26. 契り結び
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「すみません、三色団子が欲しいんですけれども」
「はいよ!どんと注文しておくれ!」
「屯所で食べるので、持ち帰ります。包装もしてください」
「あいよ!」
平助に連れてこられた団子屋の入口。
団子を注文する茜凪を見ながら、平助は気になってることを本当に話してくれるのか不安でいた。
盗み見るような視線で彼女を見てみたが、特に逃げそうな空気もない。
それどころか、彼女は事あるごとに“逃げる”という印象をとても嫌う。
“逃げると思いましたか?”とか、“私は逃げません”とか。
「そうですね、じゃあ……」
まだか?なんて頭の後ろで腕を組み始めた平助は、次の言葉に目を見開く。
「三色団子三十本と、あん団子を十五本、それからみたらしを五本」
「は!?」
「あと桜餅を三十個、芋ようかんは箱のを二つ、わらび餅は十箱でお願いします」
「ちょ、おい茜凪、千鶴はそんな食わねえってっ!」
「大丈夫です。余ったのは私が食べます。あ、それからそちらのお茶っ葉を一つ付けてください」
「はいよ、おおきに!」
「全部食うってお前どんだけ食うんだよ!」
平助は、千鶴と茜凪が町で団子を食べ、斎藤と原田が付き添った日に一緒に来ることが出来なかったので知らないだろう。
彼女がとにかくよく食べることを。
「ほ、本当に食えるのか……?」
平助が一緒にお団子の袋を持ちながら、“信じられない”という顔で彼女を見る。
茜凪は既に三色団子を頬張りながら平助の隣を歩いていた。
「食べれます」
「マジかよ……」
「それに屯所の皆さんにも配るつもりです」
お世話になっているので。と続けた彼女。
そこで平助は思う。
茜凪は誰に対しても、特に無関心ではない。
どうして烏丸は……。
「―――……ここで話してから帰りましょうか」
「え?」
しばらく歩いて、平助を呼びとめたのは茜凪だった。
指で示したのは、懐かしい境内。
壬生寺だった。
「西本願寺まで歩いてる間に話し尽くせるようなこととも思えないので」
「……」
「屯所で話してて、聞かれたらまずいですし」
「そんなまずいこと、話してくれようとしてるわけ?」
烏丸は素直に口を開いてくれた。
でも、茜凪はいつだって口を閉ざし答えを与えてくれなかった。
信じられないという表情を見せた時、彼女は半面振り返り、団子を口にしたまま笑った。
「このお団子が美味しいので」
「え?」
「教えてくれたお礼です」
第二十六幕
契り結び
茜凪が烏丸と共に屯所を出てから、恐らく一刻は経った。
巡察を終えて戻ってみれば、まだ彼女の姿が無かったので斎藤は首を傾げる。
土方に報告に行った時も、“茜凪はどうしてる”と聞かれ、ありのままを答えたが……。
「あいつ、怪我してたよな」
「はい」
「傷は癒えたのか?」
「いえ。深手であったのは間違いありません故、未だかと」
「そんな体でふらふら外出しやがって……」
土方も心配しているようだった。
彼女が新選組に仇を成すような人間ではないことは、だんだんと誰もが認めてきた事実。
監視という名のもと与えられた任務を遂行している斎藤は、とりあえず彼女を探すことにした。
行く場所といえば市中か祇園くらいだろうが、祇園に行くのは恐らく夜だ。
もしやそろそろ帰ってくるのではないかと思い、帰り道になりそうな通りを逆から歩いていた時。
たまたま目の前まで来た壬生寺の境内横で、茜凪と平助が仲良く団子を食べていたのだ。
「平助…?」
声をかけようかと思ったが、漂う空気からして神妙そうだったので、そのまま距離を詰め気配を殺し……話を聞くことにした。
「それでお話って……うむ……何でしょう……はむっ」
団子を頬張りながら話す茜凪と、その隣で少しだけ落ち込み気味の平助。
茜凪の態度は相変わらずだったので、平助はそのまま続けることにした。
「昨日、あいつが狛神と言い合いしてるのを見たんだ」
「狛神と?」
「あぁ。凛の奴、すごいキツいことを狛神に言われてるのに否定もせずに反論もしなくて、挙句の果てに笑って流してたんだ」
「む……いつもの、ことですね……。あむっ」
「でも俺気になって。支払ったとか、心が何とか言っててさ……」
「……」
「だから本人に直接聞いたんだ。誰かに、そうあることを強要されてんのか!?って」
平助が隣に並んだ茜凪の姿を見つめる。
団子は食べ終わったらしく、数本の串が置かれていた。
「でも……」
「“俺が望んだことなんだ”」
「!」
「烏丸のことですから、そう言ったはず」
「……あぁ」
まるで自分のことのように頭を抱える平助と、ぼんやりと空を見つめる茜凪。
二人の間には、やはり少し重たい空気が流れていた。
「あいつ断片的にしか話してくれなくて。なのに理解できるはずもないとか言われたら、俺どうしたらいいんだよ」
「藤堂さんは優しいんですね……。ほっとけばいいのに」
「そうもいくかよ!凛には世話になってるし!お前にもだけど!」
「私?」
「だって、俺達じゃ相手に出来ないもんを……倒してくれるだろ。悔しいけど」
そんなことか。と、茜凪は合わせていた視線を宙に投げた。
「だから、ちゃんと話だけでも聞いてやりたかったんだ」
「でも、それを私に聞くのはお門違いなのでは?」
「お前のことを凛は話しただろ。だからこれでおあいこになる」
「……」
「そう思ったって言ったら……都合いいけどさ」
平助の言い分に、茜凪は笑ってしまった。
堪え切れなくて、ぷっと声をあげると隣で平助が反論する。
「な、何だよ!」
「確かに。と思っただけです。一本とられました」
笑顔の茜凪は、串を置きなおし、真剣な眼差しで空を見上げた。
「あれは、烏丸の中でも話せないことの一つです」
「話せないこと?」
「もちろん、私の中でも」
「……」
「ですが最早、隠しきれない所まで式神の手も迫ってきてる。話さなくてもここまで関わってしまった以上、直に分かることです」
そう告げて、茜凪は左腕の裾に触れた。
二の腕で縛られていた紐を解き裾を纏わない真っ白な素肌の腕を晒す。
平助は一瞬“え!?”と顔を赤らめたものの、すぐさまその異常な姿に気付いた。
遠目で盗み見ていた斎藤も思わず息を呑む。
「これ、何だよ……」
「……―――っ」
何も纏わなくなった左腕。
二の腕の辺りに、風車の紋。
それがどんどんと下に降下していく。
彼女が“ここ”と告げた個所は、左手の中指。
爪に刻まれていたのは、始まりと同じ紋だった。
「斬れないものを斬るための力です」
「式神を斬る為のってことか?」
「はい」
遠くで見ていた斎藤は彼女の言葉に呼吸を忘れそうになった。
表情は崩さずに気配を殺し続ける。
「貴方達は羅刹になる時、異常な治癒力と人並み外れた力を手に入れますよね?」
「あ……あぁ……。まぁ、理性を保てればだけど」
「同じ事。私達も式神を斬る為に“斬る資格”を手にしました」
「……っ」
「そして“斬る資格”を得る為に、自分達が持っている物の中から一つ……大切なものを奪われます」
「大切なもの?」
空がだんだんと曇り始めた。
そういえば、今日は誰かが雨が降ると言っていた気がする。
「烏丸の場合は、心だったんです」
「心……ッ?」
「望んでいなくても、全ての事において無関心になってしまう。自分の置かれた立場や、相手の真意を考えられない。流されるままに、全てを飲みこめる」
あの明るくて、誰にでも元気を分け与えるような、烏丸が……。
「彼の凄みは“人から嫌われるのが怖い”という長年の癖で明るく保ってきた自我が、それを隠せるほどだったということでしょうか」
「面隠し……」
「まぁ、悪く言えばそうですね」
平助が、出逢った時から明るかった彼を思い出す。
それが全て心からではなく、繕って装ってきたものだと知る。
でも自分も無関心で在り続ける自分を望んでいないから、烏丸なりに考えて戦ってきているのだと。