45. 春霞
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振り下ろされた、藍人の剣が何かを裂いた。
静寂と、水が弾ける音。
水は何の阻止も出来ず、形を成せずに元に戻る。
視界が開けた後、見えて来たのは……。
「菖蒲……」
「あいと……くん…、」
菖蒲ではなく、地面に己の剣を突き刺し、苦悩の表情で立ち尽くす藍人の姿だった。
第四十五幕
春霞
「藍人…くん……」
再び漏れた菖蒲の声に、張り詰めていた息を新選組の一同が解いた。
だが油断は出来ない状況であることは変わらない。
しかし、七緒の命に逆らえないはずの藍人が、何故……。
「俺には……出来ない………っ」
「え……」
「俺に……彼女は殺せない……ッ」
「―――」
影法師も、七緒も、狛神も。
動きを止め、藍人が発した言葉に唖然とする。
一番驚愕したのは七緒だった。
「藍人……?」
「……ッ」
「あたしの命令を聞けないの……?」
歪んだ笑顔が残るだけ。
七緒の笑みは藍人を突き刺すが、藍人は俯き菖蒲の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
滲む涙が切なくて、苦しくて、一緒にいた時の藍人その人で……。
「菖蒲を……愛してる……」
「…っ」
「俺はこれを守りたくて……死と隣り合わせで戦ったのに……」
「―――」
「俺は……新選組を………妖から近付けないために……ッ」
「―――」
「愛した女を……殺すことは出来ない…ッ」
西本願寺中に響いた、彼の本音。
ずっとずっと戦い続けて来たように思えた。
切に、苦しそうに出て来た言葉は誰よりも誠を語っているように見える。
「今更、何言ってるの……?」
対になるように響いたのは、乾いた怒りを含んだ声。
憎悪が溢れた七緒の声だった。
「貴方はあたしのものでしょう?愛しているのはあたしでしょう?」
「……っ」
「そんなの認めない」
狂気を再び滲みだした七緒が、藍人や菖蒲の下まで駆け出す。
妖本来の速さで抜ければ、人の目で見抜くのはとても難しかった。
「その女に誑かされているのならば、あたしが殺して目を覚ましてあげるッッ!!!」
今度は短刀ではなく、打刀で菖蒲に向かっていく。
さすがに己の意志では動き、命令に背いたとしても、主である七緒に剣は向けられない藍人。
このままじゃ意味なんてないと思った水無月だったが―――
「重たいんだよテメェの愛とやらわ」
「……ッ!」
黒い閃光が駆け抜けた。
七緒が踏み込もうとした瞬間に、閃光が七緒の打刀を捕え、退かせる。
距離を取った七緒が見つめたのは、藍人から受けた傷を抑え込みつつ、見たことないくらい怖い顔した烏丸だった。
「烏丸ァ……ッ!」
「人の脳内掻きまわした挙句、過去まで見せたくない奴らに公開させやがって……ッ胸糞悪い…」
「凛……!」
傷を押さえながらも、きっちり立ち上がった烏丸は、悪夢を完全に取っ払ったようだった。
ただ息を苦しそうにしつつも、狛神張りの毒舌を吐く辺り彼の失くされた“心”が現れているようだった。
「茜凪!!いつまで寝てんだッッ」
「―――」
「あとで鏡見てブッたまげても知らないからな!!お前は昔から短い髪型は似合わないんだからッッ」
「凛、今の視点はそこじゃ……」
「烏丸らしいと言えばらしいが……」
起きろと言っている話の焦点がずれており、がくりと平助と原田が肩を落とす。
しかし、当の本人は大真面目だった。
「せっかく今まで喋らずに貫いてきた、最も新選組に言いたくない事情まで明かされて……脳内閲覧料とるぞコラァ!!!!」
「それはあたしにじゃなくて、後ろにいる人間たちに言うべきじゃないかしら」
「テメェが見せたようなモンだろーがッ」
「あんたが出血したからでしょ」
七緒が茶番は終わりというように駆けだせば、烏丸も対抗して踵を蹴った。
七緒を相手にしながら烏丸は叫び続ける。
届け。
目を覚ませ、と。
「茜凪……、お前は…ッ…やられたらやられっ放しのヘタレだったか!? 違うだろ!!!」
「黙れ天狗ッ!」
「やられたらやり返す、負けず嫌いだろうがッッ!!!さっさと起きて、一発このクソアマに喰らわせやがれッ」
烏丸と七緒の戦闘が始まる中、影法師は七緒のもとまで戻ろうとしていた。
藍人の宿した魂の精神力が七緒の力を増し、彼が使い物にならなくなった今、七緒を守るべきだと思ったのだろう。
だが―――
「どこ行くんだよ薄影野郎」
「ッ!」
「お前の相手はこの俺様だ」
狛神が飛び出て、影法師の行く先を塞ぐ。
この際、延命はどうなってもよかった。
藍人が本心に戻ったのならば、その場面を見ることが出来ただけで狛神は清々していた。
「烏丸が俺の代わりに毒舌爆発させてんからな。こっちはまともに相手をさせてもらおうか」
「小賢しい」
狛神が影法師の動きを機敏に封じる為、菖蒲に結局手が出せない状況。
しかし藍人が仲間になった訳でもなく、藍人はただ頭を押さえ、己の意志と七緒からの呪縛と戦っているのみ。
油断すれば藍人の意志が負け、菖蒲に手を出してもおかしくない事態だった。
「北見さん……!」
「藍人、しっかりなさい!」
水無月が彼に声をかけるが、唸り声だけで反応がない。
菖蒲は傷だらけの体で立ち上がり、彼にしっかり寄り添った。
「藍人くん……っ!」
「はぁ……あアァアぁ…っ…ぅ…は……ッ」
どうにかして手助けが出来ないかと千鶴が再び自由な体を駆使して辺りを見回すが、幹部たちの影を縛っているのは影法師だし、あちらにはむやみやたらに手が出せる状況じゃない。
そんな時だった。
「喰らえ!」
「何…!?」
一瞬の隙をつかれ、七緒が放った十体ほどの式神。
土を織り交ぜた、傀儡に似た式神だ。
あれは斬ると黒く滲む、和紙で出来たもの。
「殺してやる……ッ」
敵としては雑魚であるが、道を塞ぐには十分である。
烏丸の前に出て来た式神は、七緒を菖蒲たちの下へ行かせてしまう。
今、この場にいる式神を斬れるのは烏丸と狛神だけ。
水無月は斬れないし、茜凪は気を失っている。
「殺してやる!!!!」
「菖蒲ッ!」
水無月は、七緒が狙うのは菖蒲であると思っていた。
もちろん、その場にいる誰もがそう感じていただろう。
しかし、彼女は既に殺せれば誰でもよかったのだ。
計画の中で殺そうとしていたもう一人の少女に七緒は刃を向けた。
「千鶴!」
「やめろッッ!!!!」
ドクン、と烏丸が絶望からか心臓が跳ねる。
自分の落ち度だ。
どうすることも出来ない。
だけど声になり口から飛び出したのは、悪態つきつつも信頼として寄せた言葉の意味。
信じたかった。
信じていたんだ。
「茜凪……」
彼女の意志を。
精神力を。
「―――……ッ」
だからこそ、力の限り叫んだ。
「起きろこのバカ狐ェェェッッッ!!!!!」
―――ドクン……
鼓動が一つ、地面から這い上がるように感じられた。
一回目は嘘かと思ったんだ。
でも、違う。
―――ドクン…
二度目が起きて、七緒が千鶴に斬りかかるのが随分とゆっくりに感じられた。
その場にいた全ての者が。
そして閃光は真横に斬った。
「だれがバカ狐ですって?」
開かれた瞳は、懐かしい茜色だった。
「なっ……!?」
起きあがれないはずの状態から、体を捻って茜凪が戦闘体制へとすぐさま切り替える。
運よく手から零れ落ちなかった刃がそのまま七緒の体を斬り裂いた。
七緒も弱者ではないので、茜凪の攻撃を交わしたものの、重傷は避けられない。
奥に奥にと飛び退き、立ち上がった茜凪と対峙する。
「なによ……コレ……ッ」