49. 苦しみを厭わず
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戦火の火蓋は切って落とされた。
「はぁぁああぁあ!!!!」
声を張り上げて、新選組幹部から生み出された影に挑み続ける妖たち。
そこに加わった鬼である風間、天霧、不知火。
六対六がつくりだされた西本願寺では、人外の戦いが勢いを増していく。
「畜生、このまま俺たちが捕まってたら凛達は勝てねぇじゃん!」
「そうさな……俺達がこの状況を打開しないと」
平助が捕えられ、依然動けないままの体に力を込める。
意味などないと分かっている。
相手は妖の術だ、人間がそう簡単に解けるはずがない。
それでも、抗い続けないと気持ちが負けてしまいそうだった。
その中でも動きを忘れ、食い入るように戦火を見つめていたのは土方、沖田、斎藤だった。
土方は、どこかに体を自由にする手段がないかと考えを巡らせての行動だったが、あとの二人は違う。
烏丸と茜凪。
二人の剣術が己の影に勝るのかを見ていたのだ。
「彼、あんなに強かったっけ?」
沖田が思わず口から零した言葉は、境内で手合わせした時よりも力を増したように思えた烏丸の動きからだった。
とんでもない剣さばきを見せる彼に、手を抜かれていたのかと考えるが……恐らく違う。
相手が人間であり、自身の素性を隠さなければならない状態で妖として本気を出せなかったのだろう。
ばれてしまったものはしょうがない、とでも言うように烏丸は本気で沖田とぶつかり合っていた。
一方の茜凪は、本物の斎藤が壬生寺で手合わせをした時とほぼほぼ動きは同じ。
受け流せ、と伝えたあの日から差ほど日が経っていないこともあり、長年の癖は変えられない。
受けては押し返し、相手の動きを見切り、退き、そして速度をあげて斬り込んで来る。
速さはやはり劣らないが、今一歩決定打に欠けた。
彼女の念頭にも“斬ってはいけない”という思いがあるからだろうが……。
「どうします?……土方さん」
「風間たちまで乱入してきてっし……」
「……」
沖田の問いに、答えられないのも事実だろう。
土方とて捕えられている身の一人。
打開が出来るのであれば、既にしているはずだ。
人間の武士で動ける者がいない現状。
それでも諦めなど見せずに、土方は戦場を睨み続けた。
「茜凪……ッ」
「藍人くん……」
酷い頭痛がする中、体を引き摺るようにして立ち上がる藍人。
命令に背き続けた人形は、身体的に辛そうだ。
それでも懸命に戦っている仲間たちを見たら、己を鼓舞し、立ち上がるしかないと言い聞かせたのだろう。
ゆっくり、ゆっくり前に出て行こうとするが、途中でガクリと膝から崩れ落ちる。
「七緒……さま……」
「……」
“行くな”と念じたように、七緒が指を折り曲げたのだ。
繊な指先が曲を描くと藍人は本当に動けなくなる。
彼は、操り人形。
七緒の指令に何度も背ける訳もない。
「アンタ……どうして分からないのよッ!」
「…ッ」
ついに我慢ならない、というように菖蒲が七緒に掴みかかった。
止める者が誰もいない今、藍人を愛した者がぶつかり合う。
「こんな事になったのは、アンタの部下が色々起こしたせいでしょ!止めなさいよッ」
「……っ、この戦いを仕掛けたのはあたしよッ?その原点を思い返せば、人間であるお前が藍人の傍にいたのがいけないんじゃない」
「なにそれ……ッ」
「お前さえいなければ、あたし達が苦しむことも無かったのに」
未だに折れない七緒の想いに、菖蒲が傷口から血が出た手で彼女の襟首を強く掴んだ。
恐らく、言い争いは止まらないだろう。
当人同士が何かをしようとも意味など無い、解決に導くためにはどちらかが折れないとならない。
気が強い二人だけで、その糸口を掴めるはずもないのだ。
「全部、お前がいけないのよ人間」
「……っ」
「お前みたいな人間がいなければ、みんな救われたわ」
「……」
「お友達であるあの春霞の娘も、烏丸も、全員」
「……―――」
菖蒲は何かを悟ったように、襟首を掴んでいた手を……離した。
諦めとは言えないけれど、涙が溢れて止まらないというように、切なくて、痛みを堪える顔をしていた。
水無月の傍についていた千鶴が、突然静まった空間に顔をあげる。
「じゃあ……」
次に菖蒲が放った言葉は、誰を思っていたのだろう。
「わたしがいなかったとして、藍人くんとアンタが結ばれていたとして、」
何を悔しがっていたのだろうか。
否、誰の立場で考え、悲しんでいたのだろう。
「アンタを愛してた、あの影使いの男は……それで救われたの……?」
「え…―――」
「ずっとアンタの傍に仕えた人は、その人の心は……それで救われたの……?」
第四十九幕
苦しみを厭わず
辺りで光景を眺めていた新選組の幹部たちも、今は轟音が遠くに感じられた。
菖蒲がすぐそこで放った言葉は、この名前のない戦いの結論だった気がする。
誰が悪いという訳じゃない。
誰かが幸せになろうとすれば、誰かが傷付き、痛みを覚える関係にあったのだ、と痛感させる。
そして、現実それは関係した全ての登場人物を傷つける結末へと進んだ。
影法師に殺された藍人。
藍人を愛していた菖蒲。
菖蒲の幸せを願い、藍人を慕っていた茜凪。
茜凪の親友の烏丸。
藍人の弟子だった狛神。
長年の付き合いがあり、よき友だった水無月。
一族の大老に閉じ込められ、闇の中で藍人を愛した七緒。
そして七緒を愛していた影法師。
誰が主人公でもなく、誰の目線でとっても残るのは“藍人の死”と虚しさ、切なさだけだった。
「アンタが藍人くんを好きなのわかるけど、わたしだって藍人くんのこと好きだから……気持ちは分かるけど、でも……ッ」
「―――」
「傍にいてくれた人の気持ちを、蔑ろにして自分だけ幸せになろうなんて考えちゃダメでしょう……」
菖蒲が泣き崩れた。
何かがプツン、と切れてしまったようだった。
藍人を殺し、茜凪を苦しませ、女である彼女に剣を取らせ戦い続けさせてしまった現実。
犯人を怨み、男を相手にする毎夜が怖かった。
でも怨んでいたものが、誰も悪くないと目の前で教えられたことにより、残ったのはただの悔しさ。
そして、七緒のように“自分だけ幸せになりたい”と思っても、茜凪が戦い続け、どこかへ歩き続ける度にダメだと引き戻された自分。
七緒に重なり、重ならない部分もあり、複雑で我慢できなくて、溢れだした想いはとめどなく……治まることを知らなかった。
「だって……」
泣き始めた菖蒲に、七緒は自分に言い聞かせるように言葉を探した。
言い訳めいているものでも、考え、口に出し、耳に戻れば平常心でいられると思った。
妖の姫と恐れられ、同時に讃えられ、閉じ込められ、そこで見つけた光。
自分は悪くない、と言いたかったけれど……もはや残る虚しさには気付いている。
己の声を吐きだして、耳に戻すことが出来なかった。
「だって……」
“七緒は悪くないよ”
誰かにそう言われることを望んだ自分がいる。
後ろめたい気持ちがあることを理解している時点で七緒は負けたのだ。
誰かに認めてほしいと願う時点で、この戦いになんて……縋る必要はないのに。
菖蒲は俯き、泣き続ける。
彼女を見つめていたら、七緒も堪えた涙を流さずにはいられなかった。
「菖蒲さん……七緒、さん……」
二人が同じ妖を愛した。
影は姫を愛していた。
妖の王は、人と愛し合っていた。
誰も悪くない、誰も悪いはずなんてない。
誰も責められない。
ただ。
ただ好きだっただけなのに。
「ぐ……ぁ…ッ」
轟音を再度間近で聞こえさせる一線になったのは、水無月の唸り声だった。
「水無月さん!」
千鶴が確認するように声をあげれば、相当痛みを伴うのだろう。
己の二の腕を掴み、ギリギリと傷がつくまで爪を食いこませている。
彼が苦しむということは、茜凪の方にも異変があるかと思えば、そうでもなかった。
彼女はそのまま白い着物を赤に変えたまま、影の斎藤と戦っている。
だけどこれは時間の問題だ。
なんとか出来ないかと考えた刹那、また一つの展開を生んだ。
「おい嘘だろ……ッ」
「―――!」
「マジかよ……ッ」
信じたくない、とでも言うような口ぶりで烏丸と狛神の声が聞こえた。
確かめるために視線を向ければ、そこに現れたのは…
「羅刹化しやがった…ッ」
「沖田……さん……」
地面を裂けさせるような音が響き、風が舞う。
中心部に立っていた人物に、目を疑い、二度見をしてしまったのは誰もが同じであろう。
本人は羅刹化していないのに、影が羅刹となり、烏丸を苦しめ始める。
「烏丸……!」
狛神が“あれはやばい”と加勢を見せるが、影の永倉に抑え込まれ、どうにもならない。
同時に彼の心には茜凪が訴え続けた意味がようやく真に理解できた瞬間だった。
「く……っ」
茜凪が斎藤を押し退けて、烏丸のもとへ行こうとするが、こちらも相手が相手だ。
戦いの最中に背を向けて、無事でいられるような相手ではない。
風間や不知火も、羅刹化した影の沖田に目を見開いた。
「どうなってやがる、ありゃ」
「なるほどな」
妖術を理解した風間は、自身が解いてもいいと思っていた。
しかし、ここが最終決戦。
術を打ち破るのは、鬼ではなく妖でなければ意味はない。
どう考えても鬼が手を出していい場面とは思えないので、もう少し茶番に付き合う必要がありそうだ、と溜息をつきつつ影の土方を軽くあしらった。
「くそッ!」
速度が尋常ではなく上がった羅刹の沖田に、烏丸の腕が撓る。
剣で受け止め、交わすのが精一杯だ。
まして剣術は沖田の免許皆伝に対し、烏丸は目録の強さ。
技術面でも劣るはずだ。
「打ち込める隙が見つからねえッ」