07. 三人目
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慶応二年 十一月某日。
北見 藍人と一戦交え、新選組の前から突風と同時に姿を隠した二人は、西本願寺から東に進んだ通りで足を止めた。
「藍人が新選組の関係者……」
「どうゆうことだ……。アイツが新選組と関わりを持ってるなんて」
「でも結果からするに、彼は新選組を裏切ったことになります」
冷静さを失わないように吐き捨てて、翡翠の瞳の少女……―――茜凪は顔をあげた。
隣を歩いていた烏丸は彼女の思案顔を見つめつつ、溜息を吐きだす。
「藍人、“本当”だったんだな…」
ピタリと足を止めて茜凪の瞳の奥が揺らいだ。
眉間が寄り、苦しそうな表情を見せる。
思う事がありそうだ。
「―――……」
「悪い!ごんを責めた訳じゃないんだ」
烏丸が慌てて取り繕って、手をヒラヒラさせながら彼女の顔を覗き込む。
考えるような間をあけてから、返って来たのは鋭い視線。
「だから、私のことを“ごん”って呼ばないでください」
「あ、悪い。つい癖で」
「そんな癖、あなたしかありませんよ」
腕を頭の後ろで組んで、苦笑いもとより、誤魔化すような笑みを浮かべて烏丸は顔を逸らす。
茜凪は振り返り、西本願寺がある方に眼を投げた。
これからどうなっていくのか、恐らく新選組は不安を募らせているだろう。
自分達ではどうにもできない、得体の知れない紙に襲われて、其れを斬れる者からは何も聞かされない。
苛立ちをも感じているはずだ。
心で謝罪を述べて、茜凪は歩き出す。
闇夜を纏う京の町に溶けるように。
第七幕
三人目
「だぁー! もうやってられねぇぜ!」
だん!と床を拳で叩いたのは、稽古が終わり昼食を摂っていた永倉だった。
突然の彼の叫びに、誰もが箸を止めて顔をあげる。
お茶を運んできた千鶴は、襖を開けた直後の彼の声に肩を跳ねさせた。
「どうしたんだよ、新八」
「どうしたもこうしたもねえよ!」
隣に腰かけていた原田が頭に疑問符をつけている。
香の物を口に運ぼうとしていたその手は止まったままだった。
「あの変な集団の襲撃から三日! 北見 藍人の行方も、素性も、目的も掴めないままだぜ! 一体どうなってやがんだ!」
「落ちつけ新八。飯くらい静かに食えねぇのか」
「落ちつけるかよ土方さん!どうして北見の奴をほったらかしなんだよ!」
膳をガタガタ揺らしたまま永倉が声を荒げる。
そのもう隣で顔を落ち込ませながら、平助も茶碗を持って固まっていた。
「北見 藍人……。あいつと凛たちの関係って、何なんだろうな」
「そうだぜ! 烏丸から話を聞こうとも思わないのかよ!?」
「話せることだったら、あの時話してたんじゃない?」
口からご飯粒が飛び出る勢いを持った永倉に、向かいに座っている沖田が一言放った。
その横で黙々と食事を進める斎藤は、思う事はあっても余計な口を挟むつもりはないらしい。
おまけに沖田の言葉には、一理あったのだ。
「彼ら、話は通じそうな感じだったし。話せることだったらあの晩口を開いていたと思うけどなぁ」
「……」
「それにあの女の子」
沖田が一拍置いて、隣の斎藤に視線を向ける。
「一君や土方さんが鋭く問い詰めても、全く動じなかったもんね」
「……」
「それだけ口も硬くて実力も伴ってる相手じゃ、一筋縄じゃいかないってことですよ」
「じゃあ何だ総司! 今のこの状況のまま、北見の件には触れないってことか!?」
「そうじゃなくて、いっそ見つけ出して斬っちゃいましょうよ」
「馬鹿を言うな総司」
もどかしさを抑えられない永倉が、土方さんを仰ぎ見る。
対して物騒な一言を添える沖田を、隣にいた斎藤が諫めていた。
―――巷の辻斬りは藍人が新選組を離れてから、報告事例が明らかに減っていた。
いつも通りの日常が戻り、安心している気もするが、相手の情報が全く整わない状態では不安はある。
「放っておくつもりはねぇ」
土方が箸を置き、目を伏せた。
「話を聞くとすれば、北見に対峙し、俺らに加勢したあの二人だ。奴らの方がまだマシだろうよ」
「そうでしょうね」
「ただ、あの空気。吐かせるには相当な努力が要るだろうな」
溜息をつき、こめかみを押さえる土方。
相反するように、伏せていた目をあげたのは斎藤だった。
「あの娘、そして烏丸と呼ばれる者……。恐らく、再び動きはあると思われます」
「だろうね。あの紙切れが現れれば、自然と僕たちの前に出てくると思いますけど?」
「どちらかといえば懸念をすべきは北見 藍人かと」
斎藤が、“副長”と指示を出すように見つめた。
唸る土方が、ぽつりと零した言葉。
「行方は、監察方に頼んじゃいるんだ」
「……」
「―――せめて北見か、あの烏丸か茜凪のどちらかの足取りが取れれば……」
土方のごちりに、広間はしばしの沈黙が流れる。
だが、ふと気付き反応したのは箸を止めていた平助だった。
「あぁぁぁぁ!!」
「どうした平助」
「あるよ!ある!足取りあるって!」
◇◆◇◆◇
ということで食事が終わり、やってきたのは祇園の中心街。
平助が持つ紙きれを頼りに、彼に加えて斎藤と沖田が訪れたのは花街にある茶屋だった。
「ここだよ! ここ!」
「“茶屋・一力”……」
「そーだよ! 凛に居場所教えてもらってたのすっかり忘れてたぜ」
「ここって有名な芸子さんが来るところでしょ?」
「そそ!」
隊服を着ずにやってきた沖田と斎藤が看板を見上げる。
平助が食事時にあげた一声。
それは、烏丸に以前助太刀してもらったときに貰った手掛かりだった。
「ここによく呼ばれる芸子の“芳乃”って人と凛は親密にしてるっぽかったけど」
とりあえず、行ってみるか。と三人は足を進めた。
茶屋の中にいる店主に芸子の芳乃がいる置き屋を聞き、そちらへと移動してくる。
「ようこそ、おいでやすぅ」
それまた美しい禿が迎えてくれ、平助が顔を赤らめた。
沖田からにやにやした視線を受けながら、うろたえる彼。
話にならん、と斎藤が切り出した。
「すまぬが、ここに烏丸 凛という男はよく顔を出すか」
「へぇ。烏丸はんどすか?」
花街に来て、芸子の名ではなく男の名前をあげるのを不思議に思ったのだろう。
そりゃもちろんだ、男三人できている訳だ。
彼らが女性に全く興味のない年齢でもないわけで驚いたような、首をかしげて娘は奥へと確認しに行く。
「烏丸はん、確かによう来てはりますけど……。今日はまだお見かけしてないなぁ」
確認してくるからお掛けになってお待ちください、と促され三人は入口の腰かけに座った。
何か情報が掴めるようにと平助が願い、禿が戻ってくるのを待った。
―――……一方、ここへ向かう大通り。
西の方角から置き屋へやってきたのは茜凪だった。
ふと通りに出ている人がいつもより多い気がして伏せがちだった顔をあげる。
「!」
目的の地の前で、見知った顔が三つ並んでいることに気付き通りから即座に裏通りへと身を隠した。
息を潜めつつ、芳乃の置き屋の様子を窺う。
「沖田 総司……藤堂 平助、それに―――」
折り目正しく居座る彼の姿は、花街という条件で見ると少しだけ不思議だった。
「斎藤 一……。新選組が、何故あの置き屋に……」
消えない疑問と、浮かんだのは“北見 藍人の素性から、自分達まで辿り着いたのか?”というあり得ない読み。
藍人という男を調べただけでは、自分達まで辿られることはない。
仮に場所が分かったとしても。
仮に奴らがたまたま店に来ているのだとしても、“茜凪は何故、紙を斬れるのか”という点まではわからないはずだ。
茜凪は、このまま置き屋に接触すれば確実に面倒くさいことになると分かっていたので、そのまま身を潜めることにした。
「お待たせしとります」
禿が入口に戻ってきた。
三人に声をかけ、首を横に振った。
「烏丸はん、今日はまだ来てないどす」
「そっか……」
「今日はってことは、やっぱりよく来るんだな」
「えぇ。よう遊びにきてくだはります。うちの芳乃と親しくしてもらってまして」
「それって、やっぱあの芸子の芳乃?」
「そうどす」
平助が尋ねた時だった。
奥から綺麗な着物を着た女性が現れる。
それはまさに、当の本人だった。
「あら、お客様?」
「!」
出てきたのは黒髪の、ぱっちりした目元が特徴的の娘。
綺麗、というよりも可愛いという表現が合っている。
すみれ色を基調とした着物がとても似合っていた。
店の入口までやってきた美しい娘に対して、禿が声をあげる。
「芳乃はん! どうして……」
「ふふっ、慣れ親しんだ名前が聞こえたからね」
笑顔を三人に振りまいた彼女から二言目に発せられた口調に、斎藤と沖田は少しだけ違和感を感じていた。
「みなさん、烏丸のお友達?」
目があった平助、そしてつられて斎藤も少しだけ顔を背け、頬を赤らめる。
「と、友達と聞かれれば違う気もするけど……」
「そうなの? 残念ね。彼、親しみやすい性格なんだけど人付き合い悪いみたいで。いつも一緒にいる人が決まっちゃってるから」
友達が増えれば、私も嬉しいのに。と笑う。
「きみ、その烏丸って奴とどうゆう関係なの?」
「ちょ、総司!」
平助が慌てて止めたが、彼女は目を少しだけ見開いて美しく微笑んだ。
「それは男女の仲ですか? という質問かしら」
「芳乃の姐さん……!」
「いいじゃない、からかったって。どっちにしても烏丸とはそんな関係じゃないんだから」
禿に口を挟まれ、舌を出しながら彼女は沖田に返した。
「残念ながら、私は烏丸の恋人ではないわ」
「ち、違うのか?」
てっきり芳乃の反応をみてそうだと思ってた平助。
同時に浮かんだのは、“じゃあ島原で会った時の凛は誰に?”という疑問。
「烏丸に会えば分かりますよ。あの人には、私よりも張り付いている女がいますから」
「それって……」
三人の脳内に浮かんだのは、共通して茜凪の姿だっただろう。
「芳乃と言ったか。その烏丸と共にいる女について聞かせていただきたい」
斎藤が真剣味を持って接したが、芳乃はくすっと笑うだけ。
続けて返ってきたものは拒絶だった。
「お断りします」
「……」
「私、あの女のこと―――」
投げかけられた笑顔。
だが、垣間見えた視線に含んだ色は切なさや哀しみ、そして歪んだ愛に見えた。
「大っ嫌いなので」
◇◆◇
結局、情報は何も掴めず。
置き屋でも茶屋でも待っては見たが烏丸の姿は現れず。
今日は来ないのかもしれないということで、退散した三人は屯所に戻ってきてから溜息をついていた。
とんだ空ぶり。
だが、烏丸があそこによく行くことはわかった。
また日を改めて行けば良いか、と前向きに考えることにした。
「にしても美人だったよな、あの芸子の芳乃」
「ずりぃぞ、平助」
夕暮れ時の境内で、腰かけつつ話していたのは幹部隊士たちだった。
巡察の日程で付いて行けなかった永倉がぶーぶー文句を飛ばしている。
隣で宥める原田も、芳乃には会ってみたかったようで残念がっていた。
「俺だって……俺だって巡察さえなければ……!」
「まぁ、また日を改めて行こうぜ新八」
原田の言葉に嘆く永倉がようやく静かになった。
沖田は平助の言葉で彼女のことを思い出したようだが、反応が薄かった。
「そうかなぁ? 僕はあの芸子さんのこと、可愛いとか綺麗とか思えなかったけどな」
「はぁ!? 総司、お前の記憶を俺と代えてくれ! 俺にも芳乃を拝ませてくれ!」
「大袈裟だぞ、新八」
「まぁ、顔立ちは整ってるのかもしれないけど。でもなんていうか内面が歪んでそうだなぁって思ってさ」
「総司に言われたくないだろぉ! しかも相手は女だぞ」
それぞれの言葉が飛び交う中、境内の掃除を終えた千鶴が皆の姿を見つけて駆けてくる。
「でも、そう思ったのは本当だよ」
愛らしく駆けてくる千鶴を見ながら、総司が笑う。
「僕は、千鶴ちゃんの方が好きかな」
「そ、それとこれとは話が別だろ!」
取り乱してばかりの平助に、総司が更に悪笑した。
「それに顔だけで言ったら、あの茜凪って子の方が上じゃない? 芳乃さんよりも」
「いやまぁ、あの茜凪って女も整った顔立ちしてたけど……」
「でしょ。一君はどう思う?」
境内の端でずっと静かなままだった斎藤は沖田に同意を求められる。
が、興味がない―――または答えづらかったのか―――思案したあとだんまりを徹底していた。
境内の集まりにやってきた千鶴が、笑顔で皆に労いの言葉を述べる。
「お疲れ様です、みなさん。何か大事なお話ですか?」
「お疲れ、千鶴」
「千鶴もお疲れ様。いや、大した話じゃねぇよ」
原田の言葉に首をかしげる千鶴。
楽しそうに笑んでいる総司に、更に彼女は目をぱちくりさせていた。
「だぁぁぁぁ! もう、面白くねぇ! 今日は飲みに行くぞっ!」
永倉が声を上げて、原田と平助と肩を組みそのまま歩き出した。
「千鶴ちゃんも来いよ! 奢るから!」
「え、ちょ……永倉さん……!」
「新ぱっつぁん、引っ張らないでよ服伸びる!」
「斎藤! 総司! お前らも来い!」
その場に居た全員に声をかけ、どしどしと歩き出す永倉。
強制的に連れて行かれる原田と平助を見つつ、千鶴があたふたしていると笑顔の総司が言い切った。
「いいんじゃない。奢ってくれる人があぁ言ってるんだから」
「で、でも……」
「あんたが気にすることでもない。素直に甘えておけばよかろう」
前を行った三人に倣い、総司と斎藤も歩き出す。
千鶴は少し迷ってから――彼らの好意に甘えることにしたのだった。