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全ては神様の暇潰し。
人を殺す事で、自分は強いのだと思っていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。と彼は思う。
全てを忘れ、ただ怯える彼に神と名乗るやつが与えた謎の力。人を武器なしで殺せるくらい強力な力。それは電磁波にも似た見えない刺激のある波を出すことができる能力で、オンオフも威力の段階調整も自由。それによって彼は怯えなくなった。
しかし、使い続けなければなくなってしまう。そう知ってから実際に人を殺すようになった。その感覚が彼を狂わせた。もう、あとには戻れない。
力を失ってしまうことを恐れて、彼は人を殺す。
何故神は彼にそんな力を授けたのか。
+
深夜、彼の人殺し――狩りが始まる。
「あー、今日雨降ったから全然人いないや」
少年、侑亜(ユウア)はぼやきながら街を歩いていた。
今は止んでいるものの、雨が降ったというのは大きい。
いつでも狩れるようにオンモードのまま歩き続ける。
暫くすると、前方に小さく人を発見した。幼げな少女だ。
こんな時間に一人で出歩いて大丈夫なのだろうか。
人を殺すとはいえ侑亜にも良心はあって、さすがに子どもを殺すことは出来ないので、諦めて能力をオフにした。
気にはなったが面倒なことに巻き込まれるのを防ぐため、そのまま通りすぎようと思った。そう思ったのに、あと少しのところで少女が侑亜に話し掛けてきた。
「何で人を殺すの?」
「は?」
まだ今日は人を殺してない。それに、ここへは久しぶりに来た。なのに、何故、人を殺す事を知っているのか。様々な疑問が浮かぶばかりだ。
「聞こえるんだ、心の声が」
少女は言った。
「心の声?」
「うん。人が心の中で思ってることがあたしには聞こえるの。声には出さなくとも声に出したようにね。あ、近くの人だけだけど。今日は殺し無理だなって思ったでしょ?」
見かけによらず大人っぽい。
「……何者だ、お前」
「シアリ。機械番号はN-41*1440332」
ドクン、侑亜の心臓がはねた。何故かはよく分からない。
「あなたは?」
「俺は侑亜だけど……機械番号ってお前は機械かよ」
「そうだよ」
シアリはケロッとした顔で答える。まさかそんなはずはないと思っていた侑亜はびっくりして固まる。
「正確には違うんだけど、教えてくれないからよくわかんないの」
「機械がなんで喋って歩いてんだよ」
「だからよくわからないって言ったでしょ? 知ってるのは神様だけ」
物心ついたころから機械だと教えられてきたシアリ。心の読める能力も人間らしさも全ては神が与えたのだと、シアリは考えていた。
「神様……」
侑亜がその言葉に引っかかったのは自身が神にもらった力を使っているから。
「なんで、人を殺すの? 神様に言われたから?」
シアリは再度、まだ答えてもらっていないこの質問をした。
「神様がくれた力を失うのが怖いから」
「どうして?」
「わからない。ただこの力がないと生きていけない気がするんだ。存在理由っていうか、力を失ったら何も残らないから」
侑亜は気づいたら記憶を失っていて、どうしたらいいのか分からないでいた時に神から力をもらった。それから過去をしろうとすることは止めた。力があるから過去なんて知らなくても生きてこられた。だから力を失ったらどうなってしまうのか、と怖くなる。
「悲しいね」
「そうかもな。てかお前ここにいていいわけ?」
いくら人間らしいとは言え機械がこんなところにいていいのか? と侑亜は疑問に思う。
「忘れてた。脱走してきたんだった。発信機的なのは壊したから大丈夫だと思うけど、探してはいると思う」
「何で脱走なんか……」
「神様に会いたくて。神様しか知らないことがあるって言ったでしょ」
「神様なんてそう簡単に出会えるのかよ」
実際に会ったことがあるので、実在するのはわかっているがそれ以外侑亜は何も知らない。
「無理だと思う。だからお願い、あたしに協力して」
「協力?」
「そう、連れ戻されないように守ってほしいの。ついでに神様を探してもらえると嬉しい」
「……」
「お金は奪って来たからあるし、侑亜だって神様に会えばもう力に怯えずにすむかもしれないよ」
侑亜もたしかに神には会いたかった。力をもらって以来一度も会っていない。一度夢には出てきたが。しかし探して見つかる様な存在なのか。
「お願い!」
「……わかった、協力するよ」
シアリに強く見つめられて、侑亜は渋々頷いた。
「で、シアリ、どうやって神を捜すつもりなんだ?」
「えーと……それは……なんというか」
「はぁ……無いのかよ」
言いよどむシアリに侑亜はため息をつく。
「だって、だってさぁ……」
シアリは涙目で侑亜を見つめてくる。
「わ、わかったから、そんな目でこっち見んなよ。で、どうするかだよな」
「誰かに聞けばわかるかな?」
「無理だろ」
「でも、やるしかないよ? 行こ」
シアリは笑顔で侑亜の手を引っ張った。
「あのさ、シアリ」
少し動きかけたところで侑亜は止まる。
「何?」
「今の時間わかってるか? 夜だぞ、しかも深夜だぞ? とりあえず、寝る場所を……な?」
「……わかった。じゃあ、あそこのホテルがいい」
シアリは少し離れた所に見えるホテルを指差し、無邪気にはしゃぐ。
「もしかして、ホテルとか初めて?」
「うん。ずっと外には出してもらえなかったから。でも一般知識はプログラムされてるから行ったことは無くても分かるんだ」
「プログラム……」
「侑亜、行こ。いちいち気にしてたらきりないよ」
シアリに見透かされ、せかされて侑亜は歩きだした。
+
翌日、早朝。
早々とホテルを後にし、神の手掛かりを掴むべく神社へ向かった。
神を奉る神社に行けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。
その道中だった。
「いたぞ、シアリに間違いない」
「一緒にいる男は誰だ?」
「知らない。が、邪魔者には違いない」
「者ではなく物だな。ははは」
そんな会話が背後からした。
「侑亜、監視官の奴らだよ」
「逃げるか」
侑亜はチラッとシアリを見た。コクリと頷くシアリを確認してシアリの手をぎゅっと握り、駆け出した。
必死に監視官の男たちから逃げようと走った。彼らの足は速く、どこまでも追ってくる。
「あいつら、いい加減諦めろよな」
そうやって愚痴を言いながら走り続けること二十数分。
細い路地などを上手く使い、男たちを撒くことに成功した。
「はぁ……疲れた……」
大きく息を吐く。
「侑亜凄いね」
あんなに走ったのに疲れた感じのしない笑顔のシアリ。
「それは、どうも」
そんなシアリに驚く侑亜。これが機械と人間の差か。
ゆっくりと、再び神社を目指して歩き出した。
「やっぱり知らないなぁ……」
予想はしていたが神主は何も知らなかった。
「あんな言い方しなくてもいいのにね」
それどころか「神様が実在すると思ってるの? 見えると思うの?」なんて言って笑ったのだ。
「どうしよう」
「お困りかい?」
突如、二人の後ろから女の声がした。
「誰?」
振り返るとおばあさんがいた。
「誰でも良かろう」
おばあさんは笑う。
「困っているみたいじゃったが?」
「あのね、おばあさん。私たち神様に会いたいの。でもどうしたら会えるかわからなくて」
シアリが現状を話す。
「教えてやろうか」
「知ってるのか?」
からかっているのではないかと疑う侑亜。
「知ってるよ」
おばあさんは意味深に笑みを向けた。
「すごい! 教えてよ、おばあさん」
シアリが目を輝かせて言う。怪しいとは思わないようだ。
「神は、あそこにいるぞ」
そう指差した先は空。
「空の上……どうやって会いに行けばいいの?」
「冗談じゃ。安心せい」
信じてしまうシアリに笑うおばあさん。
「よかった」
「じゃあどこだよ」
からかうおばあさんに侑亜は苛立っていた。
「そう苛々するでない。神は、桜(さくら)の空城(くうじょう)という国の真ん中にある城に住んでおる」
「あの城に? あそこは立ち入り禁止の重要建築物じゃ」
侑亜は外観だけならテレビで見たことがあった。
湖に浮かぶ和の城。立派な石垣の堀が周りを囲っている。白い外観は儚く、周りを埋め尽くす桜のようであった。
「そうじゃ、昔から神がそうゆう風にしてるのじゃ。中に入れても神のいる場所に辿り着くのはかなり大変じゃぞ」
「そのこと誰も知らないのか?」
「ああ、知らないさ。神は人間ではない。つまり外にでる必要はないからな」
「なら、何で知ってんだよ」
「何でじゃろうな」
おばあさんは笑ってはぐらかす。
「侑亜、この人の心の声聞こえない」
シアリは何度も試みたが何も聞こえなかった。
「えっ」
一体この人は何者なのか。どんどん謎に包まれていく。
「ほぅ、聞こえないのか、残念だな」
おばあさんは怪しく笑う。
「オイ、シアリがいたぞ」
このタイミングで監視官の男たち二人がまた現れた。
「クソッ、こんな時に……」
「どうしよ、侑亜」
シアリは侑亜にしがみつき、少し震えている。
侑亜はシアリの腕を握り、笑うおばあさんに目を向けた。
「助けてほしいか?」
「ああ、あいつらにシアリを渡したくないんだ」
「何でじゃ? 神に会わせたいからか?」
「そうだよ」
「助けるつもりはないが、アレは確かに邪魔じゃな」
「オイ、シアリをこっちに渡すんだ」
一人の男が侑亜に銃を向けた。もう一人は無線機で何やら連絡を取っている。
「ほぅ、それであの少年を殺すつもりかの?」
おばあさんが一歩前に出て男に近づいたのを見て、侑亜はシアリと少し後ろに下がった。
「そうだ。で、お前は何者だ」
銃口を侑亜に向けたまま男はおばあさんの方を見た。
「二人の保護者とでも言っておこうか」
「保護者? とりあえずババアは黙ってろ」
苛々した男は銃口を向ける相手をおばあさんに変えた。
そのことに侑亜は少し安堵するが、緊張な面持ちでおばあさんと男の会話を見守る。
「それは出来ない。あの少年を殺されては困るでのぅ」
銃が向けられているというのにおばあさんは全く動じない。そのまま話しを続ける。
「何故だ? お前に利益でもあるのか?」
撃鉄に指はかけているものの下ろすことはなく男も話を続ける。
「利益は無いが、失うとつまらなくなるでな」
「どういう事だ?」
「そのままの意味じゃ、あやつは大事な暇潰しなんじゃよ」
侑亜は何故だか「暇潰し」その言葉が引っかかった。
「暇潰しだと? 変わりは幾らでもいるだろ」
「それが、そうおらんのじゃ。ほら見せてやれ力を」
突然話を振られて侑亜の肩がビックと震えた。
「力? こんなガキに何が出来るというんだ」
男は鼻で笑う。
「まぁ見てみなされ」
「お前俺の力を知ってるのか……?」
まだその話はしていないはずなのにおばあさんは侑亜の力を知っていた。
「その辺の話はあとでしてやる。もう一人の男に力を使え。この人に見せておあげ」
「……――」
「嫌なら殺さんでよい。黙らせろ」
何故だか人を殺す気にはなれず躊躇する侑亜。それを分かってかおばあさんはそう言った。
「そんな……」
侑亜は突然怖くなった。
「大丈夫?」
心配そうにシアリが侑亜を見つめる。掴む手に力が入る。
「……大丈夫」
そっとシアリの手をどかす侑亜。
男が何やら武器を用意しだしたのを見て、寸前の足を動かした。
一気に距離を詰めると、男の頭を掴んで死なない程度の波を流した。その刺激にやられ気を失い倒れる男。
「お、お前……」
力を目の当たりにし銃を持つ男の手が震え始めた。
「安心しろ、死ではない。ただの気絶じゃ」
「な、なんだよ……」
男の震えは止まらない。
「どうじゃ、わしの与えた力は」
そうおばあさんは言った。
「まさか、お前が……」
「そうじゃ、わしが神じゃ」
おばあさん――神は光に包まれ、艶やかな着物姿の美しい女性に姿を変えた。
そして男の手から銃が堕ちる音がした。
「どうじゃ?」
男が何もしてこないと判断した神は楽しそうに侑亜を見る。
「……」
侑亜は返す言葉が出てこない。
「えっ、おばあさんが神様だったの? 何でも知ってるし、心の声聞こえないし、変だとは思ってたけど」
「シアリはわしに会えて嬉しいか?」
「うん」
満面の笑みを浮かべるシアリ。
「お前、侑亜はどうじゃ?」
「複雑な気持ち。なんか、簡単に会えちゃったし」
「簡単とはなんだ。わざわざ会いにきてやったんじゃぞ? お前らのために」
「俺らのために?」
「そうじゃ、過去――お前らがどう頑張っても思い出せない過去に関係があるんじゃ」
「過去……」
失ってしまった記憶。思い出すことを止めた過去。そこに一体何があるというのか。
「あたしの記憶は実験の失敗で消えたんじゃないの?」
「故意に消したのだ。お前らに見せてやろう、過去を」
神はニヤリと笑う。
「しかし、その前に邪魔者を始末しておく必要がある」
そう言って、神は怯えて腰を抜かした男を眠らせた。
「では、知るがよい。忘れてしまった過去を――」
+
過去。
シアリはその世界の天使であった。侑亜は天使監理機関で働いていた。
その世界にはたくさんの天使がいた。天使にも階級があって、一部の上級天使しか神に仕えることは出来ない。その他大半の天使は人間を癒し、良い方へ導くという仕事をしている。
そんな神聖なる神に仕える可能性のある天使たちが道を外し、罪を犯さないように監視するのが天使監理機関の仕事であった。
罪を犯した天使は天使としての権利を剥奪され堕天使となる。天使を堕天使とするのもこの機関の仕事であった。
この機関は複数の部署があり、侑亜は存在する天使の大半を占める底辺の天使を監視する部署にいた。
いつものように侑亜は仲間の彗斗(けいと)と天使の見張りをしていた。
「位の高い天使ってさ、すっげー綺麗なイメージない?」
突然彗斗が言った。
「そうか?」
侑亜たちの部署で見張るのはその辺のありふれた天使。階級別に住むところが違うため、部署が違えばなかなか上層階級の天使を見る機会はない。だから仕事以外なんの興味もない侑亜にはイマイチわからなかった。
「イメージもないのかよ」
「つうか、ここじゃない天使に好きな子出来ただけだろ」
彗斗はわかりやすい。侑亜は容易に想像がついた。
「バレた?」
「ああ」
どこで出会ったのだか。彗斗のネットワークには呆れを通り越して感心する。
「でも、天使の恋愛は罪だから片思いだな」
残念でしたと、彗斗を見る。
「それに、お前だって罪になるぞ? 天使を犯罪者にするわけだから」
「何で恋愛しちゃ駄目なんだろ?」
諦めきれない様子の彗斗。
「さぁ、天使だから?」
侑亜は面倒になって適当に返した。
「はぁー……友達ならいいかな?」
恋の病にかかってしまった彗斗には理由なんてどうでもいいようだ。
「俺が判断することじゃない」
それでも二人きりで会っているところが見つかれば、違反対象にはなるだろう。
「堅いな、侑亜」
「俺は普通に仕事してるだけだ」
彗斗が緩すぎるんだと侑亜は思う。
「なぁ、こっそり行こうぜ」
侑亜の手を引っ張る彗斗。
どうしてそうなるのか聞いたところで無意味。
「オイ、俺らも罪になるぞ」
侑亜は注意をしたがその言葉は走る音でかき消された。
あまり人目につかないような所で彗斗は止まり、辺りを見渡した。
「よし、レンちゃん大丈夫だよ」
「ありがと、彗斗君」
彗斗の呼びかけで侑亜たちより少し年上に見える女性の天使が現れた。
その女性の後ろにしがみつくような感じで侑亜たちより幼い少女の天使がいた。
「彗斗君、この子シアリっていうのよ」
ここで初めて侑亜とシアリは出会った。
レンさんはとても優しく綺麗に笑う人で、シアリはおとなしい子だと侑亜は思った。
「よろしく。あ、こいつ侑亜」
「どうも」
軽く会釈する。
「よろしくね。彗斗君、ちょっと……」
レンはそう言って、早々に彗斗とどこかへ行ってしまった。残された侑亜とシアリ。
「……どうしよ」
初対面の子といきなり二人きりにされ戸惑う侑亜。しかも相手は天使だ。
「侑亜って……天使監視する仕事してるんだよね?」
少し躊躇する様子を見せつつ、シアリは話しかけてきた。呼び捨てで。
「そうだけど……」
そこで、侑亜はハッとする。何もなくたって天使と二人きりなんてバレたら大変なことになる。
少しばかりシアリの魅力に引き込まれて、侑亜は危険な状況にあることを忘れていた。彗斗がレンと消えたときに戻るべきだった。シアリと一緒にいなきゃいけない理由などないのだから。
「大丈夫だよ。ここでよくレンちゃん会ってるけどバレてないし」
侑亜のためらいを読み取ってか、シアリはほほ笑んだ。
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「侑亜堅いよ」
彗斗にも同じことを言われたのを思い出す。
「でも今日はもうおしまい」
「えっ」
侑亜は拍子抜けした。
「急だったもん。だから、また明日。明日もここで会おう?」
シアリはまっすぐな瞳で侑亜を見る。
「……」
「あたし待ってるから」
返事をしていないのに「じゃあね」と笑顔で手を振り、シアリは去って行った。
シアリの瞳に引き込まれ、侑亜は恋に落ちてしまっていた。一目ぼれなんてしたことなかった。それ以前に恋愛にうつつを抜かして仕事を疎かにしたくなくて、恋愛なんてしてこなかった。よりによってその相手が天使とは。
「はぁ……」
侑亜から自然とため息が漏れる。
持ち場に戻ったのはいいものの気がつくと、シアリには会いたいが罪を犯すことは出来ない、そのことばかり考えていた。
「どうした?」
いきなり後ろから話しかけられた。
「誰だよ」
侑亜が振り返るとそこには年齢のイマイチわからない女性がいた。奇抜で露出の激しい着物らしきものを着ている。
「誰だろね?」
とぼけたように言い、笑う。
「じゃあ、何の用だ」
「助言しに来てやった」
「何だよ、助言って。大体、頼んだ覚えはない」
初対面の人物が一体何を知っているというのか。
「まあ、気にするな。お前、神様は信じるか?」
突き放す侑亜に女は話を続けた。
「唐突だな……信じるよ」
神は人々の前には現れずひっそりと生活しているため伝説と化していた。神を見られるのは仕える上級天使のみ。上級天使がその話をしないため本当は存在しないのでないかという話も出ていた。
「なら、神様は白と黒どっちの色だと思う?」
「白、かな。きっと心清らかで、人を弄んだりはしない」
面倒だと思っているのに何故か無視できず侑亜は答える。
「そうか。お前はどこまでも模範的だな」
「?」
この流れで何故そうなるのか侑亜には理解できなかった。
「お前は枠にとらわれすぎだということだ。たまには枠外にでようと思わないのか」
「枠外にでてしまったら、枠の意味がなくなる」
「ホント堅いやつだ。そんなんでは何も変わらんぞ?」
変わるつもりなど侑亜にはなかった。
「何故、なんでみんなは、そう枠から外れようとするんだ? なんでそうルールを破る?」
「さてな。そのうちわかる」
「そのうちって……」
意味がわからない。侑亜の苛立ちが募る。
「一つだけ、言っといてやる」
女の目がスッと侑亜の目を捉えた。
「お前のようなやつばかりなら、ルールなどこの世に存在しない」
そう言って女はどこかに行ってしまった。
その時の女の目はなんだか切なそうだった。
次の日。
侑亜はシアリに会うべく、昨日の場所に向かっていた。 神が遠まわしに会いに行けと言っていた気がしたから。けれどルールは破るためにあるとでも言わんばかりの神の発言が正しいとは思わない。
「侑亜!」
満面の笑みでシアリがこちらに向かってくる。
笑顔のシアリは一段と可愛いと思う。
「バレてないよな?」
「うん。ここは有名な恋愛スポットなんだって。歴代の先輩たちもバレなかったんだから」
なんだか誇らしげだ。
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「いいの。あたしは侑亜と会えればそれで幸せだもん」
シアリはさり気なく爆弾発言をしているが、本人に自覚はない。
二人は暫く会話を続けた。
「あのさ、侑亜」
「何?」
「昨日ね、不思議な女の人に会ったんだ」
「不思議な女の人?」
「うん。謎の喋り方をする人なんだけど、凄い服着てたんだよ」
侑亜にも思い当たる節があった。
「その人、あたしたちのコト知ってるみたいだったよ」
そう言って、その時の事を話し始めた。
あの夜。その女は突如として現れた。
「どうじゃ、禁断の恋は」
「誰?」
「さぁな、ま、どうでも良かろう。わしの質問に答えてもらえると嬉しいがの」
「あたしは、禁断の恋だと思ってないから」
「そうか。残念じゃ」
「なんで?」
「なんでだろね」
そもそも何故そのことを知っているのか。誰にも見られてなったはずである。
「からかってるの? バカにしないでよ」
「すまぬな。あまりに愉しいから、つい」
「からかうのが?」
「いや、そうではない」
「じゃあ、なんなの――」
その質問に答える前に、女はスッと消え去った。
「あいつ、何がしたいんだ?」
シアリの話を聞き終わり、侑亜は思ったことを口にする。
「侑亜も会ったの?」
「うん、多分同じ人。よくわからないことを言われた。一体何者なんだろう……」
「ホントだね。それより、お堅い侑亜が来てくれるとは思ってなかった。その女の人に何か言われたの?」
「別に」
本当のことを伝えるのはシアリを傷つけてしまうと思ったのでやめておいた。
「ふぅん」
「あのさ、シアリって普段どんな仕事してるの?」
微妙な空気を感じ取り、話を変えた。
「知らないの?」
「監視って言っても、俺みたいな下っ端は表面だけ。中までは監視しないから。あと、俺はその辺興味ないから」
「侑亜っぽい」
シアリは笑った。
「天使の仕事とはねぇ……人間をいい方に導くこと。あと、心を癒やしてあげること。かな?」
天使は悩める人間の元に舞い降りて「神の御加護がありますように」と祈る。天使の祈りには特別な力があるのだ。
「そうなんだ」
「この仕事内容でどうして恋愛禁止何だろうね」
「判断が鈍るといけないから、とかじゃない?」
「溺れるほど好きになったら仕事手につかなくなりそうだもんね……」
「……あ、そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「あ、うん。じゃあ、また明日ね」
「ばいばーい」
シアリは笑顔で手を振った。侑亜も軽く手を振り返してシアリを見送った。
「よし、俺も仕事に戻るか」
長く仕事をサボっていることがバレては困る。
「ほー、会いに来ていたとはな」
「――!?」
後ろから声がして振り返ると、あの女がいた。
「お前か。いきなり何の用だ」
「暇での」
「暇? 仕事してないのか?」
「しとるが今は休みじゃ」
「何の仕事してるんだ?」
「お前には関係のない仕事だ。やはり、もっと面白いことがしたいのぅ」
「?」
仕事が、か? いや、この女のことだ、違うことだろう。
「きっとそのうちわかるだろう。今はただ、面白いことがしたいのじゃ」
「なんだよ、それ。いちいち俺に言う必要あるのか……やばい、仕事戻らないと怪しまれる」
この女といるとなんだか変な気分になって現実を忘れそうになる。
「お前は本当に真面目だな。面白くない男だ。じゃあの」
そう言って女は一方的に去っていった。
「何者だ……」
そして何しに来たんだ……と、侑亜にはわからないことだらけだった。
次の日。
約束通り、侑亜はシアリに会った。
十分程とりとめない話をし、笑いあった。
「侑亜ってすごい堅い人だと思ったけど、実はそーでもないんだね?」
「ただ、約束を守ってるだけで、これはいけないことだと……」
「ふぅん。苦し紛れの言い訳だー。侑亜はあたしが好きってことかな?」
「……!?」
爆弾発言に心臓が止まりそうになる侑亜。
「どーしたの? 侑亜?」
動揺する侑亜の顔をシアリが覗き込む。
自分の爆弾発言には気付いてないようだ。
「別、に、……」
「何か変なのー」
シアリは口を尖らせて、子どもっぽく言った。
「あ、戻らなきゃ。今日呼び出されてて……もうちょっと一緒にいたかったな。なんてな」
侑亜はいたたまれなくなって帰る言い訳をしてるところで、仕返しを思いつき普段言わないことを言ってみた。
「そっか、じゃあね」
「仕事戻る……んっ……」
一瞬何が起こったか、わからなかった。何かが唇を塞いだ。そう、侑亜はいきなりシアリにキスされた。
「じゃっ」
ただ呆然とする侑亜に、シアリは手を振って戻っていく。流石のシアリも顔を真っ赤にして、逃げるような感じだった。
「まじかよ……」
侑亜の些細な仕返しは何倍ものダメージで返ってきた。
胸がドキドキ、バクバクして、何も考えられなかった。
そのキスの影響力はとても大きくて次の日になってもなんだかぽわんとした気持ちだった。そんな自分にびっくりした。
「よ、侑亜」
「あ、彗斗」
仕事をしていると、彗斗に声をかけられた。
「噂で聞いたんだけどさ、シアリちゃん、バレたみたい……」
「えっ?」
「誰かと恋愛してるって報告があって、問いただされて……侑亜はバレてないみたいだけど」
「まじかよ……」
何故バレたのか考えるうち浮上したのはあの女であった。
「シアリちゃん、堕とされるよな……」
「多分、な」
「そりゃあそうだろうな」
「!?」
声がして振り返るとあの女がいた。
「またお前か」
「お前……」
侑亜だけでなく彗斗もこの女を知っているようで驚いている。
「彗斗も知ってるのか?」
「ああ。あの日……侑亜がシアリに会った日、侑亜をシアリに会わせろってこの女が言ったんだ」
「どうして……」
「特に理由はないがしいて言うなら、恋のキューピッドになりたかったってことかの」
なんとも嘘っぽい理由だ。
「じゃあなんで報告した? 報告したのお前だろ」
侑亜にはそれしか考えられなかった。
「何の話だ?」
「とぼけるな」
「そう怒るでない。もっと面白いことをしてやる」
「俺のことも告げる気か?」
「さぁの。言ってしまっては面白くない」
女はなにやら思案する表情を見せて、フッと笑った。
「じゃあの」
そして怪しい笑みにウィンクをおそらく彗斗に向けて、去っていった。一体何をしに来たのか。
「なんだあいつ。俺好かれた?」
「知らねーよ」
侑亜にはそんなことどうでもよかった。これから起こるであろうことが不安だった。
女が消えたあと、仕事をしていると、部長に呼び出された。
女はああ言っていたが絶対バレたに違いない、そう思った。
けれど実際は違った。むしろ喜ばしいことだった。
「お前には、部署を異動してもらうことになった」
「どこにですか?」
飛ばされた、そう思った。
「堕天使かどうかを判断する重要な部署だ」
そこは侑亜の部署より格上であった。
「それって昇級ってことですか?」
「そうだ。しかも飛び級だぞ。これは上からのお達しだ。日々の行いが評価されたのだろう。頑張れよ」
「は、はい」
あの女の言う面白いことはこれか、と思ったが昇級させてどうするつもりなのかはわからなかった。
「じゃあ、もういいぞ」
「失礼しました」
色々聞こうかと思ったが、あんなににこにこした部長見たことがなかったので、怒らせたり悲しませたりする訳にはいかなくて何も聞かず部屋を出た。
「侑亜!!」
「彗斗」
彗斗は部屋の前で待っててくれていた。
「どうだった?」
「堕天使判断の部に異動だと」
「えっ!? マジで? いきなり? いいなぁ」
「何がいいんだよ。あんな残酷な部署」
そこは天使の人生を大きく左右し、時に死に追いやる。
「えー。残酷かぁ? 贅沢しすぎるとそんなこと言っちゃうのか?」
彗斗は仕事の中身なんてどうでもいいようだ。
「ちげーよ。彗斗は昇級しないほうがいいんじゃない? その方がレンさんと恋愛出来るし」
「そーだよな、レンちゃんと恋愛できなくなるなんて考えられない。じゃあ行ってきまーす」
嬉しそうに彗斗は駆け出していった。単純な男だ。
「……会いに行くのか」
自身の呟きが虚しく聞こえた。
侑亜は新しい部署のある場所へ向けて歩き出した。
それから、シアリには会ってないが、何にもない平穏な日々が続いていた。
「よ、侑亜様。慣れた? その仕事」
彗斗が侑亜の仕事場を訪れた。
「そう簡単になれる訳ないだろ」
「やっぱ、そうだよね」
「そんな軽く言うなよな、彗斗」
ポンと肩を叩いてやる。一人の天使の人生を決めてしまう、それが侑亜には重圧であった。
「わりーな、頑張れよ」
「わざわざ邪魔しに来てくれてサンキュな」
嫌みたっぷりに言ってやると彗斗は軽はずみな発言に少し反省したようで、何も言わすに去っていった。
侑亜はそれを見て、溜め息を吐いた。
先輩の判断に従って天使に印を押す。侑亜は入ったばかりで今はそれしかさせてもらえなかった。
「侑亜、来たぞ。こいつは堕だ」
「わかりました」
返事をして前を向くとそこには、シアリがいた。
ついに来てしまった。バレたことが嘘ならいいのになんて淡い思いは打ち砕かれた。
それに、まさか自分でやることになるとは。
「いや、お願い、やめて……ください……」
他の天使と同じように、侑亜のことなんて知らないかのような態度でシアリは涙した。
「ごめん……この世界のルールだから……罪は償わないと」
侑亜はそう言って、印を近づけた。
「いや……やめて……」
シアリは泣き叫ぶも男二人に押さえられていて、身動きが取れない。
シアリは、侑亜のことを想って泣いてるのかそれとも、単に天使でなくなるのが嫌なのか――。
「これで、堕天使なんだね」
言い終わる前に、侑亜は印をシアリの首筋に押し付けた。
手を離され崩れるシアリ。見向きもしない男たち。
「さよなら、シアリ――」
仕事の済んだ侑亜は一雫の涙を残し、去った。
罪人として酷い扱いを受けるシアリを見て、自分の罪がバレてしまうのがあまりに怖くて、侑亜はシアリを助けることができなかった。
その後、シアリが消えたことを知った。すぐに侑亜は走り出した。
落ちる、それは人間界に行くこと。ある場所の次元をくぐれば、人間界に行ける――それは全てを失って生まれ変わること。
「シアリ、会いに行くから」
侑亜は落ちた。
落ちたからって会える可能性は限りなく低い。しかしこのままここで過ごすよりは遥かに可能性がある。
落ちる瞬間、その一瞬侑亜は笑うあの女を見た――。
女が「愉しい暇潰しだった」と呟いたのはその後だった。
+
ぐらり。頭が大きく揺らぐ感じがした。
見せられた過去は色々と衝撃だらけであった。
「……なぁ、アレが過去の俺らか?」
「ああ、過去というよりはこっちへ来る前、そう前世の記憶と言った方が正しいかもしれんな。生まれ変わりに近いからな。向こうで恋に落ち一度は諦めざるを得なくなった二人が再びこの世界で出会う。なんとも奇跡的でロマンチックじゃ」
「……生まれ変わりならどうして過去の記憶を失っているんだ?」
恋の話に気まずさを感じた侑亜は話を変えた。
「存在の都合上とでも言っておこうか」
「お前が作ったのか?」
「そうじゃ」
「……ねぇ、天使だったあたしが何で機械なの?」
「ああ、それはなぁ、わしの遊びじゃ」
神は何とも可愛らしく笑んだ。
「こっちに来たときの設定を作るとき、名前にお前は堕天使だったということを入れておこうと思うたんじゃ。で、機械にしてN-41*1440332という番号を入れた」
「その番号がどう堕天使につながるんだ?」
「携帯とにらめっこでもして考えるがよい。ちなみにシアリのその心の声が聞こえる力は天使の時から持ってたもので、わしが与えたものではない」
「俺が力を与えられたのは向こうの世界と関わりがあるのか?」
「ただ面白いと思ったから、じゃダメかのぅ」
「……」
怒りは込み上げてくるのに言葉にならなくて侑亜は黙ってしまった。
「全ては暇潰し。死ぬことを許されず生き続ける人生は暇だらけじゃからな。愉しく遊ばせてもらったよ」
「玩具(オモチャ)にされてたのかよ」
何をしたって神の思い通りなのが気に入らない。
「悪かったな。愉しかったぞ」
「それはお前だけだ」
「そうか、残念だのぅ」
「どこがだ」
神の態度はちっとも残念そうに見えない。
「お詫びにお前らを普通の人間にしてやろうか。そうなりたくてわしを探していたんじゃろ」
「ほんとか?」
散々遊んだ玩具をメンテナンスして手放すなんてこと神がするだろうか? 侑亜は疑いながらも期待してしまう。
「戻るつもりがないのならな」
「人間になりたい」
シアリの目は期待で満ち溢れキラキラしている。
「よく考えたほうがいい。向こうの時の記憶を戻してやるから、よく考えるんだ」
「やめろ」
向こうの記憶を戻して何になるというのだ。
二人分の記憶を記憶するキャパシティが脳にあるのか? 受け入れてしまったら大変なことになるんじゃないか? 侑亜は怖くなった。
「どっちにしたってお前がワシから離れることはできない。できるとすればワシがオモチャを捨てる時だ」
やはり簡単に手放すわけがなかった。それにまだ遊び足りないようだ。
「……」
何故自分なのか。何故自分だけが神に気に入られているのか。侑亜は不思議で仕方なかった。
「神様、今から何するの? あたしの答えはどうしたって変わらないよ? 普通の人間になりたい」
「シアリ、心配するな。愉しいことだ」
神が一度思いついた愉しいことを止めるわけがなかった。
「愉しく遊ぼうぞ」
神は笑った。
+
神の暇潰しは終わらない。
神はわざとつらい記憶を鮮明にして二人に戻し、忘れさせてほしいと願わせるようにした。
そうしておいて二人の前から消え去った。
「ワシを見つけることは出来るかな」
どこからか二人の行動を愉しそうに眺めていた。
(13/12/04)
原型は多分もっと前。
人を殺す事で、自分は強いのだと思っていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。と彼は思う。
全てを忘れ、ただ怯える彼に神と名乗るやつが与えた謎の力。人を武器なしで殺せるくらい強力な力。それは電磁波にも似た見えない刺激のある波を出すことができる能力で、オンオフも威力の段階調整も自由。それによって彼は怯えなくなった。
しかし、使い続けなければなくなってしまう。そう知ってから実際に人を殺すようになった。その感覚が彼を狂わせた。もう、あとには戻れない。
力を失ってしまうことを恐れて、彼は人を殺す。
何故神は彼にそんな力を授けたのか。
+
深夜、彼の人殺し――狩りが始まる。
「あー、今日雨降ったから全然人いないや」
少年、侑亜(ユウア)はぼやきながら街を歩いていた。
今は止んでいるものの、雨が降ったというのは大きい。
いつでも狩れるようにオンモードのまま歩き続ける。
暫くすると、前方に小さく人を発見した。幼げな少女だ。
こんな時間に一人で出歩いて大丈夫なのだろうか。
人を殺すとはいえ侑亜にも良心はあって、さすがに子どもを殺すことは出来ないので、諦めて能力をオフにした。
気にはなったが面倒なことに巻き込まれるのを防ぐため、そのまま通りすぎようと思った。そう思ったのに、あと少しのところで少女が侑亜に話し掛けてきた。
「何で人を殺すの?」
「は?」
まだ今日は人を殺してない。それに、ここへは久しぶりに来た。なのに、何故、人を殺す事を知っているのか。様々な疑問が浮かぶばかりだ。
「聞こえるんだ、心の声が」
少女は言った。
「心の声?」
「うん。人が心の中で思ってることがあたしには聞こえるの。声には出さなくとも声に出したようにね。あ、近くの人だけだけど。今日は殺し無理だなって思ったでしょ?」
見かけによらず大人っぽい。
「……何者だ、お前」
「シアリ。機械番号はN-41*1440332」
ドクン、侑亜の心臓がはねた。何故かはよく分からない。
「あなたは?」
「俺は侑亜だけど……機械番号ってお前は機械かよ」
「そうだよ」
シアリはケロッとした顔で答える。まさかそんなはずはないと思っていた侑亜はびっくりして固まる。
「正確には違うんだけど、教えてくれないからよくわかんないの」
「機械がなんで喋って歩いてんだよ」
「だからよくわからないって言ったでしょ? 知ってるのは神様だけ」
物心ついたころから機械だと教えられてきたシアリ。心の読める能力も人間らしさも全ては神が与えたのだと、シアリは考えていた。
「神様……」
侑亜がその言葉に引っかかったのは自身が神にもらった力を使っているから。
「なんで、人を殺すの? 神様に言われたから?」
シアリは再度、まだ答えてもらっていないこの質問をした。
「神様がくれた力を失うのが怖いから」
「どうして?」
「わからない。ただこの力がないと生きていけない気がするんだ。存在理由っていうか、力を失ったら何も残らないから」
侑亜は気づいたら記憶を失っていて、どうしたらいいのか分からないでいた時に神から力をもらった。それから過去をしろうとすることは止めた。力があるから過去なんて知らなくても生きてこられた。だから力を失ったらどうなってしまうのか、と怖くなる。
「悲しいね」
「そうかもな。てかお前ここにいていいわけ?」
いくら人間らしいとは言え機械がこんなところにいていいのか? と侑亜は疑問に思う。
「忘れてた。脱走してきたんだった。発信機的なのは壊したから大丈夫だと思うけど、探してはいると思う」
「何で脱走なんか……」
「神様に会いたくて。神様しか知らないことがあるって言ったでしょ」
「神様なんてそう簡単に出会えるのかよ」
実際に会ったことがあるので、実在するのはわかっているがそれ以外侑亜は何も知らない。
「無理だと思う。だからお願い、あたしに協力して」
「協力?」
「そう、連れ戻されないように守ってほしいの。ついでに神様を探してもらえると嬉しい」
「……」
「お金は奪って来たからあるし、侑亜だって神様に会えばもう力に怯えずにすむかもしれないよ」
侑亜もたしかに神には会いたかった。力をもらって以来一度も会っていない。一度夢には出てきたが。しかし探して見つかる様な存在なのか。
「お願い!」
「……わかった、協力するよ」
シアリに強く見つめられて、侑亜は渋々頷いた。
「で、シアリ、どうやって神を捜すつもりなんだ?」
「えーと……それは……なんというか」
「はぁ……無いのかよ」
言いよどむシアリに侑亜はため息をつく。
「だって、だってさぁ……」
シアリは涙目で侑亜を見つめてくる。
「わ、わかったから、そんな目でこっち見んなよ。で、どうするかだよな」
「誰かに聞けばわかるかな?」
「無理だろ」
「でも、やるしかないよ? 行こ」
シアリは笑顔で侑亜の手を引っ張った。
「あのさ、シアリ」
少し動きかけたところで侑亜は止まる。
「何?」
「今の時間わかってるか? 夜だぞ、しかも深夜だぞ? とりあえず、寝る場所を……な?」
「……わかった。じゃあ、あそこのホテルがいい」
シアリは少し離れた所に見えるホテルを指差し、無邪気にはしゃぐ。
「もしかして、ホテルとか初めて?」
「うん。ずっと外には出してもらえなかったから。でも一般知識はプログラムされてるから行ったことは無くても分かるんだ」
「プログラム……」
「侑亜、行こ。いちいち気にしてたらきりないよ」
シアリに見透かされ、せかされて侑亜は歩きだした。
+
翌日、早朝。
早々とホテルを後にし、神の手掛かりを掴むべく神社へ向かった。
神を奉る神社に行けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。
その道中だった。
「いたぞ、シアリに間違いない」
「一緒にいる男は誰だ?」
「知らない。が、邪魔者には違いない」
「者ではなく物だな。ははは」
そんな会話が背後からした。
「侑亜、監視官の奴らだよ」
「逃げるか」
侑亜はチラッとシアリを見た。コクリと頷くシアリを確認してシアリの手をぎゅっと握り、駆け出した。
必死に監視官の男たちから逃げようと走った。彼らの足は速く、どこまでも追ってくる。
「あいつら、いい加減諦めろよな」
そうやって愚痴を言いながら走り続けること二十数分。
細い路地などを上手く使い、男たちを撒くことに成功した。
「はぁ……疲れた……」
大きく息を吐く。
「侑亜凄いね」
あんなに走ったのに疲れた感じのしない笑顔のシアリ。
「それは、どうも」
そんなシアリに驚く侑亜。これが機械と人間の差か。
ゆっくりと、再び神社を目指して歩き出した。
「やっぱり知らないなぁ……」
予想はしていたが神主は何も知らなかった。
「あんな言い方しなくてもいいのにね」
それどころか「神様が実在すると思ってるの? 見えると思うの?」なんて言って笑ったのだ。
「どうしよう」
「お困りかい?」
突如、二人の後ろから女の声がした。
「誰?」
振り返るとおばあさんがいた。
「誰でも良かろう」
おばあさんは笑う。
「困っているみたいじゃったが?」
「あのね、おばあさん。私たち神様に会いたいの。でもどうしたら会えるかわからなくて」
シアリが現状を話す。
「教えてやろうか」
「知ってるのか?」
からかっているのではないかと疑う侑亜。
「知ってるよ」
おばあさんは意味深に笑みを向けた。
「すごい! 教えてよ、おばあさん」
シアリが目を輝かせて言う。怪しいとは思わないようだ。
「神は、あそこにいるぞ」
そう指差した先は空。
「空の上……どうやって会いに行けばいいの?」
「冗談じゃ。安心せい」
信じてしまうシアリに笑うおばあさん。
「よかった」
「じゃあどこだよ」
からかうおばあさんに侑亜は苛立っていた。
「そう苛々するでない。神は、桜(さくら)の空城(くうじょう)という国の真ん中にある城に住んでおる」
「あの城に? あそこは立ち入り禁止の重要建築物じゃ」
侑亜は外観だけならテレビで見たことがあった。
湖に浮かぶ和の城。立派な石垣の堀が周りを囲っている。白い外観は儚く、周りを埋め尽くす桜のようであった。
「そうじゃ、昔から神がそうゆう風にしてるのじゃ。中に入れても神のいる場所に辿り着くのはかなり大変じゃぞ」
「そのこと誰も知らないのか?」
「ああ、知らないさ。神は人間ではない。つまり外にでる必要はないからな」
「なら、何で知ってんだよ」
「何でじゃろうな」
おばあさんは笑ってはぐらかす。
「侑亜、この人の心の声聞こえない」
シアリは何度も試みたが何も聞こえなかった。
「えっ」
一体この人は何者なのか。どんどん謎に包まれていく。
「ほぅ、聞こえないのか、残念だな」
おばあさんは怪しく笑う。
「オイ、シアリがいたぞ」
このタイミングで監視官の男たち二人がまた現れた。
「クソッ、こんな時に……」
「どうしよ、侑亜」
シアリは侑亜にしがみつき、少し震えている。
侑亜はシアリの腕を握り、笑うおばあさんに目を向けた。
「助けてほしいか?」
「ああ、あいつらにシアリを渡したくないんだ」
「何でじゃ? 神に会わせたいからか?」
「そうだよ」
「助けるつもりはないが、アレは確かに邪魔じゃな」
「オイ、シアリをこっちに渡すんだ」
一人の男が侑亜に銃を向けた。もう一人は無線機で何やら連絡を取っている。
「ほぅ、それであの少年を殺すつもりかの?」
おばあさんが一歩前に出て男に近づいたのを見て、侑亜はシアリと少し後ろに下がった。
「そうだ。で、お前は何者だ」
銃口を侑亜に向けたまま男はおばあさんの方を見た。
「二人の保護者とでも言っておこうか」
「保護者? とりあえずババアは黙ってろ」
苛々した男は銃口を向ける相手をおばあさんに変えた。
そのことに侑亜は少し安堵するが、緊張な面持ちでおばあさんと男の会話を見守る。
「それは出来ない。あの少年を殺されては困るでのぅ」
銃が向けられているというのにおばあさんは全く動じない。そのまま話しを続ける。
「何故だ? お前に利益でもあるのか?」
撃鉄に指はかけているものの下ろすことはなく男も話を続ける。
「利益は無いが、失うとつまらなくなるでな」
「どういう事だ?」
「そのままの意味じゃ、あやつは大事な暇潰しなんじゃよ」
侑亜は何故だか「暇潰し」その言葉が引っかかった。
「暇潰しだと? 変わりは幾らでもいるだろ」
「それが、そうおらんのじゃ。ほら見せてやれ力を」
突然話を振られて侑亜の肩がビックと震えた。
「力? こんなガキに何が出来るというんだ」
男は鼻で笑う。
「まぁ見てみなされ」
「お前俺の力を知ってるのか……?」
まだその話はしていないはずなのにおばあさんは侑亜の力を知っていた。
「その辺の話はあとでしてやる。もう一人の男に力を使え。この人に見せておあげ」
「……――」
「嫌なら殺さんでよい。黙らせろ」
何故だか人を殺す気にはなれず躊躇する侑亜。それを分かってかおばあさんはそう言った。
「そんな……」
侑亜は突然怖くなった。
「大丈夫?」
心配そうにシアリが侑亜を見つめる。掴む手に力が入る。
「……大丈夫」
そっとシアリの手をどかす侑亜。
男が何やら武器を用意しだしたのを見て、寸前の足を動かした。
一気に距離を詰めると、男の頭を掴んで死なない程度の波を流した。その刺激にやられ気を失い倒れる男。
「お、お前……」
力を目の当たりにし銃を持つ男の手が震え始めた。
「安心しろ、死ではない。ただの気絶じゃ」
「な、なんだよ……」
男の震えは止まらない。
「どうじゃ、わしの与えた力は」
そうおばあさんは言った。
「まさか、お前が……」
「そうじゃ、わしが神じゃ」
おばあさん――神は光に包まれ、艶やかな着物姿の美しい女性に姿を変えた。
そして男の手から銃が堕ちる音がした。
「どうじゃ?」
男が何もしてこないと判断した神は楽しそうに侑亜を見る。
「……」
侑亜は返す言葉が出てこない。
「えっ、おばあさんが神様だったの? 何でも知ってるし、心の声聞こえないし、変だとは思ってたけど」
「シアリはわしに会えて嬉しいか?」
「うん」
満面の笑みを浮かべるシアリ。
「お前、侑亜はどうじゃ?」
「複雑な気持ち。なんか、簡単に会えちゃったし」
「簡単とはなんだ。わざわざ会いにきてやったんじゃぞ? お前らのために」
「俺らのために?」
「そうじゃ、過去――お前らがどう頑張っても思い出せない過去に関係があるんじゃ」
「過去……」
失ってしまった記憶。思い出すことを止めた過去。そこに一体何があるというのか。
「あたしの記憶は実験の失敗で消えたんじゃないの?」
「故意に消したのだ。お前らに見せてやろう、過去を」
神はニヤリと笑う。
「しかし、その前に邪魔者を始末しておく必要がある」
そう言って、神は怯えて腰を抜かした男を眠らせた。
「では、知るがよい。忘れてしまった過去を――」
+
過去。
シアリはその世界の天使であった。侑亜は天使監理機関で働いていた。
その世界にはたくさんの天使がいた。天使にも階級があって、一部の上級天使しか神に仕えることは出来ない。その他大半の天使は人間を癒し、良い方へ導くという仕事をしている。
そんな神聖なる神に仕える可能性のある天使たちが道を外し、罪を犯さないように監視するのが天使監理機関の仕事であった。
罪を犯した天使は天使としての権利を剥奪され堕天使となる。天使を堕天使とするのもこの機関の仕事であった。
この機関は複数の部署があり、侑亜は存在する天使の大半を占める底辺の天使を監視する部署にいた。
いつものように侑亜は仲間の彗斗(けいと)と天使の見張りをしていた。
「位の高い天使ってさ、すっげー綺麗なイメージない?」
突然彗斗が言った。
「そうか?」
侑亜たちの部署で見張るのはその辺のありふれた天使。階級別に住むところが違うため、部署が違えばなかなか上層階級の天使を見る機会はない。だから仕事以外なんの興味もない侑亜にはイマイチわからなかった。
「イメージもないのかよ」
「つうか、ここじゃない天使に好きな子出来ただけだろ」
彗斗はわかりやすい。侑亜は容易に想像がついた。
「バレた?」
「ああ」
どこで出会ったのだか。彗斗のネットワークには呆れを通り越して感心する。
「でも、天使の恋愛は罪だから片思いだな」
残念でしたと、彗斗を見る。
「それに、お前だって罪になるぞ? 天使を犯罪者にするわけだから」
「何で恋愛しちゃ駄目なんだろ?」
諦めきれない様子の彗斗。
「さぁ、天使だから?」
侑亜は面倒になって適当に返した。
「はぁー……友達ならいいかな?」
恋の病にかかってしまった彗斗には理由なんてどうでもいいようだ。
「俺が判断することじゃない」
それでも二人きりで会っているところが見つかれば、違反対象にはなるだろう。
「堅いな、侑亜」
「俺は普通に仕事してるだけだ」
彗斗が緩すぎるんだと侑亜は思う。
「なぁ、こっそり行こうぜ」
侑亜の手を引っ張る彗斗。
どうしてそうなるのか聞いたところで無意味。
「オイ、俺らも罪になるぞ」
侑亜は注意をしたがその言葉は走る音でかき消された。
あまり人目につかないような所で彗斗は止まり、辺りを見渡した。
「よし、レンちゃん大丈夫だよ」
「ありがと、彗斗君」
彗斗の呼びかけで侑亜たちより少し年上に見える女性の天使が現れた。
その女性の後ろにしがみつくような感じで侑亜たちより幼い少女の天使がいた。
「彗斗君、この子シアリっていうのよ」
ここで初めて侑亜とシアリは出会った。
レンさんはとても優しく綺麗に笑う人で、シアリはおとなしい子だと侑亜は思った。
「よろしく。あ、こいつ侑亜」
「どうも」
軽く会釈する。
「よろしくね。彗斗君、ちょっと……」
レンはそう言って、早々に彗斗とどこかへ行ってしまった。残された侑亜とシアリ。
「……どうしよ」
初対面の子といきなり二人きりにされ戸惑う侑亜。しかも相手は天使だ。
「侑亜って……天使監視する仕事してるんだよね?」
少し躊躇する様子を見せつつ、シアリは話しかけてきた。呼び捨てで。
「そうだけど……」
そこで、侑亜はハッとする。何もなくたって天使と二人きりなんてバレたら大変なことになる。
少しばかりシアリの魅力に引き込まれて、侑亜は危険な状況にあることを忘れていた。彗斗がレンと消えたときに戻るべきだった。シアリと一緒にいなきゃいけない理由などないのだから。
「大丈夫だよ。ここでよくレンちゃん会ってるけどバレてないし」
侑亜のためらいを読み取ってか、シアリはほほ笑んだ。
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「侑亜堅いよ」
彗斗にも同じことを言われたのを思い出す。
「でも今日はもうおしまい」
「えっ」
侑亜は拍子抜けした。
「急だったもん。だから、また明日。明日もここで会おう?」
シアリはまっすぐな瞳で侑亜を見る。
「……」
「あたし待ってるから」
返事をしていないのに「じゃあね」と笑顔で手を振り、シアリは去って行った。
シアリの瞳に引き込まれ、侑亜は恋に落ちてしまっていた。一目ぼれなんてしたことなかった。それ以前に恋愛にうつつを抜かして仕事を疎かにしたくなくて、恋愛なんてしてこなかった。よりによってその相手が天使とは。
「はぁ……」
侑亜から自然とため息が漏れる。
持ち場に戻ったのはいいものの気がつくと、シアリには会いたいが罪を犯すことは出来ない、そのことばかり考えていた。
「どうした?」
いきなり後ろから話しかけられた。
「誰だよ」
侑亜が振り返るとそこには年齢のイマイチわからない女性がいた。奇抜で露出の激しい着物らしきものを着ている。
「誰だろね?」
とぼけたように言い、笑う。
「じゃあ、何の用だ」
「助言しに来てやった」
「何だよ、助言って。大体、頼んだ覚えはない」
初対面の人物が一体何を知っているというのか。
「まあ、気にするな。お前、神様は信じるか?」
突き放す侑亜に女は話を続けた。
「唐突だな……信じるよ」
神は人々の前には現れずひっそりと生活しているため伝説と化していた。神を見られるのは仕える上級天使のみ。上級天使がその話をしないため本当は存在しないのでないかという話も出ていた。
「なら、神様は白と黒どっちの色だと思う?」
「白、かな。きっと心清らかで、人を弄んだりはしない」
面倒だと思っているのに何故か無視できず侑亜は答える。
「そうか。お前はどこまでも模範的だな」
「?」
この流れで何故そうなるのか侑亜には理解できなかった。
「お前は枠にとらわれすぎだということだ。たまには枠外にでようと思わないのか」
「枠外にでてしまったら、枠の意味がなくなる」
「ホント堅いやつだ。そんなんでは何も変わらんぞ?」
変わるつもりなど侑亜にはなかった。
「何故、なんでみんなは、そう枠から外れようとするんだ? なんでそうルールを破る?」
「さてな。そのうちわかる」
「そのうちって……」
意味がわからない。侑亜の苛立ちが募る。
「一つだけ、言っといてやる」
女の目がスッと侑亜の目を捉えた。
「お前のようなやつばかりなら、ルールなどこの世に存在しない」
そう言って女はどこかに行ってしまった。
その時の女の目はなんだか切なそうだった。
次の日。
侑亜はシアリに会うべく、昨日の場所に向かっていた。 神が遠まわしに会いに行けと言っていた気がしたから。けれどルールは破るためにあるとでも言わんばかりの神の発言が正しいとは思わない。
「侑亜!」
満面の笑みでシアリがこちらに向かってくる。
笑顔のシアリは一段と可愛いと思う。
「バレてないよな?」
「うん。ここは有名な恋愛スポットなんだって。歴代の先輩たちもバレなかったんだから」
なんだか誇らしげだ。
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「いいの。あたしは侑亜と会えればそれで幸せだもん」
シアリはさり気なく爆弾発言をしているが、本人に自覚はない。
二人は暫く会話を続けた。
「あのさ、侑亜」
「何?」
「昨日ね、不思議な女の人に会ったんだ」
「不思議な女の人?」
「うん。謎の喋り方をする人なんだけど、凄い服着てたんだよ」
侑亜にも思い当たる節があった。
「その人、あたしたちのコト知ってるみたいだったよ」
そう言って、その時の事を話し始めた。
あの夜。その女は突如として現れた。
「どうじゃ、禁断の恋は」
「誰?」
「さぁな、ま、どうでも良かろう。わしの質問に答えてもらえると嬉しいがの」
「あたしは、禁断の恋だと思ってないから」
「そうか。残念じゃ」
「なんで?」
「なんでだろね」
そもそも何故そのことを知っているのか。誰にも見られてなったはずである。
「からかってるの? バカにしないでよ」
「すまぬな。あまりに愉しいから、つい」
「からかうのが?」
「いや、そうではない」
「じゃあ、なんなの――」
その質問に答える前に、女はスッと消え去った。
「あいつ、何がしたいんだ?」
シアリの話を聞き終わり、侑亜は思ったことを口にする。
「侑亜も会ったの?」
「うん、多分同じ人。よくわからないことを言われた。一体何者なんだろう……」
「ホントだね。それより、お堅い侑亜が来てくれるとは思ってなかった。その女の人に何か言われたの?」
「別に」
本当のことを伝えるのはシアリを傷つけてしまうと思ったのでやめておいた。
「ふぅん」
「あのさ、シアリって普段どんな仕事してるの?」
微妙な空気を感じ取り、話を変えた。
「知らないの?」
「監視って言っても、俺みたいな下っ端は表面だけ。中までは監視しないから。あと、俺はその辺興味ないから」
「侑亜っぽい」
シアリは笑った。
「天使の仕事とはねぇ……人間をいい方に導くこと。あと、心を癒やしてあげること。かな?」
天使は悩める人間の元に舞い降りて「神の御加護がありますように」と祈る。天使の祈りには特別な力があるのだ。
「そうなんだ」
「この仕事内容でどうして恋愛禁止何だろうね」
「判断が鈍るといけないから、とかじゃない?」
「溺れるほど好きになったら仕事手につかなくなりそうだもんね……」
「……あ、そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「あ、うん。じゃあ、また明日ね」
「ばいばーい」
シアリは笑顔で手を振った。侑亜も軽く手を振り返してシアリを見送った。
「よし、俺も仕事に戻るか」
長く仕事をサボっていることがバレては困る。
「ほー、会いに来ていたとはな」
「――!?」
後ろから声がして振り返ると、あの女がいた。
「お前か。いきなり何の用だ」
「暇での」
「暇? 仕事してないのか?」
「しとるが今は休みじゃ」
「何の仕事してるんだ?」
「お前には関係のない仕事だ。やはり、もっと面白いことがしたいのぅ」
「?」
仕事が、か? いや、この女のことだ、違うことだろう。
「きっとそのうちわかるだろう。今はただ、面白いことがしたいのじゃ」
「なんだよ、それ。いちいち俺に言う必要あるのか……やばい、仕事戻らないと怪しまれる」
この女といるとなんだか変な気分になって現実を忘れそうになる。
「お前は本当に真面目だな。面白くない男だ。じゃあの」
そう言って女は一方的に去っていった。
「何者だ……」
そして何しに来たんだ……と、侑亜にはわからないことだらけだった。
次の日。
約束通り、侑亜はシアリに会った。
十分程とりとめない話をし、笑いあった。
「侑亜ってすごい堅い人だと思ったけど、実はそーでもないんだね?」
「ただ、約束を守ってるだけで、これはいけないことだと……」
「ふぅん。苦し紛れの言い訳だー。侑亜はあたしが好きってことかな?」
「……!?」
爆弾発言に心臓が止まりそうになる侑亜。
「どーしたの? 侑亜?」
動揺する侑亜の顔をシアリが覗き込む。
自分の爆弾発言には気付いてないようだ。
「別、に、……」
「何か変なのー」
シアリは口を尖らせて、子どもっぽく言った。
「あ、戻らなきゃ。今日呼び出されてて……もうちょっと一緒にいたかったな。なんてな」
侑亜はいたたまれなくなって帰る言い訳をしてるところで、仕返しを思いつき普段言わないことを言ってみた。
「そっか、じゃあね」
「仕事戻る……んっ……」
一瞬何が起こったか、わからなかった。何かが唇を塞いだ。そう、侑亜はいきなりシアリにキスされた。
「じゃっ」
ただ呆然とする侑亜に、シアリは手を振って戻っていく。流石のシアリも顔を真っ赤にして、逃げるような感じだった。
「まじかよ……」
侑亜の些細な仕返しは何倍ものダメージで返ってきた。
胸がドキドキ、バクバクして、何も考えられなかった。
そのキスの影響力はとても大きくて次の日になってもなんだかぽわんとした気持ちだった。そんな自分にびっくりした。
「よ、侑亜」
「あ、彗斗」
仕事をしていると、彗斗に声をかけられた。
「噂で聞いたんだけどさ、シアリちゃん、バレたみたい……」
「えっ?」
「誰かと恋愛してるって報告があって、問いただされて……侑亜はバレてないみたいだけど」
「まじかよ……」
何故バレたのか考えるうち浮上したのはあの女であった。
「シアリちゃん、堕とされるよな……」
「多分、な」
「そりゃあそうだろうな」
「!?」
声がして振り返るとあの女がいた。
「またお前か」
「お前……」
侑亜だけでなく彗斗もこの女を知っているようで驚いている。
「彗斗も知ってるのか?」
「ああ。あの日……侑亜がシアリに会った日、侑亜をシアリに会わせろってこの女が言ったんだ」
「どうして……」
「特に理由はないがしいて言うなら、恋のキューピッドになりたかったってことかの」
なんとも嘘っぽい理由だ。
「じゃあなんで報告した? 報告したのお前だろ」
侑亜にはそれしか考えられなかった。
「何の話だ?」
「とぼけるな」
「そう怒るでない。もっと面白いことをしてやる」
「俺のことも告げる気か?」
「さぁの。言ってしまっては面白くない」
女はなにやら思案する表情を見せて、フッと笑った。
「じゃあの」
そして怪しい笑みにウィンクをおそらく彗斗に向けて、去っていった。一体何をしに来たのか。
「なんだあいつ。俺好かれた?」
「知らねーよ」
侑亜にはそんなことどうでもよかった。これから起こるであろうことが不安だった。
女が消えたあと、仕事をしていると、部長に呼び出された。
女はああ言っていたが絶対バレたに違いない、そう思った。
けれど実際は違った。むしろ喜ばしいことだった。
「お前には、部署を異動してもらうことになった」
「どこにですか?」
飛ばされた、そう思った。
「堕天使かどうかを判断する重要な部署だ」
そこは侑亜の部署より格上であった。
「それって昇級ってことですか?」
「そうだ。しかも飛び級だぞ。これは上からのお達しだ。日々の行いが評価されたのだろう。頑張れよ」
「は、はい」
あの女の言う面白いことはこれか、と思ったが昇級させてどうするつもりなのかはわからなかった。
「じゃあ、もういいぞ」
「失礼しました」
色々聞こうかと思ったが、あんなににこにこした部長見たことがなかったので、怒らせたり悲しませたりする訳にはいかなくて何も聞かず部屋を出た。
「侑亜!!」
「彗斗」
彗斗は部屋の前で待っててくれていた。
「どうだった?」
「堕天使判断の部に異動だと」
「えっ!? マジで? いきなり? いいなぁ」
「何がいいんだよ。あんな残酷な部署」
そこは天使の人生を大きく左右し、時に死に追いやる。
「えー。残酷かぁ? 贅沢しすぎるとそんなこと言っちゃうのか?」
彗斗は仕事の中身なんてどうでもいいようだ。
「ちげーよ。彗斗は昇級しないほうがいいんじゃない? その方がレンさんと恋愛出来るし」
「そーだよな、レンちゃんと恋愛できなくなるなんて考えられない。じゃあ行ってきまーす」
嬉しそうに彗斗は駆け出していった。単純な男だ。
「……会いに行くのか」
自身の呟きが虚しく聞こえた。
侑亜は新しい部署のある場所へ向けて歩き出した。
それから、シアリには会ってないが、何にもない平穏な日々が続いていた。
「よ、侑亜様。慣れた? その仕事」
彗斗が侑亜の仕事場を訪れた。
「そう簡単になれる訳ないだろ」
「やっぱ、そうだよね」
「そんな軽く言うなよな、彗斗」
ポンと肩を叩いてやる。一人の天使の人生を決めてしまう、それが侑亜には重圧であった。
「わりーな、頑張れよ」
「わざわざ邪魔しに来てくれてサンキュな」
嫌みたっぷりに言ってやると彗斗は軽はずみな発言に少し反省したようで、何も言わすに去っていった。
侑亜はそれを見て、溜め息を吐いた。
先輩の判断に従って天使に印を押す。侑亜は入ったばかりで今はそれしかさせてもらえなかった。
「侑亜、来たぞ。こいつは堕だ」
「わかりました」
返事をして前を向くとそこには、シアリがいた。
ついに来てしまった。バレたことが嘘ならいいのになんて淡い思いは打ち砕かれた。
それに、まさか自分でやることになるとは。
「いや、お願い、やめて……ください……」
他の天使と同じように、侑亜のことなんて知らないかのような態度でシアリは涙した。
「ごめん……この世界のルールだから……罪は償わないと」
侑亜はそう言って、印を近づけた。
「いや……やめて……」
シアリは泣き叫ぶも男二人に押さえられていて、身動きが取れない。
シアリは、侑亜のことを想って泣いてるのかそれとも、単に天使でなくなるのが嫌なのか――。
「これで、堕天使なんだね」
言い終わる前に、侑亜は印をシアリの首筋に押し付けた。
手を離され崩れるシアリ。見向きもしない男たち。
「さよなら、シアリ――」
仕事の済んだ侑亜は一雫の涙を残し、去った。
罪人として酷い扱いを受けるシアリを見て、自分の罪がバレてしまうのがあまりに怖くて、侑亜はシアリを助けることができなかった。
その後、シアリが消えたことを知った。すぐに侑亜は走り出した。
落ちる、それは人間界に行くこと。ある場所の次元をくぐれば、人間界に行ける――それは全てを失って生まれ変わること。
「シアリ、会いに行くから」
侑亜は落ちた。
落ちたからって会える可能性は限りなく低い。しかしこのままここで過ごすよりは遥かに可能性がある。
落ちる瞬間、その一瞬侑亜は笑うあの女を見た――。
女が「愉しい暇潰しだった」と呟いたのはその後だった。
+
ぐらり。頭が大きく揺らぐ感じがした。
見せられた過去は色々と衝撃だらけであった。
「……なぁ、アレが過去の俺らか?」
「ああ、過去というよりはこっちへ来る前、そう前世の記憶と言った方が正しいかもしれんな。生まれ変わりに近いからな。向こうで恋に落ち一度は諦めざるを得なくなった二人が再びこの世界で出会う。なんとも奇跡的でロマンチックじゃ」
「……生まれ変わりならどうして過去の記憶を失っているんだ?」
恋の話に気まずさを感じた侑亜は話を変えた。
「存在の都合上とでも言っておこうか」
「お前が作ったのか?」
「そうじゃ」
「……ねぇ、天使だったあたしが何で機械なの?」
「ああ、それはなぁ、わしの遊びじゃ」
神は何とも可愛らしく笑んだ。
「こっちに来たときの設定を作るとき、名前にお前は堕天使だったということを入れておこうと思うたんじゃ。で、機械にしてN-41*1440332という番号を入れた」
「その番号がどう堕天使につながるんだ?」
「携帯とにらめっこでもして考えるがよい。ちなみにシアリのその心の声が聞こえる力は天使の時から持ってたもので、わしが与えたものではない」
「俺が力を与えられたのは向こうの世界と関わりがあるのか?」
「ただ面白いと思ったから、じゃダメかのぅ」
「……」
怒りは込み上げてくるのに言葉にならなくて侑亜は黙ってしまった。
「全ては暇潰し。死ぬことを許されず生き続ける人生は暇だらけじゃからな。愉しく遊ばせてもらったよ」
「玩具(オモチャ)にされてたのかよ」
何をしたって神の思い通りなのが気に入らない。
「悪かったな。愉しかったぞ」
「それはお前だけだ」
「そうか、残念だのぅ」
「どこがだ」
神の態度はちっとも残念そうに見えない。
「お詫びにお前らを普通の人間にしてやろうか。そうなりたくてわしを探していたんじゃろ」
「ほんとか?」
散々遊んだ玩具をメンテナンスして手放すなんてこと神がするだろうか? 侑亜は疑いながらも期待してしまう。
「戻るつもりがないのならな」
「人間になりたい」
シアリの目は期待で満ち溢れキラキラしている。
「よく考えたほうがいい。向こうの時の記憶を戻してやるから、よく考えるんだ」
「やめろ」
向こうの記憶を戻して何になるというのだ。
二人分の記憶を記憶するキャパシティが脳にあるのか? 受け入れてしまったら大変なことになるんじゃないか? 侑亜は怖くなった。
「どっちにしたってお前がワシから離れることはできない。できるとすればワシがオモチャを捨てる時だ」
やはり簡単に手放すわけがなかった。それにまだ遊び足りないようだ。
「……」
何故自分なのか。何故自分だけが神に気に入られているのか。侑亜は不思議で仕方なかった。
「神様、今から何するの? あたしの答えはどうしたって変わらないよ? 普通の人間になりたい」
「シアリ、心配するな。愉しいことだ」
神が一度思いついた愉しいことを止めるわけがなかった。
「愉しく遊ぼうぞ」
神は笑った。
+
神の暇潰しは終わらない。
神はわざとつらい記憶を鮮明にして二人に戻し、忘れさせてほしいと願わせるようにした。
そうしておいて二人の前から消え去った。
「ワシを見つけることは出来るかな」
どこからか二人の行動を愉しそうに眺めていた。
(13/12/04)
原型は多分もっと前。