30. あやかし
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「あーあ。交渉決裂ってわけね」
狛神が向けた矛先は、煌めきを保ちながら七緒を見据えていた。
七緒が彼を馬鹿にするような笑みをみせつつ吐き捨てる。
何もおかしくないだろうに、くすくすと笑い声を絶やさない七緒。
傍らで黙って佇む影を操る男と、狛神の答えに表情を変えた藍人。
新選組と菖蒲は、内心で焦燥と悔しさを抱えながら状況を見守るだけだった。
「そう……わかったわ。なら心して相手をしてね、狛神」
言葉と同時に前に出たのは藍人。
放たれた紙は、今までに見たことがないような大量の数だった。
全てが一瞬にして地に舞い、形を成す。
「藍人、彼を殺してちょうだい」
七緒の言葉に、式神が一斉に動きだす。
ゆらりゆらりと動き出した彼らの刀は、確実に狛神を困らせた。
「チッ」
助けようにも、境内の入口から中心部まで行くには時間がかかりそうな数。
狛神は再び己の左手を傷つけ、刃にそれを吸収させた。
そうもしている間に、七緒はさらなる命令を出す。
「影法師。あの娘を探してきて」
「……」
「この結界のどこかで、彷徨ってるんじゃないかしら」
影法師と呼ばれた影を操る頭巾の男は、一つ頷きを見せて、消える。
七緒が求めているのが、千鶴であるとすぐに分かった。
「千鶴はどこにいる……ッ?」
「最後は勝手場の方で見かけただけだっ」
夕餉が終わり、今頃片付けをしている頃だろう。
この異常な轟音や景色を見て、千鶴も惑っているに違いない。
だが、どうすればこの動かせない体を自由にすることが出来るのか。
「狛神……ッ」
今ここに、この状況を打開できるのは狛神しかいない。
結界の外側で菖蒲を探し回っている茜凪たちは、この事態に気付くことが出来るのだろうか。
何が起きているのかもわからぬまま、菖蒲は目を閉じ、受け入れがたい事実に心を痛ませた。
「藍人……くん、」
第三十幕
あやかし
狛神が式神を斬り裂いていくけれど、数が多すぎる。
打ち破るには途方もない時間が必要だった。
唯一、影に縛られずに体を動かせる菖蒲は何か助けにならないかと考えていたが、留めたのは土方だった。
「やめとけ」
「…っ」
「お前が出て行っても犠牲が増えるだけだ。奴らは、お前を殺すことも目的にしてる」
「でも、このままじゃ……!」
皆、殺される。
巷で、妖怪と呼ばれるようなもの相手に出来るなんて思っていない。
鬼だと聞いた時すら俄かに信じ難い事実だったのに、強力な力を持ったものがいるなんて。
「そうよ、菖蒲。あんたが出て来たって、あたしがこの手であんたを殺すだけ」
「……」
藍人と狛神の対決を眺めているだけだった七緒が、新選組たちに向き直り告げる。
「鬼は平和を好み、人里離れた場所で暮らすけれど妖は違うわ」
「…っ」
「争いを好み、憎悪を糧にし力を得る。奪われるならば奪い返し、無力な人間を躊躇いなく殺す」
菖蒲は絶望の表情をみせた。
「それが“妖”よ」
信じられない、信じたくない。
そう菖蒲の中から何かが溢れだす。
だから自然と言い返していた。
「藍人くんは……、そんな人じゃないわ!」
「藍人も妖よ」
「そんなのとっくに知ってたッ」
飛び出してきた言葉は、新選組を驚愕させた。
影を使い身を縛り、死者を甦らせる者がいる。
それは妖と言われてもピンと来たけれど、藍人もだったなんて。
言われれば彼も式神を使える能力を持っている。
だが、菖蒲の中で“藍人”と“妖”の印象はあまりにも違いすぎたのだ。
「藍人くんが妖怪だってこと、知ってた」
「え……」
「芳乃……」
「それでも彼は私を守ってくれた!愛してくれてた!」
「……」
「人を殺すような……あんたみたいな残酷な妖怪じゃないッッ!」
「――――」
瞬時、踏み出された一歩は大きく強烈だった。
乾いた音が鳴り響いたかと思えば、菖蒲の視界がぐらりと揺れる。
七緒が彼女の頬を思いっきり平手打ちを喰らわせたのだ。
「―――っ」
「調子に乗るな」
再び頬を地面につける形で飛ばされた菖蒲は、それでもめげずに七緒を睨み上げる。
「藍人のこと、知ったような口で話すのはやめてくれる?」
「…ッ」
「あんたは人間、あたしは妖。この差は大きなものよ。わかる?」
「やめろッ」
平助が耐えられずに声をあげ、腕を撓らせつつ動かすが、びくともしない。
かろうじて少し動いた程度。
七緒は菖蒲の襟首を掴み上げて、冷たく囁いた。
「人間如きに藍人は渡さない」
言葉の中に含まれた大きな憎悪。
土方と斎藤は、一連の茜凪や烏丸の話を思い出し、七緒のこの感情が戦いに関係していると読んだ。
「七緒様」
そこに声をあげて呼んだのは、敷地内から戻ってきた男。
影法師と呼ばれていた黒頭巾の男だった。
「あら、おかえりなさい」
連れてこられた一つの影は間違いなどではなかった。
「千鶴!」
「雪村……っ」
背後から口を押さえられ、声をあげることが出来ない姿で連れてこられた千鶴。
新選組の表情が変わる。
「テメェ……今すぐそいつを離しやがれ」
「そんなこと聞くと思ってる?」
「いいから離せッ!」
激昂する彼らに、七緒はつまらなさそうな顔を浮かべた後、口角をあげた。
「そうねぇ……どちらにしても、彼女は邪魔だし。離してあげてもいいかな」
「……っ」
「影法師、離していいわよ」
「……」
「その代わり、今すぐ殺して」
「!」
言葉の通り、千鶴が背中から突き飛ばされるのと影法師が刀を抜いたのは同時。
そのまま構えられた剣義で千鶴が殺されると思った。
同時に七緒は菖蒲に狙いを定める。
「死ねッ!!」
千鶴と菖蒲。
同時に二人の女の命が目の前で奪われる。
新選組にとって、果てしない屈辱のはずだ。
「千鶴ッ!」
「クソッ」
声しか届かない状況。
もう救うことなんて出来ないのでは?と思った時だ。
風が頬を撫で、疾風に変わる。
―――現れた残像は、外からやってきた。
「何…ッ」
一人は、千鶴を抱きよせてから片手で影法師の剣を受け止める。
もう一人は菖蒲の前に寸で入り、隙を見破り七緒の剣を弾き飛ばした。
もちろん、現れた者は言うまでもない。
「烏丸さん……っ」
「茜凪……!」