33. 出逢い

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それから更に時は流れ、茜凪が北見家に引きとられてから数月が経っていた。
季節も巡り、夏に突入しようという頃のこと。



「あれ?」



茜凪は屋敷の中庭で、見覚えのある背中をみつけたのだった。



「からすま……くん……?」



そういえば、今日は烏丸親子が近状報告に北見の屋敷を訪れると聞いたのを思い出す。


あれから、頭が落ちついてきたところで藍人は茜凪に色々な話をしてくれた。


妖と鬼について。
北見の里について。


北見が二百年前、身を預かってもらったのは風間だった。
つまり北見家が存在しているのは西国の土地。
薩摩国の近くであったのだ。


複雑な理由と歴史が背景にあるため北見家は日本中に屋敷を点在させており、いま茜凪が世話になっている屋敷は京にある隠れ家だった。


風間といったら西国の鬼頭がいる家柄。
いずれ鬼の世を治め、平和を齎すと言われている。


その風間を支えていこうとしているのが北見。
だが、現頭領同士はそこまで仲が良くないらしい。
藍人ではなく、相手の鬼頭が藍人を嫌っていると話を聞いていた。


だから茜凪は会ったことなんてなかった。


風間……―――風間 千景に。



「からすまくん……」


「あ?」



北見の屋敷の中庭で、膝を抱えて池に石をなげていたのはやはり烏丸だった。


返って来た返事が随分と刺々しいものであり、茜凪は身をすくめたが、ふと気付く。
頬やら足やらに大けがを負っていることを。



「そ、それ、どうしたんですか……?」


「うっせーなチビ。お前に関係ないだろ、あっち行け」


「でも……」



頬の血まみれなのはとても痛々しかった。


切り傷というよりかは擦り傷で、傷の中には小石のようなものが汚れとともについていて。


化膿してしまうと思い、茜凪はあわあわとし始める。



「しょ、消毒できるもの借りてきます……!そのままじゃ……」


「いいんだよ、別にもう痛くねーし」


「いえ……そうでは……なくて……」



痛い、痛くないの問題ではないのだ。


茜凪が口調の強い烏丸におどおどしていれば、彼はその態度が勘に障ったらしい。



「くどいって!いいからあっち行けッ!」


「……っ」


「しつこい奴は嫌いなんだよッ」



怒鳴り声をあげる烏丸に、茜凪はついに一歩退いてしまった。


目を伏せ、どうしようか迷ってしまう。


そこをたまたま、藍人が通りかかった。


二人には気付かれないような、遠くの廊下を。



「じゃ、じゃあ消毒液だけでも……」


「いらねぇって言ってるだろ!」


「痛っ!」



烏丸が手で持っていた小石を投げ、顔を庇おうとした茜凪の手首を傷つける。
もちろん石を宛てられた程度なので、たいしたことはないのだけれど。



「やべ……っ」



石が手に当たったことに烏丸が焦りを見せる。
ただの勢いで彼女を傷つける気はなかったとでも言いたげな慌て具合だ。


さすが手が出たら事が大きくなる可能性もある。二人を見守っていた藍人が仲裁に入ろうかと動きをとった。


対して、強い拒絶に臆してしまい、踵を返そうとした茜凪は、向けられた視線から烏丸の本音を見抜いた。



「え……――」



“嫌われたくない”


心に大きく映し出されていたのは、たったのそれだけ。
茜凪に対する拒絶や煩いではない。


だが彼の行為とは大きな矛盾が生じていることが疑問だ。
しかしよくよく考えて、それは初めて出会った時に感じ取った本音と繋がっていた。



「わ、悪かった……」



傷だらけの手と足で駆け寄ってきてくれた烏丸は、自分よりも小柄で尚且つ女の子をまた傷つけてしまったことに頭を悩ませる。


どうせ怖がって逃げていってしまうのだろうと思っていたけれど……―――た茜凪は違った。



「名前……そんなに嫌ですか?」


「え」



突如始まった会話に、烏丸は目を点とさせる。



「凛って名前、そんなにいやですか……?」


「は……?」


「それが原因でケンカばっかりしてるんでしょ?」


「お前、なんでそれ……っ」



なんで心の中のことを知っているんだ。と烏丸は続けた。
みるみるうちに彼の表情は歪んでいく。



「誰かに聞いたのかッ?」


「ち、ちがう……」


「ならどうして……ッ!」



今度は茜凪が言葉を濁し、目を逸らす番。
しかし、彼女は素直に生きようとしていた。



「これ……わたしの力なんです」


「力?」


「純血の力」



藍人はそれを遠くから見つめており、微笑ましく笑うのだった。



「―――……環那」



環那(かんな)。


それは、藍人が約束を果たそうとしている親友の名前だった。



「やっぱりお前の妹だね」



風がそよぐ。
幼い二人は絆を紡いでいく。



茜凪もきっと、素直に生きるよ」





第三十三幕
出逢い





烏丸は目を驚かせていた。
目の前にいる小さな女子が、純血であるということに。



「お前、純血なのか……」


「は……はい」


「……そか」



目の前に現れた少女が、朧家に仕えていた妖だとは聞いていたので知っている。
噂では純血は全て戦で滅んだと聞いていたが、こんな所にいたのか。と。


まして烏丸は他種族の純血は藍人しか見たことが無かったので更に驚く。


妖は稀に、血の濃さによってだけが未知の力を得るというのは知っていたが目の当たりにすることはないと思っていた。



「視線を合わせた時に感じるんです。毎回ではないけど、相手の思考とか感情などが……わかるんです」


「……」


「ご、ごめんなさい……むやみやたらに口にするものではないんですけれど……」



もじもじとまた縮こまる茜凪に、烏丸は呆気にとられていた。


まさか、話していないことを言い宛てられるなんて、と。


そして彼女は再び、信じられないことを告げ始める。



「わたしは……素敵だと思います」


「は?」


「烏丸……くんの、お名前……」


「……」



今度こそ、ど肝を抜かれた。
そんなことを言われたのは、初めてだった。



「“凛”って素敵です」


「……―――」


「真っ直ぐで、美しい感じがします」



「……、女みたいじゃないか?」


「そうですか?男子でもいい名だと思います」



脅えた目だったけれど、彼女が烏丸を見上げれば嘘や偽りには見えなかった。



「わたしの兄も“かんな”って名前です。女性みたいですけれど、男です」


「……」


「由来は知りませんが、響きもよくてわたしは好きです」



頬を抉った傷が、癒された気がした。


もちろん物理的に癒されてなんていない。


心の奥底に、何かが浸透する。



「……里の子供たちが“女みたい”って笑うんだ」


「……」


「俺は何もしてないのに、名前が女みたいってことだけで俺を仲間はずれにする」


「……―――」


「悔しくて、吹っ掛けられる喧嘩に応えていたら……俺は本当に嫌われ者になっちまった」


「(本当の孤独……)」



茜凪はこの孤独をどことなく知っていた。


朧の里から逃れ生き延びたはいいが、追撃を恐れ、匿うことを避ける者たち。
茜凪の純血故にある“直感能力”を不気味がる大人。


誰も近付かなくなり、一人で寂しいあの時間は恐ろしい。



「本当は俺だってバカなことを一緒に出来る友達だったり、べっこう飴を分けあえる奴が欲しいんだ」


「…」


「なのに、現実は全然違う方向に進んで行って……」



ぽろぽろと出てくる言葉に、茜凪はただ頷いてやった。
分けあえる痛みだと思った。



「ひとりぼっちって、辛いです……」


「…、」


「誰かに認めてほしくて、一緒にいたいものです……。それは妖でも人間でも、鬼でも一緒ですよね……」


「お前……」


「わたしは烏丸くんのお名前、素敵だと思います」



小さな声で自信なさげに告げてやれば、烏丸は涙を必死に堪えていた。


彼だってまだ元服前の子供。


だけど、返ってきた言葉でこの二人の絆は生まれたのだ。



「俺も、お前のその力……いいと思う」


「この力が……?」


「お前のその力があったから、俺は今……」



“救われたと思う”。
伏せた先を烏丸は未だ告げることができなかったけれど、そう思っていた。
この日、初めて二人は目を合わせ、ぎこちなくも笑い合うのだった。



「いいねぇ、青春だよ」


「!」



廊下の奥から得意の笑顔で出て来た男は、二人の姿を見ていった。


藍人がそこにいるとは思わなくて、茜凪も烏丸も目を見開く。



「藍人兄様……」


「あんた……」


茜凪、藍人でいいよって言ってるじゃない。凛、お前もきちんと名前で呼んでくれ」



驚いている二人をよそに、藍人は飄々を告げていく。



「ところで兄様。こちらで何をしてるんですか……?」


「ん?」



この中庭の先には道場しか存在しない。
ここを通るということは、道場へ向かう途中か、何か理由があったのだろう。
すると藍人は当初の目的を思い出したのち、にやりと笑う。



「お前らも来るかい?」


「「?」」


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