「うおっごほっ……ごほっ」
 咳き込み苦しそうな鬼。
「やったぞ」
「ず、ずるいよ……」
 弱々しく太陽くんを見つめる鬼。酔っているの?
「酒を浴びるように飲んでみたかったって」
「昔言ったけどさ……」
 声も小さくなって言い訳する子どもみたい。
「太陽とどめのもう一発」
「うん」
 太陽くんはもう一瓶かけた。
「……ひくっ……ひくっ」
 そしたら鬼は倒れ込んだ。
 ちょっとやりすぎな気がしたけど死んではないしいいか、と私は夕陽ちゃんに駆け寄った。
「夕陽ちゃん大丈夫?」
「う、うん。ミカンさん……」
 夕陽ちゃんは私に抱きついてきた。
「夕陽……!」
 すぐに太陽くんが駆け寄って来た。
「お兄様……」
 夕陽ちゃんは私の胸から太陽くんの胸に移動した。ギュッと太陽くんは夕陽ちゃんを抱きしめる。
「帰ろう」
 それに夕陽ちゃんが頷く。
「せっかくだからお宝もらってこーぜ」
 動物たちはせっせと袋に金銀財宝を詰め込んだ。
 それを見て私たちも詰め込んだ。
 これがあればおじいさんとおばあさんを楽させてあげられる。きっと幸せに出来るし喜んでくれる。

 村に着くと朝焼けがとっても綺麗に輝いていた。
 家に帰ると思った通り喜んでくれた。泣いて喜んでくれて、それは無事に戻ったことお土産、全てにだった。
「ミカンちゃん……」
「心配させてごめんなさい」
「夕陽ちゃんは無事なの?」
「うん」
「それはよかった」
「こんなに稼いでくれて……本当にいい娘だのぅ」
「生まれて来てくれて感謝ね」
 二人とも泣いてる。
「ううん。みかん拾ってくれてありがとう」
 どんな不純な動機でも良かった。
「幸せに暮らしましょう」
「うん」
「疲れてるんじゃない……?」
「うん疲れちゃった。寝ていいかな?」
「もちろん。ゆっくり休むんだよ」
 私は布団に倒れ込んだ。
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