original
晴れ星(ハレボシ)
夢? 知らない世界で少年は幸せについて考える。
幸せってなんなのだろう。よく分からない。幸せを知りたい。
少年はたしかに幸せだった。でも確信がなかった。
だから、幸せになりたいと願った。
「幸せがほしいか?」
突如、少年の前に現れた女はそう問うた。
「ほしい」
きっと幸せがなにか分かるかもしれない。
「ただじゃなくても?」
「……いくら払えばいい?」
一瞬迷ったがそれでもいいと思った。
「金はいらない。お前さんの大切なものがほしい」
「大切なもの?」
幸せのために大切なものを失うなんておかしい。そもそも失って幸せになるのか。
「大丈夫。幸せになれるさ。絶対にお前さんは幸せだと感じるはずさ」
「分かった。払う」
心を見透かされているのも気に止めないで、少年は女の言葉に引き込まれていった。
「よし、交渉成立だ」
その取り引きが少年の全てを壊す始まりだった。
***
朝。月晴の部屋。
陽星はいつものように月晴を起こしに彼の部屋に入った。
月晴は陽星が入ってきたことなんて全く気づかずにすやすやと眠っている。
ふと机に飾られた写真に目がいった。そこには月晴とその彼女である空の笑顔で写っている。
なぜ自分ではなく月晴だったのか、そんなことを考える。陽星は空が好きだった。
仲のいい双子の兄弟である陽星と月晴。でも性格はまるで違う、真面目な陽星と不真面目でチャラい月晴。
「月ー!! 朝だよー」
月晴を揺する。
「んー……あと五分」
全く起きる様子はない。
「そう言って昨日も結局来なかったじゃない」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。今出れば空ちゃんに会えるんじゃない?」
「分かった。起きる」
効果覿面。
だるそうではあるが起き上がった。
「僕、下にいるから早く降りてきてね」
「分かってる」
陽星は部屋を出た。
通学路。学校に向かう陽星と月晴。
「あー帰りてぇ」
「まだ学校にも着いてないよ?」
そこに、
「おはよう! ハル、陽くん」
空が現れた。
「おぅ」
「おはよう、空ちゃん」
「ハル今日は来たんだね」
「オレだってサボってばっかじゃねーよ」
少し不満そうな月晴。
「ふふふ」
ふんわりと笑う空。
「イチャイチャは二人きりのときにしてよ」
「じゃあお前どっかいけ」
「ハル、そんなこと言わないの」
そんな感じで学校へ向かった。
*
とある日の昼休み。屋上。
片想い。ぼんやりと楽しそうな月晴と空を眺める陽星。
いいなぁとは思う。けれど彼女をつくる気になれない陽星は空が好きで、そこにしか興味がないのだろう。だからと言って月晴から空を奪うことも出来ないでいる。
「陽くんどうしたの?」
「――えっ」
空のことを考えていた陽星は空の突然の呼びかけにびくっと体を震わす。
「なにか考えごと?」
「う、うん。まぁね」
本人に言えるわけない。
「空、そんなやつほっとけよ」
「ハルはもうちょっと陽くんのこと考えるべき」
「大丈夫。心配かけてごめん」
笑って誤魔化す。
そんな普段と変わらないはずのお昼休み。
*
『ハルが、ハルがあああ』
空から陽星への電話。それで陽星は我にかえった。今までなにをしていたか考える余裕なんてなかった。
電話先の空は泣き叫んでいた。ただごとではない。
「どうしたの? 月になにかあったの?」
『……――』
答えず泣くだけの空。
電話越しに聞こえる音が騒がしくなる。そして救急車を呼ぶ声がして気付いた。
『ねぇ今どこ?』
携帯片手に家を出る準備をしていた。
『……いつも私たちが会う場所からちょっと行ったとこ』
「わかった。すぐ行くから」
陽星は家を飛び出した。
この時なにか大切なことを忘れている気がしたが思い出せなくて頭がズキズキ痛んだ。
病院。
現場に着いたらちょうど月晴が救急車に乗せられるところで、陽星は空と一緒に救急車に乗って病院へ来た。
月晴が自転車の下敷きになって倒れているのを空が発見した。頭を強く打っていたようで意識はなく、すぐ手術室に運ばれた。
事故だろうという警察の見解。ぶつける先のない思いに苛立ちを覚えたが今はただ待つしかない。
陽星は震える空の手をしっかり握り、ただただ助かることを願った。
*
しかし、そんな願いも虚しく月晴は死んでしまった。助からなかった。
陽星の心にはぽっかり穴が空いて、無気力なまま日々は過ぎていった。
そしてなにを話すわけでもないけど陽星と空はずっと一緒にいた。ときどき泣いて崩れてしまう空を陽星はただぎゅっと抱きしめた。
ある日の屋上。背中合わせで座っている陽星と空。
「ねぇ、空ちゃん」
陽星が空を呼ぶ。
「――……ん?」
「僕、月の代わりになれないかな」
告白した。
死んだ彼氏とそっくりな兄となんて付き合いたくないだろうけど告白しないとタイミングを逃したままで後悔しそうだった。
「私、まだハルが好き」
「うん、知ってる」
ずっと一緒にいたから分かる。
「陽くんとハルは違うから、その……」
「二番目でいいんだ。というかただこれからも空ちゃんのそばにいたいだけだから」
「陽くん……ほんとにそれでいいの? 私、この先もずっとハルを好きかも知れないよ?」
空は優しい子だからこうやって誰かのために必死になる。
「うん、それでもいいよ」
「陽くんは優しいね。陽くんと付き合えば前向けるかな」
くるっと陽星の方を向いて後ろから抱きついた。 陽星は抱きついてきた空の腕を愛おしそうにぎゅっと握った。
どんな理由であっても付き合えた事実は変わらない。やっと届いた想いに陽星は嬉しくなった。
夜、買い物の帰り道。
突如、陽星の前に現れた女は魔女だと言った。
「もう一度言ってやる。私は魔女だ」
「いや、何度言われても信じられない」
非現実的すぎる。それにルックスが全く魔女じゃない。
「魔女っていうのはさぁ……」
「テレビの見すぎだ」
バッサリ。
「その、魔女さんが一体僕になんの用ですか」
「覚えておいてほしいと思って。私のことを」
「どうして?」
「お前さんはそのうち私を必要とするときがくるからさ」
不敵な笑みを魔女は浮かべる。
「よく分からないんだけど」
「分からなくていいさ。またね」
そう言って魔女は暗闇に消えた。
夢かと思うような一瞬の出来事。
その後、またなにか大切なことを忘れている気がして少しだけ頭痛がした。
*
昼休み、屋上。
陽星と空はお弁当を食べ終え片付けをしている。
「ねぇ空ちゃん」
「ん? なに?」
「もうすぐ誕生日でしょ。なにかほしいものあるかなぁって」
空の誕生日まであと二週間弱。
「そうだなぁ。この前一緒に見に行った映画の主題歌のCDかな」
「あれ、映画に合ってていい曲だったね」
「うん」
笑顔の空を見て、陽星はデート楽しかったなぁと今話題の映画を見に行った日のことを思い出す。こういう時に幸せを感じる。
「次どこ行こっか?」
「うーん……水族館かな」
「いいね」
予鈴のチャイムが鳴るまで二人色んな話をした。
*
自転車を押している月晴とその少し後ろを歩く陽星。
「なぁお前、空のこと好きなの?」
「月には言いたくない」
「俺の女奪ったりしねーよな?」
なんだかいつもと違う月晴。
「しないに決まってる。僕がそんなこと出来ないの知ってるでしょ?」
「どうだか」
「月どうしたの? 変だよ」
「別に変じゃ……!?」
言い終えるより先、陽星は月晴を突き飛ばしていた。
「あああああ」
陽星は飛び起き、荒い呼吸をしている。
辺りを見渡し自分がベッドの上で、あれが現実(いま)ではないことを確認する。
「夢、……?」
鮮明だった映像に戸惑う。自分なのに隠しエピソードを見た気分だった。
そのことを考えれば考えるほど苦しくなった。思い出せば苦しくなくなるのか。再び眠りに就いた。
*
夕方、学校の帰り道。
手を繋ぎ歩く陽星と空。雰囲気は正にカップル。
「――空ちゃん聞いてる?」
「えっ、あっ、ごめん」
「どうしたの?」
上の空な空を心配そうに見つめる。
「なんか急に去年の誕生日のこと思い出しちゃって……ごめんね」
「そっか」
二番目でもいいと言った陽星だったが心のどこかでは一番になりたいと望んでいた。人は欲張りだ。
「ハルがいいなぁとかそういうことじゃないんだよ。ただ懐かしくて」
「いいよ。無理しなくて。楽しかった思い出は大事にしなきゃ」
「陽くん……ありがとっ」
大好きな人を傷つけたくない。その思いで陽星は必死だった。決して越えることの出来ない壁があるようで苦しかったけれど、せっかく結ばれたのだから別れたくない。
感じ始めた幸せを失うのが怖かった。
*
頭を打ち、血を流す黒い影。誰かは全く見えない。
そんな夢で陽星は目を覚ました。
「ハァハァ」
なにかが引っかかっている。頭痛と激しい動悸。
「思い出せない……」
俯き、呟く。
思い出したかった。
「思い出したいか」
突然、聞き覚えのある女の声がした。
陽星が前を向くとそこには、あの魔女と名乗った女がいた。ベッドの上、宙に浮いている。
「なんでここに?」
「お前さんが必要としたからね」
「えっ」
「思い出したいんだろう? 引っかかってるなにかを知りたいんだろう?」
魔女が優しく笑う。
「知りたい。僕はなにか大切なことを忘れてる気がするんだ」
「真実は残酷だ」
よくドラマで聞くようなセリフを溜息まじりに吐く。
「えっ?」
「気にするな。ただの私の経験だ――さて、取り引きをしよう」
「取り引き?」
陽星はベッドから降りて魔女をまじまじと見つめる。
「タダで教えるのはもったいないからね、代償を払ってもらわないと」
「でも僕はなにもないよ」
少し考えて陽星はそう答えた。
「じゃあお前さんをもらおう」
「僕?」
「少し遊びたい。暇つぶしの道具になってもらう」
不安そうな陽星の顔を見て、
「安心しろ。今まで通り自由だ。どこかに連れて行ったりはしない」
「でも……それじゃますますなにするか分からないじゃない。そんなの」
「知りたくないのか?」
「――知りたい」
その思いのほうが強かった。
「よしっ、取り引き成立だ」
*
学校の帰り道。
無言で歩く陽星と月晴。月晴は自転車を押している。
普段なら自転車を使うことはないが、その日は遅刻を逃れるための時間短縮に使っていた。
「なぁ」
月晴が沈黙を破る。
「お前、空のこと好きなの?」
ピクッと陽星の体が反応する。
「月には言いたくない」
「俺の女奪ったりしねーよな?」
なんだかいつもと違う月晴。必死というより怖い。
「しないに決まってる。僕がそんなこと出来ないの知ってるでしょ?」
「どうだか」
「月どうしたの? 変だよ」
「別に変じゃ……!?」
近づいて来た月晴を思わず陽星は突き飛ばしていた。
道路と歩道の境のブロックに思いっきり頭をぶつけ血を流す月晴。自転車の下敷きになり、かすかにもがき苦しんでいるのがわかる。
陽星はその瞬間、記憶を消去してそこから逃げるように走りさった。
そして、自宅のベッドの中に逃げ込んで自分をシャットダウンした。
*
「――あぁそうだ。僕は月を殺したんだった」
意外にも冷めた様子の陽星。
「月が怖かった。もう一人の僕みたいな存在で、でも全く違って。ずっとうらやましかった。目立つのは陽の僕じゃなくていつも月。光と闇。闇は月だと思ってたけど僕だったのかな」
崩れ落ちる陽星。
「ほら、真実は残酷」
そう呟いて魔女は姿を消した。
「これからどうすればいい……」
陽星の声は魔女には届かなかった。
「あああああ」
代償は陽星をむしばんだ。苦しみ叫ぶ陽星。
「ハァ……ハァ……」
額を流れ落ちる汗。
「……――っ」
苦しすぎて声も出ない。
魔女と取り引きを交わして二時間、夜明けが近づいている。寝られる時間はあと少し。
陽星は苦しみに耐えながら再び横になった。
その日は一日上の空で、空といてもずっと殺してしまった時のことが頭をぐるぐる回っていた。
「……ねぇ、陽くん聞いてる?」
「あ、ごめん」
「今日ずっとこんなんだよ。どうしたの?」
「怖い夢が頭の中回っててさ」
夢じゃなかったけど、怖いのがぐるぐる回っているのは嘘じゃない。
「大丈夫? しんどそうだし無理しないでね?」
「うん、ありがとう」
陽星は空に嘘つきたくなくて、でも本当のことは言えなくて、会うのが辛かった。だから空の言葉に甘えて学校を休むことにした。
*
殺した。でも事故で処理されている。
起きたら考えてしまうから眠りに就くけれど、魔女に遊ばれて苦しくて起きる。その繰り返し。
このままでいいのか、なんて考えても答えは出ないし、どんなに願っても月晴は生き返らない。そんな感じのまま時だけが過ぎていった。
「久しぶりだねぇ。どうだい?」
苦しむ陽星の前に魔女が現れた。
「苦しいかい? 手に入れた幸せが崩れる感じは」
「……あぁ僕はこの人を前から知ってる。 僕はこの人と取り引きをして月を殺したのか」
夢のような世界での出来事を思い出す。“大切なもの”と引き換えに幸せを手に入れた。その“大切なもの”が月晴だったのだ。
「よく思い出したね」
「何故僕に殺させた」
「面白いから。存在を抹消することも、お前の目の前で消すこともできたよ。私は魔女だからね」
目をまじまじと見つめ、
「でもつまらないじゃないか」
魔女はさらっと言ってのけた。
*
空の誕生日前日――夜。
トゥルルル……。
空への呼び出し音。
陽星はある決心をしていた。
『もしもし?』
「ごめん、寝てた?」
『大丈夫。寝ようと思って布団に入ったところだったから。体調大丈夫? こんな時間にどうしたの?』
「大事な話があってさ。――……月を殺したの僕なんだ。あれは事故なんかじゃなかった」
『――』
「ごめん急に。なに言ってるかわからないよね。あの日、僕と月一緒に帰ってる途中でケンカしたんだ。僕が空ちやんを好きだったから。なんかその日の月いつもと違うくて、近づいてきた月が怖くて突き飛ばしたら、頭から血を流してて……逃げたんだ。僕、月を見捨てたんだ……」
『あの日ね、私もハルとケンカし た。お昼陽くんいなかったでしょ? それでなんだか寂しいねって言ったのが気に障ったらしくて。私も本当は陽くんが好きなんじゃないかって……』
電話越しでも泣いているのがわかる。
『私がハルを怒らせなかったら違ったかな』
「違わないよ。空ちゃんは何も悪くない。月を信じ切れなかった僕が悪いんだ。あんな取り引きなんかしたから――」
『取り引き?』
「あ、気にしないで。時間だ……空ちゃん、僕たちこれでお別れだよ」
『えっ? どういうこと? 陽くんまでいなくならないでよ……一番近くにいてくれるんじゃないの?』
「空ちゃんと付き合えて幸せだった」
陽星の体に変化が現れ始める――体が消えかかっている。
「ありがとう。誕生日に祝えなくてごめんね。おめでとう」
一方的にそう告げると、スーッと陽星の体が消えた。
朝。眠る空。握られた携帯には名前のない通話履歴。 存在しないはずの携帯番号。
***
通学路。仲良く歩く月晴と空。
「空、目腫れてるけどどうした?」
「朝起きたら泣いてて、なんか怖い夢でも見たのかな」
「大丈夫?」
「うん、へーき」
「あ、空」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
差し出したのは話題の映画の主題歌になっている曲のCD。プレゼント包装していないところが月晴らしい。
「これ……」
「ほしかったんだろ?」
「うん。ありがとうハル」
大事そうに抱きしめる。
「こうやってハルに祝ってもらうの二回目だから付き合って二年くらいになるんだね」
「早いな」
そう言って笑い合う二人。幸せそうなカップル。
***
少年は魔女と取り引きをした。
一つ目は幸せを手に入れるため。なにもわからず取り引きした。たしかに幸せは手に入れたけれど、大切な人を失った。
二つ目は断片的な記憶を繋ぐ取り引き。興味本意。
最後、三つ目は大切な人たちを想って自らの意志で、存在と引き換えに。もう過ちは繰り返さない。
少年は結局全てを自らの手で壊した。
終。
(12/11/21)
夢? 知らない世界で少年は幸せについて考える。
幸せってなんなのだろう。よく分からない。幸せを知りたい。
少年はたしかに幸せだった。でも確信がなかった。
だから、幸せになりたいと願った。
「幸せがほしいか?」
突如、少年の前に現れた女はそう問うた。
「ほしい」
きっと幸せがなにか分かるかもしれない。
「ただじゃなくても?」
「……いくら払えばいい?」
一瞬迷ったがそれでもいいと思った。
「金はいらない。お前さんの大切なものがほしい」
「大切なもの?」
幸せのために大切なものを失うなんておかしい。そもそも失って幸せになるのか。
「大丈夫。幸せになれるさ。絶対にお前さんは幸せだと感じるはずさ」
「分かった。払う」
心を見透かされているのも気に止めないで、少年は女の言葉に引き込まれていった。
「よし、交渉成立だ」
その取り引きが少年の全てを壊す始まりだった。
***
朝。月晴の部屋。
陽星はいつものように月晴を起こしに彼の部屋に入った。
月晴は陽星が入ってきたことなんて全く気づかずにすやすやと眠っている。
ふと机に飾られた写真に目がいった。そこには月晴とその彼女である空の笑顔で写っている。
なぜ自分ではなく月晴だったのか、そんなことを考える。陽星は空が好きだった。
仲のいい双子の兄弟である陽星と月晴。でも性格はまるで違う、真面目な陽星と不真面目でチャラい月晴。
「月ー!! 朝だよー」
月晴を揺する。
「んー……あと五分」
全く起きる様子はない。
「そう言って昨日も結局来なかったじゃない」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。今出れば空ちゃんに会えるんじゃない?」
「分かった。起きる」
効果覿面。
だるそうではあるが起き上がった。
「僕、下にいるから早く降りてきてね」
「分かってる」
陽星は部屋を出た。
通学路。学校に向かう陽星と月晴。
「あー帰りてぇ」
「まだ学校にも着いてないよ?」
そこに、
「おはよう! ハル、陽くん」
空が現れた。
「おぅ」
「おはよう、空ちゃん」
「ハル今日は来たんだね」
「オレだってサボってばっかじゃねーよ」
少し不満そうな月晴。
「ふふふ」
ふんわりと笑う空。
「イチャイチャは二人きりのときにしてよ」
「じゃあお前どっかいけ」
「ハル、そんなこと言わないの」
そんな感じで学校へ向かった。
*
とある日の昼休み。屋上。
片想い。ぼんやりと楽しそうな月晴と空を眺める陽星。
いいなぁとは思う。けれど彼女をつくる気になれない陽星は空が好きで、そこにしか興味がないのだろう。だからと言って月晴から空を奪うことも出来ないでいる。
「陽くんどうしたの?」
「――えっ」
空のことを考えていた陽星は空の突然の呼びかけにびくっと体を震わす。
「なにか考えごと?」
「う、うん。まぁね」
本人に言えるわけない。
「空、そんなやつほっとけよ」
「ハルはもうちょっと陽くんのこと考えるべき」
「大丈夫。心配かけてごめん」
笑って誤魔化す。
そんな普段と変わらないはずのお昼休み。
*
『ハルが、ハルがあああ』
空から陽星への電話。それで陽星は我にかえった。今までなにをしていたか考える余裕なんてなかった。
電話先の空は泣き叫んでいた。ただごとではない。
「どうしたの? 月になにかあったの?」
『……――』
答えず泣くだけの空。
電話越しに聞こえる音が騒がしくなる。そして救急車を呼ぶ声がして気付いた。
『ねぇ今どこ?』
携帯片手に家を出る準備をしていた。
『……いつも私たちが会う場所からちょっと行ったとこ』
「わかった。すぐ行くから」
陽星は家を飛び出した。
この時なにか大切なことを忘れている気がしたが思い出せなくて頭がズキズキ痛んだ。
病院。
現場に着いたらちょうど月晴が救急車に乗せられるところで、陽星は空と一緒に救急車に乗って病院へ来た。
月晴が自転車の下敷きになって倒れているのを空が発見した。頭を強く打っていたようで意識はなく、すぐ手術室に運ばれた。
事故だろうという警察の見解。ぶつける先のない思いに苛立ちを覚えたが今はただ待つしかない。
陽星は震える空の手をしっかり握り、ただただ助かることを願った。
*
しかし、そんな願いも虚しく月晴は死んでしまった。助からなかった。
陽星の心にはぽっかり穴が空いて、無気力なまま日々は過ぎていった。
そしてなにを話すわけでもないけど陽星と空はずっと一緒にいた。ときどき泣いて崩れてしまう空を陽星はただぎゅっと抱きしめた。
ある日の屋上。背中合わせで座っている陽星と空。
「ねぇ、空ちゃん」
陽星が空を呼ぶ。
「――……ん?」
「僕、月の代わりになれないかな」
告白した。
死んだ彼氏とそっくりな兄となんて付き合いたくないだろうけど告白しないとタイミングを逃したままで後悔しそうだった。
「私、まだハルが好き」
「うん、知ってる」
ずっと一緒にいたから分かる。
「陽くんとハルは違うから、その……」
「二番目でいいんだ。というかただこれからも空ちゃんのそばにいたいだけだから」
「陽くん……ほんとにそれでいいの? 私、この先もずっとハルを好きかも知れないよ?」
空は優しい子だからこうやって誰かのために必死になる。
「うん、それでもいいよ」
「陽くんは優しいね。陽くんと付き合えば前向けるかな」
くるっと陽星の方を向いて後ろから抱きついた。 陽星は抱きついてきた空の腕を愛おしそうにぎゅっと握った。
どんな理由であっても付き合えた事実は変わらない。やっと届いた想いに陽星は嬉しくなった。
夜、買い物の帰り道。
突如、陽星の前に現れた女は魔女だと言った。
「もう一度言ってやる。私は魔女だ」
「いや、何度言われても信じられない」
非現実的すぎる。それにルックスが全く魔女じゃない。
「魔女っていうのはさぁ……」
「テレビの見すぎだ」
バッサリ。
「その、魔女さんが一体僕になんの用ですか」
「覚えておいてほしいと思って。私のことを」
「どうして?」
「お前さんはそのうち私を必要とするときがくるからさ」
不敵な笑みを魔女は浮かべる。
「よく分からないんだけど」
「分からなくていいさ。またね」
そう言って魔女は暗闇に消えた。
夢かと思うような一瞬の出来事。
その後、またなにか大切なことを忘れている気がして少しだけ頭痛がした。
*
昼休み、屋上。
陽星と空はお弁当を食べ終え片付けをしている。
「ねぇ空ちゃん」
「ん? なに?」
「もうすぐ誕生日でしょ。なにかほしいものあるかなぁって」
空の誕生日まであと二週間弱。
「そうだなぁ。この前一緒に見に行った映画の主題歌のCDかな」
「あれ、映画に合ってていい曲だったね」
「うん」
笑顔の空を見て、陽星はデート楽しかったなぁと今話題の映画を見に行った日のことを思い出す。こういう時に幸せを感じる。
「次どこ行こっか?」
「うーん……水族館かな」
「いいね」
予鈴のチャイムが鳴るまで二人色んな話をした。
*
自転車を押している月晴とその少し後ろを歩く陽星。
「なぁお前、空のこと好きなの?」
「月には言いたくない」
「俺の女奪ったりしねーよな?」
なんだかいつもと違う月晴。
「しないに決まってる。僕がそんなこと出来ないの知ってるでしょ?」
「どうだか」
「月どうしたの? 変だよ」
「別に変じゃ……!?」
言い終えるより先、陽星は月晴を突き飛ばしていた。
「あああああ」
陽星は飛び起き、荒い呼吸をしている。
辺りを見渡し自分がベッドの上で、あれが現実(いま)ではないことを確認する。
「夢、……?」
鮮明だった映像に戸惑う。自分なのに隠しエピソードを見た気分だった。
そのことを考えれば考えるほど苦しくなった。思い出せば苦しくなくなるのか。再び眠りに就いた。
*
夕方、学校の帰り道。
手を繋ぎ歩く陽星と空。雰囲気は正にカップル。
「――空ちゃん聞いてる?」
「えっ、あっ、ごめん」
「どうしたの?」
上の空な空を心配そうに見つめる。
「なんか急に去年の誕生日のこと思い出しちゃって……ごめんね」
「そっか」
二番目でもいいと言った陽星だったが心のどこかでは一番になりたいと望んでいた。人は欲張りだ。
「ハルがいいなぁとかそういうことじゃないんだよ。ただ懐かしくて」
「いいよ。無理しなくて。楽しかった思い出は大事にしなきゃ」
「陽くん……ありがとっ」
大好きな人を傷つけたくない。その思いで陽星は必死だった。決して越えることの出来ない壁があるようで苦しかったけれど、せっかく結ばれたのだから別れたくない。
感じ始めた幸せを失うのが怖かった。
*
頭を打ち、血を流す黒い影。誰かは全く見えない。
そんな夢で陽星は目を覚ました。
「ハァハァ」
なにかが引っかかっている。頭痛と激しい動悸。
「思い出せない……」
俯き、呟く。
思い出したかった。
「思い出したいか」
突然、聞き覚えのある女の声がした。
陽星が前を向くとそこには、あの魔女と名乗った女がいた。ベッドの上、宙に浮いている。
「なんでここに?」
「お前さんが必要としたからね」
「えっ」
「思い出したいんだろう? 引っかかってるなにかを知りたいんだろう?」
魔女が優しく笑う。
「知りたい。僕はなにか大切なことを忘れてる気がするんだ」
「真実は残酷だ」
よくドラマで聞くようなセリフを溜息まじりに吐く。
「えっ?」
「気にするな。ただの私の経験だ――さて、取り引きをしよう」
「取り引き?」
陽星はベッドから降りて魔女をまじまじと見つめる。
「タダで教えるのはもったいないからね、代償を払ってもらわないと」
「でも僕はなにもないよ」
少し考えて陽星はそう答えた。
「じゃあお前さんをもらおう」
「僕?」
「少し遊びたい。暇つぶしの道具になってもらう」
不安そうな陽星の顔を見て、
「安心しろ。今まで通り自由だ。どこかに連れて行ったりはしない」
「でも……それじゃますますなにするか分からないじゃない。そんなの」
「知りたくないのか?」
「――知りたい」
その思いのほうが強かった。
「よしっ、取り引き成立だ」
*
学校の帰り道。
無言で歩く陽星と月晴。月晴は自転車を押している。
普段なら自転車を使うことはないが、その日は遅刻を逃れるための時間短縮に使っていた。
「なぁ」
月晴が沈黙を破る。
「お前、空のこと好きなの?」
ピクッと陽星の体が反応する。
「月には言いたくない」
「俺の女奪ったりしねーよな?」
なんだかいつもと違う月晴。必死というより怖い。
「しないに決まってる。僕がそんなこと出来ないの知ってるでしょ?」
「どうだか」
「月どうしたの? 変だよ」
「別に変じゃ……!?」
近づいて来た月晴を思わず陽星は突き飛ばしていた。
道路と歩道の境のブロックに思いっきり頭をぶつけ血を流す月晴。自転車の下敷きになり、かすかにもがき苦しんでいるのがわかる。
陽星はその瞬間、記憶を消去してそこから逃げるように走りさった。
そして、自宅のベッドの中に逃げ込んで自分をシャットダウンした。
*
「――あぁそうだ。僕は月を殺したんだった」
意外にも冷めた様子の陽星。
「月が怖かった。もう一人の僕みたいな存在で、でも全く違って。ずっとうらやましかった。目立つのは陽の僕じゃなくていつも月。光と闇。闇は月だと思ってたけど僕だったのかな」
崩れ落ちる陽星。
「ほら、真実は残酷」
そう呟いて魔女は姿を消した。
「これからどうすればいい……」
陽星の声は魔女には届かなかった。
「あああああ」
代償は陽星をむしばんだ。苦しみ叫ぶ陽星。
「ハァ……ハァ……」
額を流れ落ちる汗。
「……――っ」
苦しすぎて声も出ない。
魔女と取り引きを交わして二時間、夜明けが近づいている。寝られる時間はあと少し。
陽星は苦しみに耐えながら再び横になった。
その日は一日上の空で、空といてもずっと殺してしまった時のことが頭をぐるぐる回っていた。
「……ねぇ、陽くん聞いてる?」
「あ、ごめん」
「今日ずっとこんなんだよ。どうしたの?」
「怖い夢が頭の中回っててさ」
夢じゃなかったけど、怖いのがぐるぐる回っているのは嘘じゃない。
「大丈夫? しんどそうだし無理しないでね?」
「うん、ありがとう」
陽星は空に嘘つきたくなくて、でも本当のことは言えなくて、会うのが辛かった。だから空の言葉に甘えて学校を休むことにした。
*
殺した。でも事故で処理されている。
起きたら考えてしまうから眠りに就くけれど、魔女に遊ばれて苦しくて起きる。その繰り返し。
このままでいいのか、なんて考えても答えは出ないし、どんなに願っても月晴は生き返らない。そんな感じのまま時だけが過ぎていった。
「久しぶりだねぇ。どうだい?」
苦しむ陽星の前に魔女が現れた。
「苦しいかい? 手に入れた幸せが崩れる感じは」
「……あぁ僕はこの人を前から知ってる。 僕はこの人と取り引きをして月を殺したのか」
夢のような世界での出来事を思い出す。“大切なもの”と引き換えに幸せを手に入れた。その“大切なもの”が月晴だったのだ。
「よく思い出したね」
「何故僕に殺させた」
「面白いから。存在を抹消することも、お前の目の前で消すこともできたよ。私は魔女だからね」
目をまじまじと見つめ、
「でもつまらないじゃないか」
魔女はさらっと言ってのけた。
*
空の誕生日前日――夜。
トゥルルル……。
空への呼び出し音。
陽星はある決心をしていた。
『もしもし?』
「ごめん、寝てた?」
『大丈夫。寝ようと思って布団に入ったところだったから。体調大丈夫? こんな時間にどうしたの?』
「大事な話があってさ。――……月を殺したの僕なんだ。あれは事故なんかじゃなかった」
『――』
「ごめん急に。なに言ってるかわからないよね。あの日、僕と月一緒に帰ってる途中でケンカしたんだ。僕が空ちやんを好きだったから。なんかその日の月いつもと違うくて、近づいてきた月が怖くて突き飛ばしたら、頭から血を流してて……逃げたんだ。僕、月を見捨てたんだ……」
『あの日ね、私もハルとケンカし た。お昼陽くんいなかったでしょ? それでなんだか寂しいねって言ったのが気に障ったらしくて。私も本当は陽くんが好きなんじゃないかって……』
電話越しでも泣いているのがわかる。
『私がハルを怒らせなかったら違ったかな』
「違わないよ。空ちゃんは何も悪くない。月を信じ切れなかった僕が悪いんだ。あんな取り引きなんかしたから――」
『取り引き?』
「あ、気にしないで。時間だ……空ちゃん、僕たちこれでお別れだよ」
『えっ? どういうこと? 陽くんまでいなくならないでよ……一番近くにいてくれるんじゃないの?』
「空ちゃんと付き合えて幸せだった」
陽星の体に変化が現れ始める――体が消えかかっている。
「ありがとう。誕生日に祝えなくてごめんね。おめでとう」
一方的にそう告げると、スーッと陽星の体が消えた。
朝。眠る空。握られた携帯には名前のない通話履歴。 存在しないはずの携帯番号。
***
通学路。仲良く歩く月晴と空。
「空、目腫れてるけどどうした?」
「朝起きたら泣いてて、なんか怖い夢でも見たのかな」
「大丈夫?」
「うん、へーき」
「あ、空」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
差し出したのは話題の映画の主題歌になっている曲のCD。プレゼント包装していないところが月晴らしい。
「これ……」
「ほしかったんだろ?」
「うん。ありがとうハル」
大事そうに抱きしめる。
「こうやってハルに祝ってもらうの二回目だから付き合って二年くらいになるんだね」
「早いな」
そう言って笑い合う二人。幸せそうなカップル。
***
少年は魔女と取り引きをした。
一つ目は幸せを手に入れるため。なにもわからず取り引きした。たしかに幸せは手に入れたけれど、大切な人を失った。
二つ目は断片的な記憶を繋ぐ取り引き。興味本意。
最後、三つ目は大切な人たちを想って自らの意志で、存在と引き換えに。もう過ちは繰り返さない。
少年は結局全てを自らの手で壊した。
終。
(12/11/21)