27. 弱さの先にあったもの
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空は曇り、やがて雨を降らす。
温度に耐えることが出来ず、形を変えるためだ。
この戦いも、形を変えていくのならば。
最終的にどうなるのかを、今すぐにでも知りたかった。
多くの同じ立場の者が、同じ力を持った者が巻き込まれた。
過程で多くの人物の感情が関わり、そうして話の続きを変えて来た。
最後に行きつく果てで誰が不幸になり、誰が幸せになれるのか。
願わくば、全ての者が幸せになることを望みたい。
―――生き返れ、とは言わないから。
見つめ続けた姿。
その姿に集まる仲間たち。
それをただただ、遠くで眺めていた少女。
中に入ることを許されないと思っていたが、それは彼女の望みでもあった。
“ずっとこうして見ていたい。大事な仲間たちの姿を、笑顔を”
願いは彼女を立ち止まらせた。
輪の中へ入ることもせず。
そして過去に縛られ、未来を考える思考すらも。
第二十七幕
弱さの先にあったもの
風が強くなる。
空は暗くなる。
その下、壬生寺の境内では異様なほどの集中力が辺りを占めていた。
「……」
「……――」
彼、斎藤 一は居合いの達人であることは知っている。
構えを取った茜凪に対し、彼は刀を鞘に納め、腰を低くしたまま動かなかった。
こうなることを頼んだのは茜凪からの申し出で、平助が去った境内で手合わせを頼んだのだ。
最初は首を傾げるだけの斎藤だったが、茜凪の瞳に真剣さを感じ、引き受けるのだった。
「よろしくお願いします」
「……来い」
緩やかに吹いていた風が、止んだ。
それが合図。
中段で構えていた剣を薙ぎ払い、斎藤の間合いまで踏み込む。
抜刀されると予想していた動きはそのまま訪れ、第一撃は避けきった。
しかし、反撃しよう踏んだ茜凪の攻撃もまた彼に避けられる。
「…っ」
「……」
鋭い視線が二つ。
本来の目的はこうではなかったはずだけれど、素直にこの戦いを楽しんだ。
間合いが空いたので、しばらく睨み合い。
どちらかが踏み出せば、どちらかも動きを読む。
避けて、攻撃して、かわされての繰り返し。
何度も打ち合い、腕が撓る。
速度がどんどん上がってきたのは茜凪も斎藤も同じだった。
「……ッ」
打ち合う馬力では、相手が男だ。
やはり勝てない。
だからこそ飛び退き、その速度で加速し相手の腕にかかる負担を増やしていく。
木刀が手持ち無沙汰だったため、互いに真剣でやり取りをし、鋼がぶつかる音が響く。
「ぐ……っ」
「…ッ」
腕にかかった負荷に、斎藤が唸った。
押し返されそうになり、慌てて飛び退いてもう一度斬り込む。
茜凪の動きが大きい分、斎藤も動きは読みやすかったが、ついていけるギリギリの速度。
「(これだけの速さを誇る脚を持ってるのか……ッ)」
戦場では大いに有利であろう。
それでもまだ見切れる速度で動かれたので、斎藤は大きく横に刀を振るった。
白刃で煌めいた閃光が走る。
しかし茜凪は……―――
「ッ…」
「何……ッ!?」
それを見事に避け、力任せに斎藤の左手首下から刀を弾きあげた。
「…ッ」
「(次でッ!)」
木刀だったら、勝っていたかもしれない。
だけど、彼女に弾かれた刀はそのままに、二本目の刀を繰り出したのは冷静な斎藤。
「しまっ……―――!」
彼の咄嗟の判断を読めなかったのは、まだまだ未熟な茜凪。
二本目の刀の抜刀術が披露された時、彼女の刀は宙を舞った。
「……っ」
腕から刀を弾かれた時、その負荷と衝撃で体勢を崩した茜凪は地面にへたれこんでしまう。
斎藤は刃の先を彼女に向ける。
左手で構えられた白刃が曇り空の下で煌めいている。
見上げる先、視線は鋭いが殺気は見えない青の似合う男が茜凪を見下ろしていた。
表情は読めなくて、なにを考えているのかもわからない。
やはり、この男は強い。
左構えの武士なんてそうそう居ないため、左構えと打ち込みあったのは初めてだったが、もし彼が右利きで生を受けたとしても―――勝てない相手だっただろう。
勝敗を決めた後、斎藤はゆっくりと納刀した。
「想像以上の強さだな、楸」
「…………、え……?」
「本気でここまで打ち合える者は新選組隊内でもそうそうおらぬ。女でありながらも幹部である我々と同等の強さには素直に賞賛を送る」
へたれこんだままの茜凪は、しばし斎藤からの言葉の意味を理解できなかった。
勝敗については完敗だが、腕前を讃えられるとは思っていなかったからだ。
「全てにおいて動きは速い。だが、速さに頼り過ぎだ」
「……」
「一太刀を受け流すことを身につけろ。さすれば今以上に強くなる」
斎藤が“気は済んだか?”と聞こうとし、逸らした視線を下に戻した時だ。
「やっぱり、斎藤さんは強いですね」
「……」
「もし斎藤さんに勝てたのなら、藍人との決戦前に自信になると思ったんです。でも……」
「…」
「私じゃ……やはり藍人に勝てないでしょうか……」
零された言葉が、彼の動きを止めた。
悔しい、とか、悲しい、という表情ではない。
諦めではない。
読みとりにくい、深く考えこむような表情を見せた茜凪。
斎藤は再び目を奪われ、返す言葉に苦悩した。
「もっと強くならなきゃですね……」
「……」
「あはは……。私、昔から考え始めるとすぐへたれちゃって、ほんと弱くて困ります」
彼が返す言葉に迷っているのは一目瞭然だった。
だから、誤魔化すように笑う。
苦悩を消して笑ったが、眉は下がってしまったはずだ。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
ぺこり、と座り込んだまま深く頭を下げた。
そんな様子を、たまたま通りかかった境内の入口付近から誰かが寂しく見つめていた。
だが、斎藤も茜凪もそれに気付くことなく。そして彼は、続ける。
「あんたは弱くなどない」
それは、唐突すぎる発言だった。
立とうとして腕に力を入れる寸前だった茜凪の手は、動きを止めた。
「え?」
理解出来ずに顔を見上げれば、斎藤はいつもの表情で淡々と告げる。
「あんたは、どんな時でも前に進む為に自身の弱みと向き合ってきたんだろう」
「……」
「そうして耐え忍び、前に進む者を弱いとは言わぬ」
座り込んだままの茜凪に立ち上がるよう、立ち上がれるように手を貸してくれる。
同時に視線が、裾を纏っていない左手の風車の模様に降り注ぐ。
斎藤にはその紋が、強さの証にしか見えなかった。
「立て。楸」
言葉の通り腕を掴まれ、立つ為に力を貸してもらう。
足に力を入れ、しっかりと立ち上がれば斎藤は僅かに笑ってくれた気がした。
立っても彼……――それでも小柄な方の斎藤――の伸長には敵わないので見上げる形になる。
「続きをするなら、屯所でだ。木刀でやり合った方がいい」
腕を離し、飛ばされた二本の刀を拾いに行こうとしている斎藤。
しかし、茜凪がそれを留めた。
「斎藤さん……!」
右腕の裾を掴み、彼の動きを制止する。
引かれると思っていなかったらしく、斎藤は無言で驚いた顔をして振り返った。
言葉には出ない“なんだ”という表情。
茜凪は彼の目をしっかり見つめて、告げた。
「ありがとうございます……っ!!」
感じた事実を述べただけだった。
なのに、とても嬉しそうに笑うから。
別の意味で体が動かなくなる。
顔に熱が灯るのがわかり、見られるのが辛くなってそそくさと刀を拾いに行く斎藤。
その背を、茜凪は見つめていた。
「あ……」
真っ黒な着物に身を包み、白い風に靡く襟巻と、凛とした立ち姿。
どこに向かうのかは知り得ないけれど、迷いなく進み続けるような彼の背中。
常々思う。
「私も」
―――そうありたい、と。