47. 影からの螺旋劇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昔、暗闇のなかに閉じ込められていた頃。
古い古い書物で読んだことがある。
関ヶ原の合戦よりも前、この妖界を統べていたのは白狐だったと。
その白狐が一時期絶滅まで追い込まれたのが関ヶ原の合戦であり、白狐の純血の犠牲は大きかったと聞いた。
だから時の権力者は白狐から北見家、式神師となり、そして多々良の傀儡師の三つ巴となった説があるそうだ。
かろうじて生き残った純血の白孤春霞が妖界を支えて来たのだと。
関ヶ原の合戦以降、犠牲が多く出たことにより妖界の表舞台で目立たなくなった春霞を“弱者”として罵り、三頭の中でも下等と見下す見解や発言が増えたらしい。
故に、あたし達は忘れている。
この妖界の中で、誰よりも怒らせてはならないのが白狐であると。
神々しい姿とは裏腹に、烈火の如くに繰り出す炎は大地を延々と呑み込み続ける。
合戦以降、春霞の生き残りを怒らせた烏丸の一族の者が灰となり消し去られたとも聞いた。
妖は自分に向けられた痛みや、他人を憎む憎悪で力を増す。
特にその傾向が強かったのが、狛神家、多々良、そして春霞家だった。
春霞。
白狐の純血を怒らせてはならない―――。
鬼の朧家に忠義を尽くし、滅んだ春霞だが滅んだ今となっては確かに恐れる敵ではないのかもしれない。
だけど……生きているのならば、話は別だ。
「影…法師が……―――?」
背筋に悪寒が走る。
三頭の姫君と言われたあたし……この多々良 七緒ですら春霞 茜凪の放つものに恐怖を覚える。
精神的苦痛だけではない。
怒りの空気に触れただけで、キリキリと肌が細い糸で絞めつけられるような痛みを覚えた。
その殺気は今―――長年、あたしに仕えた男に向けられている。
「終わりにしませんか。偽りの沖田さん」
「ククッ……フハハハハ…」
この男に、名前はない。
影を操るはぐれ者。
数少ない妖でたまたま多々良が庇護し、長い間主従関係においてきた者。
里ではただの雑用係として扱われる。
あたしが生まれてからというものの、牢に閉じ込められた姫君の監視役として傍にあったのはこの男だった。
その男を……影法師を、春霞の娘は“偽りの沖田”と呼んだ。
「どうなってるの……」
この戦いを仕掛けたのは、あたしだ。
間違いなどない、このあたし。
多々良 七緒だ。
だけど、藍人を殺したのが、その悪行を裏で操った黒幕が……あたしの僕?
そんな……まさか。
「愚問か……。フフフ…、君は相変わらず察しがいい娘だね」
「……」
「僕はさっきまで、君が……楸 茜凪が誰だかなんて、分からなかったよ」
「饒舌ですね」
「僕もこの時を待ってたんだと思うんだよねぇ」
ギラギラと殺気ついた影法師の瞳が見える。
蛇を連想させるような、鋭い視線。
あんな顔、今まで見たことない。
今、楸と対峙している男を……あたしは知らない。
「これで僕は影の存在じゃなくなるからさ……」
第四十七幕
影からの螺旋劇
新選組が捕えられた個所の真ん中で、苦しい胸を押さえつつ、七緒はポカンとしていた。
菖蒲もまさか茜凪が七緒を仕留めずに、標的を変えたことに驚く。
誰もが、七緒が藍人を自分のものにするために彼を殺したと思っていたからだ。
これは一種の繰り返しだった。
藍人を沖田じゃない、と告げた時も彼女を“信じられない”という顔で見つめたものが山ほどいた。
同じ事。
茜凪には分かっても、他の者は分からないのだ。
それが、誰かを救えることになるなんて……誰も考えていないだろう。
「藍人……!」
「ぐ……ぅ……っ」
茜凪が七緒を自分の思う通りに動かせるようになったことで、藍人の呪縛も放たれた。
苦しそうに肩で呼吸をする藍人を、烏丸が連れて新選組の中心部に戻ってくる。
狛神も痛めつけられた傷を押さえながら、ようやく顔をあげたところだった。
全ての者が、影で繋がれた幹部の元に揃った。
「藍人……、」
「気をしっかり持ちなさい、藍人」
「藍人くん……ッ」
狛神や水無月、菖蒲が彼に駆け寄るが応える気力がないらしい。
対する烏丸は、影法師とたった一人で対峙した相棒を見つめる。
新選組も茜凪と、その先にいる敵を見ていた。
「君のせいで、この物語が全くもってつまらないものに変わってしまった」
興醒めだ、とでも言うように肩をすくませる男。
茜凪はただただ睨み続けた。
「いいあらすじだと思ったんだけどなぁ」
「貴方のせいで、どれだけの妖と人間が巻き込まれたと思っているんですか」
「関係ないね。僕は僕のしたいようにしただけだから」
全てが台無しになったという割に、どこか潔く笑う男。
全て諦めたと言っているが、“負けるつもりは微塵もない”と嘲笑されているようだった。
「楽しかったなぁ。影である僕が、自分の意志で戦いを起こして……自分の意志で、いろんな奴を殺せたんだから」
虫唾が走った。
茜凪が目を細め、眉間の皺を深くする。
それでもニヤニヤ笑い続ける影法師の口は回り続けた。
「でもさぁ、気付かれない自信は満々だったんだよ。ほら、僕って所詮誰かの影だから」
黒頭巾を脱いだ男は、本当に楽しそうだった。
まるで今この瞬間、自分の存在に気付かれたことが嬉しいように。
「ねぇ、何で僕が北見を殺したって分かったの?」
「……」
「それも異能?」
腕を広げて、地面に影を這わせながら彼は尋ねる。
真っ赤になった裾飾りに刃を突き立て、呪いの剣は血を吸い続けた。
やがて裾飾りは色を失い、くたびれた姿で使いものにならなくなる。
晒された左腕には、もはや絶命の印まで線を進めていた。
交わるまであと僅か。
恐らく茜凪は……いや、彼女以外の二人も戦いが終わりきるまで生き残れないだろう。
平助と千鶴が酷く現実を突きつけられたような表情でただ彼女を見上げていた。
ゆっくりと小さく語られたのは、血が伝えた過去の話。
「私が沖田 総司に出会ったのは、藍人が死んだ夜が初めてです」
「…」
「その次に姿を見たのは、辻斬りの調査で新選組が市中に出ていた時」
「…」
「どちらも同じ“沖田 総司”。容姿、声、態度……全てが同じだと伝えるのに、唯一違うと思ったことがあります」
「へぇ…何?」
「―――……空気です」
赤い瞳は、横目で本物に視線を投げた。
「貴方が化けた沖田さんと、本物の沖田さんは別人です」
「…」
「二度目のはずなのに、全直感が“藍人を殺したのは彼じゃない”と告げる……ならあの夜、藍人を殺して私を妖でもなく、人でもない中途半端な存在にしたのは一体誰だったのか」
ただ、それだけの疑問が残る。
「徹底的にその疑問を突きつめました」
どうして藍人が沖田 総司と戦っていたのか。
何で、偽物は羅刹化していたのか。
妖界を滅ぼすとは、一体どうしてなのか。
「まず、何故沖田さんに化けたのか。理由は藍人が認めた腕の持ち主だったから」
「…」
「何故、誰かに化けなければならなかったのか。もちろん、それは貴方が藍人を殺したと、知られてはいけない人がいたから」
「…」
「じゃあ、誰に知られてはいけなかったのか―――」
茜凪が視線を背後に投げる。
そこには、状況についていけない七緒がいた。
「それは、貴方の主人である七緒にですよね?」
「…」
「貴方が殺したと知られれば、計画が全て水の泡になるから。だから藍人が憧れていた新選組一番組組長に化けた」
「へぇ。バカではなさそうだ」
でも、それだけなら誰でも想像できるじゃない。
そう笑った影法師だったが、茜凪の次の言葉で声を失う。
「好いているんですよね?」
「―――……、」
「七緒さんを」
酷だと思いつつ、口に出して確かめたかった。
時間をかけて、解き明かすと決めた茜凪。
その答えが、間違いでないことをどうしても知りたいが為に。
「七緒さんが他の妖の子供を生むことになっても、触れるのが誰であっても、心まで奪う人が現れるはずないと……一番近くにいたいと願ったのは、貴方でしょう?」
「…、」
「だから七緒さんが藍人に出逢って、心までも奪われたことが貴方は藍人が許せなかった」
「……っ」
烏丸が、息を止めた。
俯いて、菖蒲や水無月に支えられた藍人を見やる。
理不尽な嫉妬。
それだけで、この男は殺されたのか……と。
「貴方は多々良の僕。七緒さんと結ばれていい立場じゃない。幸い破天荒な藍人には菖蒲という恋人がいて、その婚姻も縁談も子作りの話も全て流れたけれど、貴方は七緒さんの心が藍人に奪われたことが気に入らなかった」
「…そう、だよ……」
「だから藍人を苦しめるために、菖蒲や私…新選組の人たちに手を出そうと動き出した。そうして最後に…命までも奪ったッ」
「そうだよ」
「たった一人で妖界と菖蒲を守るために戦った藍人を、貴方が殺した…ッ!!!!」
「そうさ、何が悪いッッ!!!!」