某日、夢見る天狗の説

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「えっと……この辺の適当なとこでいいか?」



まず、俺の頭にあったのは“どうして肝心な時に限って、屯所にいないんだよ!一の馬鹿!”だった。


次にあったのは“茜凪はさっさと目覚めろ馬鹿!”だった。


更にもっというならば“総司も教えてくれたっていいだろ!馬鹿!”だ。


とりあえず、何が起きているかというと俺は今、店を探している。



「すみませーん」


「はい!おいでやす!」



慶応三年 二月の月初。


未だに眠ったままの茜凪の刀と、俺の刀を持って俺は刀工屋を探していた。


この間の戦いで、刃がボロボロになりつつあった愛刀をなんとかしてもらおうと思って来たんだ。


生憎、京の地理や店の場所は――飲み屋以外――詳しくない。いつもは茜凪が一緒に俺の刀もなんとかしてくれているんだが、あいつはまだ眠ったままだ。


四国……俺が生まれ育った町ならまだしも、京の地理を今更きちんと覚えようとしても、俺は数日後に再び四国に帰らなきゃならない。


今日は茜凪の様子を見に来ただけで、怪我もきちんと癒えたわけではなく未だに片目は見えていない。


しかも、その中で天狗の一族での話合いが設けられることになっている。


次期頭領になる俺が参加しないわけにもいかず、ましてや藍人に関して起こっていた戦いが無事に終結したということを報告しなきゃならないと思えば、参加しないなんて許されるはずもなく。


京に来ては、四国に帰りを何度か繰り返していたところだ。



「この刀二本、刃がボロボロになってるんだ。なんとかしてほしい」


「かしこまりました。うーん…こりゃ……」



店主が唸りながら、二本の刀を抜刀していた。そのまま色々と刃を見つめながら首を傾げ、また刃を見つめては唸っている。特に気にして見られていたのは、俺の刀の方だった。


……俺、そんな始末な扱いしてるか?



「なんとかなるでしょう。また夕方取りにきてくだされ」


「おう。頼んだぜ!」


「あの…念のため、お名前をお聞きしてもよろしゅうどすか?」



“念のため”と言われたことが、どこか引っ掛かった。俺の刀なんだから、俺の手元にきっちり戻ってくるように名前を聞くのが当り前なんじゃないのか…?



「烏丸 凛」


「二本とも、あんたさんの刀ですか?」


「いや、一本は仲間のだけど今寝込んでて来れないんだ」


「その方は、もしやの嬢さんでは…?」


茜凪を知ってんのか?」



……どうやら、俺が探していた茜凪が得意先にしている店は、ここで合っているらしい。確か河原町の方にあるって言ってたのは聞いてたんだよな。合っててよかったぜ。



「いつもよくしてもらってます」


「あんたも変わりもんだな。女の刀の手入れを嫌な顔せずやるなんて」



思わず、俺なら思う言葉が出て来ちまった。ばれたら多分、あいつが起きた後で殴られるじゃすまない。蹴りが飛んできて、刀も抜刀されて、青炎も出てくるはずだ。


それくらい、あいつは“女だから”という意味合いを嫌う。



「そりゃ最初はさすがに驚きましたわ。あんな綺麗な嬢さんが、自分の刀の刃が欠けたって来た時は」


「ははは……だろうな」


「ですがねぇ……あの子の刀に懸けている思いを感じてからは、ぜひに私に磨がせていただきたいと思う次第でございます」


「……そっか」



あいつがちゃんと人間とも上手くやれているのを確認したら、どことなく安心した。


笑顔のままシワシワの手で刀の手入れの準備を始める店主は、紙に預かり票として俺の名前を書き始める。



「えっと、からすま りんさんですね。字はどうお書きになられますか?」



そこまでいってようやく気付いた。


俺、いつの間に下の名前までサラッと教えちまってたんだろう。



「あぁ……烏に、まんまるの丸、りんは、凛としているとか表現する……凛」



……最後の教え方はおかしいと思ったが、俺の語学ではあれしか出て来なかったんだ!


というより、まず下の名前の字を尋ねられることなんてなかったから仕方ない。そうだ、仕方ない。



「烏丸 凛……さん、と」


「……」



名前を初めて会った奴に、きちんと呼ばれるとドキリとする。昔、この名前が原因で荒れていたことがあるのが理由だが……今更呼ばれたって、どこかで貶されるんじゃないかと感じてしまうんだ。



「じゃあ、これでお預かりします。また後ほど来てくだされ」


「あいよ」



だが、特に店主は何も触れずに紙を渡してきた。夕方、この紙を持ってここに来ればいいんだな。


礼を告げてから、俺はそのまま暖簾を潜り、天気のいい京の市中へと歩き出した……。



さて。


市中に来てはみたものの、特にやることがない。


さっき屯所には行って来たし、茜凪の様子も見て来た。一は非番で町に出たと言っていて、総司と新八がこれから巡察に向かうところだと言っていた。左之助と平助は稽古中で、土方さんに構ってもらうなんて滅相もなくて。


千鶴が屯所の入口で掃き掃除をしていたから、手伝いにでも行くかな…なんて考えてはみたものの俺は目の前の光景に足を止めてしまった。


四条河原まで来て、流れていた鴨川の水が澄んでいることに気付く。雨や雪が解けて濁っていたことが多かったから、久しぶりの風景に足が留められたのだ。



「河原で昼寝ってのもいいな」



行き交う人は多かったが、河原の草辺に俺は下り、ごろりと寝ころんでみた。


視界一杯に見えたのは澄んだ川ではなく青空だったので本末転倒だが、空はとても澄んでいてこれまた美しい。


心が和むってこんなことも言うのだろう。



「あー団子食いにいってもよかったかもなぁ……」



なんて呟きながらも、俺の脳は既に睡眠へと誘われていた。とろんとしてきた目を閉じて、俺は――今日はまだ温かいので寒くない――冬の空気を規則正しく吸い込んだ……。


寝ようと思ってから、約数分で本格的に眠れる俺のことをいつか茜凪は“その力、分けて下さい”なんて言ってたな。分けれるもんなら、分けてやりたいけどさ。あいつ寝つき悪いんだよ、確か……。


―――それが、最後の意識がある考えごとだった……。





―――………
―――……
――……





「凛」


「…ッ」



背後から、名前を呼ばれた。


キッと睨みを利かせ、すぐに殴りかかれるように右手の拳を強く握る。そのまま振り返ってやれば、立っている人物はさぞ楽しそうに俺を見ていた。



「お前…ッ、何度も言ってるだろ!下の名前で呼ぶなッ」


「どうしてだい?君の名前は“凛”じゃないか」


「烏丸って呼べよッ!」



にこにこと笑みを浮かべている男は、笑ってはいるものの、笑ってない。この男はこーゆー男なのだ。


妖の三頭、筆頭の北見 藍人。天才と言われた式神師だ。


僅か十六にして頂点まで上り詰め、若くして亡くなった先代の代わりを見事に務めた妖。


色んな奴から慕われているけれど、正直、俺はこいつが好きじゃない。



「烏丸って呼んだら、君のお父さんのことは何て呼べばいいのかな?」


「親父を下の名前で呼べばいいだろ…ッ」


「それは年上の相手に向けて、失礼だと思わない?俺は別に構わないんだけど」



最後に付け足された言葉は、こいつが俺にむけて“藍人と呼べ”といっている所を思わせた。矛盾しているようにも思えたが、自分はいいけれど、相手はいいとは限らないでしょ?と言いたいらしい。


都合のいい奴。こういうお前が大嫌いだ。



「うるせえな…ッ、用がそれだけなら俺は行く!呼び止めんなッ」


「俺は用が済んだなんて言っていないけれど」


「だったら何だよッ!早く言えッ!」



この頃の俺は、誰よりも短気だったはずだ。今は狛神といい勝負だと思うが、藍人に出会った時の俺は人生で最高に荒れていたと言っても過言ではない。


今にも噛みつきそうな視線で藍人を睨み上げ、用を告げるように言ったんだが極めつけに藍人はこう笑ったんだ。



「用なんて最初からないけどね」


「ッ…テメェ!」



持ってた私物のクナイを腰から取り出し、投げつけた。


が、相手は三頭の藍人だ。敵うはずもなく、彼は微塵も動かずにそのままクナイを指で挟んで受け止める。



「何をそんなカリカリするのさ。ちょっと戯れようと思っただけだろ?」


「俺は、お前が嫌いなんだよ…ッ」


「それはそれは。俺もお前が気に入らないからこうして絡んでいるんだよ」


「このクソ野郎…ッ」



藍色の瞳とにんまりとした口は笑っていた。それはもう、本当に楽しそうに。


気に入らないと言われた言葉が胸に刺さる。今まで何もしていない奴らからも、そう言われて虐げられてきた。慣れてはいるが、言われればやはり傷つくんだよ。



「それはいいけど、君さ。茜凪のことどう思ってる?」


「は?誰だよそれ…」


「この前、不知火やみんなと一緒にいるときに挨拶いた子だよ。覚えてないの?」



“その小さな脳みそじゃ入り切らない情報量だった?”なんて続いたもので舌打ちをしてしまう。


思い返してみれば、いたな。そんな奴。


俺と同じ……何かに脅えるような表情と、その中に見出された強い目をした女だった。……あれは、春霞の狐だ。


この先、誰よりも強くなれる妖だ。



「そいつが何だよ」


「お前、茜凪とも絡んだ方がいいよ」


「はァ?」



何を唐突に言いだすかと思えば。馬鹿馬鹿しい。



「ほら、凛は名前も女らしいんだし?茜凪も女なんだから、仲間同士うまくやれるって」


「…ッ」



我慢、ならなかった。


睨みと共に、本気で出した殺気と抑えきれずに空気に滲みだした妖力。ここで天狗に化けたって、困るのは俺じゃない。めちゃめちゃにされる北見の里だ。


俺は親父の用が終われば、すぐにここなんて出て行ってやるつもりなのに…。



「……ちょっと、やりすぎたね」



小さく零された声は、怒りに噴気する俺には届いていなかった。



茜凪がね、君を心配していたよ」


「あ?」


「それは本当。だから、君も絡んでみるといいよ」



そのまま立ち去ろうと背中を向ける藍人。


クナイは去り際、俺にゆらりと投げられた。



「凛。嫌いだと思う奴ほど、鬱陶しいと思う奴ほど、ちゃんと話すべきだ」


「なんだそれ…ッ?あんたともちゃんと話せって遠まわしに言ってんの?」


「違うさ。ちゃんと話をすれば、どうして相手がその言葉を口にしたのか…わかるんだよ」


「は…?」


「相手がお前を貶すために出してきた言葉なのか、お前を想って出してきた言葉なのか」



――北見 藍人とは、偉大な男である。



「見極めれば、お前の名前は誰よりも素敵なものになるさ」



俺が、理解できなかっただけで。こいつは、ずっと先まで見つめてくれていたんだ。



「……なんだアイツ」



――……その数日後、俺は中庭で茜凪と言葉を交わすことになる。


“凛ってお名前、素敵だと思います”


真っ直ぐに告げて来た、茜凪の言葉は俺の心の中にあった冷たくて尖っていた氷を溶かしてくれた。温かくて、嘘偽りない言葉で。


そう仕向けたのは、茜凪の話を最後まで聞くように仕掛けたのは――藍人だったんだ。


思えば、藍人は確かに性悪で捻くれてて、態度が紳士で笑顔なくせに目が笑ってなくて口も悪いもんだから誤解されやすいが…。あいつは本物の頭の器だ。


全員を見てて、全員を必ず守っていた。俺を、茜凪を、狛神を、菖蒲を。


藍人は最初こそ俺を刺激するような言葉ばかり言っていたが、“凛”と呼ぶ声に、その度に馬鹿にしたような態度は含まれていなかった。


そうあって、当り前というような響きで呼び続けた。あいつには“烏丸”と呼ばれた事がない。


否定せず、全てを受け入れ、自ら憎まれ役すら買っていけるようなアイツが……俺は好きだった。


茜凪が常井と契りを結ぶ時、迷いを見せた日。


茜凪の力になりたいという想いとは別に、藍人を救いたいという想いもあった。だからこそ、命を懸けられたんだ。


藍人がいなければ、茜凪と出会うことはなかった。


藍人がいなければ、総司に憧れて剣を習うこともなかった。


藍人がいなければ、俺はずっと暗い闇の中で翼の殻に閉じこもって外敵から身を守ることしか出来なかった。


誰かの為に戦うなんて、仲間を手に入れることなんて、出来なかったはずだ。



「藍人…」



俺はきっと、お前に微々たることしかしてやれなかったけれど。


それでも、お前の友達だと言えるくらい……胸張って毎日生きて行こうと思うんだ……。


藍人……――。





――……
―――……
―――………





「ちょっと。ねえ死んでるの?」


「こんな所で寝てるなんて、さすがだなぁ、烏丸の奴」


「ん……」



次に目が覚めた時、あれだけ温かかった風が冷風に変わっていた。頬を撫でるそれがとんでもなく冷たい。


おまけに何が起きたのか分からないまま、顔面にピシャ!と水がばら撒かれた。



「冷てえ!?」


「あ、起きた」


「総司。さすがにそりゃやりすぎだろ!?」


「そう?死んでなかったんだから、いいと思うけど」



なんだか聞き覚えのある声だな。一体なんなんだ、と開く片目を擦ってみれば、やはり目の前には総司と新八。


……こいつら巡察に出てるんじゃなかったのか?



「なんでお前らここにいるんだ……?」


「まだ寝ぼけてるの?ここ、鴨川の河原だよ」


「烏丸、こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」



どうやら巡察の途中で寄った川辺で、そりゃもう盛大に寝転んでいる俺がいたから、不思議がって様子を見に来たらしい。


そうか、本当に一眠りしていたんだな。なんだか凄い懐かしい夢を見てた気がするが……。


とにかく顔を擦り、意識をしっかりさせてようやく総司と新八の顔を見ることが出来た。その後ろに美しい夕陽が出ていたので、茜色の頬と影で表情まで読みとれなかったけれど。新八は本当に心配してくれているようだった。


ん……?夕陽……?



「あああぁあぁあ!!!!」


「なっ、何だよ!?」


「今度は何…烏丸くん」


「刀!刀刀刀!俺と茜凪のやつ!」



そうだ、約束をしていたのは夕刻!もう夕陽が沈みかけてるから、時間を大幅に遅れている可能性もある。秒刻みで時間を決めたわけじゃないが、さすがに遅れると悪いだろう。


慌てて票があることを確認して、俺は河原町の方へと駆けだした。



「悪い総司!新八!またなっ!」


「なんだアイツ…忙しないな、ほんと……」


「じっとしてられない新八さんに言われるようじゃ、烏丸くんも言い返せないね」



大きく手を振って、駆けて行く俺を見送りながら二人の会話がなんとなく耳に届いていた。


失礼だな、と思いながらも俺には言い返している時間がない。


とにかく本気で駆けて、暖簾をしまおうとしていた刀工屋の店主に飛び付いた。



「すまねえ!遅れちまって!」


「あぁ、烏丸さん。二本とも出来あがってますよ」



“今日は来られないのかと思いました”なんて言われたもんだから、相手方も心配してくれていたんだろう。


何度も詫びながら、出来あがった剣を見せてもらうと素晴らしい出来栄えだった。刃崩れしていたところも直り、綺麗な紋まで甦っていた。



「おぉお…ありがとな。助かるぜ!」


「喜んでいただけたようで、よかったどす」



さて。


ひとしきり確認出来たので、礼を告げて四国へと帰ろう。とんぼ返りということが辛いが、さっきまで爆睡していたんだし、体力も問題はないだろう。


屯所に寄って、茜凪のもとに剣を返してから…と西本願寺の方へと視線を向けた時だ。



「烏丸さん」


「ん?」


「余計なことやと思うんですが……」


「なんだ?」



店主が軒先に出てきてまで俺に声をかけるもんだから、俺は西本願寺の方向から視線を戻した。すると店主は満面の笑みで告げて来たんだ。



「素敵なお名前ですなぁ」


「え……?」


「あなたにぴったりやと思いまして」



――あぁ……。藍人。お前が言っていたことは、やっぱり正しいよ。


夕陽が沈みゆく中、残る光源が店主の柔らかい表情を映した。


俺は目頭が熱くなりそうになるのを必死で抑えたんだ。今、泣いたら、藍人に合わす顔がない気がしたんだ。



「ありがとな!」



必死に誤魔化して、俺は店主に礼を告げた。











***

第二弾は黒白ペア・もう一人の主人公である烏丸くんでした。
彼も、どちらかというと「どうして茜凪と一緒にいるのか」という語り方になってしまい、藍人との絡みを本気では書けなかったので、書かせていただきました。

烏丸くんは荒くれ者だったのを、藍人のおかげで修正されたという見方が私の中でありました。
おかげで今、メインの妖の中で一番明るいキャラとして書かせてもらってます。
彼はギャグキャラとしても動いてくれるので、紫電録でも頑張ってもらいたいです。


相変わらず短編は難しいですね。これでも大分慣れた方なんですが…。
紫電録に繋がる間の話はあと二つ用意してあります。
連載開始まで、よろしかったらお楽しみくださいませ。


2014.02.28 有輝
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