06. 滅する閃光
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どれだけ新選組の幹部が相手にしても、斬ることが出来なかった“紙”。
人へと姿を変えて、形を成した紙は彼らに刃を振るう。
最中、新選組に助太刀をしたのは烏丸 凛と市中で出逢った一人の町娘だった。
「烏丸…!」
「よぉ。また会ったな」
口に入れたべっこう飴を噛み砕き、笑う漆黒の男。
対になるように白の着物に身を纏う少女は、真っ直ぐに敵の大将である男を見つめていた。
「―――まったく、面倒なことになったな」
新選組と対峙を示した北見 藍人がため息をつきながら三日月を崩す。
烏丸や町娘たちは彼から視線を逸らさなかった。
見覚えのある顔、声、雰囲気。
全てが嘘ではないことを語っている。
「まさかお前たちが現れるとは思わなかったよ」
藍人が再び笑みを零し、瞳を閉じた。
「本当に守ってるなんて……。罪滅ぼしのつもりかな? 馬鹿だね」
楽しむように、口の中で言葉を転がしていた藍人だが、烏丸や彼女が現れたことで歩が悪いと判断したらしい。
斬られた紙を見つめつつ、笑いながら退却の意志を見せた。
襲いかかってくる敵を烏丸が引きよせ、相手をする。
背を向けようとする藍人に、声を強く発したのは斎藤と沖田の間に立った少女だった。
「どこへ行くんですか」
逃げることを許さないと告げる姿勢と語気の強さ。
藍人が半面振り返り、笑顔は見せず冷たい視線を送りこんだ。
「脱走は切腹のはずですよ、藍人」
部外者である彼女の言葉が指すものは、局中法度。
新選組の隊規を告げられた男は、愉快そうに肩を振るわせる。
「ふははっ、俺のことを最初から“怪しい”と踏んでいた鬼の副長が、俺を新選組隊士として認めないから大丈夫だよ」
「規律は規律です。一度貫くと決めたのであれば、武士として全うすべきです」
「―――……武士か」
烏丸が全ての紙を斬り終わる頃。
会話を続けていた少女と藍人は、もう一度きちんと向き合っていた。
廊下から境内に降りて来た山崎と土方も、彼らの様子を窺う。
目の前で口数多く語られる少女と、不穏な動きを見せていた北見 藍人との意味深なやり取り。
誰もが首を傾げてしまう内容だった。
「ハハハッ……! まさか、お前から“武士”を説かれることになるなんて」
「……」
「―――……久しぶりだね」
伏せられた藍人の眼が、上がる。
見せられた色は、切なさや哀しみを含んだ、複雑な色であった。
「茜凪」
第六幕
滅する閃光
夜がふけり、月が笑う頃。
西本願寺の境内では、静かな乱戦が開かれた。
北見 藍人と対峙をした少女が、周りに散り散りになっている新選組幹部を気にすることなく、刃を真っ直ぐに向ける。
藍人はくすくすと笑んでから再び口を開いた。
「修羅の道を選んだんだ」
「……」
「哀れだね」
可哀想なものを見つめる瞳。
細められたそれを睨むでもなく、感情の籠っていない眼で少女は返してやった。
「あなたに言われたくないです」
それなりに言い返す彼女に、藍人は口の形状をいいものにして、手を翳した。
埒が明かないと判断したのだろう。
翳した指先から、地にひらひらと落ちた紙が人を成す。
「斬ってみてよ。新選組の前で」
「……っ」
「お前の剣で、お前の意志で」
切れ長の藍色が告げた。
それが合図。
放たれた幾多の人は刃を抜き、こちらへと向かってくる。
「今のお前にはここは不利じゃないかな」
突っ込んで来る不逞浪士の形をした紙に、少女は伏せがちだった瞳を上げた。
翡翠色が対抗を示す。
「茜凪如きが、守れる人数じゃないだろ」
付近に、斎藤と沖田。
背後に永倉、原田、平助。
その奥に土方と山崎。
散った幹部たちと、迫る紙。
人数は確かに互角ではなかっただろうが、彼女にはきちんと助っ人がいた。
「上がれ茜凪ッ! 後ろは俺がブッた斬る!」
追いついた烏丸が、彼女に藍人を追うように命じた。
迷わずに飛び出る少女が、突っ込んで来る紙をいくつか紙吹雪と化して。
相殺できなかったものを烏丸が背後で斬り伏せる音が木霊した。
「―――つまらないな。全部斬られちゃったのか」
一瞬の閃光だった。
何も感じることが出来ないくらいの刹那。
藍人の目の前で、放った紙は全て消え去る。
笑顔を見せた烏丸が、幹部の塊の中心で剣の先端を藍人に向けながら叫んだ。
「藍人、何が目的だ」
「残念だけど、凛。話すつもりなんてないよ」
「ふざけないでください」
突然の―――味方かまだ判断できないが、今のところ敵ではない―――烏丸と少女の参戦。
状況を必死に把握しようと会話の中から情報を収集する新選組の面々。
終いには騒動を聞きつけて、ついには千鶴までもが起きてくる始末だった。
廊下から境内で起きている戦を見つめる千鶴は、藍人に対峙する人物がいつか町で出逢った少女であることを認識し、息を飲む。
「あの人は……」
白の着物を靡かせて、清廉と立つ後ろ姿はとても印象的で目に焼きつく。
まさか、北見 藍人と敵同士だったのかと、誰もが思った。
「茶番はこれくらいにしよう」
「藍人……ッ」
「俺は退く。お前らも空気を読んだ方がいいんじゃない?」
背を向ける藍人に、烏丸が地を蹴ろうとしたが……―――
「凛」
藍人の静かで、冷たい声が響いた。
「俺がここで抜刀したら、間違いなく死者が出るよね」
「……っ」
「特に俺が狙うであろう人物は、わかってるんじゃないかな。茜凪?」
“だよね?”と告げつつ、藍人が目配りを見せる。
振り返り、屯所の奥の方で静かに身を潜めていた千鶴が微かに視界に捉えた。
「その鬼が死んだら、風間 千景はどうするかな」
藍人が消える間際。
残された言葉が音を無くす前に、放たれた最後の一体。
風の速度で烏丸を抜け、屯所の中にいる千鶴に一直線で飛んでいく。
「雪村くん!」
「千鶴ちゃんッ!」
振り返った新選組の者たちが声をあげた。
近くに居た土方が、段差を飛んで抜刀したが―――間に合わない。
「千鶴ッ!!」
標的は自分であると脳では理解していたが、咄嗟であることと攻撃が早すぎて動けなかった。
おまけに寝間着姿で小太刀も手元にない。
悲鳴をあげて、顔を背けることしか出来なかったが……―――
「キャァァァ!!」
痛みに身を裂かれ、血が流れると思った。
今は夜。
血の匂いに反応して、羅刹たちが暴れ出す懸念もあった。
―――だが、いくら待っても千鶴に痛みは訪れない。
代わりに響くのは何かを斬った閃光の音と、男の悲鳴。
「ギャアァァ」
残酷な断末魔が鳴りやみ、強く閉じた目を開ければ目の前にはまだ剣を振るった姿で止まっている少女。
綺麗な紙吹雪が、季節はずれの桜のようで土方に初めて会った夜のことを思い出した。
「(速い……っ)」
周りからしたら、驚いたのは少女の速度だ。
どう考えても、北見 藍人に一番近かった彼女が、屯所前で敵を斬ったのか。
神業としてしか取れない行動を目の当たりにしつつ、静まった境内に溜息が零れた。
「逃がしたか……」
烏丸が剣を鞘に納めつつ、呟く。
事を受け入れるのに時間を要し、固まっている彼らに対して動きを唯一見せたのは少女。
千鶴の瞳を見上げて無事であることを確認すると、烏丸と同じく納刀した。
「どーする、茜凪。一応追っとくか?」
「いいえ、ほっときましょう」
「いいのかよ?」
「何を狙っていたのか、理由は明白になりましたから」
「は? なったか? なったのかッ!?」