20. 隔つ流火
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ゆらゆらと言葉を発しながら、先程まで戦っていた式神の主・北見 藍人が消えていく。
翳された刃から滴る雫は紅く、爆風に乗じて傷つけられた茜凪の血であることを物語る。
「全部、今更だよね」
消えゆく姿の男が囁きながら、投げかける言葉は責めているかのようにも取れた。
彼が消えていくと同時に、茜凪が西本願寺の広間で戦っていた大男の式神も紙吹雪となり消えていく。
あれは滅却出来たのではなく、藍人が連れて帰ったと言うべきだろう。
「待て藍人ッ!!!」
烏丸が境内から駆けもどりながら、広間の入口で茜凪を嘲笑い、消えていった藍人に叫ぶ。
―――声は虚しいまま、届くことは無かった。
「くそッ」
完全に消え、気配が何も無くなったことを感じ取り、烏丸は足を止める。
茜凪は顔を俯かせ、腹部の出血個所を押さえた。
「……っ」
立ち上がると同時に、滴った血だまりにガンッと刃を突き立てる。
どんな現象かは分からないが、血を吸った刃は紅く濁り、汚されていた床に色は残されなかった。
「藍人……ッ」
困惑と垣間見える正体。
「―――オイ」
「……」
「説明しろ」
隠された願いと過程。
「新選組の羅刹隊士が藍人を殺したって、どうゆうことだ」
表では語られない戦いに、名など無い。
第二十幕
隔つ流火
立ち上がった茜凪は、俯いたまま声音を低くする狛神の声を聞いていた。
広間へ続く階段の下で、彼は睨みを利かせて新選組の幹部たちを見つめる。
烏丸も追いつき、狛神の後ろ姿と反応を示さない茜凪を見やった。
「説明しろ。新選組」
「なんの説明?」
「テメェらが藍人を殺したことについてだ」
狛神の問いに答えた沖田は減らず口で逆に問い返そうとしたが、土方がそれを留める。
狛神の方にも烏丸が“やめろ”と仲裁を務めたが彼は怒りを滲ませ、口を閉じる気配がない。
「お前らは一般人にまで手を出すのか……!?」
「待てって狛神、俺達には何の事だか…」
「とぼけんなッ!今しがた、あの式神が言ってたじゃねぇかッ!」
「事情を聞かされてない上に、そこだけくり抜かれて“説明しろ”なんて無理難題押しつけてんじゃねぇ!」
我慢ならねぇ、と永倉が前に出て狛神に掴みかかる勢いを見せる。
斎藤が“やめろ”と声を発するがこちらも聞きやしない。
「何が護衛だ! 結局敵には逃げられた上に屯所は被害出てんだぞッ!」
「守られてただけの新選組が偉そうな口叩くんじゃねェよッ」
「やめろ新八ッ」
「狛神!」
永倉の言葉に、茜凪の瞳の奥に何かが宿る。
肩を僅かに震わせ、指先に籠る力は先程よりも強くなった。
原田が永倉に投げかけた言葉は届かなかったようだ。
激論はつづく。
「だいたい事情もろくに説明できない時点でそっちは士道不覚悟だろーがッ!」
「そんな俺様たちに守られないと延命の術すらないテメェらが―――」
狛神が永倉の発言に激昂した。
吐き捨てられた言葉に続いたものは、彼の抜刀と同時だった。
「ふざけたこと言ってんなッッ!!」
狛神が手にかけた刃の抜刀は、誰にも見えなかった。
まるで沖田と手合わせした時の速度が嘘のようだ。
同時に彼の琥珀色の瞳が、鮮血と同じような赤い瞳に一瞬なったのを千鶴は見逃さなかった。
「永倉さんっ!」
これは誰かが怪我をしてしまうと千鶴が声をあげ、山崎の手を振りほどき前のめりになる。
間に合わないかもしれない。
止めなきゃならないという一心で彼女は動いた……―――。
「……っ」
やがて、辺りには鋼がぶつかる音が響く。
静まり、紙だけが残された境内にはよく耳に残る音だった。
永倉に斬りかかろうとした狛神の刃は、届かなかった。
「―――……なんのつもりだ」
「……」
「茜凪…ッ」
ぶつかり合う為に現した狛神の刃。
対抗したのは、茜凪の刃だった。
「お前、あの式神の話聞いてなかったのか……?」
「……」
「藍人を殺したのは、そいつらなんだぞ!?」
狛神の言葉に、茜凪は至って冷静だった。
まるで初めて見えた時のように、瞳の奥には殺気が浮かぶような冷たい熱を持つ目。
上げられた面は、何も感情を曝け出していないように見える。
それなのに、たった一つの使命を全うする武士の様だ。
「なぜ?」
「は……ッ?」
「なぜ信じられるのですか?」
「……っ」
「相手の撹乱させるための策だとしたら?」
凛と静かな声は、その場にいた誰よりも強かった。
先程までの勢いのある狛神の声が、少しずつ語気の強さをなくしていく。
「なら聞くが、そうではないと言い切れるほどお前は新選組を信頼してるってことか?」
「……」
「ただの人斬り集団だぞッ」
「狛神……!」
烏丸がさすがに当人たちの前でそんなこと言うな、と宥めたが止まらない。
「あの日、藍人は京にいた。浅葱色の羽織りの集団も近くにいたと噂もある」
「……」
「目撃したって町人がいることも知っている。こいつらである可能性の方が高いッ!」
「…」
「何より、藍人に忠誠な式神が告げた言葉だぞッ!」
「……」
「なら討つべき相手は新選組じゃねぇか!!」
話しているうちに整理がついたからか、勢いを取り戻す狛神。
茜凪は狛神を見ることなく、俯かせていた瞳を上げて食い下がった。
「新選組を討つのなら、先に私を殺さなければなりませんね」
風が、残されていた木の葉を飛ばす。
見えた彼女の瞳も、一瞬赤へと変化した。
狛神は、その強さに息を止めることしか出来ない。
そして悟る。
この反応、この頑なな意志は―――。
「知ってたのか……?」
「……」
新選組から見れば、異様な光景だった。
錯乱させるための作戦だとしても、敵の言葉に動揺を示す狛神の方が正常である、と。
だが、彼らの言葉には見向きもせず、ただただ新選組を守るために剣を振るう彼女。
土方は目を細め、会話のやりとりの中から全てを知る為の糸口を探す。
一方、斎藤は彼女の言葉こそが剣を取った理由に絡む明確なものなのではないかと気付く。
“新選組を守るため”。
では何故……?
「知ってたんだな」
「……」
「だから動揺もしないってか」
「……」
「何で俺には言わなかったんだよッ」
狛神が勢いをつけ、再び剣を振るかと思えた。
だが敢えて彼は剣を投げ捨て、茜凪に掴みかかる。
着物の襟首を掴み、大きな声で悔しそうに叫んだ。
「お前にとって俺は新選組より信用に足らないってことかッ?!」
「……っ」
「水無月が祇園に行くことと言い、テメェが信頼してるのは烏丸だけかよ!?答えろッ」
「……―――」
「答えろよ茜凪ッ!!!!」
場が静まる。
――茜凪は一拍置いてから、はっきりとした声で答えた。
「自身にとって都合の良い甘い誘惑の言葉より、」
「……っ?」
「目に見えないものを信じることができないのならば、言わない方が良かったと思いました」
狛神の瞳が見開かれる。
奥に見えた切なさと、悲しみ、悔しさ。
いろんな感情が混ざって、混沌としてしまう。
最後に生み出されたのは精一杯の強がり。
「ふざけんなッッ!!!」
ガッと掴んでいた手を放し、茜凪を強い力で押しやって解放する。
よろけた茜凪を見て、千鶴が誰よりも先に“茜凪さん!”と支えてくれた。
同時に、彼女が腹部を押さえて血だらけになった左手に触れてしまう。
「え……―――」
刹那。
【大法螺吹きめ!】
【嘘つき】
【どう考えたって、あれは―――でしょう】
【目撃した者だっている】
【違う……!あれは―――じゃないんです……!】
【証拠は?】
【藍人を殺したのは、―――よ。私、現場から去る―――を見たもの】
【違う……】
【馬鹿げた茶番に付き合ってる程、俺達は暇じゃないんだ】
【違うんです……っ】
【どうせ殺されるなら、藍人じゃなくて、北見家で世話になってる役立たずなアンタだったらよかったのに】
【信じてください……】
【藍人じゃなくてお前が死ねばよかったのに】
【信じて…っ……信じてください……】
信じて……
【貴様、名は】
【……】
【名乗れ。その見苦しい濡れた面をなんとかしろ】
【楸……】
【……―――】
【楸 茜凪】
千鶴の脳内に流れ込んだのは、二つの場面だった。
己の身に起きたことに呆気にとられていたが、千鶴は狛神の叫びで再び現実に戻ってくる。
「俺は今後一切、お前らに手は貸さなねぇッ!」
「狛神……!」
「勝手にしろよ!」