18. 開戦
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
京の端、祇園の一角。
盃を傾け、冬の月を眺めながら一時を楽しんでいた男がいた。
「今日は随分と月が明るいな」
「そうですね。満ちるまであと数日とかからないでしょう」
金髪の髪に、誰もを引き寄せるような赤い瞳をしているその男―――風間 千景は近くにいた天霧の言葉に鼻で笑みを零した。
「天霧。酒が切れた、持って来い」
「風間。いささか飲み過ぎではないですか」
「黙れ天霧。いいから持って来いと言っている」
腰をあげつつ、天霧は何か言いたげな表情を見せた。
風間はそれを見落とすことなく、間髪置かずに告げてやる。
「なんだ。言いたいことがあるならハッキリと言え」
「いえ。貴方の侍女として身を置いていた彼女のことを思い出しただけです」
「ハッ」
名を明かさずとも、表さずとも。
それだけで風間は天霧が誰のことを指しているのかが分かった。
懐かしいというには、まだ時間が浅い。
彼女が風間の下を離れ、約半年の月日が流れた。
一切の音沙汰もなく、今どこで何をしているのかも知らない。
だが、予想はついた。
会い間見えていないのが不思議な立ち位置であろうに。
「人に言われるまで動けない虫けらと同じ小娘に同情か。落ちぶれたものだな、天霧」
「……」
相手にするだけ無駄か、と諦められたのか。
天霧は会釈一つ残してそのまま宴席を離れた。
酒を調達に行かせたのは風間自身だが、こうして一人になってみると部屋は確かに静かなものだ。
半年前まではすぐ泣き喚き、どうしようもないくらい役に立たない侍女がいた。
「いや、あれは侍女とも呼べぬな」
薩摩の酒はやはり口に合うらしく、いささか早い速度で飲み続けていた。
静かな静寂。
青白い月夜の晩。
不気味とも言える。
そう、だからこそ現れてもおかしくなかった。
「一人で晩酌?寂しいね」
「―――……」
窓辺に現れた影。
ニィっと上げられる口角は、最後に会った時と何も変わらない。
彼の特有の笑い方だった。
一人でいたはずの部屋に響いた声に、風間は動じず瞳だけを鋭くそちらへ向ける。
現れた男の瞳は、それこそ懐かしい藍だった。
「何の用だ」
「うわぁ。旧知の仲で俺の顔みて“何の用だ”が開口一番だったのはお前くらいだよ。千景」
「退け。俺は晩酌の最中だ。邪魔立ては許さんぞ」
「驚かないのかい?俺がここにいること」
「知ったことか。興味もない」
そのまま盃を傾け続ける風間。
現れた藍色の瞳を持つ男……北見 藍人は再び目を細め、笑う。
「千景らしいや」
そのまま窓の縁に腰かけて、藍人は続ける。
「お前なら知ってるだろ?ここ最近、京での人外の騒ぎ」
「……」
「あの八瀬の女鬼が知ってるくらいだからさ」
「貴様の仕業だろう。だとしたら何だ。貴様の面白くもなんともない話を酒の肴にして呑めとでも言うのか?笑わせるな」
風間がいい加減にしろ、と乱暴に器を置く。
だが動じることなく、藍人はただそれを見つめていた。
「なら、その面白くもない話に少しだけ興を足してみようか」
「何?」
「今、茜凪がどこにいるか知ってる?」
突拍子もなく、ついに出て来た女の名前。
風間が興味なさそうにしているのは変わらないが、藍人はここからの表情の変化を予想すれば笑えて仕方なかった。
「くだらん」
「今、茜凪は新選組と一緒にいるんだよ」
「……」
それだけ聞けば、“何でまた”と頭に浮かぶ。
だが結論は与えられない。
ちりばめられる謎と謎。
「それから新選組には今、雪村 千鶴っていう女鬼がいる。あぁ、それは知ってるんだっけ?」
「……―――」
千鶴の名前が出た時、一瞬だけ風間の表情が変わった。
藍人はそれを見逃さない。
「なぁ、どうして茜凪が新選組と雪村の娘の近くにいるか……分かるか?」
冷たい夜風が窓から押し入った。
縁に腰かけていた藍人は立ち上がり、出ていく素振りを見せる。
風間は瞬時に鞘から白刃を走らせた。
「千景」
だが一瞬の閃光は藍人に交わされ、ただの牽制のみになってしまう。
「お前、嫁さん探してたよな?確かに八瀬姫より雪村 千鶴のがお前にはお似合いだと思うけど―――」
「……ッ」
「殺すよ。悪いけれど」
それのみを残して、消えた藍人。
風間は立ち上がり、抜刀したままの姿で立ち尽くした。
「殺すだと……?」
見せられた表情は、今にも人を殺しそうな勢いだった。
「傀儡の存在で鬼であるこの俺に逆らうとはな」
それは、月夜の晩だった。
式神と、鬼、そして彼女たちの戦いの戦火が開かれる。
第十八幕
開戦
「寒いなぁ…」
月がてっぺんに来る時刻。
現れると言っていた狛神はまだ屯所に姿を見せていなかった。
特に気にしていないようで、茜凪は屯所の階段に腰掛けて、烏丸と共に焼き栗を頬張っていた。
「おい茜凪。お前俺より多く食べてるだろっ」
「んむ……そんなことありません」
「頬膨らませたまま次の栗に手伸ばすなよ!」
食い意地の張っている二人がここに並んでいると、必ずと言っていいほど戦線が繰り広げられる。
さながら栗鼠のように頬を膨らませながら、茜凪は烏丸と静かな夜を過ごしていた。
だが、彼女たちはこんな和んだ空気であろう中で、緊張の糸を張り巡らせている。
栗を食べつつ、鋭い視線を投げる瞳は左から右へと移動されるばかり。
まるで何かを警戒しているようだ。
「まったく嫌になる空気だぜ」
「ここまで濃厚な空気も久しぶりですね」
未だに視線だけは警戒させたまま、手は栗へと動く二人。
だが、刻一刻と濃くなる不穏な気配は、もはや確信だった。
「―――今日のこと、一とか総司あたりには話したのか?」
「いいえ。全く」
「……そっか」
「言うと思いました?」
「最近仲良いだろ」
「ばかですか。私だって自分の立場くらい弁えてます」
「ばかって!余計だろそれ!」
口論しつつ、栗へと伸ばされる指先。
茜凪が最後の一粒を手にした瞬間、一つの空気が変わった。
「……―――」
同じく、烏丸も感じ取ったようだ。
茜凪は栗を手に持ったまま、気配を巡らせるために意識に集中する。
「来たな。どっからだ?」
ふと言葉を止めれば、てっぺんに届く時刻だというのに広間の方からは幹部隊士たちの酒宴騒ぎが聞こえる。
無理もないか、今日は給金前だというのに近藤が皆の為に酒を買い入れて来たのだから。
―――そんな日を台無しにするように、現れた者たち。
「正面と……」
表の境内の奥から、ゆらゆらと人影が現れる。
ゆっくり、ゆっくり歩いてくる影を見据えて、烏丸が刃を抜いた。
茜凪も抜刀し、同時に自分の指先を刀で斬る。
ぷっくりと現れた血を地面にぽたぽたと垂らし、血溜まりを作りだした。
「裏からですね」
「どっちがいい?」
血溜まりが足りなかったらしく、茜凪がもう一本指を傷つけて、血を追加していく。
水溜りのような量で血溜まりが生まれれば完了というように赤いそれへと刃を突き立てる。
まるで吸引するようにして、血は刃の糧となった。
一瞬波紋を呼び起こし、刀が赤く光を帯びる。
「じゃあ裏から攻めます」
「了解。油断するなよ」
「烏丸、貴方こそ」
そう言うと、茜凪は高く飛びあがり、屋根を伝って裏門へと足を忍ばせた。
残された烏丸は仁王立ちし、ふふーんと鼻を鳴らす。
「さてさて。せっかくの酒宴の邪魔にならないように努めるとすっか」
にかっと歯を見せて笑ったと思えば、彼は表情を引き締めて地面を強く蹴りあげた。
一方、裏口へと瞬時に辿り着いた茜凪は、現れた大量の式神を迷いなく滅却していく。
数で言えば、表と同等だっただろう。
どれも雑魚であり、急所めがけて彼女が持つ刀で斬りつければ一瞬で撃退できた。
―――これではない。
たったこれだけの勢力であれば、まずこんな濃厚な不穏な空気は出ないだろう。
「(どこ……!?)」
半数の式神を滅却させたところで、彼女の直感能力が働いた。
「―――いる」
来てる。
脳内に浮かぶ、あの声、あの笑顔、あの瞳の色。
間違いない。
「藍人……ッ」
彼が来ているというのならば、これだけ濃密な空気が出ても違和感はない。
合点がいく。
左から現れた敵を斬り、振り返りざまに右からの敵と斬って、正面の敵は蹴りあげた。
踵を地面から弾いて跳ねあがり、反動と同時に下から斬りあげる。
背後ががら空きになっていて、隙をついた敵が襲いかかってきたが動ける速度が違う。
相手は所詮、式神で作られた人間だ。
「やぁッ!!」
全体を滅却させた所で、総大将がどこに現れるのかを感じ取った。
「やばい……っ」