original
向日葵
「あおい! 俺の向日葵の名前」
夏に咲くことを願って埋めた向日葵の種。それに翔は名前を付けた。
「なんで?」
「漢字で書いたら最後の字、葵じゃん。だから」
「なるほど」
従兄弟たちと三人で祖父母の家の花壇に植えた。
「誰のが一番に咲くかな?」
「俺のだな。そして一番大きくなる」
「えー」
なんて言いながら盛り上がった。
その後、順調に成長した向日葵は夏休みに花を咲かせた。三本のうち二本だけ。
翔の向日葵あおいは蕾のまま花を咲かせなかった。一緒に植えたのに一週間過ぎても咲かなくて不安になり始めた。
でも絶対咲くと信じて翔は待った。
***
「咲いた……!」
あおいがついに咲いた。それは従兄弟たちの向日葵が枯れたあとだった。ずっともう咲かないんじゃないかと不安だった。
嬉しくて、家族と帰ってしまった従兄弟たちに報告したくて携帯で写真を撮る。メールを送った後、あおいを 眺めているとふと視線を感じた。
「――」
その正体を見つけて翔は息を飲んだ。あおいのそばでしゃがみ込む少女に見つめられていたのだ。
可憐で儚い雰囲気の少女から目を離せなくなって、どんどん引き込まれていった。あっという間に、恋に落ち ていた。
「君は、誰?」
「葵だよ。向日葵の葵。あなたは?」
「あ、俺は翔」
「翔ちゃん!」
嬉しそうに走ってきて葵は 翔に飛びついた。突然の 不思議な出来事に頭がついていかない翔。
「俺のことわかるの?」
「そうおばあちゃんが呼んでたから。植えてくれた人が翔ちゃんってことしかわからなくて、ずっと会いたかった」
「えっと、その……」
翔には今起こっていることがよくわからなかった。咲かなかった向日葵あおいが咲いて、謎の女の子葵が現れた。状況を必死に整理する。
「てことは、葵とこの向日葵あおいは同一人物ってことでいいの?」
「そうだよ。あおいと葵は一緒だよ」
「じゃあどうして人間の姿をしてるの?」
「んー魔法かな?」
葵は自分でもわからなくて首を捻る。
「魔法……」
「どうかしたの?」
「いや。……うん夢じゃない」
これは現実なんだろうか? と頬つねってみたら痛かった。
「ところで魔法ってどんな魔法なの?」
「聞いたことあるけど葵には難しくてわかんなかった。遠い世界とここを繋ぐんだって。そしてお互い願ったらこうして会えるの」
「ふーん。遠い世界か」
やっぱり夢みたいだなと翔は思う。
「翔ちゃんよろしくね」
「うん、よろしく」
二人で笑った。翔は葵のその笑顔で魔法なんてどうでもいいと思った。
突然現れた葵のことを祖父母はすんなり受け入れた。一緒に朝ごはんを食べたあと、翔は葵と二人出かけていろんなとこを見て回った。
葵はこの世界のことを知っていても見たことはなかった。見るものすべてが新鮮だった。だからこそ起こる純粋な反応が面白くて、翔は見ていて楽しかった。
日が落ちると葵は眠たそうになった。
「疲れた? 今日すごい歩いたもんな」
「日が落ちると眠くなる仕様だよ」
「花閉じるわけでもないのに面白いな」
「葵は太陽が好きだから」
「じゃあ雨だったら?」
「雨とか曇りは元気がなくなるよ」
「ずっと晴れててくれないかなー。葵は笑顔が似合うから」
普段の翔なら絶対に言えてない言葉。恋の力か相手が葵だからかそれはわからない。
「翔ちゃん、葵ちゃん、ご飯出来たわよ」
「はーい」
「わーい」
ご飯と聞いて急に元気になる葵が可愛かった。
ご飯を食べ終え、お風呂も入った。
翔と葵は布団に寝転がっていた。葵は今にも寝そうだ。
「ねえ、暑いんだけど」
布団はちゃんと二組敷いてあるというのに葵は翔のすぐ隣にいた。
「隙間あると寂しい」
理由は簡単だった。
「それにあおい外で一人ぼっちでしょ」
「それは咲くのが遅いからだろ。ちゃんと寂しくないように一緒に植えたのに。咲かなくて不安だったんだからな」
「ごめんなさい……でも仕方ないじゃんか」
「そうだな仕方ないから許す」
泣きそうになる葵の頭を優しくポンポンと撫でる。
「英、明日さ……」
言いかけて止まる。さっきまで話していたはずなのにもうスヤスヤと寝息を立てていた。
「速すぎ」
可愛い寝顔を眺めたのち、そっと立ち上がって電気を消すと、翔も眠りに就いた。
***
翌日。
「今日、神社でお祭りあるけど行く?」
「行く!」
縁側でアイスをほおばる葵に翔は声をかけた。
「おばあちゃんが浴衣あるって言ってたから着なよ」
「浴衣?」
「そう。お祭り行く時は大体みんな着るんだよ」
「じゃあ翔ちゃんも着るの?」
「うん、着るよ。せっかく買ってもらったからね。つか、アイス溶けて垂れてるよ」
「わっ」
言われて葵はポタポタ垂れていることに気付く。慌てて食べる。
「普通それだけ垂れてたら気付くだろ」
「お話に夢中だったから仕方ないじゃん」
「あはは。口の周りベタベタ」
ティッシュで口の周りを拭いてあげる。
「笑わないで」
「ごめんごめん」
「お祭りって楽しい?」
「楽しいよ。夜だけど眠さなんて吹っ飛ぶよ」
「楽しみー」
葵は縁側から外に出していた足をバタバタさせた。
「翔ちゃん、似合う?」
「うん、可愛い」
黒ベースに花火の柄の浴衣を着た葵は、にこにこと嬉しそうにくるりと一周した。
「翔ちゃんも似合ってるよ」
「ありがとう」
翔は紺のシンプルな浴衣だった。買ってもらった時、気になった柄物がどれも子供っぽく感じてシンプルな物にした。
「葵ちゃんきつくない? 大丈夫?」
「大丈夫です」
「翔ちゃんは?」
「俺も大丈夫」
着付けをしてくれた祖母に確認され答える。
「じゃあ、葵行こうか」
神社にはたくさんの人が来ていた。慣れない草履で歩きにくそうな葵とはぐれてしまいそうだ。
「大丈夫?」
「うん。こんなにたくさんの人が来てるとかすごいね!」
目をキラキラさせている葵を見て、はぐれると確信した。歩きにくいのなんか気にせず色んなところに行ってしまいそうだった。
だから、翔は手を繋ぐことにした。
「翔ちゃん?」
「はぐれないように。絶対俺の手離すなよ」
「うん。じゃあこうしよ?」
そう言って葵がしたのはいわゆる恋人繋ぎだった。マンガみたいなシチュエーションにドキドキする。それは二人とも同じ。
「とりあえず、見て回ろうか」
ドキドキがばれないように翔はそう提案した。
「ねぇあのふわふわしたやつ何?」
葵が指さした先、少年が持っていたのはわたあめ。
「わたあめだよ。砂糖で出来ててとっても甘いお菓子」
「食べたい!」
そんな無邪気な笑顔に負けて買ったわたあめ。
「おいしい?」
「うん! おいしい! 翔ちゃんも食べる?」
「よかった。じゃあちょっと頂戴」
「はい、あーん」
手でちぎって翔の口元に持ってくる。
「えっ」
まさかの出来事に驚き固まる。
「翔ちゃん? ほら」
再び促され、翔はぱくっと食べた。
「ありがとう。ほら持っててあげるから手拭いて」
ティッシュを出して葵に渡し、一時的にわたあめをあずかる。
「……よし、わたあめー!」
よっぽど気に入ったらしくすぐにわたあめを手に取る
「そんなに気に入った?」
「うん。もっとお店見たい」
「まだ食べ終わってないのに」
「だって」
「いいけど、棒が刺さると危ないから気をつけてね」
「はーい」
再び手を繋いで歩きだした。最初より手を繋ぐ緊張はなく自然だったものの、やっぱりドキドキした。
少しして葵はわたあめを食べ終えた。「ごちそうさま」 と言った彼女の顔は名残惜しそうだった。そして口の周りが砂糖でべたべただったので、翔は口の周りを拭いてあげた。
次に葵が気になったのはスーパーボールすくい。
「きれいな玉が浮いてる」
「あぁあれはスーパーボールだよ。地面に投げたらぴょーんと跳ね返るんだ。そのスーパーボールを何個すくえるかって遊びだよ」
「楽しそう。やりたい」
「せっかくだし何個すくえるか勝負する?」
「うん」
お金を払って一つずつポイと器をもらう。
「負けない!」
強気な葵は周りの人を見ながら見よう見真似でボールをすくった。翔も真剣な葵に負けるものか、とすくっていく。
「うわっ破けた」
「あー破けちゃった」
翔の方が先に破けてしまった。そして結果は翔五個、葵十二個。
「倍以上違うんだけど……。なんでそんな上手いの」
「やったー」
「お兄ちゃんは一個、お姉ちゃんは二個好きなの取って」
落ち込む翔と喜ぶ葵にお店の人が声をかける。
「葵が好きなの三つ選んでいいよ」
「一個お揃いにしたいからちゃんと翔ちゃん選んで」
「お揃いか。いいね。じゃあーこれ」
水に浮かぶたくさんの中から翔は黄色半透明のキラキラした物を選んだ。なんだか葵みたいだと思った。
「お揃い! あとはこの四角いやつにする」
葵も一つ同じ物を見つけて取る。そしてもう一つは珍しい四角いピンクの物を選んだ。
「ピンク好きなの?」
「女の子だからね」
「葵らしいね」
「翔ちゃんの向日葵だからあおいは黄色って発想と似てる……」
葵はあおいと比較してしょんぼりしている様子。それがなんとも可愛くて翔は笑ってしまう。
「葵も黄色だよ」
「なんで?」
「笑顔が眩しいから」
「……葵とあおいは一緒だもん」
「そうだね」
さっきは別で考えたくせに、と言うと機嫌を損ねるので黙っておく。
「なくさないようにちゃんとしまって」
「投げたい。ぴょーんって跳ね返るんでしょ」
「ダメ。家帰ってから。こんなすぐなくしたくないでしょ」
「はーい」
そのあとヨーヨーつりをした。翔はやらずに見守っていた。なかなかつれずイライラしていた葵だが、無事に一つつれてとても満足そうだった。
それから祭りといえばかき氷ということで、翔はブルーハワイを葵はイチゴを食べた。
「冷たいね。頭キーンってする」
「あはは。一気に食べすぎだよ」
「だって溶けちゃうじゃん」
「そうだね。あ、ねえ舌出して」
ちらっと見えた葵の舌がイチゴのシロップでピンクだった。それが面白くて翔は葵の舌の写真を携帯で撮った。
「ほら」
撮った写真を葵に見せる。
「わーすごい。ピンクだー。翔ちゃんも?」
「多分ね」
ベーっと舌を出して見せた。
「青い! 携帯貸して、葵も撮る」
「あ、いえ」
「やだ」
「撮るの!」
「仕方ないなぁ」
葵の押しに負けて携帯を渡す。
「ここ押せば撮れるから」
説明してもう一度舌を出した。そしてパシャッという音が喧騒の中かすかに聞こえた。
「くま!」
「あー」
葵が反応した物をさがすと人気キャラクターのぬいぐるみが飾ってあった。
「ほしい」
「そう言われても……射的か」
断ろうと思ったがそれが射的だと気付き、少し考える。何度かやったことあるのでとれるかもしれない。そう思ってやることにした。
「よっしゃー」
「やったー翔ちゃん倒れたよ」
三発目、ぬいぐるみが倒れた。二人は大喜び。
「はい。お兄ちゃんこの子のためにとったの? かっこいいねぇ」
ハッキリ言葉にされて照れる翔。その横で葵はぎゅーっとぬいぐるみを抱きしめていた。
残りの弾は何も取れなかったがぬいぐるみがとれただけで十分だった。
翔と手を繋ぐ葵はもう片方の手で大事そうにぬいぐるみを抱えていた。
「おなかすいたね」
遊び疲れておなかがすいた。それにおなかを満たすようなものは食べてなかった。だからフランクフルトや焼きそばなど食べておなかを満たした。
「わたあめ!」
「また?」
「うん。あとお家用も欲しい」
「ほんと好きだね」
そしてまたわたあめを買った。袋に入ったやつと二つ。
翔は祭りでの葵の行動一つ一つが可愛くてますます好きになっていた。
帰りに花火を買って庭でちょっと花火をした。
花火をするときも葵はぬいぐるみを離そうとしなかった。
「くま燃えちゃっても知らないよ」
「やだ」
「そんなに好きなの?」
「うん。ずっとほしかったから」
「遠い世界にもあるんだ。だから普通に生活できてるんだろうけど」
「魔法はなんでもできるってママが言ってた」
こうして話を聞くと非現実感が増す。
全て夢だったりするのだろうか。急に不安になる翔。
「ねぇ花火の続き!」
葵が翔の不安を打ち消すように笑った。
その無邪気な姿を見てた非現実とかどうでもよくなって、すぐに不安は消えた。
寝る時も葵はぬいぐるみを離さなかった。
「それ、抱いて寝るんだ」
思わず笑ってしまう。
「なんで笑うの?」
「葵が可愛いから」
「翔ちゃんがくれたから大事にするんだからね!」
「ありがとう。今日どうだった?」
「花火楽しかった!」
「お祭りとどっちが楽しかった?」
「うーん、どっちも! 翔ちゃんは?」
「俺もどっちも」
二人で笑った。
「じゃあ電気消すよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
充実した二日目だった。
***
それから色んな場所に行った。電車で出かけて、遊園 地、水族館、動物園、とよくあるデートスポットでデートした。
告白はしてないから恋人ではないので、デート と思っているのは翔だけだった。というより葵はいまいちデートというものをわかっていない。
ある日。
「どうしてあの日だったの? 何かあったの?」
ふと疑問に思い咲いた日のことを翔は訊ねた。
「その日の誕生花が向日葵だったからだよ」
「そうだったんだ。全然知らなかった」
「記念日だね」
「なんだか恋人みたい」
「えへへ」
自分で言っておきながら恥ずかしくて照れる翔と葵。
付き合ってないのに記念日。今は付き合ってなくたって友達同士でも言うけれど、記念日は恋人のイメージだった。
恋人は憧れるけれど、幸せだからこのまま片想いでも十分だと翔は思った。そもそも伝える勇気なんてないからずっと片想いのままなのだけれど。
「翔ちゃん」
抱き付いてくる葵。
「どうした?」
「なんとなく」
顔を胸にうずめながら答える。
「ふーん」
深くは聞かずそのまま抱きしめた。少しだけこの胸音を聞かれないか心配でドキドキした。
*
ちょうどあおいが萎れ始めた頃。葵の体調が悪くなり始めた。夜になると苦しそうになる。
「葵、大丈夫?」
「うん……お別れが近いのかな」
「お別れって……ずっといれないの?」
「あおいが咲いてる間だけ。だってあおいと葵は同じだから」
なんでそのことを考えなかったのだろう。翔は悔やんだ。
「あとどれくらいなの?」
「咲いていられるのは大体二週間だから、あと何日かな?」
「嘘だろ……! もっと長生きするようにしてればよかった……」
「翔ちゃんは葵とずっといたいって思ってくれるの?」
「当たり前だろ」
すぐ泣きそうになる葵を翔は優しく抱きしめた。
「別れたくなんてないよ……」
翔は必死に涙を堪えた。
残り少ないと分かってより一層濃い時間を過ごすようになった。
そして衰弱していく葵の限界は近付いていた。
「枯れるな! 頼むから、枯れないでくれ」
こんなにも強く願ったことがあっただろうか。
「大丈夫、大丈夫だから」
翔は葵の手を握っていなくならないでほしいと願った。目に溜まった涙は今にもあふれ出しそうだ。
「翔ちゃん……」
葵だって出来ることなら翔とずっと一緒にいたい。
「ごめんね? 翔ちゃんは、たくさんの幸せをくれたのに……私は……」
「葵に出会えて、幸せだったよ。葵のおかげですっごい楽しい夏休みだった!」
「ほんとに?」
「ほんと」
葵に真っ直ぐ見つめられ、見つめ返す。
「お揃いのスーパーボールっていう形に残る物もあるし」
「くまもあるよ」
「そうだった」
思わず翔は笑ってしまう。
「そうだ! 海行こう」
「えっ」
「まだ思い出増やしたい」
唐突に思い付き、なかば強引に海に行くことにした。 最後の思い出作りと言わなかったのは本当にそうなるのが嫌だったから。
車はまだ乗れないから電車で海に行った。葵に負担がかかるんじゃないかと心配だったが仕方なかった。その心配をよそに着くまでずっと葵はそわそわしていた。
「翔ちゃん、すごいね! とっても広い!」
「うん」
あんなに苦しそうだった葵が目をキラキラ輝かせはしゃいでいる。それだけで来て良かったと思えた。
荷物を濡れないところに置いて波打ち際に近付く。
「冷たい」
波がサンダルを濡らす。
「でも暑いから気持ちいいな」
「うん」
急な行動だったが着替えは持って来たので濡れても大丈夫。翔は葵に水をかけた。
「わっ。ちょっと翔ちゃん!」
「せっかく海来たんだから。水着なくて泳げない分ね」
「うーずるい。仕返し!」
「俺そんなにかけてないから」
二倍返しされた。
「えへへ。油断するからいけないんだよ」
葵が笑ってくれるのが嬉しくて二人でたくさん騒いだ。
「疲れたね」
着替えを終えて、翔は葵の髪を拭いている。
「でもすごい楽しかった!」
「良かった。俺も楽しかったよ」
一段落して楽しさの余り忘れていたあおいの寿命を思 い出す。
「ねぇ葵」
唐突に思い付いたことがあって名前を呼んだ。葵が翔の方を向く。
「葵が好き」
目を見て、やっと想いを告げた。出会った時から好きだった。
「……葵も翔ちゃん好き、大好き」
抱き付いて見上げてくる葵に翔は優しくキスをした。ずっとしたくて怖くて出来なかった初めての告白とファーストキス。
唇を離すと顔を真っ赤にしてる葵がいた。
「可愛い。もう一回する?」
「ばか!」
少しからかったら葵に胸をパンチされた。
***
その日からすぐのことだった。あおいが枯れて葵が姿を消したのは。
「葵……」
翔が目を覚ますと隣にいるはずの葵はいなかった。自然と頬を伝う涙。けど「ついに別れが来たんだ」と冷静な気持ちだった。
枯れた向日葵を見に行くと、そばに折りたたまれた紙 が置いてあった。
「……」
開くと、そこには葵から翔へのメッセージが書いてあった。
「翔ちゃんへ。ありがとう。だいすき! くま大事にするよ。また来年会おうね。ちょっとだけおわかれ。バイバイ。葵より」
短い文章だったけれど嬉しかった。ここでもぬいぐるみに触れる葵に笑った。たしかに葵がいた証がそこにはあった。夢なんかじゃない。
ポケットに入れていたスーパーボールを握りしめたら、 たくさんの思い出が蘇った。ちゃんと覚えてる。
「来年はもっといっぱい思い出作ろうな」
涙を拭って笑顔であおいに向かって言う。葵に届いてるかはわからないけど、届いてることを願って。
(13/10/23)
「あおい! 俺の向日葵の名前」
夏に咲くことを願って埋めた向日葵の種。それに翔は名前を付けた。
「なんで?」
「漢字で書いたら最後の字、葵じゃん。だから」
「なるほど」
従兄弟たちと三人で祖父母の家の花壇に植えた。
「誰のが一番に咲くかな?」
「俺のだな。そして一番大きくなる」
「えー」
なんて言いながら盛り上がった。
その後、順調に成長した向日葵は夏休みに花を咲かせた。三本のうち二本だけ。
翔の向日葵あおいは蕾のまま花を咲かせなかった。一緒に植えたのに一週間過ぎても咲かなくて不安になり始めた。
でも絶対咲くと信じて翔は待った。
***
「咲いた……!」
あおいがついに咲いた。それは従兄弟たちの向日葵が枯れたあとだった。ずっともう咲かないんじゃないかと不安だった。
嬉しくて、家族と帰ってしまった従兄弟たちに報告したくて携帯で写真を撮る。メールを送った後、あおいを 眺めているとふと視線を感じた。
「――」
その正体を見つけて翔は息を飲んだ。あおいのそばでしゃがみ込む少女に見つめられていたのだ。
可憐で儚い雰囲気の少女から目を離せなくなって、どんどん引き込まれていった。あっという間に、恋に落ち ていた。
「君は、誰?」
「葵だよ。向日葵の葵。あなたは?」
「あ、俺は翔」
「翔ちゃん!」
嬉しそうに走ってきて葵は 翔に飛びついた。突然の 不思議な出来事に頭がついていかない翔。
「俺のことわかるの?」
「そうおばあちゃんが呼んでたから。植えてくれた人が翔ちゃんってことしかわからなくて、ずっと会いたかった」
「えっと、その……」
翔には今起こっていることがよくわからなかった。咲かなかった向日葵あおいが咲いて、謎の女の子葵が現れた。状況を必死に整理する。
「てことは、葵とこの向日葵あおいは同一人物ってことでいいの?」
「そうだよ。あおいと葵は一緒だよ」
「じゃあどうして人間の姿をしてるの?」
「んー魔法かな?」
葵は自分でもわからなくて首を捻る。
「魔法……」
「どうかしたの?」
「いや。……うん夢じゃない」
これは現実なんだろうか? と頬つねってみたら痛かった。
「ところで魔法ってどんな魔法なの?」
「聞いたことあるけど葵には難しくてわかんなかった。遠い世界とここを繋ぐんだって。そしてお互い願ったらこうして会えるの」
「ふーん。遠い世界か」
やっぱり夢みたいだなと翔は思う。
「翔ちゃんよろしくね」
「うん、よろしく」
二人で笑った。翔は葵のその笑顔で魔法なんてどうでもいいと思った。
突然現れた葵のことを祖父母はすんなり受け入れた。一緒に朝ごはんを食べたあと、翔は葵と二人出かけていろんなとこを見て回った。
葵はこの世界のことを知っていても見たことはなかった。見るものすべてが新鮮だった。だからこそ起こる純粋な反応が面白くて、翔は見ていて楽しかった。
日が落ちると葵は眠たそうになった。
「疲れた? 今日すごい歩いたもんな」
「日が落ちると眠くなる仕様だよ」
「花閉じるわけでもないのに面白いな」
「葵は太陽が好きだから」
「じゃあ雨だったら?」
「雨とか曇りは元気がなくなるよ」
「ずっと晴れててくれないかなー。葵は笑顔が似合うから」
普段の翔なら絶対に言えてない言葉。恋の力か相手が葵だからかそれはわからない。
「翔ちゃん、葵ちゃん、ご飯出来たわよ」
「はーい」
「わーい」
ご飯と聞いて急に元気になる葵が可愛かった。
ご飯を食べ終え、お風呂も入った。
翔と葵は布団に寝転がっていた。葵は今にも寝そうだ。
「ねえ、暑いんだけど」
布団はちゃんと二組敷いてあるというのに葵は翔のすぐ隣にいた。
「隙間あると寂しい」
理由は簡単だった。
「それにあおい外で一人ぼっちでしょ」
「それは咲くのが遅いからだろ。ちゃんと寂しくないように一緒に植えたのに。咲かなくて不安だったんだからな」
「ごめんなさい……でも仕方ないじゃんか」
「そうだな仕方ないから許す」
泣きそうになる葵の頭を優しくポンポンと撫でる。
「英、明日さ……」
言いかけて止まる。さっきまで話していたはずなのにもうスヤスヤと寝息を立てていた。
「速すぎ」
可愛い寝顔を眺めたのち、そっと立ち上がって電気を消すと、翔も眠りに就いた。
***
翌日。
「今日、神社でお祭りあるけど行く?」
「行く!」
縁側でアイスをほおばる葵に翔は声をかけた。
「おばあちゃんが浴衣あるって言ってたから着なよ」
「浴衣?」
「そう。お祭り行く時は大体みんな着るんだよ」
「じゃあ翔ちゃんも着るの?」
「うん、着るよ。せっかく買ってもらったからね。つか、アイス溶けて垂れてるよ」
「わっ」
言われて葵はポタポタ垂れていることに気付く。慌てて食べる。
「普通それだけ垂れてたら気付くだろ」
「お話に夢中だったから仕方ないじゃん」
「あはは。口の周りベタベタ」
ティッシュで口の周りを拭いてあげる。
「笑わないで」
「ごめんごめん」
「お祭りって楽しい?」
「楽しいよ。夜だけど眠さなんて吹っ飛ぶよ」
「楽しみー」
葵は縁側から外に出していた足をバタバタさせた。
「翔ちゃん、似合う?」
「うん、可愛い」
黒ベースに花火の柄の浴衣を着た葵は、にこにこと嬉しそうにくるりと一周した。
「翔ちゃんも似合ってるよ」
「ありがとう」
翔は紺のシンプルな浴衣だった。買ってもらった時、気になった柄物がどれも子供っぽく感じてシンプルな物にした。
「葵ちゃんきつくない? 大丈夫?」
「大丈夫です」
「翔ちゃんは?」
「俺も大丈夫」
着付けをしてくれた祖母に確認され答える。
「じゃあ、葵行こうか」
神社にはたくさんの人が来ていた。慣れない草履で歩きにくそうな葵とはぐれてしまいそうだ。
「大丈夫?」
「うん。こんなにたくさんの人が来てるとかすごいね!」
目をキラキラさせている葵を見て、はぐれると確信した。歩きにくいのなんか気にせず色んなところに行ってしまいそうだった。
だから、翔は手を繋ぐことにした。
「翔ちゃん?」
「はぐれないように。絶対俺の手離すなよ」
「うん。じゃあこうしよ?」
そう言って葵がしたのはいわゆる恋人繋ぎだった。マンガみたいなシチュエーションにドキドキする。それは二人とも同じ。
「とりあえず、見て回ろうか」
ドキドキがばれないように翔はそう提案した。
「ねぇあのふわふわしたやつ何?」
葵が指さした先、少年が持っていたのはわたあめ。
「わたあめだよ。砂糖で出来ててとっても甘いお菓子」
「食べたい!」
そんな無邪気な笑顔に負けて買ったわたあめ。
「おいしい?」
「うん! おいしい! 翔ちゃんも食べる?」
「よかった。じゃあちょっと頂戴」
「はい、あーん」
手でちぎって翔の口元に持ってくる。
「えっ」
まさかの出来事に驚き固まる。
「翔ちゃん? ほら」
再び促され、翔はぱくっと食べた。
「ありがとう。ほら持っててあげるから手拭いて」
ティッシュを出して葵に渡し、一時的にわたあめをあずかる。
「……よし、わたあめー!」
よっぽど気に入ったらしくすぐにわたあめを手に取る
「そんなに気に入った?」
「うん。もっとお店見たい」
「まだ食べ終わってないのに」
「だって」
「いいけど、棒が刺さると危ないから気をつけてね」
「はーい」
再び手を繋いで歩きだした。最初より手を繋ぐ緊張はなく自然だったものの、やっぱりドキドキした。
少しして葵はわたあめを食べ終えた。「ごちそうさま」 と言った彼女の顔は名残惜しそうだった。そして口の周りが砂糖でべたべただったので、翔は口の周りを拭いてあげた。
次に葵が気になったのはスーパーボールすくい。
「きれいな玉が浮いてる」
「あぁあれはスーパーボールだよ。地面に投げたらぴょーんと跳ね返るんだ。そのスーパーボールを何個すくえるかって遊びだよ」
「楽しそう。やりたい」
「せっかくだし何個すくえるか勝負する?」
「うん」
お金を払って一つずつポイと器をもらう。
「負けない!」
強気な葵は周りの人を見ながら見よう見真似でボールをすくった。翔も真剣な葵に負けるものか、とすくっていく。
「うわっ破けた」
「あー破けちゃった」
翔の方が先に破けてしまった。そして結果は翔五個、葵十二個。
「倍以上違うんだけど……。なんでそんな上手いの」
「やったー」
「お兄ちゃんは一個、お姉ちゃんは二個好きなの取って」
落ち込む翔と喜ぶ葵にお店の人が声をかける。
「葵が好きなの三つ選んでいいよ」
「一個お揃いにしたいからちゃんと翔ちゃん選んで」
「お揃いか。いいね。じゃあーこれ」
水に浮かぶたくさんの中から翔は黄色半透明のキラキラした物を選んだ。なんだか葵みたいだと思った。
「お揃い! あとはこの四角いやつにする」
葵も一つ同じ物を見つけて取る。そしてもう一つは珍しい四角いピンクの物を選んだ。
「ピンク好きなの?」
「女の子だからね」
「葵らしいね」
「翔ちゃんの向日葵だからあおいは黄色って発想と似てる……」
葵はあおいと比較してしょんぼりしている様子。それがなんとも可愛くて翔は笑ってしまう。
「葵も黄色だよ」
「なんで?」
「笑顔が眩しいから」
「……葵とあおいは一緒だもん」
「そうだね」
さっきは別で考えたくせに、と言うと機嫌を損ねるので黙っておく。
「なくさないようにちゃんとしまって」
「投げたい。ぴょーんって跳ね返るんでしょ」
「ダメ。家帰ってから。こんなすぐなくしたくないでしょ」
「はーい」
そのあとヨーヨーつりをした。翔はやらずに見守っていた。なかなかつれずイライラしていた葵だが、無事に一つつれてとても満足そうだった。
それから祭りといえばかき氷ということで、翔はブルーハワイを葵はイチゴを食べた。
「冷たいね。頭キーンってする」
「あはは。一気に食べすぎだよ」
「だって溶けちゃうじゃん」
「そうだね。あ、ねえ舌出して」
ちらっと見えた葵の舌がイチゴのシロップでピンクだった。それが面白くて翔は葵の舌の写真を携帯で撮った。
「ほら」
撮った写真を葵に見せる。
「わーすごい。ピンクだー。翔ちゃんも?」
「多分ね」
ベーっと舌を出して見せた。
「青い! 携帯貸して、葵も撮る」
「あ、いえ」
「やだ」
「撮るの!」
「仕方ないなぁ」
葵の押しに負けて携帯を渡す。
「ここ押せば撮れるから」
説明してもう一度舌を出した。そしてパシャッという音が喧騒の中かすかに聞こえた。
「くま!」
「あー」
葵が反応した物をさがすと人気キャラクターのぬいぐるみが飾ってあった。
「ほしい」
「そう言われても……射的か」
断ろうと思ったがそれが射的だと気付き、少し考える。何度かやったことあるのでとれるかもしれない。そう思ってやることにした。
「よっしゃー」
「やったー翔ちゃん倒れたよ」
三発目、ぬいぐるみが倒れた。二人は大喜び。
「はい。お兄ちゃんこの子のためにとったの? かっこいいねぇ」
ハッキリ言葉にされて照れる翔。その横で葵はぎゅーっとぬいぐるみを抱きしめていた。
残りの弾は何も取れなかったがぬいぐるみがとれただけで十分だった。
翔と手を繋ぐ葵はもう片方の手で大事そうにぬいぐるみを抱えていた。
「おなかすいたね」
遊び疲れておなかがすいた。それにおなかを満たすようなものは食べてなかった。だからフランクフルトや焼きそばなど食べておなかを満たした。
「わたあめ!」
「また?」
「うん。あとお家用も欲しい」
「ほんと好きだね」
そしてまたわたあめを買った。袋に入ったやつと二つ。
翔は祭りでの葵の行動一つ一つが可愛くてますます好きになっていた。
帰りに花火を買って庭でちょっと花火をした。
花火をするときも葵はぬいぐるみを離そうとしなかった。
「くま燃えちゃっても知らないよ」
「やだ」
「そんなに好きなの?」
「うん。ずっとほしかったから」
「遠い世界にもあるんだ。だから普通に生活できてるんだろうけど」
「魔法はなんでもできるってママが言ってた」
こうして話を聞くと非現実感が増す。
全て夢だったりするのだろうか。急に不安になる翔。
「ねぇ花火の続き!」
葵が翔の不安を打ち消すように笑った。
その無邪気な姿を見てた非現実とかどうでもよくなって、すぐに不安は消えた。
寝る時も葵はぬいぐるみを離さなかった。
「それ、抱いて寝るんだ」
思わず笑ってしまう。
「なんで笑うの?」
「葵が可愛いから」
「翔ちゃんがくれたから大事にするんだからね!」
「ありがとう。今日どうだった?」
「花火楽しかった!」
「お祭りとどっちが楽しかった?」
「うーん、どっちも! 翔ちゃんは?」
「俺もどっちも」
二人で笑った。
「じゃあ電気消すよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
充実した二日目だった。
***
それから色んな場所に行った。電車で出かけて、遊園 地、水族館、動物園、とよくあるデートスポットでデートした。
告白はしてないから恋人ではないので、デート と思っているのは翔だけだった。というより葵はいまいちデートというものをわかっていない。
ある日。
「どうしてあの日だったの? 何かあったの?」
ふと疑問に思い咲いた日のことを翔は訊ねた。
「その日の誕生花が向日葵だったからだよ」
「そうだったんだ。全然知らなかった」
「記念日だね」
「なんだか恋人みたい」
「えへへ」
自分で言っておきながら恥ずかしくて照れる翔と葵。
付き合ってないのに記念日。今は付き合ってなくたって友達同士でも言うけれど、記念日は恋人のイメージだった。
恋人は憧れるけれど、幸せだからこのまま片想いでも十分だと翔は思った。そもそも伝える勇気なんてないからずっと片想いのままなのだけれど。
「翔ちゃん」
抱き付いてくる葵。
「どうした?」
「なんとなく」
顔を胸にうずめながら答える。
「ふーん」
深くは聞かずそのまま抱きしめた。少しだけこの胸音を聞かれないか心配でドキドキした。
*
ちょうどあおいが萎れ始めた頃。葵の体調が悪くなり始めた。夜になると苦しそうになる。
「葵、大丈夫?」
「うん……お別れが近いのかな」
「お別れって……ずっといれないの?」
「あおいが咲いてる間だけ。だってあおいと葵は同じだから」
なんでそのことを考えなかったのだろう。翔は悔やんだ。
「あとどれくらいなの?」
「咲いていられるのは大体二週間だから、あと何日かな?」
「嘘だろ……! もっと長生きするようにしてればよかった……」
「翔ちゃんは葵とずっといたいって思ってくれるの?」
「当たり前だろ」
すぐ泣きそうになる葵を翔は優しく抱きしめた。
「別れたくなんてないよ……」
翔は必死に涙を堪えた。
残り少ないと分かってより一層濃い時間を過ごすようになった。
そして衰弱していく葵の限界は近付いていた。
「枯れるな! 頼むから、枯れないでくれ」
こんなにも強く願ったことがあっただろうか。
「大丈夫、大丈夫だから」
翔は葵の手を握っていなくならないでほしいと願った。目に溜まった涙は今にもあふれ出しそうだ。
「翔ちゃん……」
葵だって出来ることなら翔とずっと一緒にいたい。
「ごめんね? 翔ちゃんは、たくさんの幸せをくれたのに……私は……」
「葵に出会えて、幸せだったよ。葵のおかげですっごい楽しい夏休みだった!」
「ほんとに?」
「ほんと」
葵に真っ直ぐ見つめられ、見つめ返す。
「お揃いのスーパーボールっていう形に残る物もあるし」
「くまもあるよ」
「そうだった」
思わず翔は笑ってしまう。
「そうだ! 海行こう」
「えっ」
「まだ思い出増やしたい」
唐突に思い付き、なかば強引に海に行くことにした。 最後の思い出作りと言わなかったのは本当にそうなるのが嫌だったから。
車はまだ乗れないから電車で海に行った。葵に負担がかかるんじゃないかと心配だったが仕方なかった。その心配をよそに着くまでずっと葵はそわそわしていた。
「翔ちゃん、すごいね! とっても広い!」
「うん」
あんなに苦しそうだった葵が目をキラキラ輝かせはしゃいでいる。それだけで来て良かったと思えた。
荷物を濡れないところに置いて波打ち際に近付く。
「冷たい」
波がサンダルを濡らす。
「でも暑いから気持ちいいな」
「うん」
急な行動だったが着替えは持って来たので濡れても大丈夫。翔は葵に水をかけた。
「わっ。ちょっと翔ちゃん!」
「せっかく海来たんだから。水着なくて泳げない分ね」
「うーずるい。仕返し!」
「俺そんなにかけてないから」
二倍返しされた。
「えへへ。油断するからいけないんだよ」
葵が笑ってくれるのが嬉しくて二人でたくさん騒いだ。
「疲れたね」
着替えを終えて、翔は葵の髪を拭いている。
「でもすごい楽しかった!」
「良かった。俺も楽しかったよ」
一段落して楽しさの余り忘れていたあおいの寿命を思 い出す。
「ねぇ葵」
唐突に思い付いたことがあって名前を呼んだ。葵が翔の方を向く。
「葵が好き」
目を見て、やっと想いを告げた。出会った時から好きだった。
「……葵も翔ちゃん好き、大好き」
抱き付いて見上げてくる葵に翔は優しくキスをした。ずっとしたくて怖くて出来なかった初めての告白とファーストキス。
唇を離すと顔を真っ赤にしてる葵がいた。
「可愛い。もう一回する?」
「ばか!」
少しからかったら葵に胸をパンチされた。
***
その日からすぐのことだった。あおいが枯れて葵が姿を消したのは。
「葵……」
翔が目を覚ますと隣にいるはずの葵はいなかった。自然と頬を伝う涙。けど「ついに別れが来たんだ」と冷静な気持ちだった。
枯れた向日葵を見に行くと、そばに折りたたまれた紙 が置いてあった。
「……」
開くと、そこには葵から翔へのメッセージが書いてあった。
「翔ちゃんへ。ありがとう。だいすき! くま大事にするよ。また来年会おうね。ちょっとだけおわかれ。バイバイ。葵より」
短い文章だったけれど嬉しかった。ここでもぬいぐるみに触れる葵に笑った。たしかに葵がいた証がそこにはあった。夢なんかじゃない。
ポケットに入れていたスーパーボールを握りしめたら、 たくさんの思い出が蘇った。ちゃんと覚えてる。
「来年はもっといっぱい思い出作ろうな」
涙を拭って笑顔であおいに向かって言う。葵に届いてるかはわからないけど、届いてることを願って。
(13/10/23)