彼方、夢見た彼らの説

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生まれつき、俺は何でも出来る男だった。


大抵のことは難なくこなし、愛想良くしてしていれば大人が寄ってきて賛美を与えてくれることも、幼いながらに知ってしまっていた。
心もそれなりに強かったので、物心ついた頃から涙を流すことなんてなかった。


大人に褒められ、認められる日々。


最初はそんなことで満足だったが、それが続けば続くほど俺は飽き飽きした。


変わり映えのしない毎日。大人たちの論争。話合いだけで解決するはずもないこれからのことを、延々と喧嘩腰で話し合う日々。正直、もううんざりだ。



「つっまんねーの」



里の裏にある川に、拾った小石を投げ捨てた。いい音が響いて、水面に波紋を呼ぶ。


ドカリと川辺に腰かけて、俺は溜息を一つ吐き捨てた。


毎日面白くもなんともなくて、挑戦したことは難なく出来てしまう。刺激が足りない日々。生きていることすら疑問に思えて、俺の存在理由を探していた。



「だいたい、大老達も話合いだけじゃなくてもっと腰動かして動けってーの」



じゃないと何も変わらない。口だけで放つのは誰でも出来る。問題は本当に言ったことを成せるのか。そして、それを継続していけるのか、だ。重たい腰を沈めたまま、喧嘩腰に同じ相手と毎日顔を突き合わせていた所で今の世の中何も変わるはずないっていうのに。


だから、飽き飽きする。


俺が望むような明日が来ないことも、何も変わらない毎日も。


そう、思っていた。



「あれ?」



コイツが現れるまでは。



「こんな所で何してるの?童くん」



変わり映えのない毎日に、コイツが現れるまでは。


逆を正せば、俺の変わり映えのない毎日に色が付き、日々が鮮やかに変化していったのは、コイツがいたからだ。



「誰だ、お前」


「あれ?知らない?僕のこと」


「知らん」


「そっか、珍しいね」


「は?」


「いや、なんでもないよ」



石を投げ込んだ川辺に座り込んでいた俺に、近付いてくる人影が見えていた。特に気にせずにいたんだ。この辺は里の奴らが洗濯に来るし、俺がここにいたって別に誰も声をかけてくる奴がいるはずないと思っていたから。


なのに、そいつは迷わず俺に声をかけてきた。


容姿は綺麗な金髪。風間家の次期頭領に会ったことが一度だけあるが、アイツ…千景よりも色素が薄い金髪に見える。おまけに瞳は澄んだ赤。俺達妖の中でも上位にやってくるほどの美しさだった。


……そういえば今日は俺の里で、これからの権力争いについて話があるから他の里の奴らが来るって言ってたな。つまり、俺の目の前に今いる男は、他の里からやってきた奴ってことか。


どうも好けなさそうな空気だ。誰からも慕われるような明るくて、優しい雰囲気が漂ってくる。


一体、どこの里の者なのか知ったこっちゃないけれど、関わらない方がよさそうだ。



「ねぇ、童くん。ここで何してるの?」


「俺は童って名前じゃないし、人に名前を聞く時は自分から名乗るのが常識だろ」


「生憎、僕には名乗りたい名前がないんだ」


「は?なんだそれ。俺の揚げ足とってんの?」



今、妖界はすぐにでも戦争が始まるんじゃないかって言われてるくらい緊迫した状況。それなのに、目の前にいる男は我関せずというよりも、どうとでもなるという表情をして俺に会話を投げかける。


いつもだったら、年上を相手にする時は愛想振りまいてニコニコしていられたが、今日の俺は機嫌が悪かった。だからこそ、余裕のない返しになっていたことは自分でも気付いている。


俺の里は、もうすぐ目茶目茶にされるはずだ。大老たちの馬鹿げていて、重たい腰が上がらないせいで。もっとうまく説明したいが、とにかく他族と戦争になることを覚悟している。


俺だって戦えるし、里を守るために働くが、一人で出来ることと出来ないことの区別だってついている。俺が今ここで全面戦争を食い止めるために戦をしかけたとて、俺に従ってくれる妖がいないことも事実だ。


だから、そう。俺達は全面からのぶつかり合いに応戦し、死者を沢山だして、里を壊滅状態に追い込まれるんだ。きっと。


俺には大老達に出来ていないようなことを少しでも考えて、俺なりにこの戦いを止めなければならないと思っているんだ。


だから……。



「まぁ、名前なんてどうでもいいじゃない。ちょっと僕とのお話に付き合ってよ」



こんな奴と話してる暇なんて無いんだ。



「断る」


「え、どうして」


「そんな暇ない。まずお前、俺の里の奴じゃないし」


「あらら。自分の里の大人にはぶりっ子して株を上げるのに、他族の凡人には冷たいんだね。悲しいなぁ」


「お前、性格悪いな」


「やだなぁ、君ほどじゃないよ」



……コイツ、むかつく。


確かに俺の狡猾な手段と計算高い頭、人を即座に判別してしまう性格は褒められたもんじゃない。これも自覚している。


おまけに母親が物心ついた頃には他界していたので、その影響か、多少心が歪んでいるのも分かっていた。


が。それを今、この男にどうこう言われる筋合いは微塵もないだろうが。





「てゆうか、お前ほんと誰なんだよ」


「だから、名乗りたい名前なんて無いんだってば」


「姓は?俺の里に出入り出来るってことは、少なくとも敵方じゃないんだろ」


「もちろん」


「で、姓は?」


「秘密」



なんなんだコイツ!さっきから話が全然進まねえじゃないかッ!だいたい、どうして俺に話しかけてくるんだよ!



「あ、饅頭あるんだけど食べる?」



脈絡ねえし!



「いらねえよっ。俺はもう戻る」


「はむ…っ。美味しいのに」



大きな口を開けて、饅頭を食べる大の大人が横にいる。俺より一回り以上年上に見えるその男は、最近知り合った河童の妖と同じくらいの年だろうか。わからないが、横目で饅頭を見せびらかしつつ食うその大人に、無償に腹が立った。



「それに、戻るっていうけど、あの重苦しい馬鹿なオジジたちの所に戻るの?」


「……っ」


「あそこにいたって、何も解決しないよ」



もう一口、大きく口を開けた男が饅頭の残りを丸のみした。どれだけ入ってるのか分からないが、懐から更に饅頭が二つほど出て来たので俺は目を見開く。饅頭をそんだけ食べることにも、どうやって持ち運んでいたのかも、俺には皆目見当もつかなかった。



「ほら、食べなよ。美味しいよ」


「……」



別に腹が空いていたわけじゃないが、あそこに戻っても時間と体力の無駄だと思っただけだ。俺は素直に男から差し向けられた饅頭を受け取り、本気で開けても男よりも半分の口で饅頭を頬張りだす。


満足したのか、男は笑顔を向けながら赤い瞳を川へと向けて更に饅頭を食べて続けた。



「お前、何でここにいるの」


「ん?まぁ、色々仕事があって、君の里に来たんだよ」


「その仕事は?終わったのか?」


「いいや。投げ捨ててきちゃった」


「!?」


「もらった書状、ビリビリに破いてさ」



会話の中から、コイツが誰なのかを導き出そうとしていたんだ。けれど、俺の思惑はコイツから出て来た言葉ですぐに逸れる。


里に出入りが許されているってことは、他族の上層部の妖であることは分かるが、コイツがどんな地位で、どんな妖であるかまでは分からない。書状を貰うってことは、決定的な何かをする部分の妖だと思うけれど……書状を破り捨てて仕事を投げてここにいるって、相当やばくないか?



「いやぁ、にしても君の里は空気が綺麗だねぇ。それにお酒も美味しくてびっくりしたよ」


「酒飲んだのか」


「うん。ここに来る前」


「まだ真昼間だぞ」


「うん。別にいいじゃない」



駄目妖怪だな。なんて思ってしまった。目上の立場のものに。


こんな態度をとっていることすら、普段の俺ならまずありえないのに、なんでだろう……俺に直接関係してくる男じゃないからか、素でいられたんだ。


――……後から分かったことを付け足せば、コイツの持つ雰囲気がそうさせたんだろう。ただそれだけ。俺に直接関係してないからなど、とってつけた理由だった。



「君は?どうしてここにいるの?童くん」


「俺は……」



童くん、と呼ばれていることも、そのままにしていちゃいけなかったが、何を言っても無駄だと思い気にすることをやめた。


だが、この男に返す言葉が見つからない。



「……ふむふむ」



突然、俺の頭の上にある男が唸りだしたかと思えば、顔を覗きこまれた。忙しない奴だな、本当。なんだかよく分からないが視線を合わせると、穴が空くんじゃないかと思うほど目を射抜かれる。


赤い瞳が、真剣に、凝視してくるので俺は息が詰まり、鼓動が止まるかと思ったほどだ。



「……君は優しいんだね」


「え……?」


「ただ、表現の仕方が歪んでいるだけで」


「何言ってんだ、お前……」


「君が思っている通り、今の大老達の考え方じゃあ、この里は守り切れないね」



目を、見開いてしまった。


まるで心の中を見透かされたように、考えていたことを読みとられたように、その男は俺の思考を言い当てた。



「誰かを守りたいと思っていて、でも自分の力じゃどうにもならないと知っているから、こうして足を止めて悩んでいるんだろう?」


「それ、は……」


「君のように何でもこなせる妖が、ぶち当たった壁ということかな」


「……っ、何なんだよ、お前…」



こうも、思考を掻き乱して、俺の心の中に簡単に入ってくる妖なんて初めてだった。


イラつきが治まらない。睨みを飛ばしてしまったが、男は俺を見て……どうしてだか、切なそうに微笑んだ。



「君は、僕に似ているんだ」


「は?」


「この里に来て、君とすれ違った時にそう思ったんだよ」



だから声をかけたんだ、と。


意味が分からない。



「どうしてだろうね。人間もそうだけれど、妖も醜い争いに常に手を染めている」


「……」


「僕たちの大半は権力よりも、平和に暮らし、鬼に仕えることを幸せと考えているのに……下剋上を図り、妖の世を乱そうとする大老たち」


「……――」


「正直、僕の力なら今争いを起こして、どうとでもすることは出来るんだ。でも、僕は……望まない争いを自ら起こして、同じ妖を殺したくはない」


「あんた……」


「人を殺めるということは同じでも、守ることと壊すことは大きく違う」



もどかしいよ。


そう続け、男は笑ったんだ。


とても、切なそうに……。





「ねえ、童くん。いつか、平和な妖の世が本当に訪れたら、君はどうしたい?」


「え?」


「そうゆう夢を想像したり、みたことはないかい?本当に平和になって、どんな妖でも戦わずに済む日が来るのならって」


「それは……」



正直、今の世じゃ無理だと思う。


権力だけを望み、誰よりも上に立つことしか考えていない妖が……平和だけを望むなんて。


それでも、俺達は願ってしまった。



「僕はね、望んでしまうんだ」



途方もなく、この時の俺達には大きな望み。



「いつか、平和な妖の世界になったら、人間の武士のように……女子供を守る為に力を振るいたい、と」


「武士……?」


「そう。自分の信念と大切な人を守るために」



まぁ、平和になったら武士のような存在もいらないんだけれどね。


そう続けた男が、俺の顔をもう一度見る。


どうしてだろう。こいつが他人に好かれる理由がとてもよく分かった気がする。


そして、どうして俺が短い時間で第一印象を覆され、こいつを好いてしまったのかも、分かる気がした。


俺の願いと、こいつの願いは一緒で、俺達はとてもよく似ていたからだ。



「ねぇ、童くん。せっかくだから、君のお名前を聞いてあげるよ」


「……」


「この僕に、君の名前を教えておくれ。さぁ!」



どーん!と手を広げて、ださく構える金髪の男。


こんな馬鹿くさい空気も、きっといろんな奴から好かれている理由だろう。



「北見……藍人」


「ふむふむ、藍人くん、ね」



うんうん、と頷く素振りを見せて男は“あ!”と閃いたように続ける。まるで俺の自己紹介は流されたように。



「そうそう、もうすぐ僕にも妹か弟が出来るんだけど、なんて名前をつけたらいいかなぁ?」


「お前、ほんと脈絡なさ過ぎ。聞いてて腹立つわ」


「え?そうかな?で、どう思う?」


「知らねえよ。好きにお前の親が付けるだろ」


「そうだけど、僕も待ちに待って待ち望んだ兄妹なんだよねぇ。で、何がいいと思う?」



ほんと、一瞬でも分かり合えると思ってしまった俺の思考を撤回したい。


生まれてくるはずの自分の兄妹の話からしばらく逸れなかった男をそのままに、俺は溜息をついた。




それから暫く、俺達の川辺で饅頭を食べる習慣は続いたんだ。


決して期間としては長くはなく、短いに等しいものだったけれど。それでも、俺はこの男から多くのものを吸収した。


大人に媚びを売るのをやめた。自分の好きなように言葉を発し、好きなように態度をとる。その代わり、今まで以上に努力して、誰にも文句など言わせない力を得られるように、必死に勉強した。


アイツも……あの男も、きっとあんなに自由でいられるのは、同じように努力をしたからだろう。


途方もなく、幸せな未来を夢に見て、叶えるために酷い戦いを続けて行く妖。


そして、短く、儚い命は、まるで彼が口にしていた武士のように。


妖にしては短すぎる人生を終えてしまった。


妖界全体が巻き込まれた、戦いの終戦と共に。



「……ほんと……馬鹿…だな…っ」



生まれてくるはずの、兄妹の顔も見れぬまま。


名前だけを決め、彼特有の直感能力でわかっていた妹の姿を見れぬまま。


誰よりも、妖の未来を考え、戦った男が死んだ。その時の戦況が酷過ぎて、遺体は見つけることが出来なかった。しかし、彼の護衛につけていた俺の式神が、彼の死を告げていたんだ。


彼は最後、北見の里に攻め入ろうとしていた妖の軍団を、部下を引き連れて壊滅させたんだ、と。


北見の里を、守る為に死んだんだ、と。



「平和な世を……っお前が作るんじゃなかったのかよ…ッ」



夢見て、願って、叶えたくてもどかしいと言っていた男が。


あんなに自由なのに、叶えるために手を伸ばそうとしているのに、届きそうもなくて、それでも諦めきれないというように笑った男。



「どうして……ッ」



生まれつき、俺は何でも出来る男だった。


大抵のことは難なくこなし、愛想良くしてしていれば大人が寄ってきて賛美を与えてくれることも、幼いながらに知ってしまっていた。
心もそれなりに強かったので、物心ついた頃から涙を流すことなんてなかった。


大人に褒められ、認められる日々。


最初はそんなことで満足だったが、それが続けば続くほど俺は飽き飽きした。



「なんでだよ…ッ」



飽き飽きしなければならないのは、俺の存在だ。


俺がもっと強ければ、この戦いをどうにか出来たかもしれない。アイツを死なせずに済んだかもしれない。


物心ついてから流れなかった涙が、堰を切って溢れだした。


あぁ、そうか。大切っていうのは、過ごした時間で変わるものじゃないんだな。


思い出の量は時間で変わろうとも、どれだけの想いがあるのかは、そいつの存在次第なんだな。



「死ぬなよ……かんな……ッ」



過ごした時間が短く立って、俺はお前を尊敬し、お前と一緒に平和な世を作りたかったんだよ。



「環那……ッ」













―――それから数年後だった。


荒れるに荒れた妖界の頂点に君臨した男は、僅か十六歳という天才式神師だった。


まるで失った大きな心の穴を埋めるかのように、鬼人の如き強さで誰も逆らうことを許さず、妖界に一時の平和な時代を生み出した三頭の筆頭。


彼の名を、北見 藍人という。


また彼を生かし、彼らを守り、死んでいった男…。


後に知らされることとなるが、彼は妖狐の次期頭領の座につくはずのものだった。


その名を、春霞 環那。


天才式神師と妖狐の物語は、語られずにいたものの、幾年も前より始まっていたのであった……。



「 探したよ、茜凪



繰り返される螺旋の果て。


彼女もまた、妖の世に平和を齎した人物の一人である。


その名を、 茜凪であると、ここに刻む。





***

外伝シリーズ最終話。
最後は藍人と、幻のお兄さんでお送りしました。
これ誰の話?と思わせたくて、名前が最後の最後まで出てこないようにしてみました。


藍人がどうして北見を抜けて、妖界を守ろうと影法師と戦っていたのか、どうして菖蒲がいたにも関わらず茜凪に命をかけて守れたのか。
こんなところに理由があるんだよ、ということで書かせていただきました。
結局、二人とも死んでしまうのだけれど、今頃天国で饅頭でも食べているのではないのかしら。そんな回想シーンや話もまた別で書きたいな、と思いました。
相変わらず藍人のキャラは掴めないので難しいかったです。


外伝シリーズが終わり、ついにここから紫電録が始まります。
薄桜鬼の二作目になりますので、無名戦火録を読んでくださった方はお付き合いいただけると嬉しいです。



2014.03.01 有輝
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