40. 巡逢と別離
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雨が降る道。
季節外れのその雨は、まるで誰かの涙を隠すようだった。
たまたま通りかかった祇園にほど近い通りから踵を返す。
常識的には、何か声をかけるべきだったのだろうが、彼―――風間はそれを敢えてしなかった。
「風間、どこへ行っていたのですか。薩摩藩邸に呼ばれていたでしょう」
「喚くな。今から向かう」
天霧が、戻ってきた風間を見て首を傾げる。
どこかいつもと違う、と。
静かな怒りに満ちているような、鋭い視線。
「風間。何かありましたか?」
天霧がこう聞けば、彼は嫌がるだろうと思っていたが聞かずにはいられなかった。
少し考えてから風間は、もう一度空を見上げる。
降り出した雨はそう、誰かの涙を隠すようだった。
泣き虫で、甘えたで、それでいて頑固な娘の涙を。
「天霧」
「はい」
「天王山の麓にいる妖に会って来い」
天王山。
それは禁門の変の際、長州の者が切腹をするために追撃を逃れた場所。
麓の橋では土方と風間が剣を交えた場所である。
「妖、とはどこの一族の者ですか」
「常井だ」
「常井というと、陰陽師の……」
天霧はそれだけ聞き、風間が何をしようとしているのかを察したらしい。
「分かりました。貴方は薩摩藩邸に必ず向かってください」
音もなく消えた天霧に、風間は溜息をつく。
「人が動きだす前に己で道を掴めぬのか、あの小娘は」
風間はある情報を鬼と親しい問屋から仕入れていた。
そこで手にした情報を確認すべく、天霧を動かしたのだが……。
動くべきであろう当の本人は、大通りでびしょびしょになりながら大泣きしていたので使い物にならないと判断した。
「―――消えた骸、血の禁忌に、殺められぬ式神……か」
何を考えているのだ、と思いつつ風間は舌打ちを繰り返す。
薩摩藩邸に向かうためにもう一度傘を差し、歩き出した。
大方、藩邸で話されることは最近起きた奇怪な“辻斬り”についてであろう。
「あの娘は……―――」
何も考えていない。
己が強くなればいいわけではなく、同時に動いている敵のことも考えなければ討てるはずもない。
手を貸す気はサラサラないが、こちらとしても確認したいことがあった。
「フン、不様な成り果てだな。北見 藍人」
望んだ結末は、そんなものではなかっただろうに。
呟き一つ残した鬼の頭領は、人ごみの中へと姿を眩ました…―――。
第四十幕
巡逢と別離
「そう言えば聞いたか?ここ連日で起きてる辻斬り事件」
「辻斬りですか?」
数日後。
四国から京へと再び訪れている烏丸は、茜凪と団子を食べながら奇怪な事件についての話を切りだす。
今日はこの間のような通り雨もなさそうだ。
雲はあるものの、綺麗な青空が広がっている。
手が空いていた茜凪と烏丸は、時間を合わせて甘味屋へと繰り出したのだった。
「そ。なんかそれが奇怪でさ」
「奇怪?」
「おかしーんだよ、色々と」
烏丸が話す奇怪な辻斬り事件の全容はこうだ。
「今のところ新しい犯行の情報はないらしいんだけど、数日前に二人も殺されたらしくて」
「……」
「河原通りと御池通りらしいんだけどさ。何か聞いてると変なんだよ」
「ですから、具体的にはどのように……?」
痺れを切らして、茜凪が団子を持つ手を止めれば、烏丸が頭を掻きながら居心地悪そうに呟く。
まるで、身内がやっているような犯行だというように。
「なんか目撃者が……紙が人になったとか言ってんの」
「―――」
「しかも、見廻り組? なんとか組だか何だか知らないけど、所司代から派遣した侍が現場に居合わせたしくてさ。その紙から人になった敵が斬れなかったらしいんだ」
「斬れなかった?」
「殺せなかったってこと」
さすがにお互い――大食いだが――手が止まる。
まず、おかしい。
紙が人になること自体。
「人になる紙ってとこ、引っかからないか?」
「…」
「こんなこと考えたくないけど、北見の奴らが人間を殺めてるんじゃって思っちまって」
茜凪も烏丸も知っている。
紙が人となり、命を持っているかのように動くことを。
よく知った、慕っていた男が使う力。
「式神が……人を殺しているってことですか」
「まだ確定じゃねぇよ?俺の憶測。てか、そうであってほしくない話」
「どちらにしたって、所司代や見廻り組が動くのでしょうから、噂の続きを待ってみたらどうでしょうか?」
「うーん……」
「北見の方々にそう聞くのは、さすがに気が引けますし」
結局、続報を待つという結論に至ったのだが互いがどうも納得いかない。
何故、式神を利用してまで妖が人を殺める必要がある?
どうして北見の式神が?
妖は人に必要以上に関わるものではない。
鬼を支え守り、平和に暮らしていければいいと思っているはずなのに。
二年の月日を経て、文久四年の戦いが再開されたのは、ここからだった。
◇◆◇◆◇
「どいて、ほらどけって」
「通して通して!」
それから日が浅い、また別の日。
また辻斬りで人が死んだ。
今度は京の中心部にある裏通りで、微塵切りとも言えるような惨殺だった。
「あ、茜凪!」
「烏丸!」
現場の近くにいた烏丸が、“例の事件が起きた”という連絡を寄こしたので茜凪が北見の家から現場まで駆けつける。
そこは既に人だかりが出来ていて、役人が死体の処理を始めていた。
がやがやと騒ぐ野次馬の中で、茜凪と烏丸は死体を目に焼き付ける。
惨殺。
生殺しに近い状態だった。
「酷い……」
「怨みがあるような殺し方だな」
「個人的な怨みで動いたのだとしたら、これ以上繰り返されないかもしれませんが……」
小さな声で会話を続ける二人。
辺りに耳をすませば、目撃をしていた人物らしい女と男が震えながら主張していた。
「紙が……紙が人になりやがった……」
「どんだけ斬っても、斬れないのよ!その紙が……」
「祟りだ……呪いだ……」
烏丸と茜凪は目を合わせて、頷く。
野次の会話の中にまた“紙”、“斬れない”。
噂と同じことが今、ここで起きている。
「どちらにしても、このままという訳にはいきません」
「あぁ。こりゃ一枚噛んでると見るのが正しいみたいだな」
だとしたら、長居は避けた方がいいかもしれない。
北見に関わるものが茜凪や烏丸の姿を確認すれば、準備が整わないうちに標的にされる可能性がある。
烏丸と茜凪が現場を離れようと足を踏み出したが、相変わらず京の人間は好奇心が強く、茜凪たちが離れようとするそばから寄ってたかって現場に集まってくる。
この中に妖がいるのだとしたら。
妖の過ちは妖が止めるべきだと思う。
#NAME1##が直感能力を研ぎ澄まし、辺りに奇怪な気配がないかどうか気配を探ったその時だ。
「あーあ。随分と叩き斬られてますね、コレ」
特に大きな声というわけでもない。
野次の声の間あいだから、くぐるようにして、その声は茜凪と烏丸に届いた。
茜凪より、過剰に反応を示したのは烏丸だった。
目を見開いて振り返り、声のした方へ。
つられて茜凪も烏丸に倣えば、そこには浅葱色の羽織りを着た男が二人。。
「浅葱色の羽織り―――」
瞬間、脳裏に甦る。
自分に妖の中での禁忌を犯し、力を封じ込めた男。
藍人を殺した男……。
白髪の赤い瞳の……―――。
「―――総司だ……」
「え?」
「あれだよ。天才剣客・試衛館の沖田 総司」
烏丸が顎で示した相手を、茜凪はまじまじと見やる。
そこには、羽織を着たうちの一人。
茶色の髪に、綺麗な緑の瞳をした男がいた。
飄々とした空気は藍人を思わせる気もする。
だが茜凪が動きを止めたのは、それが理由ではない。
「―――」
「今は新選組の一番組組長だったかな、確か」
風貌、背丈、容姿。
全てが一致する。
浅葱色の羽織りを着て、とんでもない剣の使い手で……。
「か、烏丸……」
「ん?」
でも、違う。
あれは……―――。
「藍人を殺したの……あの人です」
「は……―――?」
烏丸と茜凪が死体の側に行き、状態を見やる男……沖田を眺めながら互いに表情を硬くする。
「今、なんつったお前……」
「あの人です。間違いなく……」
「……っ!?」
「あの人が、藍人を殺した……」
烏丸は目を剥くだけで、息が出来ないようだった。
彼、沖田は烏丸の憧れた男の一人。
それは昔から知っていた。
だけど。
「でも、違うんです」
「ち、違う?」
「容姿も、背丈も、声も同じなのに……」
彼女の直感能力は、あの死を彷徨う傷を受けた間際も働いていた証拠だった。
「藍人を殺したのは、“あの人”じゃない」