31. 嘆きのコトバ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
告げられた言葉は、その場にいた者を驚かせる。
誰よりも驚き、否定を求めていた菖蒲は真実を耳にして茜凪から視線を逸らせなくなった。
あまりにも冷静で、惑うことなく告げられたもの。
それは、彼女や烏丸、狛神、水無月を人外であると認めているに等しくて。
「妖って……、妖怪って……」
「…」
「じゃあ、わたしの周りにずっといて、守ってくれてたアンタ達は皆…」
「化け物です」
水の中で、茜凪本人が迷いなく放った言葉は、誰よりも己を責めているように聞こえた。
人ならざる者であり、強靭な力を持ち、そして人とは違う理を行く。
「なに…それ…」
傷付いた、というより受け入れがたいという顔をする菖蒲。
対して茜凪は涼しい顔で水面の外にいるであろう敵の姿を考えていた。
「その…直感能力だか何だか知らないけれど、成長能力だとか、桁はずれの記憶力?それとも応用力?―――こんなことが出来るのは……あんたが人間じゃないからってこと?」
「見て感じられた通りですよ」
「ふざけないで!!!!」
飛び出した言葉と、声音に新選組が菖蒲を見やる。
今にも泣きだしそうな菖蒲の顔を見ながら、平助や千鶴は不安そうにしていた。
だが、茜凪は横目で切なく確認するだけ。
すぐに顔を逸らせば、菖蒲の言葉は収まるはずもなかった。
「何それ!?何で今まで黙ってたの!?」
「……」
「あんた、わたしの気持ち考えたことあるの!?」
「……っ」
影に縛られていない菖蒲は、立ち上がり血が滴る腕で茜凪の襟首を掴み上げる。
菖蒲の方が背が大きいので、必然的に茜凪が見下ろされる形になった。
「全部そうやって自己完結させて、あんた藍人が死んでから変わったわよね!」
「……ッ」
掴まれていた腕が移動し、茜凪の二の腕を強く握りしめる。
瞬間、痛みに顔を歪ませたが菖蒲は止めてくれなかった。
「いいえ、違う、変わってない。悪い方向にしか進んで行けない思考はずっとあの時のままよッッ!!!」
「菖蒲!」
茜凪だけを責めるのも、ここで言い合うのもお門違いだと烏丸が仲裁を入れようとしたが彼女は聞き入れなかった。
激しい拒絶反応と窺えたが、千鶴は菖蒲の反応を見つめて首をかしげた。
これは、拒絶ではなく……もしかして―――。
「最低よ!最低!あんたなんか大っ嫌いッッ!!!」
「…ッ」
「大っ嫌いッ!!!」
それは、菖蒲の悲痛な叫びと同時だった。
水面の壁を超えて、何かが入り込んで来る気配。
即座に反応できたのは、誰よりも茜凪が先だった。
「菖蒲ッ!」
定められた矛先は、叫びを上げていた菖蒲。
狛神と烏丸が水面を超えて外側へと飛んで出て行く。
茜凪は菖蒲を突き飛ばしてから侵入して来た式神を華麗な剣技で斬りさばき、ただの紙へと還した。
水無月が菖蒲の危機に声を上げたけれど、彼女が軽傷で済んだことに安堵し駆け寄る。
「何なの……」
「菖蒲、今あなたと話している暇は全くありません」
「うるさい!!バカ茜凪!!」
「全部終わったら、ちゃんとお話致します」
「全部っていつ!?いつ終わるの!?全部って何が全部なのよッ」
その豹変ぶりは、新選組側からしたら異常にも思えた。
菖蒲をそうさせる、心の奥底に何かがあるのだろう。
水無月は埒が明かないと判断し、茜凪の顔を見つめて頷く。
「茜凪、彼女は私が何とかします故、外をお願いします」
「分かりました」
茜凪は菖蒲の顔をもう一度見つめてから、振り向くことなく水面の外側へと飛び出していった。
同じく影に縛られていない千鶴が、菖蒲の傍らに寄り添う。
水無月は千鶴の顔を見てから、小さく溜息を吐いた。
「どうして……どうして守ったりするの……」
「え?」
「わたしは……あんたに守られたくない……」
「芳乃さん…」
悲痛な叫び。
この戦いに巻き込まれた妖も、人も、全てが終わることをただ願っていた。
「大っ嫌いだって言ってるじゃない……」
あの日に戻りたいと、誰もが思い描いていた。
「茜凪に…あんた達に守られたくないの……」
第三十一幕
嘆きのコトバ
外側で式神と再び戦闘に持ち込んだ妖達。
狛神だけで対応していたのが、茜凪と烏丸が追加されたことにより、三人の斬れる者での乱戦となる。
やがて水無月が加勢する形で、水の壁を波に変え、西本願寺の境内は大きな水に飲み込まれた。
もちろん藍人や七緒、影法師には交わされてしまったがただの式神は“紙”である。
動きを鈍くしたところで三人に切り捨てられ、数は激減していった。
「チッ、綴が来るのは予想外だった」
藍人が式神を増やしつつ零せば、七緒が表情を歪める。
「確かにそうね。水無月は直接斬れないものの、面倒な役割を担ってくれるわ」
殺しちゃいましょうか……と結論が出るまで時間はかからなかった。
水無月が守るように新選組と千鶴、菖蒲の傍で水を操り続ければ、それは強力な盾となる。
ただの式神が近付くことは難しい。
となると必然的に乗り込んでくるのは当然この男・藍人だった。
「綴の水煙術ほど、敵になると怖いものは無いよ」
「私は貴方に斬りかかられる日なんて、夢にも思いませんでしたよ」
刀を抜刀し、水無月に向かってくる藍人。
水を操り応戦するが、所詮は水なので藍人からすればそこまで苦戦は強いられない。
斬りぬけて、間合いまで来られれば水無月は表情を変える。
背後にいた永倉が抜刀出来ないかと腕を動かそうとしたが、びくともしなかった。
「ですが藍人。貴方を助ける為に強くなった者の存在を忘れてはいけませんよ」
「!」
藍人の背後。
風を斬る速さで戻ってきたのは、翡翠色の瞳をした少女だった。
「チッ」
体をひねり、水無月に向けていた刃を回転させて茜凪の太刀筋に応える。
速度であげられた馬力のせいで、藍人が新選組のいる手前まで押された。
人質として新選組に斬りかかってやろうかと思ったが、茜凪はその隙を与えない。
自慢の脚は、今までで一番速い速度を見せた。
「ぐ……っ」
「…ッ」
押し合いになれば負ける。
馬力は藍人があるのは一目瞭然。
斎藤と手合わせした時と全く同じ剣術で対抗する。
茜凪が男に対抗できるのは、この速度でつける馬力だけだった。
斎藤との手合わせを思い出し、速度だけに頼るのではなく辺りへの感覚も研ぎ澄ませ続けた。
間合いになる前に退き、別の方向から斬りかかる。
珍しい技法と速さ、そして水無月からの水の攻撃に藍人は観念し、一度完全に退きを見せた。
「へぇ」
茜凪が簡単には届かないほどの陣営まで間合いを空けた藍人は中段で構え、睨みを利かす。
「信じられないくらい強くなったね。前はあんなに稽古も剣術も嫌ってたくせに。改心させる何かがあったの?」
「今、ここでお話する義務はありません」
「あぁ、そう」
「新選組を解放してください。彼らはこの戦いに関係ないでしょう」
「勝手なこと言わないで。関係あるから捕えてるの」
傍観者の面で見ていた七緒が再び口を開く。
土方や沖田、藤堂……一同を舐めるような視線で見渡してから七緒が不気味に口角をあげた。
「一方的な逆恨みとしか思えません」
「何で?あたしの愛しい愛しい藍人を殺したのは、そこにいる沖田 総司だもの」
「嘘を言わないでください。私は他の者と違い、見破れます」
「なら、誰が殺したって言うの?」
茜凪が答えを止める。
いや、そこまでの答えが彼女の中にはまだ無かった。
明確なものはなく、憶測や予想しか存在しない。
下手に答えれば、足元を掬わるだけだ。
「答えられないのに否定するの?何も知らないくせに、喚くんじゃないわよ、餓鬼が」
「周りに偽りの情報を流し、邪魔をする者がいれば何をしても排除しようとする。自分勝手で我儘な貴女の方がよっぽど子供です」
「騙される方が悪いんじゃない?それに、藍人との感動の対面を叶えてあげたのはこのあたしよ」
「こんな再会は望んでなんかいません」
七緒の切り返しに引けを取らない茜凪。
彼女の強さが全面に晒し出されていた。
「新選組を解放しなさい。妖が人を殺め、人間の政に関わるのは禁止されています」
「政に関わった覚えはないわ」
「彼らは幕府の人間です。ここで貴女が新選組を殺めれば、後世の歴史に遺恨が残るのは目に見えています」
「どうせ幕府もいつかは滅びゆく運命じゃない。形あるものはいずれ壊れる、定石よ」
「言い訳をしないでくださいッ!」
誰もが、茜凪がこんなに喋る娘だと思っていなかった。
真っ直ぐで、迷いを見せず、真っ向から意見をぶつけ合う。
それが七緒に通じているのかは別問題だったけれど。