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不思議の国の太郎


 おばあさんが竹取に出かけたその先で出会った光り輝く竹。切った中から出てきた桃は見る見るうちに大きくなった。その巨大な桃の中から生まれた、まさかの一寸ほどの青年。これはそんな、浦島さん家の太郎くんの不思議な冒険のお話。

 おじいさんが川へ洗濯に行っておばあさんが山へ竹取に行く。その間太郎は森で動物と遊ぶ。何気ない毎日の繰り返し。太郎はそんな日々に飽きてしまった。
 誰よりも小さくて、でも誰よりも強かった太郎。ナルシストな太郎。
 自分より強い者なんていないから喧嘩してもちっとも面白くない。海辺でいじめられているウミガメを助けても竜宮城には連れて行ってくれないし、灰を木に撒いたって桜は咲きやしない。つまらない。
 こんなに強くて美しいのに人生楽しくないなんておかしい、そう思っていたある日。

「おじいさん、おばあさん。わたくしは旅に出たい!」
 太郎は真剣な表情で言った。ついに決心したのだ。
 おじいさんとおばあさんはびっくりして何も言えず固まっていたが、しばらくして頷いて「待ってなさい」と言って部屋を出て行った。
 戻ってきたおじいさんは手作りの胡麻団子を、おばあさんは鉞(まさかり)とお椀を渡してくれた。
「ありがとう。行ってきます」
 こうして太郎は旅立った。

     *

 太郎がお椀を船代わりにして川を流れていると、川岸を走っているウサギを発見した。「急がないと遅刻しちゃう」その言葉が気になって、お椀を岸に停め、ウサギを追いかけた。
 ウサギが木の根の穴に入ったので太郎も入った。そのとき入口で一つ胡麻団子が落ちたが太郎は気づかなかった。
 その穴は真っ暗で底が見えない、まさに奈落。あぁこのままどうなってしまうのだろう、この美しさは披露されずに終わる運命だったのか、そんなことを壁に飾られたドリアンやクサヤを眺めながら思っていた。
 一体どのくらい経っただろうか、太郎はいつの間にか床に足がついていて、どこかの部屋に到着していた。
 色の違う液体の入ったビンが二本置かれたテーブルと扉が一つ。カラフルなタイルの床、なんだかメルヘンチックだ。
「ここはどこ? ウサギさんはどこへ行ったの?」
「この扉の向こうだよ」
 突然かつ予想外の声。
「うわっ! 扉がしゃべった!」
 声の聞こえた方を向き、その事実に驚いた。
「なにも驚くことはないさ」
 そう言った扉をまじまじと見つめる太郎。その扉は鍵穴が口、ドアノブが鼻、ドアノブの上にちゃんと目がついていた。
「どうして?」
「それが当たり前だからさ。しかしキミは小さすぎる。あのテーブルのドリンクを飲んでみたらどうだい?」
 ドアノブをクイッと動かし、部屋の真ん中に置かれたテーブルを指す。
「飲んだらどうなるの?」
「大きくなるんだ」
「大きくなったらそこを通れないじゃないか」
「どうしてここを通りたいんだい?」
「ウサギさんが通ったから。そもそもわたくしはあのドリンクを飲むことが出来ない。だって届かないからね。見ればわかるだろ」
「そうだったね……」
「じゃあわたくしは行くよ」
 太郎は扉の鍵穴を上手く通り抜けた。
 鍵穴を抜けた先は、色んな色にあふれた森であった。
「あ、ウサギさん発見!」
 遠目にウサギが見え、太郎は走り出した。

     *

 太郎は途中でウサギを見失った。どうしようかとそのまま森をうろうろしているとウサギの家を見つけた。人間が住んでいそうな大きな二階建ての家の前に建てられた表札と思わしき木の板に探しているウサギそっくりの絵が描かれていたから、ウサギの家だと分かったのである。
 ウサギがいるかもしれないという淡い期待を抱いて中に入ったがウサギはいなかった。

 小さな体で動き回って疲れた太郎は、床に落ちていたクッキーの破片をつい口にしてしまった。するとなんと体がどんどん大きくなり、太郎は歳相応の大きさに。鉞も大きくなったが団子はそのままであった。それと同時にやって来た睡魔に負けてその場で寝てしまった。

 しばらくして太郎が目を覚ますと、全身緑がタンスを漁っていた。
「だれ?」
「僕かい? 僕はピーターパン!」
 全身緑の背の高い少年が満面笑みで答える。
「で、何をしてるの?」
「影を探してるんだ」
「影?」
「そう。僕の影。ウサギに取られてしまって。キミ知らない?」
「知らない」
「ほんとに?」
「だから知らないって言ってるだろ」
 太郎はイライラしておもいっきりピーターに殴りかかった。が、空を飛んでよけられてしまった。
「空を飛ぶなんて卑怯だぞ!」
 太郎はイライラして持っていた鉞を投げた。鉞はピーターに当たり、棚に落ちた。
「あ、影。ピーター! 影があったよ」
 太郎が興奮ぎみに叫んだ。鉞の落ちた先に影があったのだ。
 影を見つけたのはいいが、鉞が当たったせいで流血しているピーター。太郎は申し訳なく思って影を縫い付けてあげた。(※太郎解釈。正しくは「怪我させたんだから影縫うくらいしても罰は当たらないよね? 縫え」と言われたのであった。)
「待てよ。どこに行くんだ?」
 何も言わず出て行こうとするピーターを掴み、聞く。
「ネバーランドさ」
「わたくしも連れて行け」
 太郎はニッコリほほ笑んだ。

     *

 ピーターとともに空を飛ぶ太郎。
 しばらくしてピーターの影に異変が。縫い付けが荒く甘かったせいで今にも取れそうになっていたのだ。それに気づきピーターが影を掴もうとしたその瞬間……影が池に落下した。
 急いで池に行くとそこから女が現れた。そして、
「あなたが落としたのは、この金の影ですか? それとも銀の影ですか?」
 と光りかがやく影を見せながら言った。
「えっと……」
「黒い影です」
 ピーターが何か言おうとしたのを遮って太郎が答えた。太郎には自論というか信念があって、装飾しないのが一番の美しさ、だと思っていた。
「あなたは正直な人ですね。そんなあなたには、この白雪姫をプレゼントしましょう。もう影を落としてはいけませんよ」
 そう言って女はピーターが落とした黒い影と白雪姫という名の美しい少女を差し出した。
 そして再び池の中へと消えていったのであった。
 太郎が白雪にそっと近寄る。
「えっと、雪ちゃん?」
「えっわたし? そうだけどあなたは?」
「わたくしは太郎。こっちがピーターパン」
「あの、いきなりで悪いんだけど、この影を僕に縫いつけてくれないかな?」
「ええいいわよ」
 白雪が太郎の何十倍も上手く丁寧に縫ってくれた。
「あぁ、もう少しで金の影が手に入ったかもしれないのに」
 影が縫われている間ピーターはずっとそう愚痴っていた。

     *

 三人仲良くネバーランドへついた。
 そこは一つの自然あふれる島、子どもだけが住む世界であった。
「ようこそ、ネバーランドへ」
「へーなんだか全体がキラキラしていて夢の国に来たみたいだ」
「ここは子どもの世界だからね」
「子どもの世界って素敵ね」
 三人が話していると、そこにピーターと同じ歳くらいの女性と小さい子どもたちが数人現れた。
「あ、おかえりなさい、ピーター。影無事に見つかったのね」
 女性がピーターに声をかけた。
「ただいま、ウェンディ。見つかってよかったよ」
「この人たちは?」
「途中で出会った友さ」
「へーこの綺麗な人も友達なのね」
 ウェンディは白雪に嫉妬していた。

     *

 白雪が子どもたちに一躍人気になり、嫉妬が募ったウェンディは魔女のところへ向かった。
「わたし、白雪姫をどうしても殺したいの」
「おやまぁ奇遇だねぇ、私も白雪姫には死んでほしいと思っていたんだよ。池に沈めたというのにしぶとい奴だねぇ」
「なにかいい方法はない?」
「あるよ、これをお使い」
 魔女は真っ赤なリンゴを差し出した。
「これは?」
「毒リンゴだよ。これを食べさせればあの子はあの世逝きだよ」
「ありがとう。これでピーターはわたしのもの。わたしからピーターを奪うなんて許さない」

 家に戻ったウェンディはさっそく白雪にリンゴを差し出した。
「ねぇ、とってもおいしいリンゴをもらったんだけど食べない?」
「まぁほんとおいしそう。いただくわ」
 白雪はリンゴを受け取り、口に含んだ。
「どう? おいしいでしょ?」
「えぇとって……も……お……」
 ドサッ。白雪は床に倒れ込んだ。

     *

 ピーターの案内で島を回っていた太郎。
「し、白雪!?」
「ピーターどうし……!!」
 二人は戻ってきて驚愕はした。白雪が棺に入れられ眠っていたから。
 棺の周りで悲しむウェンディと子どもたち。
「ピーター……わたしたちが帰ってきたら家の中で倒れていたの……どんなに呼んでも返事しなくて……」
 涙をこぼすウェンディ。
「ウェンディ……白雪どうして」
 ウェンディに寄り添うピーター。
「キス、してみたらどうだい?」
 そう言いながら、突然赤いコートを着たおじさんが現れた。
「それだ! こういうときは決まって男のキスで目覚める」
 太郎がそれに乗っかる。
「フック!? 太郎どういうことだ」
「わたくしの知る限り、なにかあったらキスをすればいいんだ」
「一体誰が?」
「わたくしがする」
「待て、何故そうなるんだ案を出したのはわしだぞ」
「フック、お前は黙ってろ」
ウェンディがまだ白雪がいいの? と内心イライラしているのをよそに三人は話を進めていく。
「よし、三人で勝負をしよう」
 フックがそう提案した。
 そして三人の戦いが始まった。太郎は鉞、ピーターとフックは剣を使って攻撃し合う。
 しかし、今まで一寸サイズで負けなしだった太郎にかなうはずもなく二人は降参。
 太郎がキスの権利を勝ち取った。
「雪ちゃん……ちゅっ」
 太郎は白雪の唇に優しくキスを落とした。
「――んっ……」
 白雪はほんとうに目を覚ました。
「たろう……さん?」
「わたくしのキスで白雪が目を覚ました」
「えっ?」
「こんなところにいては危ない。一緒に戻ろう」
 太郎は強引に白雪を引っ張り、空を飛んでネバーランドから出た。

     *

「さぁ着いたよ」
 太郎たちはウサギの家の前に来ていた。
「太郎さん、助けて下さってありがとう」
「ほんとに死んだんじゃないかって……良かった」
 太郎が白雪を抱きしめようとしたそのときだった。
「あ! その胡麻団子!」
 白馬に乗った王子様が太郎の腰についた胡麻団子を指差した。
「あまりにも小さな胡麻団子が落ちていたから気になって来てみたらこんな美しい人に出会えるとは」
 そう彼は太郎がここへくる前に落とした胡麻団子を拾っていたのだ。
「こんなかっこいい人に出会えるなんて! 太郎さんありがとう」
 白雪は太郎に礼を言うと王子様に駆け寄った。
「えっ」
 戸惑う太郎。
「さぁ行こう」
 王子様が白雪の手を取る。
「えぇ」
 二人は白馬とともに颯爽とどこかへ行ってしまった。

「白雪と一緒にウサギを探そうなんて欲を出したからいけなかったのか?」
 太郎は二人が消えって行った先を見つめため息をついた。
「これが、二兎追うものは一兎も得ずということなのか」
 太郎の旅はまだまだ続く。


――終わり。


(12/10/19)
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