09. 守るもの
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その日は夜が長く感じられた。
千鶴が固唾をのんで見守る中、沖田と狛神の戦いは幕を下ろした。
結果は狛神の敗北、沖田の勝利。
戦闘自体は、茜凪が途中で沖田を止めた事により中断されたが、それ以上争う理由もなかった。
何度やっても結果が変わることはないだろう。
島原から追ってきた水無月が、狛神と烏丸、茜凪の横に立ち……辺りを見渡す。
「さて、いかがなさいましょうか」
動揺すら見えないその男。
情報が得られるという機会が巡ってきた展開に些か困惑する新選組の幹部達。
誰もが動きを止めている中、挑発し機会を勝ち取った本人が口を開いた。
「さてと。話して下さいよ。僕、勝ったんですから」
沖田が特に気にすることもなく呟けば、烏丸と茜凪が目配りをした。
逃げるか?と思った永倉と斎藤が構えを取るが、彼女たちは動かなかった。
「おい、何の騒ぎだ!」
随分とガヤガヤ騒いでいたからだろう。
西本願寺の屯所の中から、血相を変えて土方と山南が現れた。
鬼の副長と元総長の登場に誰もが息を呑み、表情を曇らせる。
叱責をうけることをしているのは、誰もが自覚していた。
「って、お前らは……」
だが、輪の中に茜凪と烏丸がいたので、土方は思わず怒号を止める。
茜凪と烏丸も、土方の登場に“もう逃げられない”と諦めに似た態度を示した。
どうしたものか、と黙った時。先に口を開いたのは、水無月と呼ばれる長身の男。
「新選組のみなさん、取り引きをしませんか?」
「取り引き……?」
「えぇ。公平な取り引きを」
第九幕
守るもの
闇夜の中、水色の髪を流し、一つの交渉を持ちかけたのは事の有り様を見守っていた水無月だった。
何をする気だ、と思う茜凪と烏丸。
その横には悔しさから俯いたままの狛神の姿がある。
重々しい空気の中、水無月は口角をあげて話しだした。
「うちの狛神がご迷惑をおかけしてしまいましたから、そのお詫びとして取引に応じようかと思いまして」
「お詫びよりも、きちんと約束を守ってほしいな」
「申し訳ありませんがそれは守ることが出来ない故」
「おいおい、話が違うじゃねぇか!」
“だから言ったのに”というように烏丸が頭を抱えて溜息をついた。
こんな状況じゃ、誰が相手でも反感を買うに決まっている。
「一体なんの事だ」
「きちんと説明してください、みなさん」
騒ぎたてた永倉と平助を留めるように、土方と山南が尋ねた。
狛神が起きしたことをなんとも思っていないようで、水無月が飄々と語りだす。
「ここにいる狛神が、沖田さんと賭けをしたのです」
「賭け?」
「“沖田さんが勝ったら、式神や新選組が巻き込まれている現状についてお話しする”と」
「……!」
「見事に沖田さんは勝利を収めましたが、こちらとしては狛神の独断。これしきのことで話す訳には参りません」
「そう言ってるあんたは、最初からそのつもりだったんだろ」
原田が問いかけれた、水無月は笑うだけだ。
北見 藍人とはまた違う笑い方。
確信を得ているというか、歩がどんなに悪くなっても彼はこの笑みを絶やさないだろう。
「そーだよな。あんた、そいつを止める気なかったもんな」
平助が狛神を見つめながら言えば、水無月が“手厳しいですね”と零す。
茜凪と烏丸はそれを黙って聞いていた。
「こちらの事情を話したからとて、貴方がたの立場が変わることはありません」
「…」
「もちろん、式神をただの刀で斬れないことも」
水無月から発せられる事実は、誰もの表情を歪ませた。
「だから、条件を提示しているんです。取り引きですよ」
茜凪は彼が何を伝えたいのかを、よくわかっていた。
狡猾で、武士らしくないやり方。
もちろん、彼も自分も武士ではないのだが姑息すぎて納得できない。
だからといって、反故にさせずに約束を守れるかと言えば答えが決まってしまっているのでもどかしい。
「私達は式神についての詳しい話をしたくない。貴方がたはこの事件に巻き込まれているが、敵を斬ることが出来ない」
「―――つまり……」
「貴方がたは何も知らなくていいのです。何も聞かないのでいてくれるのであれば、うちの茜凪と烏丸を護衛として付けます」
「なッ……綴!?」
「水無月……!」
水無月の勝手な決定に、茜凪と烏丸は表情を変えた。
“勝手に決めるな”と二人とも言いたいようだった。
だが、彼はそれを気にすることなく続けていく。
「式神はただの人間に斬ることは出来ない。ただの刀でも斬ることが出来ない」
「ただの人間と、ただの刀では斬れない……?」
「お伝え出来るのはそれだけです」
―――つまり、ただの人間とただの刀でなければ、相手が斬れるということか。
それは結論から言えば、ここにいる三人を“ただの人間じゃない”と決定付ける言葉。
「この取り引きを呑んでいただけるのであれば、新選組は茜凪と烏丸が命に変えてもお守りしますよ」
「ふざけんなッ!そんなんで納得できると思ってるのか!?」
土方が事情を汲み取り、反論をしてみたが水無月は笑うだけ。
「ならば事情を全て話した上でここから姿を消し、貴方がたを見殺しにしてもいいと?」
「……っ」
「幹部ぐらいの実力であれば奴らを滅却出来ずともあしらう事は出来るでしょう。ですが、平隊士の方々が同じようにいくかどうか……」
「てめぇ……」
永倉も原田も黙って聞いていた分、水無月の物言いにだんだんと腹が立っているはずだ。
表情は決して穏やかでなかった。
「無駄にあのような紙相手に、隊士を失いたくないでしょう?」
「……」
「ならば、この条件を呑むべきです」
うまく口車に乗せられた、と誰もが後悔した。
だが茜凪は水無月の言葉に一つだけ…見落としている点があることに気付いている。
敢えて口にはしなかったが、茜凪は取引が成されなかったとしても、新選組を見殺しにする気は毛頭なかったのだ。
「彼ら式神が今はまだ本領発揮をしていないだけだとしたら、それは今後新選組への大きな脅威となるはずです」
「式神……」
「言っておきますが、北見 藍人は強いですよ」
何故、今ここでそいつの名前が出てくるのか、と誰もが感じたはずだ。
だが、聞き返すことが出来なかった。
正確には意味がないだろうと予測していたからだ。
「貴方たちにも、話したくない幕命の一つや二つ、あるでしょう?」
「!」
「お前……」
“知っていますよ”という口ぶり。
まるでそれが、“羅刹”や“変若水”の存在を指し示しているかのようで…。
「どうします?土方くん」
「……」
せっかく手に入ると思った情報。
だが、こう条件を狡猾に出されてしまえば、これは頷くしか返事の方法はなかった。
式神。
自分達では斬れないもの。
新選組が非力だからこうなっているわけではない。
彼らが尋常ではない生き物なのだ。
「―――……わかった」
「土方さん!」
「それでいいのかよ!?」
「騒ぐな。黙って聞いてろ」
土方が平助や原田を宥め、水無月に続ける。
「一つ聞くが、お前らとそこにいる烏丸と茜凪とかいう娘は、同じ組織の人間か?」