02. 巷説を斬る者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「
「美濃国の唯心一刀流の免許皆伝らしいですね、彼」
「免許皆伝!?」
夕餉も終え、夜も更けた時刻。
新選組の屯所の広間では、幹部達が総出で入隊を希望した例の“彼”について話をしていた。
「あいつそんな腕が立つのか……」
沖田から飛び出した言葉に目を丸くしたのは平助である。
免許皆伝とは、剣の腕前を示す最上位のものだ。
新選組の中では、沖田が天然理心流の免許皆伝、永倉が新道無念流の免許皆伝である。
斎藤は左構えであることから免状は持っていないが、沖田と永倉と同じく撃剣師範として肩を並べている。
よもや北見 藍人もそれらと対等に並ぶ日が来るのかもしれないと誰もが予測をしてしまう。
「今日の実力をみるための打ち合い、どうだったんですか。土方さん」
せせら笑うように沖田が土方に尋ねれば、鬼の副長は難しい顔をしていた。
―――北見 藍人。
突然の入隊希望者である彼がここに来て、既に二日が経っていた。
今日の昼間、手が空いた土方と近藤が直々に彼に入隊に向けた実力確認を行ったと言う。
どうやら、剣の腕はまず間違いないらしい。
「ありゃぁ、免許皆伝は間違いねぇな」
「というと副長。無事に入隊が確定ということでしょうか」
斎藤が確認するように尋ねたが、彼は頭を抱えたままだ。
隣で――夜なので出歩き始めた――山南が、冷たい笑みを浮かべたまま続けた。
「近藤さんから聞いた話だと、打ち合いをお願いした平隊士を総舐めにしたとか。随分と凄腕の剣客のようですね」
「戦力としては申し分ねぇ。が……」
言葉を止めた土方の視線は鋭かった。
「アイツはどうも信用ならねぇ気がしてな……―――」
第二幕
巷説を斬る者
新入隊士である北見 藍人の話を終えた幹部の面々は、広間から各々席をはずしていく。
空になった湯呑を下げながら、千鶴はさっきまで幹部達が話していたことを思い出す。
「(北見 藍人さん……。免許皆伝ってことは、永倉さんや沖田さんと同じくらいの剣客……)」
突如、二日前にここへやって来た冷たい視線を放つ男。
あの飄々とした空気の中に感じた殺気はそれだろうかと思いながら千鶴は湯呑をお盆に乗せていく。
ふと思い返すと出てくるのは、彼の“誰とも被らないけれど、誰とも似ている”あの風貌だ。
怖いと思うことを頭から振り切り、千鶴は立ちあがった。
「千鶴」
呼ばれ、振り返る。
立っていたのは、藍人の存在を警戒している張本人だろう。
「土方さん……」
「明日は斎藤の巡察について行け」
明日は巡察の予定が入らないと思っていた千鶴は、正直面食らった。
というのも、この時期に外を連れ出してもらうのは厳しくなってきただろうと感じていたからだ。
最近、頻発している“辻斬り”。
父親である綱道も被害を受けたのではないかと言われていた。
北見 藍人が入隊を志願してきた日の夜、土方に話を聞きに行き、報告を重ねたものの。
やはり手掛かりは何も掴めなかった。
多発する辻斬りは、新選組の頭を悩ませている1つの種でもある。
「でも、土方さん。こんな時期によろしいのでしょうか?」
そんな時期だからこそ、巡察への同行は避けるべきではないかと思っていたが。
「こんな時期だからこそだ」
父親である綱道らしき人物が襲われたという情報は、土方も知っているのだろう。
だからこそ、このような命を出してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます」
語られきらない配慮に、千鶴は感謝を述べずにいられなかった。
千鶴は“よし!”と腕まくりをし、てきぱきと片付けを済ませていく。
土方は、その姿を見つめつつ踵を返した。
廊下を進むと、ちょうど探していた人物に遭遇する。
「斎藤」
廊下の端に見えた影。
呼び止められた彼は音もなく振り返り、土方の声に答えた。
「副長」
「明日、千鶴をお前の巡察に同行させる。綱道さんの情報が浮き彫りになったとしても、勝手な行動はさせてやるなよ」
最近、辻斬りが頻発しているからな。と付け加えて、土方は斎藤にも背を向けた。
御意。と静かに返事をし、瞼をおろす。
闇の中でふと思い返し……斎藤は土方の背に尋ねた。
「―――副長は、信じておられるのですか?」
「あぁ?」
「今回の辻斬りについて、あがったあの報告を」
そう。
北見 藍人以外にも今、新選組が抱えている問題がもう一つあった。
それが、この“辻斬り”だ。
巷の噂、そして平隊士の報告。
どれを取っても、この奇妙な事件はただの辻斬りではなかったのだ。
「紙が人を斬る、か。羅刹じゃあるまいし……。そんな話を信じたくはねぇけどな」
【 紙が人を斬る 】
町人の外出が減り、何かに脅えるような空気。
平隊士が聞きだした町人の噂。
昼夜問わず、人気のない場所で起きる事件。
目撃者から必ず出てきた証言は『紙が人に化ける』ということだった。
一枚の白い紙が人と成り、刀を振るう。
見境なく人を殺し、反撃した侍の攻撃は意図も簡単に避けていく。
心臓を一突きにしても、その“紙”には勝てないというのだ。
「ただの刀では斬れないという話しまで出てきています」
「ただの刀じゃ斬れないねぇ……」
土方が斎藤が新たに発した情報に『頭が痛ぇな』と自嘲する。
斎藤が目を伏せると、土方は切り上げの言葉を返すのだった。
「まぁいい。とりあえず明日は頼んだぜ、斎藤」
「はっ」
軽く会釈し、土方の背を見送った斎藤は自室へ足を向けるため、音もなく廊下を行く。
小さな疑念は振り払った。
己が全うしたいこの道をその紙が塞ぐのであれば、斬り捨てるだけだ。
だが、その紙が斬れないとしたら。
その時は……―――。
ふと、そんなことを思いながら顔を屯所の玄関口である境内に目を向けた時だ。
「……―――」
真夜中とも言える夜が更けたこの時刻。
そこに人がいるということは、信じがたい光景だった。
「人影だと……? 羅刹隊の者か……」
声をかけようと、そちらへ足を踏み出した時だ。
横顔だったその人物が、闇夜を背景にこちらへと視線を向け動く。
「……―――」
―――秋風が吹く中で、時が止まったように思えた。
沖田よりも明るい茶色の髪を結いあげて、留め具でひとつにまとめている。
纏う着物は、平助と類似しており肩が開けており、裾丈は膝上にまくりあげられた。
伸びる脚は黒く履物をはいている。
肩から二の腕は何もつけられていなかったが、肘の少し上から振り袖のような付け着をしている。
全体的に白を基調とした着物だが、染め色は浅葱色の隊服に似ている気がした。
何より惹き付けられたのは、その瞳。
翡翠色の、翠とも青とも取れない鮮やかで誰とも被らないその色。
放つ空気は清廉としていて。
それが“女”であることに気付くのに、千鶴の時とは違い―――幾分か時間がかかった。
「そこで何をしている」
声が出るよりも先に相手が動いてしまった。
一歩、屯所から離れるためにゆっくりした動きで、歩み出した相手に問いかけた。
距離はかなりあるものの、斬れと言われれば未だ追える距離。
斎藤が右手で刀を下げたが、その女は応える気もなく、そのまま背を向けたのだった。
「待てッ」
外へ飛び出し境内をくぐり、消えた方向へ視線を向けたが……。
斎藤が女を捕えることは、出来なかった。
「何者だ……」
人とは思えない速さで気配を消した女。
境内のどこを見渡しても、人気はない。
何故、ここへ来たのか。
寺の坊主に用があるとしても、この時間である必要はまずないだろう。
消えない謎を胸に、この事態を報告せねば…と斎藤はもう1度土方の下を訪ねるのであった……―――。