03. 名乗らずの剣客
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巡察に出た斎藤と千鶴が出逢ったのは、巷で噂されていた辻斬り。
この辻斬りは昼夜問わずに各地で起きていて、手の施しようがない状態だった。
そしてのいくつかの不可解な点が浮き彫りになってきている。
“紙が人と成る”
“普通の刀では斬れない”
まさかと思っていた斎藤は目の前で起きた現実に息を飲んでいた。
斬れなかった相手は紙であり。
それを斬った少女がいる。
裏路地の端で小さくなっていた千鶴と斎藤の間に立つ、現れたその娘は涼しい顔をしていた。
―――見覚えのある翡翠色の瞳…。
沖田の色よりも明るく色素の薄い光を放つ。
平助が纏う着物によく似た作りの、白い服装。
その身形は、先日屯所の前に立っていた者と酷似していた……。
第三幕
名乗らずの剣客
町の喧騒も忘れて、斎藤と千鶴は現れた少女に釘付けになっていた。
一体なにが起きたのか。理解が追いつかない。
しかし何事もなかったかのように路地の奥へ進む少女は、こちらを気にも留めていない。
小柄な背を向けて去っていく娘。
改めて思えば、華奢で千鶴よりも背丈は低かった。
あげられた髪を留めているとんぼ玉のかんざしは珍しい形をしていて、歩くたびにふわりと揺れている。
揺れる速度が速まる度に彼女が離れていくのが分かった。
「待て」
さすがにそのまま逃がす訳にはいかない。
斎藤が声を張り、立ち去ろうとしている娘に鋭く声を放った。
辺りには斬った紙が舞う。
人を成した物を斬ったのに、血が流れなかったのは不思議な気分だ。
「あんたは一体何者だ」
「……」
「今のは……―――」
斎藤がそこまで言いかける。
だが、相手の娘は一言たりとも口を利かない。
そのまま足だけ止めて、こちらにゆっくりとした動きで視線を向けてくるだけだ。
「……――」
斬れないものを斬った少女。
女でありながら、太刀筋はそこらにいる不逞浪士では勝てないくらい綺麗なものだった。
強者と呼ばれる斎藤だから、わかる。
この者は女でありながらも“強者”だ。
「最近、京の町で噂されている“辻斬り”は今の者たちで間違いはないであろう」
「……」
「だが、何故“紙”が“人”を成しているのだ」
―――そして、あんたはそれを何故斬れるのか。
口にはせずに順に問いただそうと語尾が強まる。
斎藤に斬れず、彼女に斬れる者。
太刀筋や剣客としての腕であれば、小娘如きに劣る斎藤ではない。
だが、彼女はやってのけたのだ。
彼に出来ず、彼女には出来ることを。
「答えろ」
刃を抜くつもりはなかったが、相手の娘は左腰に差した刀の柄に手を添えている。
二本差しではなかったが、一本でもこの手の奴は危うい。
斎藤も柄に添えた手を離すつもりはなかった。
だが。
「申し訳ございませんが、」
「!」
「その件に関してはお話できません」
町娘……――にしては武装しているし、着物も普通の着方ではないので、ある意味そう呼べない彼女――は、左腰に差していた刀を鞘ごと腰から抜いた。
そのまま右手に握り、戦う意志がないことを行動で示す。
「ご無礼、お許しください」
軽く会釈して、斎藤から視線を外す少女。
右手に握られた鞘に眠る白刃は、右利きの彼女はそのままでは抜けないであろう。
斎藤が抜刀した瞬間、命を終えることを知りつつ娘は許しを乞う。
不気味なくらい、静かに意志をはっきりとさせる凛とした声で。
「それはならぬ。こちらとしても京の都で起きたこの奇怪な事件を見過ごすわけにはゆくまい」
「……」
「屯所まで来てもらおう」
切れ長の、蒼の瞳が告げる。
その鋭さと放った強さに、普通の者はあたふたするはずだったが、彼女は落ちついたままだった。
伏せがちだった翡翠の瞳をあげて、初めて真っ直ぐに斎藤を見つめ返した。
「紙に、」
一歩、斎藤が踏み出した時。
彼女は懇願するように告げてきた。
「紙に気をつけて下さい」
「紙……?」
「奴らはどこからでも湧いてきます」
視線を合わせ、互いに警戒しながら見やれば整った顔つきが一瞬歪む。
悔しいともとれる表情だった。
「万が一、私が現れない時は即刻逃げて下さい」
「なんだと?」
「お願いします」
刹那、消え入りそうに聞こえたのは、己の名だった。
「新選組の……斎藤 一さん」
京で新選組を知らぬ者はいない。
そう言われるまで、良くも悪くも実績を積んできた彼ら。
壬生狼と呼ばれていた頃とは違い、それなりに顔の知れた幹部たちだ。
彼女が、斎藤の名前を知ってること自体はあり得るだろう。
だが謎が多すぎる。
「組長!大丈夫ですか!!」
「斎藤組長!!」
斎藤が、納得できずに少女に詰め寄ろうとした時だ。
千鶴を超えて、ましてやその娘すら気に留めずに、斎藤の元へと戻ってきた三番組の者達。
町人は問題なかったらしく、安全なところへ連れていったらしい。
千鶴は隊士たちの言葉を聞き届け、安堵のため息をついた。
その一瞬。
斎藤が振り返り、千鶴付近にいた部下に目をやった僅かな間だった。
風が緩やかに吹いたと思い、視線を路地奥へと戻すと……
「!」
翡翠色の瞳をもつ彼女の姿は、既に無かった。
「―――……逃したか」
逃げるには、あまりにも早足すぎる。
千鶴も一呼吸した刹那、彼女が消えてしまったことに驚いた。
人並みならぬ技に、そこか恐怖心を覚えたのだった……。
「戻るぞ、雪村」
「は、はい……!」
追わなくてもいいのか、と聞きたくなったが“追えない”と気付いていたのだろう。
であれば、早急に屯所に戻り、土方や近藤に報告した方がいい。
早足で来た道を戻る斎藤を見失わないように、小走りで千鶴も屯所に戻るのであった……。
◇◆◇
斎藤と千鶴が、屯所に戻り土方たちに報告をしている時刻。
陽は既に沈み、辺り一面は宵闇に飲まれていた。
まさか昼間、紙が人に成り、人を斬ろうとしていた。なんて未だ知らない平助、原田、永倉は島原へ酒を求めて外出をしていた。
「とりあえず、一軒目はいつもの店でいいだろ?」
「あぁ、構わねぇぜ」
「今日は平助の奢りだろぉ?」
「え、俺!?」
煌びやかな提灯が並ぶ通りを、三人はギャアギャアと騒ぎながら歩き続ける。
途中ですれ違う芸子たちが彼らを見ながら優しく微笑んでいた。
デレデレと鼻の下を伸ばす永倉に呆れつつ、原田が店の暖簾をくぐる。
「きれーな芸子さんだったなぁ、今の……」
「新ぱっつぁんはいっつもそれじゃん。呆れて笑われてたぜ」
「なっ、平助!あれは呆れてるんじゃなくてな―――」
「わーったから、さっさと入っちまえよ」
原田が苦笑いしながら、二人に店に入るように促す。
だが、店に入れない理由が一拍後に出来てしまった。
「やっ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
「イヤァァァァァァ!!!!」