23. 虚偽なる事実
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宵も更ける中、不知火と別れた狛神は一人ぽつぽつと雪の中を歩いていた。
恐らく、ちょうど斎藤が茜凪を連れて帰り、屯所がようやく落ち着きを見せ始めた頃だろう。
深夜の一人歩き、ましては誰から見てもまだ少年と青年の間の姿。
不逞浪士に狙われる可能性も大きかったが、彼は何も心配することなく夜道を行った。
野犬が彼の姿を捕え、喉を鳴らしているのを感じる。
「うっせえな」
狛神はそちらを見ることなく、吐き捨てる。
声には太い何かが含まれており、まるで野犬達を服従させるような物言いだった。
その通り、野犬達は狛神の声を聞くとたちまちくぅん、と可愛い声をあげて下がっていく。
人並みならない行動に、誰かが見ていたら疑問を抱いたはずだ。
実際、そんな狛神の姿を捕えていた人物がいた。
「狛神」
ただ、この声の持ち主は狛神のよく知る人物であり、先程の野犬との戯れについては何も触れてこなかった。
背後から呼ばれたので振り返れば、水色の長髪を揺らして男が佇んでいた。
「水無月の旦那……」
「どちらへ行かれたかと思いましたよ、まったく。全然帰ってこないので心配したではありませんか」
「あぁ……悪い。そこで不知火と会って」
どうやら水無月も、狛神の口から出て来た男のことは知っているようで“不知火 匡ですか?”と問いかけている。
頷くだけで返せば、彼はそれ以上何も聞いてこなかった。
「そうですか……。それにしても、疲れた顔をしていますね」
「別に。ちょっと動きまわっただけだ」
「それだけですか?」
「……」
「先程、私の下にも虫の知らせが届きましたので来てみたのですが」
―――勘の鋭い男だ。
狛神は黙って、心中そう思った。
だからこそこの男を敵にしてはいけないと思う。
別に強者であるから傍で行動をしているわけではないが。
「ついに、君の耳まで届いてしまったのですね」
「その様子だと知ってたんだな」
「君が聞けば、激昂して新選組を潰しに行くと思いましたから」
「……」
「私の一族では、随分前に大きな噂になったんですよ」
橋のかかった路地まで来たところで、水無月は水面を見つめながら、ゆっくりと笑った。
「“新選組の沖田 総司が、北見 藍人を殺した”」
水面に向かって、水無月は手を翳しながら静かに呟く。
「君がこれを知れば、間違いなく“本来の姿”で沖田 総司さんを殺すと思いましたので」
翳した手を水面にむけ、くるくるくるくると回す水無月。
「気持ちは分からなくないです。沖田 総司が憧れた者の一人である烏丸と同じで―――」
「……―――」
「君の憧れは、北見 藍人でしたからね」
狛神は水無月が翳した水面を静かに眺める。
回した手の下、静かに揺らめくだけだった水面は、彼の手の動きに合わせて渦を巻き始めた。
人間業ではない。
「ですが、早まってはいけません」
回していた腕をふぃっと上に持ちあげれば、川を流れていた清い水が水無月や狛神の前まで立ちこめる。
水の精でも操っているかのような業だったが、狛神は何度も見たことがあったので気に留めなかった。
代わりに、静かに瞳を伏せる。
「真実とはいつも、読解しにくい個所にあるものです」
―――そう、水底に沈んだ宝珠のように。
第二十三幕
虚偽なる事実
「おい、起きろ」
「ん……」
「起きろと言っているのが聞こえないのか」
「いま……起き、ま……」
「貴様、この俺の前でよくもぬけぬけと寝ていられるな」
「……ん…う……」
「下等な一族とはまさにお前のことを言う。これが最後だ、起きろ」
「すー……すぴー……」
「起きろ茜凪―――」
空気が動く気配で、恐らく脳天直下で何かが下る気配がした。
お構いなしに寝ていた茜凪も悪いと思うけれど。
だが、その空気が本当に殺意を醸し出したので、生命の危機を感じて目を開け放つ。
「―――っ!!」
バッと開いた視界の先には、いると思われた金髪の男の面影は何もなかった。
代わりにあったのは、新選組の屯所の天井。
板張りのとても歴史を感じる高い天井だ。
「…………っ」
まだ夢と現実の境を行き来しながら、茜凪はぼーっと思考を巡らせる。
「夢、ですね」
自分に言い聞かせるようにして、寝返りをごろりと一度うつ。
随分と肌寒いと思えば、目線の高さ―――床すれすれの―――障子の隙間から、雪の積もった庭が見えた。
「そういえば、昨夜は雪が降ってましたね……」
ぽつりと零し、思い出す。
雪の中、通りの旅籠から借りた番傘を差して祇園まで行った帰り、斎藤に―――。
「……あれ?」
そうして、ようやく思い出す。
昨夜の記憶が、途中からない。
「えっと……」
北見 藍人が襲来してきた。
それを烏丸、狛神と返り討ちにして、色々あり揉めた。
芳乃が気になるから、祇園に向かったのだけれど式神の気配が感じられなかったから鳥居の近くで傷がよくなるのを待っていた。
そこに新選組の斎藤 一がやってきて。
……やってきて?
「おーい、茜凪ー!朝だぞー!起きろー!」
頭を落ちつかせて、懸命に思い出そうとしていた茜凪。
しかし、それを遮るように再び障子をスパーンッ!といい音を立てて呼びに来たのは、前回と同じ人物だった。
「調子はどーだぁ!?まだ痛むかー!?」
「…………」
「にしても今朝も冷え込むよなぁー!早く飯にしようぜ!千鶴の味噌汁が俺達を待ってるしよ!」
「…………」
「あ、それから怪我の手当てしてやったのは俺だからな!感謝してくれよ?」
「………烏丸。」
「あのまま放置してたら、いくら俺達でも凍傷になってたかもしれないぜー? にしてもお前、相変わらずほんっと胸無い―――」
弾丸の速度で話し続ける、部屋に侵入して来た男・烏丸に、ついに茜凪は手――正確に言えば、足――を出してしまった。
布団をめくり、そのまま彼の顎目がけて蹴り上げれば、開いていた障子を超えて雪の庭へと突き落とされる。
ぐはぁぁぁぁぁぁ! なんて、悲痛な叫び声が屯所中に響き渡るものだから、心配した千鶴と山崎が勝手場から顔を出す始末だった。
「いってーな! 何すんだよ!」
「何するんだ、じゃありません。朝から人の部屋に断りもなく立ち入り、挙句の果てには身体的な嫌味まで言い放つなんて、非常識にも程があります!」
「身体的な嫌味ってお前に胸が無いのは事実だろーが!」
「さも“知ってて当たり前”みたいなこと、大声で言わないでください! 変な誤解されたらどうするんですか!」
「知ってて当然だろ! まな板突っ込んでるわけでもねーのに膨らみの無いお前の前面見りゃわかるだろ誰でも!それでも女か!?って聞きたくなるだろ!?」
「――」
なんだなんだ、喧嘩か?と次に揃って顔を出したのは、原田と永倉だった。
雪まみれで庭から反論する烏丸と、廊下で仁王立ちして烏丸を見下ろす茜凪。
会話の内容は少し先の廊下までも聞こえており、原田や永倉はもちろん。
井戸で顔を洗っていた沖田や斎藤にまで聞こえていたという。
朝からなんて話題で口論をしているんだと呆れる斎藤と、通りかかった土方が音量に顔をしかめている。
そして最後の烏丸が言い放った言葉は、茜凪の眉間をぷちんと鳴らしたのだ。
「女ならやっぱ扱いに困るくらい乳はでかくないとなぁ。女の我儘と乳のでかさは手に余ってこそ楽しいもんだろうが!」
「烏丸」
「あ?」
「いっぺん死んで詫びに来いッ!!!!!」
雪が積もった朝のこと。
新選組の屯所である西本願寺では、轟音が鳴り響いたという。
終いには刀まで持ちだした茜凪が烏丸を捕えたところで、土方のゲンコツが繰り出され、自体は収集に向かったという。