某日、夢見る狛犬の説

夢小説設定

この小説の夢小説設定
ヒロインの名前
ヒロインの名字





空は晴天。雲ひとつない青空。


前はこの青空が、ただの白黒の世界でしかなかった。


もちろん、俺だって正常な目をしていた頃が今より昔にあったわけで、白黒の世界になる前はきちんと見えていたのだけれど。


ただ、こうして何年も色というものを失ってから見る青空は……とても綺麗で美しかった。単にそんな言葉では表しきれないくらい、素晴らしいものだった。


俺は一人勝手に笑んでしまい、緩んだ口元を急いで直す。こんなところを烏丸の馬鹿や、アイツに見られたら笑いの種にされるに違いない。


自由となり、怪我も癒えたこの体で今はどこまでも行ける気がする。


清々しい、身軽になった、とも違う。達成感と簡単に言ってしまうのも、どこか違う気分だ。



「団子でも食いに行くか」



そういえば前、茜凪が藤堂に教えてもらってた団子屋が美味そうだったな。


まだ本調子じゃないが、多少市中に足を伸ばしてみてもいいだろう。


団子はこれといって、好きでも無かったが今は無償に食べたい気分なんだ。





昨年の年の瀬は、常に往来していた京の市中。


中心部には多くの浪士が潜伏しており、それを取り締まるのが新選組だと知ったのは――常識なしと言われても仕方ないが――慶応二年の十月だった。


――この俺様が気分よく飯を食っていたところ、座敷に喧嘩を吹っ掛けていた浪士がいた。


そいつをブッ飛ばして、突っ込んでしまった先が新選組の座敷だったんだ。


俺を妖と見破れない人間たち。もちろん、妖と判別できるほど外見が人間と違う訳でもないし、本来の姿や力を出さない限りは人と思われて当然。それをいいことに、人間と婚姻を結ぶ下等な妖が増えたのも事実だ。


そんなことをするのは、血も薄まり力も弱い妖だけだと思っていたのも事実だったが…その常識は覆されることになった。それもつい最近、再び。


古来からこの日本という国には、鬼と妖が存在しており、鬼も人間と婚姻を結ぶことがあったようだが…。


まさか、俺が尊敬していた男が二人も人間に心奪われるなんて。


――……くだらない。そう思っていたんだ。ずっと、昔から。



「いらっしゃい!」


「三色団子とあん団子をくれ」


「かしこまりました」



辿り着いた茶屋の軒下に用意されていた腰かけ。ドカリと座り込んで、右足の踝を膝に乗せて背後に仰け反るようにして空を見上げた。


軒下から見える空は限られていたけれど、どこまでも続くようで、自由で壮大だ。この空の下、今の俺なら目指すべき場所まで行ける気がした。


雲ひとつない晴天は、明日も続けばいいと思いながら、団子の前に持って来られた茶を啜る。深くて濃い味。苦かったが、このあとくる甘味と合わせれば丁度いいさ。


茶柱が立ってないか、なんて確認してしまった俺はまだ餓鬼かもしれないが、湯のみの中を覗こうとして顔を空から逸らした直後、正面にも空と同じ色した物を見た。



「…」



言葉が呑みこまれる。出てくるものがない。


それくらい、俺の中で奴らの存在はまだ複雑な立ち位置にある。別に…恨んでもいないし、寧ろ詫びを入れなければいけない立場なのは俺だと思うが。



「(今日は永倉と沖田…か)」



市中の巡察の最中なのだろう。現れた浅葱色…空とよく似た鮮やかな隊服。その色を知ったのもつい最近のこと。


最初は派手だな、なんて思いながらも何度か市中で見かけるうちに――声をかけることなど絶対ありえなかったが――見慣れてしまった。


その中でも、特に声をかけたくないと思っていたのが今、奥の路地を通って行った永倉と沖田だ。


理由は簡単で、俺は奴らと言い争いをした後、詫びを入れていない。半分以上、自暴自棄になった八つ当たりに近かったし、結果として俺に非があったと思う。


が。心で納得していても、いざ自分から頭を下げるとすると意地っぱりな俺には相当の努力が必要だ。特に沖田。特に沖田に謝るなんて、絶対アイツ鼻にかけて笑うぞ、マジで。もしかしたらニヤニヤしながら土下座させられるかもしれん。


……考えただけで、ムカっとしてしまった。いや、俺の想像なんだがムカっとしてしまった。



「お待たせしました。三色団子とあん団子でございます」


「あぁ、すまん」



どうやら室内を簡単に確認しているようで、距離はあるが真正面の質屋で足を止めた新選組。


俺は運ばれてきた団子を手に取り、まず手始めにあん団子を頬張った。あんこに季節も関係ないと思うが、この時期に食う団子は…無償に美味いと感じられた。今日、ここに引きつけられた理由もこれかもしれない。


沖田と永倉はまだ何か確認しているようで、店主と話をしている。


身ぶり手ぶりで大きく表現をする永倉に対し、沖田はどこかつまらなさそーに、空を見上げていた。



「(そういえば…烏丸の馬鹿の憧れって、沖田なんだよな)」



三連綴りになっている団子の一つ目を食い終わり、二つ目に取り掛かる。


顎を動かしながら、そんなことを考えていた。



「なんでよりによって、あの性悪なんだ」



思ったことが口から出た。刹那、俺も人のことを言えない……と自覚してしまったのは、大人になったからか。


今は亡き、空に消えた敬愛する師を思い返して……俺はそのまま手を止めた。



「尊敬……か」



――……俺は烏丸の馬鹿みたいな憧れの仕方じゃなかった。


人から話を聞き、“凄い”と感じるようになり、無意識に追いかけ始めた烏丸とは違う。


どちらかというと茜凪と近かった。


途方もないくらい、俺にとってはでかい存在で、強い人だった。その能力も心も、全てが。



「藍人……」



先日消えた男は、最期の最期までぶれることなく人間の女を愛し通した。


妖界が認めないと言い、周りから反対されつつもあの遊女を愛したんだ。


それはあの女のことに限らない。妖界もそうだ。


大老がどれだけ反対し、藍人を責め、菖蒲を罵倒したって……愛する人を貶されて、悔しい思いをしたはずなのに藍人は大老を含めた一族と、妖界を守る為にただ一人で戦った。


長くて孤独な戦いを。


彼は命を落とす結果となった。最初は認められなかった。藍人が死んだなんて。


だけど、藍人が残したものが根付いたのは……俺が思う以上に多かった。


茜凪、烏丸、水無月の大将、それからあの遊女、結果として七緒や影法師。藍人が残してくれたものは各々に俺達を救い続けている。


命もそうだが、彼の優しさが、俺達を生かしている気がしてならない。



「懐かしいな……」



瞼を、閉じた。


思い返されたのは、俺が初めて藍人に出会った日のことだった……――。





―――………
―――……
――……





「駄目だ!制御が出来ていない!」


「離れろッ!化けるぞッ!」


「う…っ…アァァアアア…ッッ」



俺が初めて、狛犬の本来の姿に化けたのは物心ついてからすぐだった。


餓鬼の頃は割とおっとりしてて、内気で、言いたいことも言えないような男だった。人前に出るのも嫌いだったしな。


まして純血の狛犬だ。剣の才能などは別として、人一倍、妖力が強かった。


自分を取り巻く強すぎる妖力だけが増していく日々に、心と体が制御を覚えることが出来ず……結果として、俺は里で本来の姿に突如化け、里を崩壊に追いこむような状態を作りあげてしまった。


丁度、戦える大人の妖は初霜の鬼里へと出掛けており、俺を止められる者が殆どいないという状況。騒ぐだけの女子供。先程まで共に遊んでいた年上の子供たち。


周りの妖全てが、俺を畏怖の目で見つめていた。



「ガウゥゥゥウウウ!!!!」


「に、逃げろォォ!」


「キャアアアァ」



悲鳴が飛び交う中、俺は自分ではどうしようも出来ない状態に嘆いていた。心に添わず、体だけが暴走する。


民家を壊し、田畑を荒し、ついには己の牙で誰かを傷つけてしまう瞬間が来るんじゃないかと不安だった。


――……そんな時だ。



「ごめんください」



俺の目の前に、突然現れた……里では見慣れない風貌の男。藍色の目をして、俺に笑顔を向けてくる。


この状況が分かっていない馬鹿なのか、それとも気にしていない無神経な男なのか。どっちだかはどうでもいいが、コイツが俺によって最初の犠牲者になる男だ。



「ガルゥウウ…」


「狛神の里、ここで合っているかな?」


「ウゥウウ…」


「里の長に会わせていただきたい。君、案内してくれる?」



コイツ、馬鹿だ。


幼いながらにも、冷静な頭が相手を見下した瞬間だった。無神経でも本物の馬鹿でもどっちでもいい。とにかくここから離れてほしい。


願ったが、俺の願いは相手に届くことはなかった。


“案内しろ”と言って近付いてきた男に、俺は迷わず飛びかかった。


爪を剥き出しにして、牙を向けた。喉元に噛みつくか、肩口を抑え込んで頭から丸呑みにしてやるか。考えていた思考は、狛犬の本能に飲み込まれていた。


体も人型の妖の時より何十倍もあり、力も強い。


中でも狛神家は、妖として姿を変えれば体格のでかさは抜きん出ていた。


あぁ、もう駄目だ。俺は同族殺しになる。追討されて、罪人扱いさ。


諦めに似た感覚を……最後の冷静だった頭の片隅で捕えていた。



「まったく」



ボソリ、と聞こえた声。


次の瞬間、牙を剥いた俺の額に向けて、藍色の男が指を構えた。


――……何が起きたか、わからなかった。



「ねえ、君。ちょっと落ち着いたらどう?」


「…ッ」


「ここで俺を殺しても、いいことなんてないでしょ」



そう告げた男は、更に笑みを深めた。


ただ目の色は藍色の深いまま、笑んでいない。


更に力を額に込められたのがわかった刹那、俺は姿を……元に戻していた。



「はァ…ッ、あ…ハァ……はぁ…」


「お疲れ様。ちんちくりんの狛犬くん」


「は…ぁ……は…っ」


「さ、案内してくれるかな?狛神の長のところに」



人型に戻り、立ち上がれない俺を余所に、男は勝手に“こっちかな?”なんて言いながら歩いていく。


息が乱れたまま、俺は小さな声で聞いていた。いつもなら聞けないようなことも。



「どうして……僕を…怒らないんですか……」


「ん?」


「ぼく…いま…、あなたを…殺そうと…」



落ち着いてきた呼吸に、胸に手をあてて疲れた顔して見上げた。


そこで男は、ようやく本当に笑ってくれた気がしたんだ。



「誰しも通る道さ。力の制御がその年で出来たら天才だよ」


「…っ」


「ま、俺くらいになればその年でも制御できるけれどね?」



ハハハーなんて笑いながら、男は俺を立たせる。


相も変わらず、“で、どっちに行けばいい?”なんて聞いてくる我が道を行く人。


言われた嫌味も、自画自賛の言葉も、鵜呑みにしたわけじゃなかったがこの時の俺にとって、こいつは……この男は偉大すぎた。



「君、名前は?」



あまりにもでかい存在だった。



「狛神…琥珀…」


「そう。いい名だね」



これが妖の三頭と呼ばれ、筆頭に君臨した若き頭領。



「俺は、北見 藍人だよ」



僅か十六にして最年少の頭領を務めた、後にも先にもいない、最強の式神使い。


名を、北見 藍人と言った……――。





――……
―――……
―――………





次に瞼を開けた時、まだ新選組はごちゃごちゃ何かしていた。沖田は飽きて来たようで話を聞きつつも欠伸を噛ましている。


永倉は何かを探すような素振りをしつつ、店主と話をしている。一体、何やってんだアイツら。


ようやく動かすことが出来た手で、三つ目のあん団子を頬張り、続けて三色団子へと移る。この季節に食べたくなる団子の中でも、三色団子は一番と言ってもいい。


白は団子、という感じがするし、桜色は名の通り花の香りを漂わせる。緑は蓬の味がしてこれまた渋い。


藤堂が茜凪にここを紹介したのも分かる気がするぜ。



「ん?」



ちょっとばかし団子に夢中になっていて、顔をあげた時、新選組の事態は動きを見せていた。


沖田が首を傾げながら、店の入口の隅で何かを手にしている。次いで店主と永倉を呼び、手に持ったものを見せていた。


瞬間、俺のもとまで声が通り抜けた。店主が喜ぶ、歓喜の声が。



「な、なんだ……?」



大喜びした店主が、沖田の手から――俺の目では見えない――何かを受け取り、手をあげて喜ぶ。喜んだかと思えば、沖田の手を握りしめて、涙を流しながら頭を下げてお礼を告げていた。



「ありがとうございます!ありがとうございます!沖田さん!ありがとうございます!」


「へぇ……」



なんだか珍しいものを見た気分だぜ。沖田が、というより新選組があんだけお礼を言われているところなんて。


あの素振りは、恐怖から来ているものには到底思えないから、奴らが何かいいことをしてやったのだろう。そんなこともあるんだな。人斬り集団と言われた奴らが。



「!」



更に驚いてしまったのは、それだけじゃなかった。どっちかっていうと、こっちの方が驚いたかもしれない。


沖田が、永倉が、笑顔で店主に何かを告げていたんだ。



「……」



特に俺は沖田の顔から視線が解けなかった。


藍人がよく烏丸に、沖田の話をしていたと言っていた。力を認め、すごい剣客だと。


どことなく藍人と彼は空気が似ている。もちろん似てないところも沢山ある。


だけど……沖田が笑んだ姿が、その笑顔の意味が、藍人と重なり、視線を解くことが出来なかった。



「あーあ……」



俺は困った顔をしていただろう。誰にも見せられないような表情を。


左頬を掻きつつ、俺は立ち上がった。



「本来、純血の狛犬は、人間の望みを叶える妖なんだがな」



唐突だが、そんな言葉が出た。これは事実だ。


もともと、狛犬とは神社などに祀られている神の一種であり、人間に祀られ、強い願いを叶える為にある。といっても、妖の一生で人間の願いを簡単に何度も叶えられるものではないから、妖一人につき、一回までという原則がある。


俺はまだ誰の願いも叶えたことがないが、逆に俺の望みが今叶えられてしまった気がした。



「……帰るか」



空になった団子の串を、皿へと投げ捨てて。続けて代金も皿に投げて歩き出した。


沖田や永倉と今、きちんと顔を合わせて話すのは、とてもじゃないが嫌だ。ていうか無理だ。


逆方向に歩き出して、頬に浮かべた笑みは消さずに……――いや、消せずに。


青空を見つめながら、ひたすら祇園へとむけて歩き出した。



「今度、茜凪の見舞いでも行ってやるか…。仕方ねえ、ついでだ、ついで」



言い訳がましく言い聞かせて、歩みは止めずに。


屯所で未だ眠ったままの狐に会いにいくついでに、沖田と永倉に詫びをいれよう。


望みを……“藍人の笑顔をもう一度見たい”と思っていたことを叶えられた気がしてならない今、沖田に頭を足で押さえつけられたって、清々しく詫びてやることが出来そうだ。


一度だけ振り返って、背後を見つめた。


用は済んだみたいで、部下を引き連れて西本願寺へと帰る背中が見えた。



「……烏丸にも、詫びてやるか」



こちらは気が向かないが、アイツが沖田に憧れる理由も、少しだけ分かった気がしたんだ。










***

本編の無名戦火録を、茜凪と烏丸メインで描いてしまったので、狛神くんがどうして藍人が憧れだったのかとか、どれだけ彼を慕ってたのかを書きたくて、別で用意したお話。
戦火録の途中で狛神くんの話をガッツリ入れると、尺が伸びすぎてしまうので、当初からこれを書くつもりでした。笑

烏丸と茜凪の黒白ペアは常に一緒だったけど、彼は別ルートを辿ってくる役目。
それは敢えてそうしたんだけど、特に彼だからという理由はありませんでした。
ただ一緒にいた茜凪や烏丸以外にも、藍人を慕っている人がいたんだよってことで、彼の存在が生まれました。

後のち、彼は烏丸以上に(本人も不服ながらに自覚がある状態で)沖田さんに憧れを抱いてくれると嬉しいです。



2014.02.27 有輝
1/1ページ
スキ