25. 乱舞の巴
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烏丸と平助が通りの奥で顔を合わせていたのと同時刻。
烏丸と別れてすぐ、狛神は姿を消した沖田の後を追っていた。
「くそ、烏丸のバカと無駄話してたら見失ったじゃねーか」
ふと、そこで思うのだ。
何故あの時、沖田の危険を感じて自分は抜刀したのだろう、と。
これから殺すはずの相手。
相手が消えればどうでもいいと考えていた狛神は、不逞浪士が沖田を殺すならそれでいいと思っていた。
なのに。
あれだけ強いことを見せつけられ、ひるんだからという訳でもない。
むしろ強さを見せつけられたことにより、狛神は何かを感じでいた。
あの強さ、そして無辜の民を守る意識。
重ねて考えるのは、もしあの日“沖田”が藍人を殺さなければならない場面だったとしたら、理由は何だろうと頭に過る。
戦闘狂である沖田が、たまたま通りかかった藍人を殺した?
なら、何であの場に茜凪がいたんだ。
―――いや、茜凪があそこにいたのは藍人を追ってきたから。
追わなきゃいけない理由があったのは、藍人が狛神たちと一切の縁を切ってでも、成し遂げたいことがあったからだ。
一族中がそれに反対したせいであるが、でも狛神や烏丸、少なくとも茜凪は藍人の味方でいたはずなんだ。
「待て……」
思い返す。
もし、あの日の事実でまだ隠されていることがあるとしたら。
それを知った上で、茜凪が“違う”と言い張っているのならば。
隠されている真実を、知っているのならば。
「いや……とにかく沖田を探そう」
彼を見ていることで、また何か分かるかもしれない。
ふらふらと出て来た通りの中、人が多い時間だったので目撃した者がいるだろうと思った。
近い個所にいる一人の町娘を狛神は呼びとめた。
「おい、そこのあんた」
「はい」
「浅葱色の羽織りを着た男、ここを通らなかったか?」
もうすぐ暖簾をあげる団子屋の娘のようで、彼女は狛神の顔を見て、“あぁ”と続けた。
「新選組の人たちなら、さっきあちらの若草色の暖簾が上がっているお店の角を曲がられましたよ?」
「若草色?」
町娘が視線で指す方向には、確かに若草色の暖簾がある。
小間物屋のようだった。
だが、狛神は―――
「もっと分かりやすく教えろ」
「え……」
「若草色の暖簾はどこだって聞いてんだよ」
「えっと……ほ、ほら、あちらに蘭茶のふろしきを背負った、槿色の着物のおばあさんがいらっしゃる角です」
「だから!!色で示すなッ」
「……っ」
何故か苛立たしい空気を出した狛神。
町娘は脅えた表情でただただ困るばかりだった。
「じゃ……じゃあ、お連れします……」
「チッ」
町娘が角までの短い距離を案内し始めて、狛神は舌打ちをする。
―――正常と認識する脳が、既に異常だと、まだ自覚出来る。
それは喜ばしい所なのかもしれないけれど。
この世界にも早く見切りをつけたい。
狛神は右腕に現れている風車の模様を爪の痕が残るくらい強く握った。
「この模様が止まるのか、俺が先に死ぬか……。どっちだろうな」
どちらにしても、異常な彼の世界は続くのだ。
第二十五幕
乱舞の巴
それから数日後の夕刻が迫る頃。
動きが無くなった藍人を追うように、茜凪たちは市中で式神騒ぎを滅却していた。
「飽きもせずによくしかけてくるな」
狛神とは別行動で、茜凪と烏丸は式神を斬り続けている。
ただ、ここ数日現れる式神はどれも以前の辻斬りより、雑魚であり気配も隠し通せないものばかり。
そして何より。
「また、ですか」
「あぁ」
退治が終わり、人の形をした紙に戻ったそれ。
視線を鋭く落としていると、やはり紙はだんだん黒く滲み、白から色を変えていく。
「藍人のじゃねぇな」
「紙質も……」
烏丸が墨が水に溶けたようにじわっ……と色を広げるそれを取り、確認する。
「和紙だな」
「すぐ斬られる物に対して、こんな高級品質なものを使うなんて。相手方は随分裕福とお見受けします」
「だろーな」
烏丸が懐から取り出した、べっこう飴を舐めながら笑う。
「もう、誤魔化しきれないところまで来ています」
「……」
「こんな細工をもして、小手先だけで私達を動かして。それでも仕掛けてこないということは、恐らく狙いは別にある」
困りましたね、と茜凪も和紙を拾い上げる。
真っ黒に変わり、だんだんと萎れていった紙は、以前から見覚えがあった。
「ここ数日、式神を放っているのは藍人ではないという証拠です」
「つまりは、一人しかいないってことだな」
茜凪は萎れた和紙を握りつぶし、零す。
「多々良 七緒……」
「……」
「一体、どうして今更……」
呟かれたのは、人の名前だった。
多々良 七緒(たたら・ななお)。
発せられた人物は、後にこの戦いを終わらせる上でとても重要な人物となる。
「とりあえず、もう気配はないし、帰ろうぜ。俺、腹へったー」
烏丸が後ろで腕を組んで歩き出したのを見て、茜凪も表情は何も映さぬまま歩き出す。
通りを抜け、街道まで来た時、烏丸は真横から呼びとめられた。
「よ! 烏丸」
「うわっ」
「っと、そんな驚くなって」
どんっ、と出て来たのは、まるで待ち伏せしていたかのような空気の二人。
永倉と、原田だった。
「左之助、新八!何やってんだよ」
「いやぁ、腹が減って仕方ねぇから、うどんでも食いに行くかって話になってよ」
「たまたま通りかかった斎藤が、“烏丸が美味いうどん屋を知ってる”って教えてくれてな!」
「お取り込み中の所は悪いから、待たせてもらってたぜ」
烏丸は納得したように頷いていたが、茜凪は瞬時に目を細めた。
―――まるで取ってつけたような言い訳だ、と。
そして背後にもう一つ気配があることに気付く。
斎藤ではないところを思うと、彼はこの仕掛けに関係ないのだろう。
恐らく、背後の一人が図った事。
「茜凪!お前もうどん食い行くか!?」
烏丸は嬉しそうに呼びかけて来たが、茜凪は一度首を横に振った。
「いいえ。私はこのまま帰ります」
「何だよ、腹減ってないのか?」
「うどんというより、私は団子の気分なので。千鶴さんと屯所で食べることにします」
“そりゃ、千鶴が喜ぶな”と続けた原田を見て、一応笑顔を返してやった。
無理に誘ってこない原田と、どことなくぎこちない永倉。
多分、烏丸が茜凪に声をかけたのが予想外だったからだろう。
「んじゃいいや。俺行ってくるから、あと頼むな!」
「いってらっしゃい」
特に止めもせず、彼の図りに乗ってやろうと思う。
たまにはいいだろう、と思ってしまったのは茜凪の負けか、否か。
三人の姿が見えなくなった後、茜凪は手に握った黒い紙をもう一度握りつぶして振り返る。
「何か御用でしょうか」
「……」
「藤堂さん」
少しだけ、責めるような口調になってしまったのを後悔する。
柱の影から小柄な、でも茜凪より背の高い彼が出て来た。
「茜凪……」
「こんな手を使わなくても、私は逃げませんよ」
「茜凪が逃げると思って新ぱっつぁんや左之さんに手伝ってもらったわけじゃない」
「……」
「もし気に障ったなら悪い……謝るよ」
現れた平助の表情が、予想以上に曇っていたので、茜凪はそれ以上言うのはやめることにした。
代わりに次の、彼の言葉を待つ。
「茜凪に、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」