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忘却した暁の空
一つだった国は空を真っ二つに引き裂かれ、二つの国になった。同じように春が来て夏になって、秋と冬がある。けれど、二つは全く違う。
一つは陽が昇ったまま沈まず、もう一つはずっと陽が沈んだまま昇らない。陽が昇り沈んでいくごく普通の国は、明るい光の国と暗い闇の国に分かれたのだ。
それは神の力の暴走のせいであった。そんなことを人々は知らない。最初のうちは怒りを天にいるであろう神にぶつけていた。しかし神の存在は伝説で不確実。信じない者も多い。そんなものにぶつけたってどうしようもない。次第に人々は互いの国のせいだと騒ぐようになっていた。光を奪った最低なやつらの国と暗く穢れた国。空はまるっきり変わってしまったけれど、人は何も変わっていないというのに。
神は暴走を自身の手で止められずにいた。神は病に侵され、自身の手で力を制御することなど無理であった。
死ぬしか方法はない。なのに、自由に死ぬことも出来ない。殺される以外で死ぬことは出来ないのだ。
ずっと恨みを、怒りをぶつけ続けてくれていれば死ぬことができたのに、と神は思う。
どうせ死んだってまた生まれ変わる。神がこの世界から消えることはない。それを人間たちは知らない。だから神の死を恐れ願わない。
☆
ここは光の国。だけど今日は雲が多く少し暗い。
少年と少女が手をつないで仲良く歩く。冬の街は寒いけれど、つないだ手は暖かい。
「あ。雪だ」
足を止め少女は呟いた。
ほんの少し曇った空から雪が降る。
「ほんとだ。もうそんな季節なんだね」
一年はあっという間だと、空を見上げて少年は思う。ついこの間クリスマスプレゼントを渡して喜んでもらった気がする。
視線を正面に戻すと少女が少年を覗き込み、見上げていた。
「レオは冬嫌いなの?」
「そんなことないよ」
寂しそうな顔をする少女に少年、レオは笑みを向ける。
「良かった。もうすぐクリスマスだね」
「アンジュ、今年は何がほしい?」
「んーとね。雪だるま!」
少女アンジュは満面の笑みでそう答えた。
「きっとすぐ溶けちゃうよ?」
寒いとはいえ陽が照り続けている分溶けやすい。
「いいの。おっきい雪だるまが見たいの」
「わかった。おっきな雪だるま作るよ」
「約束だよ?」
「うん。約束」
つないでない方の手で指切りをした。
これはクリスマス一週間前のお話。
☆
クリスマスイブ。約束の日まであと一日。
雪たくさん積もればいいな。僕の家に作って目隠ししながらアンジュを連れて来ようかな。アンジュの家に作れば溶けるまでずっと見ていられるからその方がいいかな。レオはクリスマスプレゼントの雪だるまのことばかり考えていた。大きな雪だるまを作るシミュレーションもした。
「レオ、アンジュちゃん引っ越すのに会いに行かなくていいの?」
それは突然だった。嬉しそうだったレオの表情が一気に曇る。
「知らなかったの? 急に決まったって言ってたものね。引っ越しの準備で忙しいのかしら」
「そんなことより、いつ? どこに?」
レオの気持ちは焦るばかり。
「明日。ここから遠く離れた所としか聞いてないけど」
「……」
行かなきゃ、レオは思った。
「たしかお父さんの仕事の関係とか……」
母親の言葉を聞き終らないうちにレオは飛び出していた。全速力でアンジュの元へと駆け出した。
「アンジュ!!」
レオは叫んだ。息を切らしながらアンジュの家の前で。
その声を聞いてアンジュと両親が家から出てくる。
「レオ」
怪訝な表情の両親とは裏腹に、アンジュは嬉しそうにレオに抱きついた。
「引っ越すって聞いたけど」
「うん……会えなくなるね」
「それでいいのよ」
「えっ」
アンジュの母親の言葉に驚く二人。
「貴方みたいな人とうちの子が仲良くするなんてありえないわ」
「アンジュにはもっと立派でちゃんとした人間が相応しい」
「お父さんまで……レオは良い人だよ」
「駄目だ。穢れている」
「どういうことですか?」
余り会ったことのない両親が自分の何を知っているというのか、レオは気になった。
「だって貴方は闇の人間でしょう? 闇と光が仲良くなんてなれないの。だから闇の近くには住みたくなかったのよ」
「……」
理不尽だった。でも反論出来なかった。
「そういうことだ。帰ってくれ」
「さぁアンジュ、お家に入りましょう。早く荷物をまとめないと間に合わないわ」
「でも……」
アンジュの小さな反論は誰にも届かないまま二人は引き離されてしまった。
「――そうだ」
レオは思い出した。一週間前にした約束のこと。
再び走り出した。
アンジュの家の近くに大きな雪だるまを作れるくらいの雪があれば確実に見せられたのだが、そう上手くは行かない。見せられるかどうかはわからなかったが、可能性がある以上やるしかなかった。
レオはたくさん雪の積もる場所へ向かって雪だるまを作った。
「よし! 完成」
一般的な雪だるまより大きな雪だるまが完成した。必死のあまり可愛くはないけれど。
アンジュに見せられるように、連れだせるように願いながらレオは走った。一日に三回も全力で走るというのは過酷だったがアンジュのためなら頑張れた。
しかし、アンジュの家へ戻ると誰もいなくなっていた。ついていたはずの明りは全て消えていた。
そう、出発が明日というのは嘘で、レオが去ってすぐアンジュたちも去っていたのだ。
「アンジュ……!!」
力を振り絞って叫んだ声が空しく響く。
「嘘、だよね……嘘だと言ってくれ……」
よろよろと玄関に向かうとドアノブに紙が貼り付けられていることに気がついた。
レオは急いでそれを開いた。そこには短いアンジュのメッセージが記されていた。
「レオへ。ごめんね。約束は今年じゃなくていい、いつか、一緒に過ごすクリスマスに叶えてね。ずっと大好きだから。またね。アンジュより」
すでに滲んだ痕のある文字がレオの涙と降りだした雪でさらに滲んでいった。
泣き崩れるレオ。
「暁を知っているか」
中性的な声が聞こえて振り返るけれど、誰もいない。辺りを見渡して見ても人影はない。
けれど、答えてみた。
「あかつきって何?」
「お前を救ってくれるオレンジ色の光だよ」
返事がきた。
「その光はどこにあるの?」
姿が見えないことなんてどうでもいいほど、その人の話す内容に興味があった。
「消えてしまった。みんな忘れてしまった」
「それはどうして?」
いつの間にか涙は止まっていた。
「神様が暴走してしまったからだよ」
「どうしたらみんな思い出す? あかつきは戻ってくる?」
それは希望の光だと思った。もう一度アンジュに会わせてくれるかも知れない希望の光。
「願え」
「何を願うの?」
「神様なんて死んでしまえと」
「そんなことしていいの」
神様が死んじゃったら大変なことになるんじゃないの。
「そうするしかない。なのに、みな、それが出来ぬのだ。だから戻ってこない」
「……」
「お前の大切な人も願っている」
「アンジュが」
彼女もまた同じことを頼まれていた。
「そうだ。だから、暁の空を思い浮かべながら願え」
「でも僕知らないよ」
「オレンジ色の空を想像すればいい」
「わかったやってみる。どのくらい願えばいいの?」
やるしかない。希望の光を消すわけにはいかない。
「ずっと。暁の空が戻ってくるまでずっとだ」
「わかった。ずっと、だね」
止んでいた雪が再び降り出した。
「ねぇ、ねぇ!」
雪の話をしようと呼びかけても声は返ってこない。今のは一体何だったのか。
それでもただ、願うしかなかった。
だから離れ離れの二人は願った。
忘却した暁の空に。
(14/03/10)
一つだった国は空を真っ二つに引き裂かれ、二つの国になった。同じように春が来て夏になって、秋と冬がある。けれど、二つは全く違う。
一つは陽が昇ったまま沈まず、もう一つはずっと陽が沈んだまま昇らない。陽が昇り沈んでいくごく普通の国は、明るい光の国と暗い闇の国に分かれたのだ。
それは神の力の暴走のせいであった。そんなことを人々は知らない。最初のうちは怒りを天にいるであろう神にぶつけていた。しかし神の存在は伝説で不確実。信じない者も多い。そんなものにぶつけたってどうしようもない。次第に人々は互いの国のせいだと騒ぐようになっていた。光を奪った最低なやつらの国と暗く穢れた国。空はまるっきり変わってしまったけれど、人は何も変わっていないというのに。
神は暴走を自身の手で止められずにいた。神は病に侵され、自身の手で力を制御することなど無理であった。
死ぬしか方法はない。なのに、自由に死ぬことも出来ない。殺される以外で死ぬことは出来ないのだ。
ずっと恨みを、怒りをぶつけ続けてくれていれば死ぬことができたのに、と神は思う。
どうせ死んだってまた生まれ変わる。神がこの世界から消えることはない。それを人間たちは知らない。だから神の死を恐れ願わない。
☆
ここは光の国。だけど今日は雲が多く少し暗い。
少年と少女が手をつないで仲良く歩く。冬の街は寒いけれど、つないだ手は暖かい。
「あ。雪だ」
足を止め少女は呟いた。
ほんの少し曇った空から雪が降る。
「ほんとだ。もうそんな季節なんだね」
一年はあっという間だと、空を見上げて少年は思う。ついこの間クリスマスプレゼントを渡して喜んでもらった気がする。
視線を正面に戻すと少女が少年を覗き込み、見上げていた。
「レオは冬嫌いなの?」
「そんなことないよ」
寂しそうな顔をする少女に少年、レオは笑みを向ける。
「良かった。もうすぐクリスマスだね」
「アンジュ、今年は何がほしい?」
「んーとね。雪だるま!」
少女アンジュは満面の笑みでそう答えた。
「きっとすぐ溶けちゃうよ?」
寒いとはいえ陽が照り続けている分溶けやすい。
「いいの。おっきい雪だるまが見たいの」
「わかった。おっきな雪だるま作るよ」
「約束だよ?」
「うん。約束」
つないでない方の手で指切りをした。
これはクリスマス一週間前のお話。
☆
クリスマスイブ。約束の日まであと一日。
雪たくさん積もればいいな。僕の家に作って目隠ししながらアンジュを連れて来ようかな。アンジュの家に作れば溶けるまでずっと見ていられるからその方がいいかな。レオはクリスマスプレゼントの雪だるまのことばかり考えていた。大きな雪だるまを作るシミュレーションもした。
「レオ、アンジュちゃん引っ越すのに会いに行かなくていいの?」
それは突然だった。嬉しそうだったレオの表情が一気に曇る。
「知らなかったの? 急に決まったって言ってたものね。引っ越しの準備で忙しいのかしら」
「そんなことより、いつ? どこに?」
レオの気持ちは焦るばかり。
「明日。ここから遠く離れた所としか聞いてないけど」
「……」
行かなきゃ、レオは思った。
「たしかお父さんの仕事の関係とか……」
母親の言葉を聞き終らないうちにレオは飛び出していた。全速力でアンジュの元へと駆け出した。
「アンジュ!!」
レオは叫んだ。息を切らしながらアンジュの家の前で。
その声を聞いてアンジュと両親が家から出てくる。
「レオ」
怪訝な表情の両親とは裏腹に、アンジュは嬉しそうにレオに抱きついた。
「引っ越すって聞いたけど」
「うん……会えなくなるね」
「それでいいのよ」
「えっ」
アンジュの母親の言葉に驚く二人。
「貴方みたいな人とうちの子が仲良くするなんてありえないわ」
「アンジュにはもっと立派でちゃんとした人間が相応しい」
「お父さんまで……レオは良い人だよ」
「駄目だ。穢れている」
「どういうことですか?」
余り会ったことのない両親が自分の何を知っているというのか、レオは気になった。
「だって貴方は闇の人間でしょう? 闇と光が仲良くなんてなれないの。だから闇の近くには住みたくなかったのよ」
「……」
理不尽だった。でも反論出来なかった。
「そういうことだ。帰ってくれ」
「さぁアンジュ、お家に入りましょう。早く荷物をまとめないと間に合わないわ」
「でも……」
アンジュの小さな反論は誰にも届かないまま二人は引き離されてしまった。
「――そうだ」
レオは思い出した。一週間前にした約束のこと。
再び走り出した。
アンジュの家の近くに大きな雪だるまを作れるくらいの雪があれば確実に見せられたのだが、そう上手くは行かない。見せられるかどうかはわからなかったが、可能性がある以上やるしかなかった。
レオはたくさん雪の積もる場所へ向かって雪だるまを作った。
「よし! 完成」
一般的な雪だるまより大きな雪だるまが完成した。必死のあまり可愛くはないけれど。
アンジュに見せられるように、連れだせるように願いながらレオは走った。一日に三回も全力で走るというのは過酷だったがアンジュのためなら頑張れた。
しかし、アンジュの家へ戻ると誰もいなくなっていた。ついていたはずの明りは全て消えていた。
そう、出発が明日というのは嘘で、レオが去ってすぐアンジュたちも去っていたのだ。
「アンジュ……!!」
力を振り絞って叫んだ声が空しく響く。
「嘘、だよね……嘘だと言ってくれ……」
よろよろと玄関に向かうとドアノブに紙が貼り付けられていることに気がついた。
レオは急いでそれを開いた。そこには短いアンジュのメッセージが記されていた。
「レオへ。ごめんね。約束は今年じゃなくていい、いつか、一緒に過ごすクリスマスに叶えてね。ずっと大好きだから。またね。アンジュより」
すでに滲んだ痕のある文字がレオの涙と降りだした雪でさらに滲んでいった。
泣き崩れるレオ。
「暁を知っているか」
中性的な声が聞こえて振り返るけれど、誰もいない。辺りを見渡して見ても人影はない。
けれど、答えてみた。
「あかつきって何?」
「お前を救ってくれるオレンジ色の光だよ」
返事がきた。
「その光はどこにあるの?」
姿が見えないことなんてどうでもいいほど、その人の話す内容に興味があった。
「消えてしまった。みんな忘れてしまった」
「それはどうして?」
いつの間にか涙は止まっていた。
「神様が暴走してしまったからだよ」
「どうしたらみんな思い出す? あかつきは戻ってくる?」
それは希望の光だと思った。もう一度アンジュに会わせてくれるかも知れない希望の光。
「願え」
「何を願うの?」
「神様なんて死んでしまえと」
「そんなことしていいの」
神様が死んじゃったら大変なことになるんじゃないの。
「そうするしかない。なのに、みな、それが出来ぬのだ。だから戻ってこない」
「……」
「お前の大切な人も願っている」
「アンジュが」
彼女もまた同じことを頼まれていた。
「そうだ。だから、暁の空を思い浮かべながら願え」
「でも僕知らないよ」
「オレンジ色の空を想像すればいい」
「わかったやってみる。どのくらい願えばいいの?」
やるしかない。希望の光を消すわけにはいかない。
「ずっと。暁の空が戻ってくるまでずっとだ」
「わかった。ずっと、だね」
止んでいた雪が再び降り出した。
「ねぇ、ねぇ!」
雪の話をしようと呼びかけても声は返ってこない。今のは一体何だったのか。
それでもただ、願うしかなかった。
だから離れ離れの二人は願った。
忘却した暁の空に。
(14/03/10)