22. 雪華の紋
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
隠されていた事情を打ち明ける席は終わりを告げた。
それぞれの部屋に戻っていく幹部隊士たち。
片付けをしていた千鶴を手伝うと言って、今ここに残っているのは平助と、土方と山南、近藤。
そして最後に部屋を出ることになった斎藤だった。
「……」
明かされた事情の中、未だに分からないこともある。
ただ単に“敵を止めたいから”という理由で、新選組にあれだけの気持ちを寄せる彼女……茜凪の行動も少し不可解だ。
本人に問いただしても話してもらえないのは、十分分かっている。
ならば、事が解決するまで―――取り引きの条件を飲み、このまま何も聞かない方がいいのだろうか。
近付きもせず、遠くなることもない。
今の関係をそのまま保って。
「―――……、」
そこで斎藤は一つの血痕を見つけた。
先程までここで戦っていた少女と、悪態ついて飛び出していった少年。
血を流していたのは、茜凪だった。
これは彼女のものであろう。
歩いて行く先のポツポツと痕が残っているのを見れば斎藤は、彼女が向かった先に視線を投げた。
「……」
―――このままでいいはずなんて、ない。
新選組が守られるだけなんて、いいはずない。
強者だからと言っても、相手は女だ。
彼女が成そうとしているものの中には、新選組を守ることが含まれている。
寒空の下、斎藤は歩き出した。
境内を抜けて血を追いながら、彼女の姿を探して。
そんな斎藤の様子を、広間の障子を開け放ち見送っていたのは土方だった。
「斎藤くんに任せたのは、適任だったと思いますよ」
「山南さん……」
斎藤がこんな夜更けに外出をする理由は、血濡れた少女を追いかける為だと悟っていた土方。
特に止める素振りも見せない彼に声をかけたのは、山南だった。
「彼なら、何か突き止めてくれるかもしれません」
誰かが今日も死んでいく、この時代。
一つのことを貫き通すことが、どれだけ難しいのか土方は知っている。
だからこそ。似ていると思った。
彼女と、新選組に掲げられた誠の信念を抱えた者たちが。
「そうだな」
冷え込みが強まる。
雪が降り始めた空を、切れ長の黒い瞳は見つめていた。
第二十二幕
雪華の紋
同時刻・京郊外。
新選組の屯所、西本願寺から退きをみせた藍人は追いかけてくる気配に舌打ちをしていた。
「しつこいな」
相手は気配を隠しているわけでもない。
だが、完全に追いつこうとしている感じではなく、ただ追いかけ回して楽しんでいるかのよう。
牽制とも言える行為だった。
「チッ」
山道の入口付近。随分と御所や市内から離れた個所で、藍人はようやく足を止めた。
「なんのつもりだ。からかって遊んでる程、暇人なのか?」
誰もいない黒い空間にそう声をあげると、気配だけが笑った気がした。
―――この感覚を覚えている。
まだ生きて、きちんと呼吸をして、心臓が動きを持っていた頃。
親しかった空気だ。
「出て来い」
相手の実力も、好む武器もどんな物か知っている。
飛び道具を使い、素早い動きを見せる彼相手でこの距離は、藍人ですら辛いものがあった。
「不知火」
少しからかってやろうと思っただけだったのだろう。
名前を呼ばれてしまえば、素直に宙から姿を現したのは、西の鬼の一人だった。
「よぉ、北見。死にきれなくて戻って来ちまったのか?」
「黙ってくれよ。俺は機嫌が悪いんだ」
「そりゃあ難儀なことだな」
「どっかの馬鹿が俺のことを追いかけ回すせいでね。そーゆー趣味は千景だけだと思ってたんだけどな」
「~♪」
口笛を吹いて、笑顔で答える不知火。
対して藍人は彼を本気で睨み上げた。
「で、何のつもり?お前に邪魔されるような事をした覚えはないけど」
藍人が何を指しているのか、不知火も分かっている。
手にかけた銃をくるくると回しながら、彼の視線を受け取り言い訳がましいことを口にした。
「別に邪魔立てしたつもりはねーよ。ただ、面白いことしてんなーと思ってただけじゃねぇか」
「嘘吐け。殺気は確実に感じられた。止める気満々だっただろ」
再び“御名答”というように賛美の歌が奏でられる。
銃を回していた腕を止め、不知火は笑った。
「別に俺には新選組の奴らがどうなろうと、知ったこっちゃねーよ。ただなぁ―――」
刹那、銃口が藍人を捕えた。
彼の弾丸が放たれた際、一刀両断出来るよう藍人が鞘に手をかける。
「俺達みたいな人間以外のものが、平和を乱し、命の奪い合いをするのは俺は御免だって言ってんだよ」
「お前に関係してることか、それ」
「さっき言ってたじゃねーか。“茜凪が何をしてきたのか、あの後のことも知っている”って」
「……」
「風間の奴は雪村に手を出せば、本気で許さねぇだろーな。それに、」
褐色肌の男は敵に口角を上げた。
「茜凪や烏丸。昔馴染みを、馴染み同士で果たすってのは俺もイケ好かねぇ」
「…」
「あんま主立って動いてっと、背中に風穴空くぜ?」
一発触発の状態。
藍人は、応えるように笑みを浮かべた。
鞘にかけていた手を放し、寒さを耐え忍ぶように裾に突っ込む。
「お前の弾丸が背中に突っ込まれたら、さすがの俺でも痛いだろうな」
「……」
「でもさ。もう引き返せないんだよ。これ俺の体じゃないし―――」
「ッ!」
「さァッッ!!!」
油断を見せたように、裾に忍ばせていた手から煙幕の玉が投げられた。
視界が灰色に遮られ、不知火が地を蹴り、距離を取る。
煙から離れ、辺りの視界が元にも戻るまで動きを潜ませたが、一面が静かな夜の姿を取り戻した時。
藍人の姿はどこにもなかった。
「逃げたか……相変わらず狡猾な奴だな」
ただの遊びのつもりで追い回していたが、そのうち本気にならないとあれはダメかと認識する。
「“俺の体じゃない”か。だろーな」
銃をベルトにしまいこみ、対峙していた個所に背を向け歩き出す。
不知火も、そして風間も。
もちろん、直接止めようとしている茜凪たちも、藍人の“正体”は分かっている。
あれは人ならざる者であり、死者の類だ。
「骸が無くなったのは、こーゆーことだったか」
ぽつりと零した一言。
不知火は、今日のように雪が降りとても寒かった日を思い出す。
藍人が死に、茜凪が重傷を負い、殺されかけた日。
現場から盗まれた一つの亡骸。
幼い少女が力を望み、訪れた男の下を。
「ん?」
考え事に更けていたが、前に降りて来た気配に不知火は顔をあげた。
「不知火……!」
「お。今度は狛神か」
屋根を伝ってここまで来たようで、突如現れた狛神。
恐らく彼は藍人の気配を辿ってここまで来たのだろう。
「不知火、なんでここにいるんだ」
「お互い様じゃないのか?お前も北見の後を追ってきたんだろ」
「あぁ……。ってことは、お前も?」
「もう消えちまったぜ。本気で姿眩ます気だろーな」
「そうか……」
確かに狛神は、藍人の気配が途切れたことは気付いていた。
気配が残る場所に向かう途中で、不知火に出くわしたようだ。
「……」
不知火は黙り込んだ狛神の顔を横目で見やる。
彼の年齢が、格段に自分よりも下であることは知っていた。
この年でこんな戦いに巻き込まれて、悲しい思いをしているのも。
「不知火、一人か?風間とか天霧と一緒じゃないのか」
「つるんじゃいるが、いつも一緒って思考はやめてくれよな!風間と年がら年中一緒にいたら、こっちの身が持たねぇっての」
「それもそうか」
「俺ァ、長州の会合護衛の帰りだ。途中で“在ったらおかしい気配”とすれ違ったから、追ってきたんだよ」
そのまま肩を並べて歩き出した不知火と狛神。
不知火としては、彼に事情を説明してもらおうとしていた。