21. 由を語る小夜
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寒さは強まるばかりで、火鉢を焚いていても体の芯に響くような寒さが続いた。
宴席が先程まで設けられていた広間は、式神の襲撃後、片付けを終えて今は新選組の幹部と烏丸が円を作るような形で腰かけている。
今から語られるもの。
彼らと接触し始めてからも隠し通された事情がついに明かされる。
烏丸は千鶴が運んできたお茶に口をゆっくりつけてから、溜息を吐いた。
「話すっつってもどこから話せばいいんだか……」
思考を巡らせつつ、うまく説明が出来るか分からないという不安が隠せないようだ。
「今から話すことは、俺達の間で“他言するな”って言われてる部分に触れないように話すことだ」
「あぁ……」
「だから正直話せることは限られてる。疑問に思っても答えられる部分と答えられないことがある。そこは理解しててくれ」
「分かった」
新選組の幹部に囲まれて、どこまで話せばいいのかを考えながら……―――烏丸は口を開いた。
「この戦いの発端は、もう随分と前になると思う。だが、決定的に動きだしたのは二年と少し前」
俯き加減の黒い瞳が、真剣さを帯びた。
語られるのは、一つの名前のない戦いの始まりだった。
「北見 藍人が、京の端で殺されたことからだった」
第二十一幕
由を語る小夜
文久という名で呼ばれる時代が終わりを迎える直前だった。
雪がしんしんと降り積もり、今日のように凍えるような寒さの、冬。
俺達の中で最強と呼ばれるほど強い剣客が、殺された。
「唯心一刀流免許皆伝。俺達の仲間内じゃ、ずば抜けて強い男が死んだ」
「北見 藍人が死んだ?」
「死んだって……北見はさっきも……」
烏丸はそこで、言葉を止めた。
信じられるはずもないだろう。
だって目の前で式神を操り、さっきまで動いていた男が“死んでいる”と語られているのだから。
「藍人は死んでる。これは間違いない」
「でも……」
「死んでるんだ。生きてるように思えるけど」
「なにそれ、幽霊ってこと?」
「総司」
茶々を入れてくる沖田に斎藤が控えろと告げる。
そんな沖田をよそ目に、まるで自分に言い聞かせるようにもして烏丸は告げ続けた。
「信じられないかもしれないが、藍人は間違いなく死者なんだ」
あまりにも強く、切に言うので土方たちは何も返さずに聞いていた。
「誰が殺したのかは大方わかってる。それが俺達が敵対してて、討とうとしている奴らだ」
「お前らが敵対してるのって、北見本人じゃなくて?」
「違う。黒幕が別にいるんだ」
否定を続ける烏丸。
藍人の裏に誰がいるのかは、分かっているようだった。
「俺も最初はお前らが藍人を殺したんだと思ってた」
「……」
「二年前。新選組と名乗り始めたばかりのお前らは、人斬り集団として今以上に恐れられてたし」
「あの頃はそうだろうな……」
原田が思い返したように告げれば、平助も顔を少し曇らせた。
「それに証拠というか……証言も多くて」
「証言?」
「北見を新選組が殺したという証言か」
「あぁ」
土方の問いに、山南が首を傾げる。
誰も彼の存在に違和感を覚えなかったことを思い出したからだ。
殺した相手の顔を一人一人覚えていられるはずもないけれど、あれだけの剣客を相手にしたならば、簡単に忘れることが出来るだろうか。
まして、藍人の強さなら平隊士が相手をしたと考えるのは難しい。
となると、消去法で彼を相手にしたのは幹部と考えるのが正しいだろう。
「名前も挙がってたんだ。新選組の誰がやったのかって」
「名前まで…」
「誰だったの?それ」
沖田が面白半分で問いかければ、烏丸は気まずそうに顔を逸らす。
事実、そうではないと思っているから告げたとしても問題はないのだが……。
「ここにいる人ってことだよね、その反応」
「……お前だよ、総司」
「僕?」
土方をはじめ、誰もが顔を沖田に向ける。
烏丸は更に申し訳なさそうに続けた。
「俺達一族の間では、今でも“北見 藍人を殺したのは新選組の沖田 総司”だと思ってる輩が多い」
「へぇ。やってくれるじゃない」
「総司、まさかお前……」
「やだなぁ、土方さん。あれだけ人を嘲笑うような顔した剣客、斬っても腹立たしくて簡単に忘れられる訳ないですよ」
“斬ったのか?”という念押しで尋ねるような土方の疑問に、沖田は間髪挟まずに答えた。
烏丸も続ける。
「俺も、総司が犯人だと思ってたが今は違うと思ってる」
「最初は?」
「それって、どうして否定できるようになったんだ?」
平助が、烏丸の反応に目をぱちくりさせながら尋ねた。
「本物に会ったからってのもあるけど……」
「…」
「茜凪が“違う”って言うんだ」
出て来た名前に、その場にいた者は目を細めた。
何故、そこで茜凪の意見が関係あるのかと。
「そこでどうして楸が関係してくるのだ」
「それは……」
言葉が詰まった。
恐らく、彼らの中にある“他言するな”の境界線に触れているのだろう。
ギリギリの線まで来ていて、踏み越えるか超えないかくらいのものなので、烏丸は唸る。
しばらくして、彼は続けた。
「アイツを信頼してるっていうのもあるんだけど。茜凪は、現場にいた唯一の生き残りなんだ」
「現場にいたって茜凪ちゃん、北見が死ぬところをその目で見てるってことか?」
永倉が驚いたように問えば、烏丸は静かに頷いた。
「証言自体は、現場から去る沖田 総司の後ろ姿を町人や俺達の仲間が見ているってだけで、ちゃんと対面したわけじゃない。でも、茜凪はあの日……藍人が誰に殺されたのかを、その目でちゃんと見てる」
「見てるって……」
片付けを終えて話を聞いていた千鶴は、京にきた日のことを思い出した。
斎藤が羅刹を斬り殺し、辺りに血飛沫が舞ったことを。
つまり、茜凪が見たのは―――千鶴の前で斬り殺された羅刹が、千鶴自身の知り合いということだ。
胸が、苦しくなった。
「仮に藍人を殺したのが“総司”としたとして。茜凪が“総司”に初めて出会ったのは、藍人が死んだ夜」
「……」
「次に出会ったのは、去年の暮れ。年越し前の市中でだ。どっちも同じ“総司”だろうにアイツは頑なに“違う”と言い張る」
「違うって、どんな風に?」
「強さとか、空気が違うらしい。何より……」
烏丸は再び言葉を止める。
少し息を吸った後で、伝えられたのはあり得ない真実だった。
「茜凪が見た総司は、羅刹化してたらしい」
「は!?」
「羅刹化って……」
「白髪に赤い瞳。鬼人の如き強さで、人の動きじゃない速さで動く」
「そりゃあり得ないな。だって総司は変若水を飲んだりしてないし」
当の言われてる本人は楽しそうに腹を抱えて笑っていた。
ひとしきり笑い終えたところで、沖田は切り出した。
「で。それはいいとして、どうして君たちが羅刹や変若水のことを知っているのかな?」
「……っ」
「そうですね。どこから情報が漏れたのか……」
沖田の言葉に、山南が参戦し、烏丸を問い詰める。
聞かれるのは覚悟していたが、山南の表情が怖かった。
烏丸がごくりと生唾を飲む。
「調べたんだ」
「調べた?」
「あぁ。茜凪があんなに頑なに“違う”って言うから、じゃあ沖田 総司として現れたあの男は何だったのかって」
「……」
「アイツが言ってた、白髪赤眼の男が何者なのか。どうして沖田 総司にならなきゃいけなかったのか。そこで浮かんできたのが、“変若水”の研究をしてるっていう幕府と医者のおっさんで……」
「医者……!?」
出て来た言葉に飛び付いたのは、千鶴だった。
「それって、蘭方医の雪村 綱道って人じゃ……!」
千鶴の勢いに烏丸は驚いたが「ごめん」と眉を下げた。
「悪い。その人がどんな人なのかまでは分からない。俺達は土佐藩士の会合を盗み聞いて得た情報だから」
「土佐だと?」
「あぁ。あれは間違いなく土佐藩士だ」
意外なところで手に入った情報。
千鶴が探し求めている人物は、土佐にいるのかもしれないと頭を過る。
とにかく今は話を戻そう。
「それで、羅刹っていうものが存在すると知った。あとはそれが本当に新選組に関係しているのかを確かめる為に、町人を装ってお前らの巡察とか、夜の動きをたまに監視してた」
「……っ」
「確証を得たんだ。新選組と羅刹は確かに関わりを持ってる。でも、沖田 総司は羅刹じゃないってな」
「なるほど」
「それで総司が北見を殺したんじゃない、と」
それで烏丸と茜凪が沖田を恨んでいないことは良く分かった。
だがこれだけでは、もう一つの謎が解けない。
「総司が恨まれていないことは分かった。だが、あんたらが何故新選組を守る義理がある」
斎藤の問いに、“聞かれると思った”と、烏丸は笑う。
「そこが、もう一つの引っ掛かってる部分と繋がるんだよ」
にっと嫌みなく笑った彼だったが、続けらるものは、きっと彼らに敵対心を抱かせるかもしれないと思った。
「はっきりと言う。お前らは、式神に狙われてる」