29. 終わりの夜の始まり
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「あたしは、多々良 七緒と申します。以後お見知りおきを」
斎藤と平助を蹴り飛ばした女性が、にこやかに微笑む。
「すぐにお別れですけれど。少しの間、よろしくお願いしますね」
その笑みもまた作りもののようで、笑顔であるにも関わらず、好意などは全く感じられなかった。
恐らく彼女の目的は、茜凪を始めとした烏丸や狛神が阻止しようとしてきたことだろう。
ついに現れた七緒という黒幕に、二人は怯むことはなかった。
ただ、押し寄せる違和感。
そしてその違和感は、やがて正体を現した。
「たった二人であたしと戦うんですか?」
刀を抜いた平助と、構えた斎藤。
鋭い視線で睨みつければ、七緒はただただ笑うだけ。
背後を気にさせるような素振りで彼女は振り返り、西本願寺の境内の門を見やった。
「この中でやり合うのは、やめた方がいいと思いますよ?」
「何言ってやがる!」
「ここは我々の屯所でもある。あんたが不利なのは一目瞭然だろう」
「そうですか?」
門を横目で見たまま、七緒は告げる。
「あんた達みたいな無力な人間には、分からないだろうね。あたし達の力」
「んだと!?」
「ちゃーんと目を凝らして見てみて下さいな」
言動に何かを感じた斎藤が、七緒が見つめている門へ視線を送る。
目を凝らし確認すれば、門より外側にあるはずの京の町並は何も見えなかった。
暗く、永久に続くであろう闇のみが存在する。
「何……」
「これ、結界なんですよ」
「結界だと……ッ?」
「そう。部外者が踏み込めないようにする結界……―――」
七緒が告げると同時に、どこから現れたのか。
背後に無表情で佇む男が現れた。
黒い頭巾を被っており、薄暗い表情からは何も読み取ることができない。
気配を感じ、振り返りながら抜刀した斎藤が表情を険しくする。
「彼は影をとても上手に使う男よ。この結界も並大抵じゃ侵入も出来ないし、内側から脱出も出来ない」
「……」
「ましてあんた達みたいな人間が打破できるはずもない」
「そんな人間離れした力があってたまるか!」
平助の言葉は、核心へと迫らせた。
「何故? この世に鬼がいることは知っているでしょう?」
「!」
それは、風間たちのことを指していると瞬時に理解する。
確かにあれは人間とは桁外れの力を持つ生き物で……。
「鬼が存在しているのだとしたら、他にも人外が存在するとは思わないの?」
「……っ」
「あたし達は…―――」
いざ、戦火へ。
「妖ですよ」
第二十九幕
終わりの夜の始まり
妖。
それは古来より、日本に存在するといわれたものであり、形も様々で能力もそれぞれ。
人に善意を尽くすものもあれば、人を陥れ嘲笑うものもある。
ただの迷信でしかないと信じる者が少ないのも確かだが、目の前の存在は今“妖です”と告げた。
斎藤も平助も困惑の色を隠せない。
事実、目の前で消えた外側の町並み。
西本願寺の中も異様に静かであり、そして暗い。
賑わいを見せる時刻ではないけれど、それなりに人が歩いていてもおかしくないのに。
「斎藤!平助!」
「!」
境内の入口で、男女と対立している二人を見かけ、声高に叫んだのは仲間だった。
土方と、背後から姿を現した原田に永倉。
ばたばたとまだ足音がしているから、じきにここへと人が集まる。
「来ましたね」
まるで作戦通りとでもいうように、七緒が零す。
表情からは笑みが消えていた。
「一体、どうなってやがる……!」
本堂の廊下から辺りを見回した土方。
どうやら結界は屯所の中にまで影響しているようで、姿が見えるのはやはり幹部たちだけ。
平隊士はどこをどう見ても姿がない。
「広間に行きたくても、先が真っ暗で何も見えないなんてな……。なんかの仕掛けとしか思えねぇ」
原田が土方の背後から冷静に零せば、土方が七緒の姿を鋭く捕えた。
「テメェら、一体何者だ」
低く、地に響く声で囁かれたが、七緒は全く怯む素振りを見せない。
黒頭巾の男は黙って俯いたままだ。
「何度もお話するのは、めんどくさいので斎藤さんや藤堂さんに聞いてもらえます?」
「貴様……」
「あたしは目的が多いんで、一つずつきっちり片していかなきゃならないんですよね」
七緒が何か合図を送ったのだろう。
俯いたままだった男が、ゆらりと面をあげる。
同時に俊足とも言える速度で、土方や原田に斬りかかった。
「土方さんッ」
「副長!」
応戦できるか否か、ギリギリの速度。
抜刀が間に合うかどうかという点が不安だったが、それは払拭される。
土方の前に迷わず出て、階段を飛び降りたところで男と彼はぶつかった。
「!」
キーン、と鋼が交わる音。
金属音が引かない中、男の剣さばきを受けたのは背後から飛んで出て来た沖田だった。
「へぇ、やるじゃない」
「総司……!」
戦いたくて仕方なかった、というような顔をして沖田は笑う。
影を落とし、口角をあげる沖田に対して男は無表情のまま一度飛び退いた。
「邪魔ばかりしてくれますね。時間はあまりかけたくないのだけれど」
七緒のところまで戻ってきた男に、彼女は思うまま命令を下した。
「彼ら全員相手にしてたら時間が割かれますね。後回しにしましょう」
「……」
「まとめて、閉じ込めといてくださいね」
七緒の笑み。
男は一度頷けば、両手を地に翳し更に横へと切り裂いた。
宙に弾かれた腕に、何が起きるのか胸が騒ぐ。
次の瞬間、その場にいた全員の体に衝撃が走った。
「が……ッ」
「ぐあァッ!」
地から蹴り飛ばされるような感覚。
背を叩かれ、飛ばされるような感覚。
それぞれに痛みを伴いながら、新選組の幹部は境内の真ん中に集められた。
そして誰もが、自由を奪われる。
「何だこれ!動けねぇ!」
「くそ……ッ」
まるで体に重しがついたような感覚。
重力に逆らうことが出来ず、しゃがみ込んでしまえば立ち上がることは難しかった。
「言ったでしょう、彼は優秀な影を使う妖なの」
「妖……!?」
「だから、あんた達の自由を奪うことも簡単に出来るのよ」
七緒がクスクス笑えば、役者は揃ったというようだった。
「一君、平助。一体どうなってるわけ……っ?」
沖田が苦しそうに尋ねれば、二人は歯を食いしばりながら答えた。
「俺だってよくわかんねぇけど、あいつ人間じゃないみたいだぜ」
「妖怪ってこと……?」
「あぁ……。俄かに信じ難いが、楸たちが倒そうとしている奴らの正体は、人外だ」
「ハッ……だから人並み外れた妙な力を持ってるってことか……ッ」
土方が納得しながらも、まんまとやられたと拳を強く握る。
永倉と原田も顔を合わせたが、幹部が勢揃いした中心部には別の結界が設けられた。
黒い円が地から影を地へ繋ぐようにして伸び、動きを封じる。
どうすることも出来ない状況の完成であった。
「さぁて。そろそろ来るんじゃないかしら?」
「……」
「藍人」
七緒が呼びかければ、幹部が集められた中心部より奥に屯所側から藍人の姿が見えた。
信じられない光景はそれで止むことなく、彼が連れていたのは、斎藤や平助が一日かけて探していた相手。
「芳乃……!」
「…っ」
藍人に背後から口を塞がれ、今にも折ってしまいそうな勢いで腕を掴み上げられていたのは、菖蒲の姿だった。
涙を既に流し脅え、助けを願う表情と、そんな彼女に何も感情を向けない藍人。
烏丸から“菖蒲は藍人と恋仲だった”ということを聞いた面々は残酷すぎる扱いと再会に顔を歪ませる。
きっと茜凪が菖蒲に一番会わせたくなかった顔のはずだ。