50. 狐狸
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次に炎の壁が消えた時、茜凪と烏丸は一気に駆けだした。
視界が悪くとも負けるつもりはないという烏丸に、羅刹化した沖田。
茜凪と彼女より馬力のある斎藤。
なんとか耐え、傷を負いつつ戦い続けてくれていた狛神も確認できた。
ここから反撃とでもいうように、“どうしたらいいか分からない”といっていた彼女たちの表情が変わる。
それを見つめていた本物の斎藤が七緒に尋ねた。
「何故、楸たちに答えを与えたのだ」
「…」
「そうだよ、君からしたら良くないことじゃないの?」
沖田も加わり、悲しそうに笑みを浮かべる彼女を見やる。
ただ、俯いて笑った七緒は、不思議そうに吐き捨てた。
「……なんでかな」
―――ただそうすることで、影法師が少しでも救われるなら。
まだ罪を償い、共に歩いていける可能性があるならば。
まだ……まだ……。
「ただ……伝えなきゃいけないと思っただけよ」
第五十幕
狐狸
謎は解けた。
あとは実行するだけ。
ただ、相手を斬ってはいけないということが変わらないので劣勢であることに変わりはない。
それでも、茜凪は諦めなかった。
それは烏丸も。
「ハァァアアアッッ!!!!」
持てる妖術を全開にして、烏丸が瞳を赤く変えながら羅刹の沖田に斬り迫る。
茜凪の考えた作戦を実行するために、機会を窺いながら。
狛神や風間も何かを悟り、あと少し……と耐え忍んだ。
しかし、意外にも圧されてしまっていたのは茜凪自身。
「く…ッ」
「…」
影の斎藤の力は強い。
腹部の痛みも、首の痛みも、心臓の痛みも拭えない。
その状況で力を出さなければならないことがとても辛い。
言い訳にはならないが、剣が弾き返されたのは当然のこと。
「な……ッ」
再び体勢が崩れ、先程のことをまるで学習していないようにして茜凪が吹っ飛ばされた。
むしろ先程よりも強い力で弾かれたようで、茜凪は新選組の真ん中まで突っ込んで来る。
永倉にぶつかり留まったが、フラフラの体は立つことが出来なかった。
刹那、彼女の瞳の色は一瞬だけ、いつもより色を濃くした―――。
「く…ぅ…ッ」
「茜凪!」
「おい、茜凪ちゃんッ!」
永倉が体で支えつつ、立ち上がろうとして倒れたところを菖蒲が支える。
茜凪を追って来る影の斎藤が見えたので、水無月が舌打ちをかましつつ、水煙術で水の壁を現した。
視界が遮られ、敵側からは何も見えなくなる。
それは外に出ていた烏丸も同じだった。
「くそ!」
沖田の隙を見つけられず、攻撃をしかける事が出来ないまま、烏丸も一旦水の中へと戻る。
茜凪の状態が分からなければ、作戦を仕掛けることなんて出来ない。
しかし烏丸が戻って、間髪置かずに水煙術は破られた。
「な……ッ」
烏丸を追い、水を恐れずに突っ込んできた沖田を剣で再び抑え込む。
茜凪は既に気を失って倒れており、使いものにならなさそうだ。
状況を理解した狛神が、茜凪がいない状況で烏丸が沖田と斎藤を相手にできるはずないと顔を歪ませる。
影の永倉を放り出して退こうとする彼が見えたのだろう。
烏丸が狛神に向けて声をあげた。
「前向け狛神ッ!」
「ッ!」
一瞬。
一瞬だけ違和感を感じた。
「ここは俺が抑え込む」
「お前……沖田と斎藤相手だぞ…ッ」
だからといって、影の永倉を置いておけば撃剣師範を三人相手にすることになるのだが。
―――それでも、烏丸は笑っていた。
とても不敵な笑みで。
「任せろ」
決して、沖田と斎藤の力を甘く見ているわけではない。
だが、一つの悟りを開いたかのような表情はとても潔かった。
狛神が、退こうとしていた足を―――戻す。
「来い」
中段で構えた剣。
前には羅刹と左構えの男。
正直、勝てるとは思わない。
それでもやるしかないのだ。
踏み切りは三人同時だった。
誰かが劣ることもなく、素早い速度で戦闘が繰り広げられる。
まず、斎藤の剣を流し背後へ。
そこへ迫った沖田の剣を受け流し、逆から攻め入る。
交わされるのは分かっていた。
だが、交わされた先から来る斎藤の剣撃も読めていたので問題はない。
あとは機会を見て、どうにか状況を変えていくだけ―――。
そこから先は、更に凄まじい戦いだった。
影の羅刹が混ざっているのもあったが、烏丸の真剣さが先程よりも増されていたのも驚きだ。
息を呑む速度で相手にしていく彼に、二対一で攻める敵。
やられるか、やられないかの緊迫した中、烏丸は攻撃をしかけるというよりかは受け流すことを中心としていた。
体力では人間より妖が勝る。
影の斎藤には勝てるであろうが、羅刹の沖田は恐らく難しい。
茜凪が倒れてしまったことも問題ではあるが、この時既に明暗を分ける戦いへと突入していた。
「……」
そんな激戦の中、七緒がふと……藍人を留めていた指を解いた。
「く……っ」
同時に頭痛も、体を苦しめる痛みもなくなり、意志の通り自由に動ける解放感を手にした藍人。
驚きと、突然のことに理解ができないという顔をして、未だ疲れた表情で七緒を見つめた。
「七緒様……、」
「藍人……。あたし、きっと間違ってたのね」
「……」
「今までずっと、自分は恵まれていないとか、不幸な女だとか……劇中の悲劇の少女を演じてきたみたい」
七緒の目に強く写っていたのは、倒れ込み気を失った茜凪と、戦い続ける烏丸、そして狛神、水無月。
何より…奥で不気味に笑みを浮かべていた影法師だった。
「あたしの傍には影法師がずっといてくれた……」
「…」
「彼を愛しているわけではないけれど、彼はいつだってあたしの味方だった」
「…」
「苦しいことも、悲しいことも一緒に越えてくれた。そう思うとね、彼と過した日々が……彼と一緒にいた世界が…少しだけ……恋しいの」
「七緒様……」
「妖界が滅んで無くなるのは……優しい思い出もある、妖界が滅んでしまうのは……少しだけ嫌かもしれないって……」
ぽつり、ぽつりと零される想い。
彼女を責めることもせずに聞いていた藍人。
千鶴も、新選組の者も静かに耳を傾けた。
「藍人が死んだ世界で生きているのは辛かった。希望を奪われ、生きる意味もなくて……あたしを選んでくれなかった藍人も憎かった」
「…」
「だから全部、あたしと同じくらい苦しんで滅んでいけばいいと思って戦いを仕掛けたの。この名前もつけられない戦いを」
―――だけど藍人を殺したのは、影法師だった。
影法師は七緒を愛してくれていた。
悲しい時も傍にいてくれた。
自演自作もいいところだけれど、彼という存在に助けられたのもまた事実。
数奇な運命の下、重なり合った必然。
「許せないと思うわ……。それでも、あたしには影法師が必要なの…」
「…」
「だけど……だけど……っ」
考えれば考えただけ残酷だった。
「彼を一番苦しめたのは、あたしだった……!」
これが、彼女の本音だ。
真実を導き出され、目の当たりにした死の正体。
そこから出された七緒の答え。
「彼を解放してあげて……」
「…」
「藍人が純粋に止めたいと思ってくれた気持ちで、彼を……―――」
閑かなる静寂。
藍人は呼吸を整えながら、何も言わずに聞いていた。
時が戻る感覚だ。
今から立ち上がる藍人は、二年以上前……雪の降る京の端で、影法師を討とうとしていた彼に戻る。
一族を守るため、妖界を滅ぼそうと動き出した影法師を止めるため、菖蒲を守るため、茜凪を守るため。
北見 藍人に戻るのだ。
「―――七緒」
主君としてではなく、同じ三頭を支える存在になるはずだった彼女の名を呼ぶ。
息がまだ荒い中、藍人が仕掛けようとしたその時だった。
「がぁッッ!!」
「烏丸……!」
声をあげ、痛い一太刀を沖田から受けた烏丸。
呼吸も大分乱れており、こちらが負けてしまうのは時間の問題じゃないかと思えた。
膝をついてしまった彼に狙いを定めるべく、斎藤が前に出る。
もういい、と飽きたような表情をした羅刹の沖田は、影の斎藤が仕留めるところを見つめていた。
「凛!……凛ッ!」
「立て烏丸ッ!」
平助や原田の声は彼の耳に届いている。
しかし、烏丸の傷は本当にひどかった。
酷使された刀。
首と腹部から溢れだす血。
そろそろ失血で倒れてもおかしくないだろう。
それでも、彼は立ち上がる姿勢を見せ続けた。
「凛ッ!」
斎藤が突きの構えを見せる。
終わらせる気だ。
狛神と天霧が殺気を感じて振り返り、声をあげた気がしたが、遅かった。
斎藤の構えを見て、烏丸は剣を携えるのではなく、何故か懐から一枚の妖術を発動させる札を取り出した。
それと同時。
「烏丸さん……ッ!」
「凛ッッ!!」
ーーーザシュ!!!!と肉を裂く音が響く。
同時に誰かが吐血した気配。
それも新選組のものすごく近くで感じられた。
それもそのはず。
突きを放たれて、剣を右肩に突き刺されたまま、烏丸は飛んできた。
しかし背後に被害が行かぬように、と右手に構えた札が結界という壁を生み出した。
おかげで本物の斎藤と沖田の目前で、烏丸は肩を貫かれたこととなる。
完全に貫通してしまった右肩から下は、もはや言う事など聞ける状態じゃなかった。
これじゃ刀など……―――。
「ゴフ……ッグフ…ッ」
血反吐を吐いて、斎藤の刀を右に刺されたまま烏丸は顔をあげる。
しかし、細められた瞳から感じられるのは敗北ではなかった。
「か……、げ……ぼうし」