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original

好意破壊


 死を恐れ、破壊を望む。
 それは自らの破壊か、好意ある者による破壊か。

  *

 彼は高校で留学し、そのまま外国の大学へ進学した。
 そして頭の良かった彼は脳の研究者となった。かねてからやりたかった記憶の操作について研究していた。
 充実して幸せだったそんなある日、健康診断の採血の結果が思わしくなく改めて病院で詳しく検査することになった。
 たいしたことないと根拠もなく思っていた彼が告げられたのは余命であった。
「あと、五年です」
 医師はそう告げた。
「五年……僕は死ぬんですか?」
 死を宣告されたのだ、そんなの彼だって分かっている。
「早く死ぬかもしれないし、もっと生きられるかもしれない。それでも人はいつか必ず死にます」
「そうですね」
「珍しい病気なので絶対ということが言えません。進行を遅らせる薬を飲んで、長く生きられるよう頑張りましょう」
 テンプレート的な発言に励まされたわけではなく、余命が彼の研究への想いを強くさせた。死ぬまでに絶対成功させて見せると心に誓った。
「ああ死ぬんだ」
 一人呟く。
 それはまるで他人事。何も怖くなくて、「どうせなら誰かに自分だけを想われて死にたい」と思った。
 記憶操作が出来るようになるかもしれないくらい発達した世界でも、死ぬのを止めることは出来ない。
 禁忌だ。だから罪を犯さずちゃんと死のうじゃないか。彼は彼なりに死と向き合っていた。
 研究が上手くいき夢が叶うのと、終焉を迎えるの、どちらが早いだろうか。
 彼は笑って研究に時間を費やした。


 研究が実ったのはそれから四年が経とうとしている頃であった。
 あと一年。
 夢が叶うかもしれない。
 そんな時、研究所に新しい人が入ってきた。
「初めまして。晴佳です。今日からよろしくお願いします」
 彼はそう挨拶した女性、晴佳に恋をした。
 そして気付く。
 晴佳が弟の彼女だということに。
 前にツーショットの写真がメールで送られてきたことがあったのを思い出したのだ。
 ちょうどいい、成果を試す時が来たのだ。彼はそう思った。

「晴佳さんって将の彼女だよね?」
「えっ」
「あ、急にごめんね。弟の将に自慢されたことがあって」
 突然すぎたかな? と彼は少し後悔する。
「えー将くんのお兄さんなんですか」
「そうだよ」
「わーすごい。まさか留学先で彼のお兄さんに会うなんて」
「本当にびっくりだね」
 晴佳のおっとりした性格のおかげもあって、すぐに打ち解けた。

 そして。
「少し、協力してもらいたい実験があるんだけどいいかな?」
「どんな実験ですか?」
「人工的に記憶を植え付けるっていうものなんだけど」
「かまいませんよ」
 嘘をついた。本当は記憶を消すというのに。
 仕方なかった。それに彼は夢のために手段を選ばない。
「研究者として一度実験される側になってみたかったんです」
 晴佳はそう言って」無邪気に笑った。
 実験は無事に成功した。
 暗示をかけるような形で付き合った男の記憶を消させた。
 だから弟のことなど覚えていなくて、彼は彼氏の兄からただのよき先輩になった。

 まだこれで終わりじゃない。
 晴佳に好意を持ってもらわなければならない。猛アタックした。
 記憶を消せるのだ。好意を持たせることくらい余裕である。しかし簡単にそうしなかったのは面白くないからと、急にラブラブだと周りに怪しまれてしまうから。
 兄弟は似ているのか、すぐに晴佳は彼に興味を持ち、付き合うことになった。
 二人はたしかに愛し合っていたし、彼の夢は着実に叶いつつあった。
 けれど死期も確実に近付いていた。
 子どもが死んだら親は当然悲しむであろう。その前に幸せになってほしいと考えた彼は晴佳にプロポーズし、結婚報告のため一時帰国することにした。
 帰国したとき、彼らは弟に会ってしまった。
 ああ、ややこしいことになってしまったと彼は思った。
「将、久しぶりだな」
 なんて自然を装ったけど弟にキレられた。まあ当然だ。
 近くの建物に移動し弟からの質問たちに答えていると、隣の晴佳がいる部屋の方で銃声がした。
 勝手に体が震えた。
 弟は焦って部屋を飛び出した。なのに彼は動かなかった、動けなかった。
 でもすぐスイッチが入るような感覚がして自然と動き出していた。
 部屋に入ったら、晴佳は血を流して倒れていた。護身用に渡した銃で自分を撃ったようだ。
「あははははは。あーあ、鍵掛けといたにそんな方法で解かれちゃうなんて、僕はバカだな……ははははは」
 本当にバカだ。
 でもどこかでこうなることが分かっていたような気がする。だから、部屋を出る晴佳に銃を渡したのかもしれない。
「そうだ。晴佳に真実を知ったとき、自分を破壊するようにプログラミングしたんだった」
 望んでたからあの実験の時にそう暗示をかけたのだろう。
「誤算だった。記憶が戻ってしまうのは。僕を好きなまま死ぬはずだったのに」
 思っていることと、言っていることが違うのはさっき入ってしまったスイッチのせいだ。それは自分ではどうすることも出来ない。
「てめえええ」
 彼は弟に銃を向けられた。
 遅かれ早かれ死ぬのだから、それで弟の心が救われるのなら殺されてもいい。
 真実は知らなくていい。
 一番望んでいたのはこうして殺されることだったのかもしれない。
 いつか分からない死が怖かったのだ。いつ訪れるかわからないそれなんかより殺される方がよっぽど楽だ。早くこの恐怖を終わりにしたかった。
 やっと終わった。
 でもだれでもよかったわけじゃない。弟だから許せたのだ。

 バンッ――。

「ははははは――」

 サヨナラ。

Fin.

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