46. 身籠りと真実
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彼女たちとの出逢いは、慶応二年 十月のことだった。
突如、京市内で騒がれ始めた辻斬りから一連の事件を経て、彼らは新選組を守るために屯所に身を置くこととなる。
ただの人間だと思っていたが、その特殊な力、土方たち隊士には斬れないものを斬る彼女たち。
何か一枚噛んでいると見据え続けて早二月。
慶応二年の年の瀬、師走上旬。
彼らの正体が“妖”であると知れ渡ったのは、ついさきほどのこと。
烏丸は天狗。
狛神は犬。
水無月は河童。
そして元三頭として数えられる、春霞。
唯一その血を引き継いだ彼女・茜凪は、純血では間違いなく最強と言われる狐の妖だった。
「まさか、妖怪だなんて……」
ぽつりと零れた声。
平助はついていけない、というより状況把握に時間を有するという顔をしていた。
原田は汗を頬に滲ませながら、苦い表情で戦い続ける彼らを見つめる。
「現に鬼ってもんがこの世に存在してるらしいからな。妖怪が本当にいたとしても、ありえるっつーか……」
「新選組を守るために戦う妖怪、ね……」
沖田が笑みを浮かべつつ、どこか悔しそうに笑う。
それは彼女たちに対する敵対心ではなく、ここで何も出来ずに妖術に捕えられたままの己に向けているようだった。
「あーあ。なんだか悔しいな」
「総司……?」
幻想の中で、とんでもない速度で脳内に流れた烏丸や茜凪の記憶。
彼らが身を持って感じて来た痛みや哀しみ、そして強い意志を見せつけられた。
その中でも特に、茜凪の主張は強く、“藍人を殺したのは沖田じゃない”と彼を謂わば庇護した結果となるだろう。
それを当の本人は、複雑な心境で見つめていたのだ。
「なんだか申し訳なくなるじゃない」
「……」
「あの子からしたら、僕の顔は親の敵並に憎いはずでしょ」
だけど。
非難することもなく、むしろ町中で体調の心配をしてくれたことを思い出したり。
式神が徘徊していることに気付き、飛んできてくれたことを思い出す。
打ち合って一本とられた時を思えば、彼女は沖田の姿に負けられない理由があったのではないかとも感じた。
「だったら……コレ。さっさとどうにかしないとね」
手を貸さなきゃならない。
誰もがそう感じていた。
新選組を守ると決めた、幼い日の茜凪。
それを支えた烏丸。
藍人を救うと誓った狛神。
そして菖蒲を守ろうと動いている水無月。
決着をつけるために、彼女たちは延命の術を………捨てた。
第四十六幕
身籠もりと真実
新選組が集団で捕えられた背後。
本堂の前では、七緒と茜凪が対峙していた。
新選組から見える正面では烏丸と、逆らい切れずに再び心を奪われた藍人の決戦。
狛神が足をふらふらさせ水無月の元にいる今、手が空いた影法師はゆっくりと藍人に加勢をしようとしていた。
烏丸が二人を相手にしなければならない中、七緒は静かに口を開く。
「何で邪魔ばかりするの……」
正直、茜凪の傷は塞がったわけではないし、首筋のものも血が滴り続けている。
蹴られた腹部も痛むし、壊れた簪を気にしてしまう気持ちもあった。
だけど、今はそれどころじゃない。
この戦いの真相を見破り、真の目的を阻止するというのが茜凪が願ったもの。
そして今……―――。
「何もかもおかしいじゃない……」
「…」
「あたしは……っ、藍人の許嫁で、それだけのために生かされてきたっていうのに……」
「…」
「全部……妖界が決めたことに従ってきただけなのに」
「…」
「それすら覆して、あたしを虐げる気でいるのッッ!?」
「…ッ」
放たれる土を織り交ぜた式神。
あれは藍人の力を利用しているから、力を使う。
結局延命は諦めなければならない。
刀に自分の滴った血を吸わせて、背後の新選組に及ばないように斬り伏せた。
「あたしのことを全部否定するんでしょ!?都合がいいにもほどがある!!」
「く……ッ」
「どうしてあたしだけがこんな目に遭わなきゃならないのよッッッ!!」
式神を斬り伏せれば、隙を与えないというように七緒が斬りかかってくる。
身軽に引いて、茜色の瞳のままの茜凪は新選組の手の届く範囲まで戻ってきた。
七緒の心の叫びは続いたままだった。
「どうしてよ!!答えなさい……ッ」
「…」
「あたしが藍人を手にしたら何が不満なのよ……ッ」
茜凪は何も答えなかった。
ただ、構えをみせたまま七緒を静かに見据えるだけ。
そんな茜凪の態度も気に入らなかったらしく、七緒は背後で縮こまっている菖蒲を睨んで言葉を続けた。
「あの女はよくて、あたしはダメなんだ……―――?」
自嘲するような笑みを含んで、彼女の口は三日月を描いた。
菖蒲がそこで反論を飛ばす。
「だってアンタがしてること、おかしいじゃない!自分のものにしたいからって、藍人くんを殺してよかったの!?」
「黙りなさい!!」
菖蒲から口を挟まれたのは癇に障るだろう。
式神を再び投げ込むが、茜凪が彼女の前で軽々と無に返す。
黙っている間、茜凪は何かを確認しようとしていた。
ただ見据え、七緒の言葉に耳を傾けるだけ。
「あたしは殺してないッ!死んでしまった藍人を……藍人を……!」
「嘘言わないで!あんたが殺したんでしょ!」
菖蒲が、烏丸と対峙して戦闘を繰り広げる藍人を涙目で見つめながら叫ぶ。
彼に惚れた当人同士が言葉を交わしても和解や解決になんて繋がるはずがない。
水無月が菖蒲を止め、近付いてくる影法師をどうするか考えていた。
「あんた達は誰からも愛されて、信頼できる仲間がいて、憧れる存在がいるからいいかもしれない……」
「…」
「でもあたしには…藍人しかいなかった……!藍人だけだったのに……ッッ」
茜凪が七緒が仕掛けてくる攻撃を読み、新選組幹部が捕えられた影の場まで退きを見せる。
動けない彼らの傍らにわざわざ来たのには、攻撃から守りるためでもあった。
「春霞の娘ってことは、あんたはずっと幸せだったわよね」
「…」
「誰からも否定されることなんてないでしょう?ありのままを受け入れられて、守られて、愛された」
「……、」
「あたしは違う。そうしてくれたのは藍人だけ」
茜凪の傷から滴る血が、再び永倉や斎藤の指先を絡めとる。
しかし、記憶が一瞬過るものの、今度は新しい情報は与えられなかった。
茜凪はそうしている間にも赤い瞳で彼女を見つめ続けた。
少しだけ七緒の言葉に肩が揺らぐ。
「分からないわよね、それが当然よ。だってあたしは特別なんだもの」
「…」
「藍人を殺したのは、あたしとまで言われたわ。そうよね、縁談が破棄されて新選組の沖田を操って、殺させたと誰もが思うわ」
七緒はもう自暴自棄だった。
式神ではなく、本来の土偶……傀儡を扱い投げつけられる。
茜凪はゆっくり飛んでくるそれを見つめていた。
「だから!その通りにしてやったんじゃないッッ!」
人を殺めるための傀儡が三体、刃を振りあげて襲いかかる。
烏丸の方へは影法師の攻撃が背後からきていることも悟っていた。
「誰からも必要とされず、信じてもらえない気持ちをどこにぶつければよかったのよッ!?」
七緒の言葉。
茜凪は最後の最後でどこか切ない表情を向けた。
目を伏せてから、茜凪は静かに―――力を使った。
「え…」
辺り一面が、青い光に包まれた。
陽炎を移しだし、ゆらゆら揺れる光。
その光が、温度の高い炎であることに気付くまでに少しの時間を要した。
青い火の玉は傀儡を食い尽くし、燃やし、無かったことにする。
同時に影法師の攻撃が届かないように火の壁を逆側に作りだしていた。
「……っ、妖狐は古来から、炎を使うと言われていますが―――」
水無月が感心したように、茜凪の攻撃手段を見つめる。
「僅かな妖力を本気で練り、発動させただけでこの力。やはり彼女は……」
強い。
これでもまだ、本来持っている力の一部を封印されてしまっているのに。
綺麗に輝く炎を取り巻きながら、茜凪がようやく七緒に返した。
「貴女が藍人を殺していないことくらい、随分前から知っていました」
「……っ!?」
「貴女には、生きた人を映しだし、真似をしたり化ける術なんてありません」
「…」
「貴女が藍人を甦らせたことは禁忌であり重罰に値しますが、それは悲しみからのもの。殺して自分の主従を誓わせるものの為じゃない」
七緒は茜凪からぽつり、ぽつりと零される言葉に動きを止めた。
てっきり、七緒の行いを止めようとしているのは、彼女を恨んでいるからだと本人は思っていたようだ。
「多々良の家柄はとても厳しく、純血の女が生まれにくいと聞きます。純血でなくとも力を有する多々良家は妖界として存続をするために必死でしょう」
「…」
「だから貴女は守られ、子供を産むためだけの世界で生きて来た」
「―――……っ」
「たった一人で」