original
℃S☆ミ
私は友人に誘われて、美術部に入ることになった。
「やっば、遅刻じゃん……」
終礼が延びたせいで部室に行かなければいけない時間を過ぎていて、慌てて教室を飛び出した。
本当は走ってはいけない廊下を走る。
ガラッ。勢いよく部室である美術室の扉を開けた。
「はぁはぁ……遅れてすみません」
走ったせいで、というか運動不足で息が上がっていた。
「別にいいけどさぁ」
「えっ」
「トマト落としたよ?」
ハッと前を向くと男子生徒ににっこり微笑まれた。スリッパの色からすると先輩だ。そして、抱えていた袋からトマトが落ちて潰れていることに気付いた。
「え、あ、すみません」
慌てる私。
「そこに雑巾あるから拭きな? ていうかなんで学校にトマト?」
先輩が指差す先には絵の具の染み付いたカラフルな雑巾たち。
「えっと、学校の畑のやつを先生にもらったんです」
そりゃびっくりするよね。こういうのめんどくさいから、いらないって言ったけど聞いてもらえなかった。
雑巾を室内の水道で濡らし、固く絞る。これで拭いてから乾拭きすればいいよね。
「ところで君は誰?」
あ、自己紹介忘れてた。トマトのせいだ。最悪。
「新入部員の一年五組安井丸(まどか)です」
雑巾で床を拭きながら先輩の質問に答える。
「丸ちゃん新入部員なんだ。どうりで見たことないと思った。俺は三年の村山駿星(すばる)よろしく」
え、ちゃん……今私、初対面の村山先輩にちゃん付けされたよね?
「雑巾はちゃんと洗っといてね。廊下の水道で」
「あ、はい」
え、何でわざわざ廊下?
見上げると、戸惑っている私を先輩はにこにこ見つめていた。
*
部活にも慣れてきたころ。
「ねぇ丸ちゃん、モデルになってくれるよね? 文化祭の作品描きたいんだ」
突然、先輩はそう言って私の返事も聞かずポーズを取らせた。これが結構しんどい体勢で苦しかったのだけど「もう同じポーズ出来ないかもしれないからだめ。表情はどんな感じでもいいから」と言って休憩させてくれなかった。
しかも「動かないで、って言ったよね?」少しぐらついただけでそう言われた。でも決して怒った表情じゃなくて優しいいつもの笑顔だった。
しゃべるのもつらいのに先輩はいろいろと私に質問した。つらいとは言わなかったというか「だって暇じゃん」って笑ってたから言えなかった。
「……よし、完成。いいデッサンだった」
どれくらい経っただろう。やっと解放された。
「やっと終わった……どんな感じになったんですか?」
体が痛い。疲れた。絵のモデルってこんな大変なのかな。
「展示するまで秘密。あぁもうすぐ下校時間か、その辺片付けといて」
ほんとだ。もうそんな時間なんだ。ていうかなんで私が?
「返事は?」
「あ、はい」
早く帰りたいし断れるような雰囲気じゃなかったのでとりあえず返事をしておいた。
「早くしないと置いてくよ」
笑顔の先輩が悪魔に見えた。先輩の考えてることはよくわからない。
*
先輩が文化祭用の絵を描いていたように、文化祭を意識する時期がやってきた。
やっとクラスの出し物が決まった。一円玉落としとかミニゲームをいくつかするらしい。私は一円玉落とし担当。グループごとに集れと指示されたところにいたのは男子一人だった。
「安井さん一円玉落としだっけ?」
「うん。寺浦くんも?」
「そう。あとの人よくサボるから大変だろうけどよろしく」
「よろしく」
メンバーは私と寺浦くんとあと一人だったと思うけどちゃんと聞いてなくてわすれちゃった。寺浦くんが言ってた通りよくサボるからか今日も来ていないみたいだし。
それから二人での作業が九割だった。寺浦くんはすごく優しくて面白い人で一緒にいて楽しい。不器用な私と違ってよくできるから作業もほとんど頼ってる。テニスの大会が近いのに、「絵描かなきゃいけないんでしょ?」って自分の時間を削って私にくれた。そんな寺浦くんだから随分仲良くなった。
*
「あれ、クラスの準備はいいの?」
ある日、終礼が終わってすぐ部室に行ったら先輩に驚かれた。
「はい、寺浦くんのおかげでだいたい終わってるんで」
「寺浦ってテニス部だったっけ?」
「そうです。この前の大会優勝したんですよ! かっこよかったなぁ」
そのときのことを思い出して思わず顔がほころぶ。
「へー大会見に行ったんだ……」
「どうかしました?」
「いや別に」
どこかいつもと違ったけどそれがなんなのか私にはわからなかった。気のせいだよね、そう思って絵の仕上げに入った。
*
文化祭当日。店番が終わって、これからどうしようか思案していた。
「安井さん誰かと回る約束してる?」
寺浦くんに声をかけられた。
「別にしてないよ」
「じゃあ一緒に行かない? 俺も誰とも約束してなくて一人なんだよね」
「うん」
私たちはとりあえず歩きだした。
「どこ行く?」
「えっと……」
寺浦くんの持っているチラシを覗きこんだ。そのときだった。
「丸行くぞ!」
後ろから先輩の声がした。呼び捨て……気づいたら腕を引っ張られ連れ去られていた。珍しく先輩が笑ってない。腕をつかむ力が強くて痛い。
「せんぱ……い?」
恐る恐る声をかける。
「イライラする」
口調もいつもと違う。それはイライラしてるから? でもなんで? 聞けないまま廊下を歩く。無言が気まずい。
「ごめんね、丸ちゃん」
しばらくして先輩が言った。いつもの笑顔で。
「ちょっとびっくりしました」
良かったいつもの先輩に戻ってくれて。
「だよね、せっかくの文化祭、残り目一杯楽しもう」
「はい!」
なんだか寺浦くんに悪い気もしたけど先輩といるのが楽しかった。相変わらずいじわるだけど。
たくさん回った。先輩が出演する舞台も見た。時間が過ぎるのはあっという間だった。
「終わっちゃいましたね。今日はほんと楽しかったです」
美術部の展示を片付けながら先輩に話しかける。
「そうだね。好きな子と回るの夢だったから楽しかったよ」
「え……」
先輩今なんて……。
「……聞き間違い?」
「聞き間違いじゃないし何度も言わせんなよ……丸が好きだ」
先輩は顔を真っ赤にして私に言った。
「村山先輩……」
「名字で呼ぶの禁止だから」
「駿星せんぱ……ん……」
何が起きたのか一瞬わからなかったけど先輩にキスされた。びっくりしてどうしたらいいかわからなかった。
*
相変わらず私の彼氏駿星先輩はドSでツンデレ。デレは告白された時以来きていません。
(12/01/17)
私は友人に誘われて、美術部に入ることになった。
「やっば、遅刻じゃん……」
終礼が延びたせいで部室に行かなければいけない時間を過ぎていて、慌てて教室を飛び出した。
本当は走ってはいけない廊下を走る。
ガラッ。勢いよく部室である美術室の扉を開けた。
「はぁはぁ……遅れてすみません」
走ったせいで、というか運動不足で息が上がっていた。
「別にいいけどさぁ」
「えっ」
「トマト落としたよ?」
ハッと前を向くと男子生徒ににっこり微笑まれた。スリッパの色からすると先輩だ。そして、抱えていた袋からトマトが落ちて潰れていることに気付いた。
「え、あ、すみません」
慌てる私。
「そこに雑巾あるから拭きな? ていうかなんで学校にトマト?」
先輩が指差す先には絵の具の染み付いたカラフルな雑巾たち。
「えっと、学校の畑のやつを先生にもらったんです」
そりゃびっくりするよね。こういうのめんどくさいから、いらないって言ったけど聞いてもらえなかった。
雑巾を室内の水道で濡らし、固く絞る。これで拭いてから乾拭きすればいいよね。
「ところで君は誰?」
あ、自己紹介忘れてた。トマトのせいだ。最悪。
「新入部員の一年五組安井丸(まどか)です」
雑巾で床を拭きながら先輩の質問に答える。
「丸ちゃん新入部員なんだ。どうりで見たことないと思った。俺は三年の村山駿星(すばる)よろしく」
え、ちゃん……今私、初対面の村山先輩にちゃん付けされたよね?
「雑巾はちゃんと洗っといてね。廊下の水道で」
「あ、はい」
え、何でわざわざ廊下?
見上げると、戸惑っている私を先輩はにこにこ見つめていた。
*
部活にも慣れてきたころ。
「ねぇ丸ちゃん、モデルになってくれるよね? 文化祭の作品描きたいんだ」
突然、先輩はそう言って私の返事も聞かずポーズを取らせた。これが結構しんどい体勢で苦しかったのだけど「もう同じポーズ出来ないかもしれないからだめ。表情はどんな感じでもいいから」と言って休憩させてくれなかった。
しかも「動かないで、って言ったよね?」少しぐらついただけでそう言われた。でも決して怒った表情じゃなくて優しいいつもの笑顔だった。
しゃべるのもつらいのに先輩はいろいろと私に質問した。つらいとは言わなかったというか「だって暇じゃん」って笑ってたから言えなかった。
「……よし、完成。いいデッサンだった」
どれくらい経っただろう。やっと解放された。
「やっと終わった……どんな感じになったんですか?」
体が痛い。疲れた。絵のモデルってこんな大変なのかな。
「展示するまで秘密。あぁもうすぐ下校時間か、その辺片付けといて」
ほんとだ。もうそんな時間なんだ。ていうかなんで私が?
「返事は?」
「あ、はい」
早く帰りたいし断れるような雰囲気じゃなかったのでとりあえず返事をしておいた。
「早くしないと置いてくよ」
笑顔の先輩が悪魔に見えた。先輩の考えてることはよくわからない。
*
先輩が文化祭用の絵を描いていたように、文化祭を意識する時期がやってきた。
やっとクラスの出し物が決まった。一円玉落としとかミニゲームをいくつかするらしい。私は一円玉落とし担当。グループごとに集れと指示されたところにいたのは男子一人だった。
「安井さん一円玉落としだっけ?」
「うん。寺浦くんも?」
「そう。あとの人よくサボるから大変だろうけどよろしく」
「よろしく」
メンバーは私と寺浦くんとあと一人だったと思うけどちゃんと聞いてなくてわすれちゃった。寺浦くんが言ってた通りよくサボるからか今日も来ていないみたいだし。
それから二人での作業が九割だった。寺浦くんはすごく優しくて面白い人で一緒にいて楽しい。不器用な私と違ってよくできるから作業もほとんど頼ってる。テニスの大会が近いのに、「絵描かなきゃいけないんでしょ?」って自分の時間を削って私にくれた。そんな寺浦くんだから随分仲良くなった。
*
「あれ、クラスの準備はいいの?」
ある日、終礼が終わってすぐ部室に行ったら先輩に驚かれた。
「はい、寺浦くんのおかげでだいたい終わってるんで」
「寺浦ってテニス部だったっけ?」
「そうです。この前の大会優勝したんですよ! かっこよかったなぁ」
そのときのことを思い出して思わず顔がほころぶ。
「へー大会見に行ったんだ……」
「どうかしました?」
「いや別に」
どこかいつもと違ったけどそれがなんなのか私にはわからなかった。気のせいだよね、そう思って絵の仕上げに入った。
*
文化祭当日。店番が終わって、これからどうしようか思案していた。
「安井さん誰かと回る約束してる?」
寺浦くんに声をかけられた。
「別にしてないよ」
「じゃあ一緒に行かない? 俺も誰とも約束してなくて一人なんだよね」
「うん」
私たちはとりあえず歩きだした。
「どこ行く?」
「えっと……」
寺浦くんの持っているチラシを覗きこんだ。そのときだった。
「丸行くぞ!」
後ろから先輩の声がした。呼び捨て……気づいたら腕を引っ張られ連れ去られていた。珍しく先輩が笑ってない。腕をつかむ力が強くて痛い。
「せんぱ……い?」
恐る恐る声をかける。
「イライラする」
口調もいつもと違う。それはイライラしてるから? でもなんで? 聞けないまま廊下を歩く。無言が気まずい。
「ごめんね、丸ちゃん」
しばらくして先輩が言った。いつもの笑顔で。
「ちょっとびっくりしました」
良かったいつもの先輩に戻ってくれて。
「だよね、せっかくの文化祭、残り目一杯楽しもう」
「はい!」
なんだか寺浦くんに悪い気もしたけど先輩といるのが楽しかった。相変わらずいじわるだけど。
たくさん回った。先輩が出演する舞台も見た。時間が過ぎるのはあっという間だった。
「終わっちゃいましたね。今日はほんと楽しかったです」
美術部の展示を片付けながら先輩に話しかける。
「そうだね。好きな子と回るの夢だったから楽しかったよ」
「え……」
先輩今なんて……。
「……聞き間違い?」
「聞き間違いじゃないし何度も言わせんなよ……丸が好きだ」
先輩は顔を真っ赤にして私に言った。
「村山先輩……」
「名字で呼ぶの禁止だから」
「駿星せんぱ……ん……」
何が起きたのか一瞬わからなかったけど先輩にキスされた。びっくりしてどうしたらいいかわからなかった。
*
相変わらず私の彼氏駿星先輩はドSでツンデレ。デレは告白された時以来きていません。
(12/01/17)