04. 常闇に潜む影
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「よぉ。怪我ねーか?」
口の中にまだ残っていた琥珀色の飴を味わう。
砂糖を焦がした飴を舐め続ける男に、目の前の新選組幹部は目を見開いて、動きを止めた。
それもそうだろう。
―――彼らは未だ知るはずもないが―――昼間、斎藤や千鶴か体験したことを、彼らも目の前で目撃したのだ。
斬れない者を、斬った男。
斎藤や千鶴が出逢った少女とは違う、また別の男……―――。
「まったく。島原にまで侵入してくるなんて、気の休みどころがねーよな」
「お前、なんでアレを……」
平助が零す疑問にも男は歯を見せて笑う。
血塗られるはずの刃は、ただの紙を斬り裂いただけなので美しい刃紋のままであった。
何事もなかったかのように、鞘に眠らせる刃。
漆黒の姿をした男は着物の裾を整えて、腕を組みながら立ち去ろうとする。
もちろん、そのまま立ち去らせることは許さない。
「おい、ちょっと待てよ!」
平助が背をみせた男に呼びかける。
陽が高いうちに現れた少女と違い、表情豊かで話しやすそうな彼は平助の声にも応えてくれた。
「ん?」
「お前、なんであれを斬れたんだ!?」
「……」
「あんだけ俺達が斬れなかったものを、どうして斬れたんだよ!」
平助の問いに、男は何も答えない。態度からも怪しいと思ったのだろう。
原田と永倉も道を塞ぐように、男を見つめた。
「あー……まぁ、やっぱりそのままじゃ帰してくれないよな」
はははーっと緩く笑った男は、仕方ない。ときっちり平助たちに向き合った。
「まず、礼を言わせてくれ。助かったぜ」
原田が男を“話が通じる奴だ”と認識し、礼を告げる。
男は笑顔を絶やさず、ひらひらと手をふった。
「いいっていいって。これは俺の仕事だからよ」
「仕事?」
「そ。俺の仕事」
目の前に現れた斬れない人。
最後は死骸ではなく紙になり、散り散りに消滅した。
それを斬るのが仕事だという。
「俺は、
漆黒を纏うのに相応しい名を告げ、がたい良い男は再び笑う。
北見 藍人のようなさけずむ笑いではなく、太陽のように。
「
第四幕
常闇に潜む影
「烏丸……」
笑顔を向けてくれた男は、原田たちに名乗りをあげた。
年で言うと、恐らく沖田と同じくらいに見える。
平助や斎藤よりも年上で、でも原田や永倉よりは年下のような印象だ。
「お前たちは?」
尋ねて来る烏丸は、少しだけ、新鮮だった。
“お前たちは?”
なんて聞かれることは、ここ最近なかったのだ。
この京で、新選組を知らない者はいない。
己が認識していなくとも、相手は自分のことを知っているのが当り前になりつつあった。
自己紹介を求められることが、どこか懐かしい。
烏丸の生まれや育ち、馴染んだ環境が、この辺りではないことが窺えた。
いや、ただ単に常識知らずなだけだったのかもしれない。
「俺は、藤堂 平助」
「よろしくな、平助。そっちの二人は?」
親しみやすく、誰からも好かれるであろう空気を放つ烏丸。
笑顔で原田と永倉に視線を向ければ、二人も顔を合わせて頷く。
「俺ぁ、永倉 新八だ! 助かったぜ、烏丸!」
「原田 左之助だ。よろしくな、凛」
「おう。よろしくよろしく!」
この雰囲気はまるで飲み仲間のようだった。
酒を酌み交わすのにちょうどいい調子者。烏丸の放つ空気はまさにそれだ。
親しみやすさを感じていると、自分達が何故ここへ来たのかを思い出す。
「それでだ、凛。さっきの“アレ”……一体なんなんだ」
原田が声音に真剣さを窺わせて尋ねる。
まぁまぁと永倉が烏丸と原田の肩に手をかけながら、居酒屋の暖簾を再びくぐろうとした。
「とりあえず、一件落着したところで酒でも飲みながら話そうぜ」
「そーだな!俺もう腹ぺっこぺこだよ」
平助が永倉が抱え込んだ烏丸を見上げながら言えば、烏丸は苦笑いしながら窮屈そうに告げてくる。
「あー……悪いな。話してやりてぇし、酒も飲んで行きたいんだが……」
バツが悪そうに視線を逸らす烏丸。
もちろん、彼から“逃げ出したい”というような感じはない。
単に用事があるように見えた。
「俺、このあと約束してんだ。人を待たせてんだよ」
「そーなのか?」
「あぁ。待たせっと怒るだろうから……」
瞬間、原田はなんとなく悟る。
恐らく、女であろう。と。
「なるほどな。引き止めちまって悪かったな」
「でも、さっきのアレについて説明してもらわねぇと……」
永倉が、急ぎ向かわなければならないところがある烏丸に対して、懸念する。
先程の説明はどうするのか、と。
原田には代わりの案が浮かんでいたが、先に答えを差し出したのは烏丸本人だった。
「なら、また日を改めてくれねぇか?」
「えっ」
まさか、烏丸の方から誘いがあるなんて思わずに平助が驚く。
彼は微塵も小細工など使っていないように見えた。
瞳に宿した光はどこか……“新選組”に属する者を思わせる。
迷いのない、信念を貫く瞳だ。
「なんだよ、逃げたり隠れたりするなんて言ってないだろ」
「そ、そうだけど」
「今日はだめなんだ。本当に」
ごめん!と片手を顔の前で合わせて謝る彼に、平助も自然と笑んでしまう。
「コイツも名乗ったんだ。探すのも苦労しねぇだろうよ」
「だな。こんだけ大勢の前で色々みせちまったんだし」
永倉が振り返れば、まだ野次馬はザワザワとこちらを眺めていた。
先程よりもいくらか人は減ったけれど、芸子や番頭を含め、町人たちからの視線が痛い。
「別に探す必要もねぇって。頻度は高くねぇけど、島原には来るしな。それに―――」
烏丸は一枚の紙切れを、原田に差し出した。
「俺はだいたい、ここにいる」
差し出された紙には、祇園の茶屋の名前があった。
「“茶屋・一力”。って、この店…!」
原田の横から顔を覗かせた永倉がびっくりしている。
平助も原田も、どこかで聞き覚えのあるこの店の名前だ。
ここは―――
「祇園にある“一力茶屋”って、あの有名な……!」
「お、知ってんのか」
「知ってるも何も島原に通う奴で知らぬ男はいないっていう―――」
「“芳乃”……か?」
「そうだよ! 芸子の芳乃さんだよ!」
祇園にある、有名な茶屋である一力。
そこにたびたび呼ばれ、芸を披露する美人な芸子がいるという。
噂自体は聞いてはいたものの、実際近しいものに出逢うと興奮してしまうのも、また男の性であった。
「なら話は早い。近いうちに会いにきてやってくれよ。あいつもきっと喜ぶだろうからさ」
笑顔を一つ残し、烏丸は別れの挨拶を告げる。
「んじゃ、俺はこれで。さっきの件についてはまた今度。その時にでもな」