43. 黒白の絆
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「大法螺吹きめ」
「嘘つき」
「どう考えたって、あれは沖田 総司でしょう」
「目撃した者だっている」
「違う……!あれは新選組の沖田じゃないんです……!」
「証拠は?」
「藍人を殺したのは、沖田よ。私、現場から去る沖田を見たもの」
「違う……」
「馬鹿げた茶番に付き合ってる程、俺達は暇じゃないんだ」
「違うんです……っ」
「どうせ殺されるなら藍人じゃなくて、北見家で世話になってる役立たずなアンタだったらよかったのに」
「信じてください……」
「藍人じゃなくてお前が死ねばよかったのに」
「信じて……っ、……信じてください」
―――信じて……ッッ!!!!
「茜凪ッッ!」
「――――っ」
体がグラリと揺れた。
反動でようやく重たい瞼を押し上げることに成功した茜凪は、真横から心配そうに覗き込んで来る烏丸と目が合った。
それが今朝のやり取り。
最悪とも言えるような朝だった。
「大丈夫か?凄い魘されてたけど……」
「烏丸……」
辺りを見渡せば、障子の隙間から既に光が射し込んでいる。
随分と寝坊してしまったようだ。
だが、隣の部屋で豪快に寝ていた彼も同じようで、まだ夜着だったことに安堵する。
自分だけが寝坊したわけじゃなさそうだ。
「だいじょうぶです……。ちょっと悪い夢をみただけで…」
常井の里から帰ってきて、三日。
あれから北見の里に赴けば、夢で見たことと同じことが起きた。
藍人の復活の噂を聞いていた北見の妖が、茜凪が知らないうちに噂をかき集めていたらしい。
そうして現れた、藍人を殺した犯人が“沖田 総司”であるという証言。
どれだけ“彼じゃない”と否定しても。
目に見えないものを信じることが出来ない彼らは茜凪の話を聞き入れもしなかった。
それからというものの、茜凪は北見の京の屋敷からは出入り禁止を命じられ、本当に帰る場所を失ったのだ。
元から藍人がいない北見に帰ったところで居場所など無かったのだけれど。
今は烏丸が共に行動をしてくれているので、少しは気が紛れている。
「夢か……」
“信じて”と叫ぶ、悲痛な彼女の声で目が覚めた烏丸。
夢と言われても、やはり仲間のことである。
心配するのは当然で……。
「なぁ、茜凪……」
「あーお腹空きましたね。早く朝餉にいたしましょう」
だけれど、彼女はこれ以上のことは聞かせないし、話さないとでもいうように烏丸の言葉を遮った。
そのまま着替えのために出て行こうとする茜凪だったが心労の色は拭えない。
無理もない、彼女だって女なのだ。
剣を取り、春霞の純血であろうとも年端いかぬ娘であることに変わりない。
「茜凪……」
―――後に烏丸が必ず朝、茜凪を起こしに来るのは、この日の魘されていた彼女があったからと言っても過言ではないだろう。
烏丸にとって、茜凪は唯一無二の存在だった。
恋愛感情などではない。
烏丸にとっての茜凪は、茜凪にとっての藍人というのが似ているだろう。
だから……だからこそ―――。
「……―――」
第四十三幕
黒白の絆
あとは自分達の決断だけ。
それだけできっと道は拓けて行くのに、茜凪は先へ進むことが出来なかった。
ただ時間を持て余すだけの日々。
春へと徐々に進みだした季節は、無常にも茜凪を置いていこうとしていた。
あとは決断だけなのに、死ぬかもしれないということが怖くて。
烏丸は、きっと茜凪の答えを待っている。
一緒に考えてくれる彼は、茜凪が逃げ続けている間、気を使ってくれる気がした。
話題も、話合いも避けて、茜凪が口を開くまできっとこの話にはならない。
そんな空間が申し訳なくて、茜凪は京の町外れにある川辺へと来ていた。
柳が滴る通り、茶屋なども多く、多くの人々が賑わいを見せている。
此処だけ見れば、動乱の時代と言われる今も平和そのものなのに。
考えれば考えるほど、分からなくなる一方だった。
「綺麗ですね……」
先日来た時は雨が降ったせいで濁っていた川も、とても澄んでいた。
日がな一日、ここでぼーっとして時間をつぶすつもりでいたが……転機はついに訪れる。
「なんだってテメェ!!?」
「調子乗ってんのか小僧!!」
随分と無粋な者がいたもんで、平和な時間を取りみだすべく現れた浪士達。
声を張り上げて、大人数で一人の男に絡む様はどう見ても弱いのだと思う。
ただただ近くで起きた騒動を、橋を挟んで茜凪は他人事のように見つめていた。
囲まれている男は、自分と――体の――年齢は同じくらいに見える。
しかし、内面からすれば恐らく相手の方が年上ではないかと感じていた。
団子をつまむ客がそそくさと逃げ、近付かないように誰もがそこを避けて通る。
人間とはなんて無情なんだろうと思いながらも、茜凪自身もそうか、と思って事を見つめた。
「テメェ、この京で尊王派の我ら志士よりも、新選組に肩を持つというのか!」
「この無礼者が!」
「おっ、俺は尊王とか幕府とかどうでもいいって!ただ……」
「ええい!言い訳するな!」
「ただ……ッ、お前らがわざわざ町人に新選組の批評を言いふらさなくてもいいだろ!!」
「……」
どうして揉めているのかと思えば話題を耳に取り入れたところで、茜凪は動きを止めてしまった。
新選組は人斬り集団で有名で、幕府嫌いの京の人たちにも嫌われていて。
そんな町人が、新選組の肩を持っている場面を初めて見たからだ。
「うるせえぞ餓鬼!やっちまえ!」
「うわぁ!?」
「死ね!死ね!」
青い髪を、浪士の刃が掠る。
威勢のいいことを言っていたので、少しは出来る男なのかと思えば剣の技術はもとより、彼の動きは一般人そのものであった。
このままでは本当に殺されかねない。
茜凪が口を挟むほどのことでもないのだが……気付いた時には先に脚が動いていた。
「な、貴様何者だ!」
「こいつの仲間か?!」
「え……!?」
突然駆けて来た茜凪を見て、数の多い浪士が刃を向けてくる。
それを潜り、新選組を庇護していた彼の腕を引っ張って、止まらずに駆けだした。
「ちょっとおい……!」
「……っ」
「待てーい!」
追いかけっこは始まったばかりだが、茜凪の脚は容赦しなかった。
剣術で対抗も出来たし、腕で劣るつもりもなかったが、人間を相手にし、傷つけることに躊躇いを感じた。
小道を抜け、裏通りへ。
すぐ角をいくつも曲がり、相手を路地へおびき寄せた所で別の道を使って元の場所へ。
そこから検問所の近くまで逃げ切れば、浪士は追ってくることは出来なかったのだろう。
見失った茜凪と男を、京の市中で今も探しているはずだ。
「振り切れましたか」
「はぁ……はぁ…は……な、んなんだ……お前……」
「へ?」
ずっと腕を掴みっぱなしのまま、ほぼ引きずるような形で男を振り回していた。
腕を離した直後、彼は呼吸を荒々しくしながら倒れ込む。
……妖が出せる本気の速度で走っていたと言っても過言ではなかった。
「す、すみません……。あなたのことを考えてませんでした……」
「ふ……ざけんなよ……」
目まで回しそうな相手にあわあわしつつ、茜凪は視線を合わせてしゃがみ込む。
検問所が近いこともあり、ここに浪士が来ても幕府の役人に見つかるだろう。
川辺の原っぱで寝そべりながら、男は茜凪に尋ねた。
「お前、なんで助けてくれたんだ?俺は頼んじゃいねーぞ」
「わかっています、いらぬ世話だったことは。申し訳ないです」
「いや、そこまで言ってないけど」
ようやく落ち着いた呼吸を整え、男は茜凪に再び問う。
「あんた、名前は?」
「春……じゃなくて、楸です。あなたは?」
「井吹。井吹 龍之介」
自己紹介を終えたところで、彼は本題を切り出してきた。
「あんた幕府の人間?何で助けてくれたんだ」
「それは、あなたが新選組のことを……」
「新選組……?何だ、あんたもアイツらの知り合いか?」
その口ぶりは、井吹が新選組と知り合いという風に聞こえた。
疑問に思いつつも、茜凪自身は首を振る。
「いえ……。私は昔、新選組の方に助けていただいただけで、知り合いではないです」
「へぇ。そっか」
「井吹さんは知り合いなんですか?」
「まぁ……。友人ってわけでもないが」
あぁ、だから町人なのに庇護するような一面を見せたのか。と納得出来た。
だが、“新選組”と語る彼の表情は……どこか切なくて。
疑問に思ったけれど、聞けなかった。
「あんたも幕府の人間じゃないなら、あんまり浪士に絡まれるような事しないほうがいいって」
「井吹さんに言われても説得力に欠けます」
「そ、そうだけど、気をつけろって話だ!」