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恋愛は往々にして疑うよりもだますほうが先に立つ


 美術室前の廊下の壁、上下に並べられた男女の肖像画。そこに詰まった一喜一憂の物語。


「はい、じゃあ始めるよ」
 退屈で面倒な美術の授業が始まった。そんなことを思いながら、福住(ふくすみ)良汰(りょうた)は教師をボーッと見つめた。
「先週少し話したが、今日から文化祭に展示するための人物画作成だ。そこでくじ引きをして男女ペアになってもらう」
 ――は? と良汰が思ったのと同時に「えー」という声が上がった。
「先輩から聞いたりしなかったか? 毎年そうやって決めているんだ。文句はなし! 男子はこっち、女子はこっちから引いてくれ。同じ番号同士がペアだ。異論や例外は認めない」
 そう言うと教師は黒板に男子と女子を分けて名前の欄を書き始めた。
 文化祭は来月にある。みんな、去年先輩が描いたものが飾ってあるのは見た。だからと言って生徒の納得がいくわけではない。
「ほら、さっさと引け。もう夏休み終わって一週間だぞ、シャキッとしろ。引いたら黒板の自分の番号のところに名前書けよ」
 仕方ない、といった感じでクラスメートたちは動きだした。
「えーと、十六番か」
 良汰は黒板の該当箇所に福住と自分の名前を書いた。
 女子の方を見たがまだ書かれていない。女子たちはお互いがペアになるわけでもないのに何番だった? と盛り上がっている。
「はぁ」
 ため息を吐く。さっさと自分の席に戻ろうとした時だった。
「えっ十六、福住なの? 最悪なんだけど」
 そんな声が聞こえた。声のした方を見るとどうやら発言したのは倉(くら)木(き)夏(なつ)のようだ。
 良汰にとってもそれは最悪だった。夏が嫌いなわけではない。むしろ恋をしているので、そんな好きな人に「最悪」と言われるのは振られたのも同然である。だから最悪だった。
 席に戻って良汰はまたため息を吐いて机に突っ伏した。
 夏を含む女子たちは相変わらず、「最悪だ」とか「うらやましい」などと会話をして盛り上がっている。中でも学内人気ナンバーワンである大場(おおば)となりたかったようで、大場とペアの女子がうらやましがられている。
 やっとクラス全員が書き終えたのを確認して教師が再び話しだした。
「はい注目。自分の相手ちゃんと確認したか? 机に前もって番号ふっておいたから自分の番号のところに移動な」
 机の隅に小さく番号が書かれたシールが貼られている。
 良汰はその番号が十六でないことを確認し、移動した。
「本当に福住だ」
 やって来た夏がものすごく嫌そうな顔をしている。
「倉木も大場が良かったのかよ」
「当たり前でしょ。学内人気ナンバーワンがうちのクラスにいるんだよ? イケメン描く方が楽しいに決まってるし」
「へーじゃあお前そのイケメンをイケメンに描けんのかよ」
「そ、それは……」
 口ごもる夏。
「お前って絵、上手いの?」
「普通。そっちは?」
「全然」
 最悪な割には会話するんだなぁなんて良汰は思う。
「えーお願いだからブサイクには描かないでね」
「わかってるよ。文句言われたくねーしな」
「何それ」
「はい。じゃあ用紙配るから、まずそこにペアの顔を下描きして」
 教師の声で会話が途切れる。
 そのあとはお互い「こっち向いて」と言うくらいで特に会話することなく下描きに集中しているとチャイムが鳴った。
「はー……疲れた」
「まだ次もあるよ」
 そう、この美術の授業は三・四時間目に続けてある。
「倉木は疲れてないのかよ」
「まぁ福住とだし疲れるよね」
「堂々と言われると傷つく」
「じゃあ陰で言おうか?」
「もっと傷つく」
「じゃあこのままね。休み時間まで福住といるの無理」
 吐き捨てるように言って、夏はいつもの女子グループのところに行ってしまった。
「よっ、良汰」
 肩を叩かれて振り返る。
「あ、優(ゆう)。おつかれ」
 声をかけてきたのは良汰の友人木崎(きざき)優であった。
「良汰ってペア倉木?」
「そう」
「良かったじゃん」
 優は良汰が夏を好きなことを知っているので茶化す。
 良汰が夏を好きになったのは去年。なったというより好きになっていることに気付いたと言うのが正しい。授業でしか話すことはなかったが見ていていつの間にか好きになっていた。
「よくねーよ。あいつ、俺のこと最悪って言ってるし」
「ははは。まじかよ。乙」
「笑いごとじゃねーし。お前は誰だったわけ?」
 夏とペアとわかった時点から周りを見る余裕は全くなかった。だから優が誰とペアなのか知らなかった。
「吉木(よしき)」
「あーあいつとなんかしゃべるの?」
 吉木はクラスで一人静かにいるような地味なタイプだ。
「普通。話しかけたらちゃんと返してくれるよ」
「ふーん」
 そこからくだらない話をしていたら休み時間が終わった。

「下描きが終わったらこっちにある木の板に描き写す。下描きの紙と同じように板に線を引いておくと上手く出来るぞ」
「はぁあんな大きいのに描くの」
 夏の言葉を聞いて良汰は教師から視線を外してそばの机を見る。そこには大きな板が沢山積み上がっていた。
「さ、みんな頑張れよ。五回で完成だからな。休みも被らないし五週間後な」
 教師はまるで他人事だが、この調子で本当に完成するのだろうか。居残りかな。とすでに先が思いやられる。
「頑張るしかないか」
 良汰は一生懸命夏を描いた。
 途中「動かないでよ」なんて夏に言われながら。
 集中していれば気にならないがふとした瞬間に夏がペアなのを意識してしまってドキドキした。
 終わりを告げるチャイムがなった。夏は板に移っていたが、良汰はなんとか下描きが終わったというところだった。
 授業が終わればいつも通り。良汰と夏が会話することはなかった。

   *

 それから一週間、二人に特に何かあるわけでもなく、二回目の美術の授業がきた。
「はい、各自始めて。板に下描き出来たら次は色塗りだからなー。色塗りは階段横のイーゼル使うように」
 良汰はこの前の下描きと板を取に行き、作業を始めた。
「なぁ倉木」
「なに」
「前髪分け目変えたよな? 先週と違うんだけど」
 先週描いた物を夏に見せる。
「あーごめん。なにも考えてなかった。てか思ったよりマシだね」
「何が?」
「福住の絵。下手だって言うからもっとひどいかと思った。あ、女子は男子と違ってちゃんと髪型も考えなきゃいけないの。色々しなきゃ女子力下がる」
「ハードル下がってて良かった。でもさ、やっぱり同じ髪型してほしいんだけど」
「それくらい想像しなさいよ。一度見てるんだから」
 なんて言いながらも夏は鏡を取り出して分け目を戻す。
 ほかの女子も何人か男子から指摘を受けていて、文句の声が聞こえている。
「ありがとう」
「えっ」
 分け目を戻したことにお礼を言われ、驚く夏。
「ていうかさ、紙見て写せばいいわけだし、別に違ってもよくない?」
「実物とちゃんと比較して描きたいから。マシのままでいないと怒られそうで嫌だ」
「そりゃ下手でいい人なんていないでしょ?」
「俺は別になんだっていいけど」
 言いそうになった「好きな人に描いてもらえてるんだし」という言葉をなんとか飲み込んだ。振られるとわかっていてこんなところで告白なんてしたくない。

「なぁ、良汰」
 休み時間になってすぐ良汰のもとに優がやって来た。
 にやにやした表情はとても怪しい。
「なんだよ優」
「お前らお似合いだと思うわ」
 優は良汰と離れた場所にいる夏を見比べた。
「は? どこがだよ」
「もっと喜べよ」
「そう簡単に喜べるかよ」
「険のある同士いい感じだと思ったんだけどなぁ。まぁもっと喜ぶことがあるから」
 優は何かを考えているようでさらににやにやと笑みを浮かべる。
「なんだよ」
「今日の放課後の買い出し、お前と倉木な」
「はあああ?」
 思わず大きな声を上げてしまって注目される。
「はい、みんな。今日放課後やる文化祭の準備の買い出し係に福住良汰くんと倉木夏さんを選びたいんだけど、いいかなー」
 良汰が注目されたことを利用して文化祭実行委員である優は言った。
 みんな買い出しに行くのは面倒なようで賛成の雰囲気だ。
「木崎くん、ちょっと待ってよ。福住はいいけどなんで私まで?」
 夏が異議を申し立てる。
「一人より二人がいいじゃん?」
「じゃあなんで私たちなの?」
「今日が十六日で二人が十六番だから」
「最悪!」
 夏のその言葉に良汰も深く頷いた。
 優のことだ文句を言っても変わらない、そう思うと言い返す気になれなかった良汰はもう何も言わなかった。
 四時間目の間、夏はずっと優のことを愚痴っていた。良汰はただそれに相槌を打った。
 夏に言えるわけもないので言わなかったが「変なお節介しやがって。余計にややこしいことになったじゃん」という愚痴は言いたかった。


 放課後、「じゃ、頼んだから」と買うものが書かれたメモを渡された良汰。
「倉木、行こう」
 どうしようもなくなって諦めて席にいる夏に声をかけた。
「うん、仕方ない」
 夏は立ち上がったかと思うと一人歩き出した。
「ちょ、倉木」
 追い付いて隣を歩く。
「一緒にいるとイライラする」
「はぁ。どっちから行く?」
 立ち止まり紙を見る良汰。ホームセンターで足りないペンキ類やスーパーで作業中に食べるお菓子を買うように書かれている。
 夏も立ち止まり、メモを覗き込んだ。
「んー、手分けしよう。私スーパー行くから福住ホームセンターね」
「えっ」
「ペンキ類重いし」
 そう言って良汰が手に持つ封筒からお金を抜くと首からさげていた小銭入れに入れる。
「うん、じゃあ買ったらあそこの交差点集合で」
「よし、決まり!」
 良汰とは行動したくない夏はすぐ歩き出す。
「あ、待って」
 急いで良汰が引き留めると夏はくるりと振り返った。
「なに?」
「一応連絡先交換しとこう」
「私が迷子になるとでも?」
「誰もそんなこと言ってねーだろ」
「本気にしないでよ」
 携帯を操作しながら良汰の方へくる。
「じゃあまず私が送信する」
「うん。どこ?」
「ここ」
 夏は赤外線の部分を指さし、良汰の携帯のその部分に近づけた。
「……受信した。じゃあ俺も送る」
 そして連絡先を交換し終えると夏はまたスタスタと歩き出してしまった。
 優が良汰にしたこの計らいは余計なお世話だった。それでも、好きな人と一緒に行動出来ないのはつらかった。
「嫌われてるんだし仕方ないか」
 そう呟いてとぼとぼ歩き出した。

 夏はというとなんだか不思議な気持ちだった。
 最悪のやつとペアになって、これまた最悪なことに一緒に買い出しに行く羽目になったのに、「手分けしよう」って言ったことを後悔している自分がいた。
「一緒に行けば良かった」
 でもそれを認めたくなくて、荷物持ちがいなくなったとか全部一人で決めなきゃいけないからだとか必死に理由付けをしていた。

 お互い買い物を終え、無事交差点で再会した。
「倉木それ持つよ」
「福住すでに両手塞がってるしいいよ。一緒に買い出しした感じしないし。意外と優しいんだね」
「大丈夫ならいいけど、意外とは余計だ」
「そんなに非力じゃないよ」
「そっ」
 たしかに馬鹿力ありそうなんて口が裂けても言えない。せっかく機嫌のいい夏を怒らせたくない。
 今度はちゃんと二人並んで歩いた。ちゃんと二人で買い出ししたように見せるために。
「何買ったの?」
「暑いからアイス。あとポテチとかみんなが好きそうなあたりさわりないやつ」
「じゃあアイス溶けないうちに戻らないとだな」
「うん」
 良汰はドキドキがばれないように平静を装って会話をした。授業とは違うドキドキがあった。
 教室に戻ると案の定、良汰は優に茶化された。それをなんとなくかわしながら嬉しそうにアイスを食べた。

 そのあとも飽きることなく優のからかいは続いた。
「デートうらやましいなぁ」
「本当に思ってんのかよ」
「思ってるよー。彼女と別れてフリーなのに告白も断って想い続けてんだろ? 尊敬してるよ?」
 そう言いながらも笑ってる。
「お前は吉木好きなわけ?」
「言わない」
「好きなんだな。わかった」
「決めつけるなよ」
「バレバレだっつーの」
 授業の会話しかり「おはよう」「バイバイ」の挨拶しかり仲よくなっているのは明らかだ。
「いつも一人だから声かけてるだけ。うん、そう」
「何言い聞かせてんだよ」
 二人で笑った。

   *

 美術三回目。良汰は三時間目も休み時間もなんとなくで過ごしていた。
 どうもあの日以来会うたびドキドキするし、それ以外はボーっとしてしまう。四時間目になってもそれは同じだった。
「ねぇ福住」
「――えっ」
 声をかけられてびっくりする良汰。
「なんかボーっとしてない?」
「そうかな?」
「うん、してる。早く絵の具いかないと終わらないよ」
「なんか上手く描けなくて。ほら大きくなるとバランスとりにくいじゃん」
「ふーん。なんか調子狂う」
「あー」
 いつもの口の悪い良汰はいなかった。
 自分でも調子狂うな、とは思う。
「ねぇ」
「今度は何?」
「木崎くんとは仲いいの?」
「いいけど。なんで?」
 夏から話を振るのは珍しいので気になった。
「いや、なんかしゃべってたらいつもの調子に戻るかなーって」
「なるほど。優は幼稚園からの付き合い」
 幼稚園で出会って家が近かったからよく遊ぶようになった。それからなんとなくずっと一緒。
「ながっ」
「お前はそういうの誰かいねーの」
「んーあ、吉木さんが保育園から一緒かな。まぁそれに気付いたのは中学の時卒アル見返したからだけど。全くしゃべったことないから今も一緒って感じはしてない」
「へーそうなんだ。お前が吉木とねー」
「何よ」
「別に」
「うざい。やっぱ調子戻さなくていいよ」
 バッサリと切り捨てた。
「失礼すぎるだろ」
 もう三回目の授業なのに良汰は絵の具の作業に移れなかった。


 放課後、良汰は部活終わりに部員たちと宿題の話をしていて、教科書を教室に忘れたことに気付いた。
「やっべ」
 走って教室に戻る。でも思い出してよかった。いつも置き勉しているせいでたまに教科書が必要になると困る。
 教室の近くまできたところで女子の声が聞こえてきた。
「夏ってさ、木崎くんにはくん付けするのに福住くんのことは呼び捨てだよね。なんで?」
 足が止まる。
「……桜野(さくらの)? 倉木もいるのかよ」
 桜野の問の答えが知りたくてそのまま会話を聞く。
 盗み聞きは気が引けたが自分の話がされてるこのタイミングで教室に入る気にはなれなかった。
「そんなの気になるんだ。よく聞いてるね。理由は簡単、福住が嫌いだから」
 安易に予想出来た答えだがやっぱりつらい。
「あーそういえばずっと嫌いだって言ってたもんね。わりと話してるとこ見るから忘れてた」
「そんなわけないじゃん。授業で仕方なく話してただけ」
「そりゃそうか」
「当たり前でしょ」
 夏は訳あって良汰が嫌いだった。もちろん良汰はそのわけを知らない。
「でもやっぱ好きだよね?」
「は? なんでそうなるの?」
 良汰も思わず大きな声を出しそうになった。何故そうなるのだ。
「違った?」
 笑ってる桜野。
「違う!」
 夏は必死に否定する。それは自分に言い聞かせるものでもあった。確かにあんなに嫌いだったのにいいやつだなって思ってる自分がいる。それを認めたくないのだ。
「そんなに必死にならなくてもいいのに」
「うるさい」
 良汰の携帯が震える。開くと「早く戻ってこい」とのメッセージ。
 少し悩んで仕方なく教室に入る。
「あっ福住」
「福住くんだー」
「倉木と桜野じゃん」
 平静を装って話す。
「もしかして話聞いてた?」
 気まずそうに夏が言う。
「なんだよ。急いで来たからそんな余裕なかったけど」
 聞かれたくない話はするなよと思いながら強く言ってはみるが、鋭い桜野にはこんな嘘ばれてしまうかもしれない。
「ふーん」
「疑ってんのかよ。てか何かやましい話でもしてたわけ?」
 つい言わなくてもいいことを言ってしまう。何も言わなければばれずにこの場を離れられるのに。
「別に」
「いいカップルだね」
 否定する夏に対し桜野がにこにこと良汰たちを見た。
「「どこが!?」」
 声が揃う二人。
「ははっやっぱりお似合いだわ」
 そんな二人に桜野は笑った。
 良汰はからかわれているのになんだか嬉しくて顔に出そうになったので、やばいと思い急いで机から教科書を取る。
「じゃあ」
 そして飛び出すように教室を出た。
 そのあと桜野が「夏顔真っ赤」って言っているのが聞こえた。

   *

 授業四回目。
 昨日夏と桜野の話を聞いてしまった良汰は今日の授業どうしよう、とドキドキしていた。しかし夏は風邪で休みということだった。
 ドキドキを返せよ! と思ったがなんだかんだ夏のことが心配な良汰。
 一人寂しく色を塗っている時、買出しに行ったあの日メールアドレスを交換したことを思い出した。
 しかし何を書いたらいいかわからなくなって、打っては消して打っては消すというのを繰り返した結果「風邪大丈夫か?」の短いメールになった。

 そのメールが受信された時、夏はベッドで眠っていた。
 携帯の着信音で目を覚ます。
「……福住? 授業中になんだろう」
 メールを開く。
「風邪の心配してくれてるんだ」
 嫌いで仕方なかった良汰からのメールにドキドキしている夏。夏はそんな自分がまた嫌だった。
 夏の親友が良汰に告白しようとした時、告白を聞く前に「俺、彼女いるしお前に興味ないから」と親友を振った。良汰に彼女がいるのは有名な話だったので、二人だって知っていた。それでも後悔したくなくて奇跡を信じて気持ちを伝えようと勇気を出したのに、それを聞くこともしないなんて。酷く傷ついた親友を見て、怒りが込み上げた。それ以来、別に何とも思っていなかった良汰のことが一気に嫌いになった。親友を泣かせたこの男が許せなかった。
 彼女と別れて落ち込んでいる時はざまあみろという気持ちだった。男子に人気の高い女子だから遊ばれていたのだろうと笑っていた。
 その男にまさか恋をしているなんて到底信じられるものではなかった。
 自分の気持ちにずっと気づかないふりをして、「ペアになって最悪」だとか「嫌い」だとか言ってきた。親友を傷付けた男を好きになんてなりたくなかった。
 メールの返事を打つ。「まぁ大丈夫。居残りだるい」絵文字も何もない質素なメール。
 すぐに返事が来た。「安心しろ、俺も居残りだ。笑」と。

   *

 次の日の学校からの帰り道、良汰は神社の前で夏と会った。今日も夏は風邪で休んでいた。
「あ、倉木」
「福住……」
「もう大丈夫なわけ?」
「うん。コンビニに食べ物買いに行けるくらいには」
 夏に持っていた袋を見せられる。
「そういえばさ、ここ今週末祭りあるじゃん」
「うん」
「……一緒に行かね?」
「はっ!?」
 びっくりしたのか大きな声を出す夏。
「何言ってんだ俺。忘れてくれ」
 良汰自身、大胆な発言にびっくりしている。
「いや、いいよ」
「えっ」
「そっちから誘っておいて二度も言わせないで」
「悪い。まさかオッケーもらえると思わなくて」
「私だって……」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあね!」
 夏は小走りでその場を去っていった。
「やべえ、ドキドキする」
 しばらく良汰はその場から動けなかった。


 祭りの待ち合わせ場所で良汰はそわそわと何度も携帯を見て時刻を確認していた。
 夏が誘いを受けてくれた喜びと、嫌われてるのだから来ないのではないかという不安で、何かをせずにはいられなかった。
「お、浴衣じゃん」
 やって来た夏を見て言う。
 この夏忙しくて浴衣を着ることが出来なかったのでせっかくだからと浴衣を着ていた。それに対し良汰はTシャツにジーパンのシンプルな格好。
「せっかくだし」
「意外と似合ってる」
「意外とってなによ。あんたに言われたくない。でもまぁ……ありがと」
 ちょっとぎこちない距離で二人は出店を一通り見て回った。一回りして少しカップルらしく見えるようになっていた。
「何食べる?」
 良汰がたずねる
「んーかき氷」
「俺もそうしよ。たしかここの近く安かったよな?」
「うん」
「あっ! りょーくん!」
 聞き覚えのある可愛らしい女子の声がして良汰は振り返る。
「わぁっやっぱりりょーくんだぁ。久しぶりだねぇ」
「梨香……」
 梨香は良汰の元カノであった。あの有名だった彼女。
 夏ももちろん知っている。顔が他の人より少し可愛いだけのぶりっ子だと夏は思っている。
「えっとーこの子彼女?」
 梨香は夏だということに気付いていない。というより女子に興味がないのでクラスの違った女子のことなんて覚えていなかった。
「いやっ」
「違います」
 ハッキリと夏が否定する。嫌いな女に馴れ馴れしく話す気にもなれず敬語を使っておく。
 付き合っていたから下の名前で呼び合うのは当たり前なのに嫉妬心からかイライラしてしまっていた。
「なぁんだ。新しい彼女つくってないの?」
「別にいいだろ。梨香には関係ないし」
「もしかしてまだ梨香ちゃんのこと好きなんじゃ」
 梨香の彼氏が笑いながら言う。
「たしかに梨香にぞっこんだったけどぉ困るぅ」
「絶対それはないから。倉木行くぞ」
 夏の手を引っ張ってその場から逃げた。
「あっ……」
 恥ずかしくなって良汰は掴んでいた手を離す。
 それに夏も意識してしまってドキドキする。
「なんかごめん」
「ううん。やっぱり感じ悪い女だった」
「付き合ってた時はもう少しいいやつだったんだけど、あの彼氏じゃ仕方ないのかな」
 自分の意見を否定されたみたいで夏はさらにイライラした。
「あー彼氏も最低だった。ああいうやつ嫌い。あ、かき氷だ。食べよ! 私レモンね」
 そのイライラをおさめるべく視界に入ったかき氷の出店を指す。
「怒ってる?」
 そんな夏に恐る恐る良汰はたずねる。
「別に」
「ならいいけど。俺はブルーハワイかな」
「買って来てね」
「一緒に並ばないのかよ」
「恋人みたいじゃない。嫌よ」
「はぁ……なぁ」
「なに? お金?」
「じゃなくて梨香のこと。振られた時にあいつのこと幻滅してるから」
 蒸し返さないほうがいいことは良汰もわかってる。それでも伝えておきたかった。
「ふーん。私があんた意識してるとでも?」
 夏もそう言いながら梨香の言葉を気にしていたので、良汰の言葉で少し安心できた。
「ですよね。自分の言い訳だから」
「は?」
「なんでもねーよ。買ってくる」
 自分から話題を出しておいて告白してるみたいな気がしたので良汰は逃げるようにお店に向かった。

 そのあとは遊んで食べて祭りを目一杯楽しんだ。時々いつものように言い争ったりしたが、二人ともなんだかデートみたいで幸せを感じていた。

   *

 美術五回目のラスト授業を目の前に居残り授業が開かれた。と、言っても教師はいなくて生徒各々個人作業。
 授業を休んだ夏はもちろん、作業の遅れている良汰を含め数人が美術室にいる。
「めんどくせー」
「私は休んだからあれだけど、福住はちゃんとしてれば居残りせずにすんだのに」
「まぁそうなんだけど」
 そのあとは会話もなく黙々と絵に色を付けた。
 気付くと美術室は良汰と夏だけになっていた。
「ねぇ」
 しばらくして夏が口を開いた。
「うん?」
「元カノと付き合った経緯が知りたい」
「なんだよ急に。祭りのあれか」
「なんだっていいでしょ」
 祭りの日以来モヤモヤとしていたのでスッキリさせておきたかった。
「――好きだったから梨香をよく見てたら目が合う回数が増えてさ。告白されたんだよね」
「うわー」
「なんだよ」
「梨香の魔法にまんまとかかってたんじゃひどい振り方してもおかしくないなって」
「ひどい振り方?」
「は? もしかして覚えてないの?」
「えっと」
 告白なんてされた覚えがなかった。あの頃は夢みたいで正直梨香との思い出以外ほとんど覚えていない。
「やっぱり最低! 福住が梨香と付き合ってる時私の親友が告白したの。ていうかしようと思ったけどする前に「俺、彼女いるしお前に興味ないから」って言ったんだよ? それ覚えてないの?」
「あの時どうかしてたからさ……」
「やっぱり覚えてないんだ」
「いや、その……あ、だから俺のこと嫌いだったんだ」
「だったじゃないんだけど」
「わるい……」
「あと一回で話さなくてよくなると思うと清々する」
 本当はそんなこと思ってないのに、夏はそう口にする。
「俺も悪口言われなくて済むのか。嬉しいわ」
 良汰だって本当はそんなこと思ってない。悪口ばかりじゃなかったしせっかくのしゃべる機会がなくなるのはつらい。
 この前祭りでいい雰囲気だったのにこれじゃ振出しだ。
「私あとは授業で完成できるし帰るね。あとよろしく」
「ちょっ」
 夏があまりにすばやく片付けをするので何も言えなくなる。
「固まってないで手動かせば」
「あっ」
 夏を止めたところで何を言っていいかわからないのでさっさと作業を終わらせようと色塗りに戻った。
「じゃあ」
 夏は意地悪っぽく笑って帰っていった。
 一人美術室に残された良汰。
「はぁー。せっかくいい雰囲気作ってくれて喜んでたのにまた振出しかよ」
 大きくため息をつく。
 次の授業が憂鬱になってしまった。


 放課後。忘れ物を取りに教室に戻った良汰。
 なんとなく教壇に立った。そして叫んだ。
「倉木が好きだぁー!!」
 一人だからいいか、と思った。
 この気持ちを本人に伝えられたらどれ程楽だろう。
 しかし結果は見えている、と良汰は思っている。
「はぁ……」
 ため息。
 ――ガラッ。
 教室の扉が開いた。
「!?」
 今の聞かれたんじゃないかとびくびくする。
 扉の方を見るとそこには号泣してる夏がいた。
「く、倉木……!?」
 一番聞かれたくない人がそこにいて、何故かその人は号泣している。意味がわからない。
 夏が崩れたのでとりあえず駆け寄って背中をさする。
「……きらい、のなのに、あんなに憎かったのに、一緒にいるとドキドキする」
 少しして落ち着いたのか夏が口を開いた。
「今も、忘れ物取りに戻ったら福住の告白聞こえて嬉しかった。嫌いだって言うこんな私のことなんか嫌いだと思ってた、から……うわぁああああん」
 再び泣き出した。
 突然の展開に良汰は上手く現状を把握出来ないでいた。寧ろ嫌われてると思ってたのはこっちだ。居残りで喧嘩別れしたのではなかったか。
 泣く夏の頭を撫でて落ち着かせながら、さっきの夏の言葉について頭をフル回転させた。
「――両想いなのか?」
「ばかっ。そうに決まってんじゃん」
「いや、だって喧嘩したばっかだしお前俺のこと嫌いだったしわけわかんないじゃん」
「私だってわかんないよ。いつの間にか恋に落ちてたの。どうしようも出来なかったの」
「ちょ、泣くなって。せっかく落ち着いてきたと思ったのに」
 再び泣き出す夏に慌てる良汰。
「好き、それだけでいいじゃん」
 良汰は夏の唇を自分の唇で塞いだ。
 唇を離して夏を見るとびっくりした衝撃で泣きやんでいた。
「泣きやんだ」
「ばかっ!!」
 夏はポカポカと良汰の胸を叩いた。
「照れてる?」
「そっちこそ真っ赤」
 二人で笑った。
「倉木、帰ろっか」
「ねぇ、名前で呼んでよ」
「えっあっ、夏帰ろ」
「うん」
 ついに二人は恋人になった。まさかありえないと思っていた。最悪のくじ引きが最高になった瞬間であった。

   *

「よっしゃ、完成!」
 美術の授業ラスト。先に終わってしまった夏、優、桜野の会話を聞きながら黙々と色を塗っていた良汰がついに完成させた。
「見せて」
 夏が見に来る。
「やだ」
「どうせ飾って見られるんだからいいでしょ」
「ちょっ」
 良汰の制止も意味なく夏に見られる。
「うわー。もう少し可愛く描けないわけ」
「うっせーな。これでも頑張ったんだよ。夏お前だって」
「良汰はこんなんだよ。そんなかっこよくないし」
 机に置かれた完成品を見て反撃しようとするもあえなく撃沈。
「彼氏になった人に言うことかよ」
「だってほんとのことじゃん」
「うるさいんだけどそこのバカップル」
 優が呆れた顔で良汰と夏を見ている。
「バカップルって言うな」
「前からお似合いだと思ってたけど本当にお似合いだね。前よりうるさくなってる」
「桜野まで。うるさいのは夏だから」
「違う良汰でしょ」
 そんなバカップルが微笑ましくて優と桜野は笑った。
「「笑うな!!」」
 かぶったことが可笑しくて良汰と夏の二人も笑った。


終わり。


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