42. 終結の刻印
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第四十二幕
終結の刻印
三頭である北見、多々良、春霞。
妖は妖の血筋を守るため、純血とまでは言わずとも妖としての血を守り続けて来た。
力が強い妖同士が結ばれれば、力が強い子供が生まれるのは必至。
風間は同じ理論で鬼として存続させようとしている。
妖だって、一族の頭領ともなればそれはもう避けられない問題となる。
だからこそ、当代の北見の大老たちは藍人が幼き頃より許嫁を設けていた。
申し分ない、多々良の姫君に。
歳も同じくらいでお互いが次期頭首・姫となり妖の一族を守り抜く。
先に頭首まで上り詰めたのは藍人だったが、彼と多々良の姫である七緒の婚姻の契りは特に変わらなかった。
多々良 七緒は、百年に一人生まれるか生まれないかの逸材であり、誰よりも強い力を持っていた。
純血の妖の姫。
純血で多々良の子供が生まれること自体がとても珍しく、一族は大いに喜んだという。
もちろん、北見との関係もよりよくするために仕組まれた縁談だった。
「多々良の一族は、北見・春霞と並ぶ三頭で“傀儡師”としてとても力を有している」
「傀儡師って……」
「傀儡を操る者たちじゃ。式神と近い、言わば人形を操り、敵と戦う」
烏丸の問いに丁寧に男が説明を重ねるが、茜凪はそれを知っていた。
藍人や幼い頃に聞いた覚えたあった気がする。
「次期姫君・七緒殿と藍人殿も友好関係にあり、七緒殿は藍人殿に心底夢中になられておったと聞いたが……。藍人殿は縁談を断っていたらしいの」
「あぁ……。大老たちにも言ってたな」
それが、殺しの理由か?
藍人が自分のものにならないから?
「そして縁談を断り、姿を眩ませた藍人殿は京の町外れで亡くなられたそうじゃ」
「“でも、現場に他の妖が駆け付けた時には、藍人の死体は無かった”」
「!」
「“あったのは、致死量の血と、彼に守られた一匹の妖の娘だけ”」
まるで現場にいたように語る茜凪に、男は口を紡ぐ。
目を凝らし、彼女の姿を穴が空くほど見つめて…遠慮がちに尋ねるのだ。
「もしや、そなたは現場にいたとされる、春霞の……」
「……はい」
「たまげた……。生きておったか」
噂では藍人の死と同様、茜凪も死んだとされていたのだろう。
姓も変え、瞳の色も、姿さえ変わった彼女。
常井の男はしょぼしょぼになった目をパチパチさせてから、寂しそうに呟く。
「そうか。そなたはその目で見られておったのだな……」
「死体がなくなった理由は分かりますか?」
どうしても、同情や憐れみの目を向けられることが嫌だった。
それは直接的に、茜凪の屈辱に変わる。
己が未だに弱く、情けない者であることが痛いほど痛感される。
だから話題を元に戻したのだ。
「恐らくじゃが、持ち去ったのは多々良の妖じゃろう」
「何で多々良が?死体を薬品に漬けて、どっかに祀るつもりか?」
烏丸が自分で尋ねてから“うわ、気持ち悪い”と身震いさせる。
「多々良には、禁忌とされてきた傀儡の術がある」
「禁忌……?」
「死んだ者の魂を傀儡に定着させ、あたかも甦ったかのように再現させる妖術じゃ」
「――――」
「待てよ!それじゃあ……っ」
死体が無くなった理由が、刹那にして理解できた。
藍人の死体が無かったのは…―――。
「ワシの推測にすぎんが、妖術での占いにも近しい星が出とる。ほぼ間違いはない」
「…ッ」
「藍人殿が亡くなられ約二年の月日が経つが……禁忌とされ、封じられた妖術を簡単に再現するのは難しいじゃろう。年月をかけ、成功させたのだとしたら今回の噂は真じゃ」
息が詰まる。
同時に、握られた拳は指の先が白くなるくらい力が込められた。
震えた、低く小さい声が部屋に木霊する。
「どうして……―――」
茜凪がどれだけ奥歯を食いしばっても、食いしばっても答えは出てこないけれど。
ただただ、この時に溢れかえった感情は“斎藤 一への憧れ”よりも“憎悪”が強くなった。
「どうして殺して……生き返らせる意味があるの……ッ」
振り絞る声に烏丸も目を逸らすしかない。
男は溜息に近い息を漏らし、続ける。
「傀儡は言わば、人形じゃ。術者の言う事は逆らわん」
「……ッ」
「死体から施された傀儡に魂を縛る術に成功した場合、生前の本人となんら変わらぬ者になるじゃろう。恐らく多々良の狙いはそこじゃないかの……」
「わざわざ殺して自分のものにするなんて……ッ」
「そうまでして欲していたということじゃろう」
「…ッ」
表情が険しくなる茜凪。
烏丸だって悔しい。
そんなことがあってたまるものかと、何度も何度も言い聞かせた。
だが、彼の中には聞きたいことがもう一つあった。
「なあ、じいさん。その傀儡ってのは、生きている人間を瓜二つの姿で人形に出来るのか?」
「生きている人間を?」
「あぁ。死体以外から施した人形は、どんな姿になるんだ?誰かと同じ姿になるのか?」
烏丸が聞きたいことは、きっとこの戦いを解き明かす種になる。
「いやぁ……術にも色々形式はあるが、分身を生み出すような術や傀儡が誰かと瓜二つになどならんはずじゃが……」
藍人を殺したとされている、沖田 総司。
だが、それは茜凪の言葉で否定されている。
烏丸は惑うのだ。
「ってことは、その多々良 七緒の力で実際に存在する他人を装い、藍人を殺すってことは出来ないんだな」
「おぬし、藍人殿を討った男を知っているのか……」
「……」
「あの新選組の沖田という男を……」
男から出て来た言葉に、茜凪が目を見開く。
やはり、大きな事件だった。
二年も時間があれば、証言などが各方から出て来たのだろう。
だけど……。
「藍人殿を殺したのは、新選組の沖田だと噂が流れとる。七緒殿が藍人を殺して甦らせたと考えるのも、当たらずとも遠からずじゃが……証言が多くての」
「違います」
「ほ?」
「沖田 総司じゃない」
真っ向から反論したのは茜凪。
烏丸はそう言うと思っていたらしく、切なく彼女を横目に見やるだけ。
「確かにあの羽織りも、顔立ちも声も全部、沖田 総司だったけれど……あれは沖田 総司じゃない」
「はて……というと?」
「私は純血の春霞の娘です。春霞の純血には、直感能力が備わっているということはご存知ですか……?」
激しい剣幕に、男は冷や汗を流す。
ゆっくりと頷いてみせれば、茜凪はそのまま続けた。
「あぁ、聞いたことはあるが……」
「この間、市中で沖田 総司に出会いました。でも彼じゃない……!」
「…」
「彼は確かに強いと感じたけれど、あの人は藍人を殺していない!絶対ッ!」
我を通す、我儘な幼子のように。
半分、己が混乱して涙を滲ませながら叫ぶ、悲痛な言葉。
「あれは……沖田じゃない……」
「……」
「違う……。あの人がやってるなら、わかるんです……」
自分の力が、他者にもあればいいと願わずにはいられなかった。
どうして誰にも理解されないのだ。
この力のおかげで、真実が曲げられずに済むのに。
信じてもらえないなら、事実が変わっていってしまうかもしれない。
それが、怖い。
「……否定するようで悪いんじゃが、それでも藍人殿が殺された日、現場の近くで羽織りを着た男が目撃されておる。間違いないじゃろう」
「ちがう、どうして……!」
「茜凪……!」
「なんで沖田が妖の戦いに首を突っ込む必要があったんですか!?そんなのおかしい!」
「茜凪落ちつけ……っ」
肩を掴んで、今にも飛びかかりそうな彼女を烏丸が宥める。
全部が悔しい、そして衝撃的すぎた。
受け止めきれず、涙が流れる。
「自分を殺した新選組を藍人が守ってなんて言うはずないのに……!」
男は、茜凪が不憫に見えたのだろう。
それ以上、藍人を殺した犯人についての言及はしなかった。
「……傷つけてすまないの。話を元に戻そうかの」
「あぁ、頼む」
「…っ」
ここで叫んだって無駄だ。
分かっているのにやり場のない気持ちが渦巻く。
殺した犯人は沖田じゃない。
でも死んだ藍人を甦らせたのは多々良。
一体、何のために死んだのだ。
どうして殺されたのだ。
なんで助けられなかったのだ。
ただただ頭をぐるぐると、自責の念に捕らわれる。
身につけた力も、剣術も体力も……全て投げ捨てたくなった。