37. 最期の願い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
京の中心部から西へ進んだ、都の外れ。
大坂へと隣接する山が聳える麓と、峠を越えようとする人々が往来する道がある。
麓には大きな川が流れており、恐らく老人たちが市中で話をしていたのは、この川にかかる橋だと思った。
夜に出歩いたのは右差しの侍に出逢って以来、約一年ぶりの行動。
噂の通り、探している相手が見つかるかどうかは半信半疑だった。
そこで本当に再会できるとは―――思っていなかった。
「もうこんな無意味な戦いやめるべきだ」
「!」
橋に近付いた頃、どこからともなく小さな声が聞こえて来た。
声が聞こえて来たので、橋の下か、近くにいると思ったのだが、音源は背後の通りの方から聞こえる。
踵を返し、元来た道を音を立てず、ゆっくりと歩き近付いてみる。
「お前が俺を殺したところで、虚しさは無くならないよ」
「相変わらずの減らず口だなぁ」
「お互い様さ」
「無くならないとしても、君が死ぬことで僕は清々すると思うんだよね」
「似てない真似っ子だな」
音源、会話はどんどんと大きくなっていく。
同時に、左胸が早鐘を打った。
緊張で指先が凍え、鼓動の音がうるさくて仕方ない。
「沖田 総司に化けるなら、もっとマシな腕してくれよな。俺ががっかりしちゃうよ」
「!」
通りから更に曲がった裏通り。
人気の少ない小さな通り。
雪が降り出し、視界が悪くなりそうな場所で。
探し求めた人物はいた。
「兄様……!」
第三十七幕
最期の願い
声は押し殺した。
漏れた声も聞こえない程度であったのは幸いだ。
目の前に間違いなく映し出された光景に、絶句する。
刀を抜いた藍人と、浅葱色の羽織りを着た白髪赤眼の男が対峙している。
約一年ぶりに再会した藍人は、とんでもなくやつれて疲れているのがすぐに分かった。
顔色もよくないし、目を凝らして見れば傷だらけ。
今も腕から多少の流血が見える。
実力でというわけではなく、状況が藍人を追い込んでいるように見えた。
「なぁ、お前……ずっとそうやって生きてくつもりなの?」
「…」
「俺を殺して、それで幸せになれると思ってるなら…ただのバカだよ」
藍人は何かを説得するような口調で、白髪の男に問いかけ続けていた。
見ていることが辛くて、目を背けてしまう。
自然と込み上げた涙を必死で抑え込むことしか考えられなかった。
吐き出される吐息も、さっき見た光景も脳に焼き付いて。
見たことない辛そうな藍人に、全身が痛い。
全部聞こえないように、全部見えないように、手で全てを覆い隠したくなった。
「俺を殺して、式神師を滅ぼしたところでお前が欲している女の心は手に入らないし」
「うるさい」
「幸せになんてなれない」
「うるさいよ、君」
そこからは再びの乱戦。
刃が交える音が辺り一面に響き渡る。
来なければ良かったと後悔し始めた頃にはもう遅かった。
途中からの会話も読めない状況も、自分がここにいて役に立つわけなんてなかったのに。
「死ねっ!北見 藍人ッ!」
「ぐッ!?」
「兄様……っ」
響く声に、茜凪は再び目を開く。
まさかとは思ったが、そのまさかだった。
追い込まれた藍人、彼を追い込んだ白髪の男。
藍人が負けるはずないと思っていたのに、鍔迫り合いになった今、彼は男に押し負けていた。
「現役三頭である北見の妖でしょ?しかも頭領のくせに、まさか僕に負けるとか―――」
「……ッ」
「弱すぎるでしょ」
何が起きたのか、理解できないままだった。
甲高い音が伝わり、目の前の白刃が一つ弾かれた。
宙を舞う刀と背後に押しやられ、倒れ込んだ藍人。
さっきよりも流血の量が増え、怪我をしているのは嫌でも理解できた。
「もううんざりなんだよ。妖とか影とか、三頭とか」
「……」
「僕は、ただ彼女のことを愛しているんだ。振り向いてほしいだけなのに。彼女を手に入れて、幸せに暮らしていきたいだけなのに」
白髪の男が藍人に矛先を向けたまま、続ける。
「お前がいるせいで僕は幸せになれない」
「ははは。それは俺のせいじゃないだろ」
「それ、どーゆー意味?」
「お前が、あの女に真っ向から好意を伝える勇気も自信もないからだ」
藍人は剣を向けられた状態であるにも関わらず、その声からは脅えた様子も何も感じられなかった。
「それを俺のせいにして、ただ逃げるお前は弱虫なだけだろ?」
「……ッ」
「俺を殺したらお前は弱虫から抜け出せるのだとしたらそれは光栄だ。でもそうなる未来は来ない」
藍色の瞳は何にも臆していない。
だが、形成はまだ不利。
静かな声で続けられる会話は、ところどころ茜凪は聞きとれない個所があった。
「その度、お前は誰かのせいにして逃げるからな」
「黙れ……」
「そんなお前に妖界が滅ぼされるなんて、俺がここで殺されてもありえないよ」
「黙れよッ」
剣が振りかざされる。
真上から直下で下される振りを藍人がギリギリで交わし、白髪の男の背後へとうまく逃げ込む。
だが、弾かれた剣が手元にないので対抗するは式神の力。
懐から出された紙を男に向けて放ち、召喚する。
直接的な馬力では剣よりも劣ってしまうため、式神を薙ぎ払われれば反撃は難しかった。
逃げる為の手段はいくつか浮かぶ。
だが、ここでこの男を仕留めなければ……―――。
藍人は思考を巡らせるが、いい案がなにも出てこない。
弾かれた剣を探すも、疲労困憊で夜目が利かない中で瞬時に見つけ出すことはとても出来ないだろう。
「お前がいなければ……ッ」
「…っ」
「お前が死ねば、僕は彼女の傍に……ッ」
激しくなる追撃を、なんとか紙だけで迎撃していたが限界だ。
斬れば斬るほど激しくなる相手の憎悪。
今日も退くしかないか、と諦めを見せた瞬間だった。
白髪の男が……―――不気味に笑う。
「へぇ」
藍人も向けられた視線に、隙を見て振り返った。
男が捕えた人物と、藍人が捕えた人物は同じだっただろう。
「そういえば、北見の家には“春霞”の生き残りがいたんだよね……?」
「茜凪ッ!?」
「春霞って、三頭の中じゃ一番の格下とか言われているけれど“純血”ってどうなのかなぁ」
「ッ!」
「有名だよね―――僕たち妖の中で一番強いのは“妖の春霞”だって」
そこからは速度の戦いだった。
光景から目を逸らせなくなったあまり、茜凪は身を隠すことを忘れていた。
藍人と浅葱色の羽織を着た白髪の男が視線を茜凪に向け、立ち竦む彼女を捕える。
先に脚を弾いたのは、白髪の男。
剣を構え、茜凪に向けて大きく振りかざした。
「北見に最強の妖がいたら、僕が後々困るんですよ」
「え……――――」
自分に向かってくる赤い目をした、白髪の男。
浅葱の羽織りを瞬かせて、大きく振りあげられる刃が月明かり煌めき、下される。
ようやく気付いた。
殺される。
何が何だか分からないまま、藍人を見つけたら敵に殺される。
なんて意味のない登場だったのだろう。
「死ね。春霞の娘」
「茜凪ッッ!!!!」
いつの間にか、しんしんと雪が降り始めていた。
視界はやっぱり悪くなって、辺り一面が真っ白。
視界も真っ白。
そうなるはずだった。
なるはずだった、はおかしいかもしれない。
実際、茜凪の視界は真っ白だった。
雪で。
でも、真っ赤にはならなかった。
「ゲホォ…グフッ……」
「………」
一年ぶりに抱きしめてもらえた体は、きっとあの時のままだと藍人は思っただろう。
成長できない体。
どれだけ恨んだことか。
しかし、藍人は思う。
彼女が小柄なままだった故に救うことが出来たと。
最後の最後に浮かんだ笑みは、そんなことを携えていた。
「に……さま……」
包まれた体。
きつく、きつく。
しかし、耳の真横には冷たい鋼があり寸のところで交わらずに済んでいた。
藍人の体を貫いた刃が耳元で肉を裂き、ぐちゃりとした音が木霊する。
「…兄……さま……」
血が間近で溢れた。
滝のように流れて、真っ白な雪の絨毯を汚していく。
真っ赤なそれは、茜凪のものじゃない。
「―――兄様ッ!!!」
声と共に、剣が引き抜かれ、藍人が倒れる。
倒れれば、先程よりも倍の速度で血が流れた。
最強の妖だと信じていた北見 藍人がぐったりとしながらただただ……笑う。
「どうして………―――」