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Deep Red Apple


白雪姫しらゆき、このジャムをおばあちゃんの家に持って行ってちょうだい」
「はーい。では行ってきます、お母様」
 少女は赤い頭巾を被り、ジャムの入ったバスケットをしっかりと握って家を出ていきました。
 少女がしばらく森を歩いていると、草むらからザザっと誰かが隠れる音がしました。
「ねぇ、誰かそこにいるの?」
 少女は声かけて近づいていきます。
「待て、近付くな! それはオオカミだ」
 後ろから男の声が聞こえました。
「え? オオカミ?」
「そうだ。だから早くここから逃げよう」
 少女のそばに来た若い男は少女の腕を掴むと、オオカミから逃げるように走った。
「もうここまでくれば大丈夫だろう」
「どうもありがとう」
「一つ聞きたいことがあるんだが、君はよく動物の歌を歌っているよね?」
「歌っているけれどどうして?」
「この森に来ると聞こえるんだよ、綺麗な歌声が。その声と君の声が似ていたからそうじゃないかと思って」
「まぁそうだったの?」
 二人はそのあとも色々話をしました。動物の歌を歌ったりもしました。少女の祖母の家につくまで。

   *

 それからしばらくして、少女の父親が病に倒れ、失命してしまいました。少女が悲しみにくれる中、母親は新しい二人の娘を持った男と再婚しました。
 父親を亡くしたのは辛かったのですが、新しい家族の優しさに触れ少女は幸せでした。
 継父も少し歳の離れた二人の姉も少女を本当の家族のように可愛がっていました。
 しかし、幸せは長くは続かず、母親も父親と同じようになくなってしまったのです。

「今日から白雪姫の部屋はここだ」
 継父が指差す先はボロボロで埃まみれの部屋でした。
「あなたにあんな部屋もったいないわ」
「ここがお似合いよ」
 嘲笑う姉たち。優しかった家族が突然態度を変えたのです。
 それから毎日少女はひどい扱いを受け続けました。
「白雪姫? お茶はまだ?」「床が汚れているわよ」「洗濯はしたのか?」次々にくる注文。少女に休む暇などありません。
 お母様どうして死んでしまったの……少女は時折泣きそうになりました。
 そんな少女を支えたのが部屋に集まる、ネズミや小鳥たちでした。彼らは少女の話し相手になり、少女の辛さを和らげていました。

   *

 ある日、家に一通の招待状が届けられました。国の王子が城で舞踏会を開くので、すべての女性に来てほしいというものでした。
少女は行きたかったのですがドレスを持っていませんでした。継父たちにも「ドレスもないのに連れていけるわけないだろ」と言われてしまい悲しみにくれていました。
 そんな時少女は自分でドレスを作ることを思い付き、自分でドレスを作り始めました。少女に与えられた自由時間は寝る時間だけ。ですから少女は寝る時間を削って毎日コツコツと作りました。
 舞踏会当日、ドレスは完成しませんでした。少女は悲しみにくれながら姉たちの支度をしていました。その間、ネズミたちはせっせとドレスを完成させようと作業していたのです。支度を終え少女が部屋に戻ってくるとそこにはピンクのとっても綺麗なドレスが完成していたのです。
「まぁこれは……」
「僕たちが完成させたんだ!」
「さぁ早く着替えて。みんなが行ってしまうわ」
「ありがとう」
 少女はドレスに着替えると急いで姉たちのところへ行きました。これで舞踏会に参加できる、少女は幸せいっぱいでした。
「待ってください、お父様! 私も舞踏会に連れて行って下さい」
 少女は馬車へ乗ろうとしている姉たちを呼びとめました。
「……!」
「私が作ったんです。これで……」
「そんな汚いものドレスとは呼ばないわ」
「そうよ」
「そんな……」
「あなたは留守番だって言ったでしょ?」
 そう言いながら姉は少女のドレスをビリビリに引き裂いてしまいました。
「さぁいきましょう」
 継父たちは少女を置いて城へ行ってしまいました。
 悲しみのあまり泣き叫んでいると「魔法使い」だと名乗る男が現れたのです。
「泣くな。お前を綺麗にしてやるから」
「ほんとうですか!?」
「ああ。ではいくぞ」
 魔法使いは呪文を唱えました。すると――。
ドレスは綺麗になったのですが、顔が不細工になってしまったのです。
「おっと少し呪文を間違えてしまったようだ。すまぬな」
 笑っているわりに逃げ腰な魔法使い。
 そばの水面に映る自分を見て声もだせない少女。
「大丈夫だ。この魔法はだなぁ、……!?」
 バシャン。
魔法使いが何か伝えようとした瞬間少女は水に落ちてしまったのです。ですが魔法使いは少女を助けることなく消えてしまいました。

   *

水に落ちた少女は意識が朦朧としていました。
「綺麗な顔、ほしくないかい?」
「ほしいわ」
「その声と引き換えに綺麗な顔をやろう」
「声と交換? 私はしゃべれなくなるってこと?」
「そうだ。しかし綺麗になれれば好きな人と結ばれる可能性もあがる」
「そうね。いいわ、交換する」
「一つ覚えておいてほしいんだが、好きな人と結ばれなければお前は泡になる。わかったな」
「ええ」
 最後に一瞬、真っ黒なイヤリングが見えた気がしました。

   *

「……か。大丈夫か」
 誰かが呼ぶ声がして少女は目を覚ましました。ゆっくり目を開けるとそこは海辺で、さらにオオカミから助けてくれた青年がいたのです。
 大丈夫。そう言おうとするのだけれど声がでませんでした。
「僕の家で休むといいよ」
 青年は少女を抱き上げると少女を家へ運びベッドに寝かせました。
 しばらくして目覚めた少女はふと窓の外を見ました。するとそこには青年と楽しそうに話す女がいました。少し窓を開けて何を話しているのか聞こうとして少女はびっくりしました。女の声が自分と同じだったのです。さらにあの意識の混濁した中で見た真っ黒なイヤリングをつけていたのです。彼女は青年に正体がばれないように嘘を重ねているようでした。
 もしかして彼女は……何かピンときた少女は部屋を飛び出し、女に近づきました。彼女のつけている貝のペンダントから声が聞こえるようでした。だからそのペンダントを引きちぎり少女は逃げていきました。
 ふぅ。一息ついたとき、少女は自分の変化に気づきました。
「あれ? 声が戻ってる。それにドレスがあのボロボロに……顔も元通りだわ」
「弟がヘマをしたみたいでごめんなさいね」
 後ろから女の人の声がしました。
「誰?」
「あの魔法使いの姉よ。今度はちゃぁんと綺麗にしてあげるからね」
 魔法使いは二三度呪文を唱えました。すると少女のドレスは綺麗になり、きちんとメイクされ、トマトの馬車まで現れたのです。
「まぁ、すてき! ガラスのくつまで……」
「この魔法は十二時までよ。それを過ぎると元に戻ってしまうわ」
「ありがとうございます。これで舞踏会に……」
「さあ早くお行きなさい」
「はい」
 少女は馬車に乗り城へと向かったのでした。

 城へ着くと沢山の女性がいました。中には娘が心配な父親もいました。
「あ、あの人は……」
 少女の視界に入ったその人は、あの二度助けてくれた青年で、そして王子だったのです。
 少女は気付いていましたが王子は気付いていません。けれど王子は踊る相手に少女を選んだのです。
 何も話さず踊る二人。しばらくして王子が話をしようとしたとき十二時を知らせる鐘がなってしまったのです。
「ごめんなさい、私帰らなきゃ」
 王子を振り払い、城を急いででる少女。途中階段でガラスのくつが脱げたけれど、気にせず少女は逃げました。
 家のそばの森で少女は元に戻りました。けれどガラスのくつだけはそのままでした。

   *

 数日後、家にガラスのくつを持った召し使いが来ました。くつに合う女性を探しているとのことでした。
 少女は持っていたもう片方のくつを差し出しました。
 驚く家族をよそに少女はくつをはいてぴったりだと証明してみせました。
 少女はすぐに城へ連れて行かれました。
「き、君は……!?」
 驚く王子にあの動物の歌を歌いながら近づいていく少女。
「二度、助けていただいた白雪姫です」
「二度?」
「海辺で倒れていたのも私なんです。変な取引をしてしまって声が出なくて伝えられなかったの」
「そうか、そうだったのか」
「あなた、王子様だったんですね。あれは別邸かしら?」
「あぁ。驚かせたくなくて言えなかったんだ。それに気づけなくてすまなかった」
「いいの、こうしてまた出会えたのだから」
 二人はこうしてめでたく結ばれ、幸せに暮らしました。


 余談、取引をした女は少女が泡にならなくて発狂してしまいました。


(10/12/02)
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