17. 静寂の町並み
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「あれから何か分かったか」
沖田が市中へ千鶴と共に聞きこみに行った日。
そして斎藤が烏丸とうどんを食べに行った日。
その日の夜、彼らは揃って土方の部屋に呼び出されていた。
たまたま居合わせたのは、平助と原田。
奥には折り目正しく、山南の姿まで確認できる。
手紙に走らせていた筆を止めて、土方は斎藤の顔を見つめた。
だが、斎藤は成果が出ない監視の続きに言葉を選び、惑った。
「申し訳ありません。式神に対する事情、彼らが敵対する者の目的や素性は聞き出せておりません」
「そうか。相変わらず厄介な女共だな」
「そういうなら土方さんが直々に尋問したらどうですか?鬼の副長相手なら、意外と簡単に口を割るかもしれませんよ」
「それが出来たら苦労しねぇ」
土方は読めていた。
どれだけ監視を続けたとしても、楸 茜凪は抜け目など出さない。
自分達が隠し通したいことは、意地でも守り抜き、新選組がそこに至ることを許さないだろう。
誰が尋問したとて、彼女は口を割らない。
烏丸もいざという時は同様だろう。
「そういえば、今日茜凪ちゃんと市中で会ったんですけど」
沖田が思い出したように告げたのは、彼女が沖田に駆け寄ってきた時のことだ。
“労咳について、公言するな”と告げた時のこと。
「“誰にでも人に話したくないことや、命にかえても貫きたいことはある”みたいなこと言ってましたけど」
「…」
「彼女、自分の命の終わりに達観してるんじゃないですかね」
初耳だ、と斎藤は肩を揺らす。
恐らく烏丸と出かけていた時、茜凪は沖田と市中で会ったのだろう。
「命にかえても貫きたいことか……」
平助が落胆したように零す。
「あいつ、女なのに……」
女なのに、何を守りたいのか。
命に代えても戦い、貫きたい意志とは何か。
彼女が動く理由が、未だ一つも見えない。
「斎藤、お前は茜凪の監視を引き続き続けろ。念のため烏丸には平助、原田。お前らをつける」
「承知しました」
「りょーかい!」
「あぁ」
「それで、土方さん。僕は誰を見張ってればいいんですか?」
「お前は寝てろ」
いつも通りと言えばいつも通りのやり取り。
だが、沖田は反論せずにゆっくりと視線を鋭くさせた。
誰もがこの時、何かを感じていた。
何か嫌な予感がする。
何も知らないまま、新選組は敵を向かい討つことになりかけていた。
収まらない胸騒ぎを心中に、その日は解散となった……。
「土方くん」
「あぁ」
残された山南と土方は、綺麗に欠けて細くなった三日月を見つめながら零した。
「嫌な予感がするぜ……」
第十七幕
静寂の町並み
夜が明けた次の日。
この日は、年越しに向けて往来が増えつつあるということから、昼の巡察が二組同時に行われていた。
三番組と一番組。
夜は羅刹隊と制御をかける者として、十番組と二番組が駆り出される予定だ。
列を成し、市中を往来する新選組は相も変わらず陰口を叩かれていた。
「壬生狼や」
「はよ、中へお入り」
ここにいるのが平助や千鶴でなくてよかったと斎藤は思う。
当人の耳に届くその言葉は、やはり棘が感じられてしまうのも仕方ない。
沖田の左側を歩いていた斎藤は眉ひとつ動かさずに目を伏せた。
隣の彼は薄く笑みを浮かべたまま、斎藤に話しかける。
「そういえば一君。今日、茜凪ちゃんは?」
―――見てなくていいの?という空気に、伏せていた眼光を前へと投げた。
「烏丸と共に左之と新八が見ているはずだ。むやみやたらには動かぬだろう」
「へぇ。今日は外出してないんだ」
「……」
やはり、誰もが彼女の向かう先を認知しているようだ。
本人にも隠す気はないのだろう。
新選組の周りを警護として見周り、式神を滅却させる。
合間に芳乃の身柄についての打開策を考えている彼女。
彼女が剣を取った理由は恐らく芳乃で間違いはないのだろうが、本人から聞いていない分、なんとも言えない。
せめて、式神を自分達が斬れるのであれば……関係は対等であっただろうに。
「なんだと貴様!」
「さっさと来い!」
「こ、困ります……!」
考えに耽っていた思考を止めさせたのは、裏通りから聞こえてくる怒号。
浪士と町人の喧嘩に思え、斎藤と沖田は互いに顔を見合わせ、頷いた。
部下たちの間を抜けて裏通りへと駆ければ、三人の浪士から一人の町娘が追い剥ぎを受けていた所だった。
「やめてください!」
「うるせぇ黙れ!」
「待て」
「あーあ、みっともないねぇ」
女に手をあげようとしていた浪士たち。
間髪のところで斎藤と沖田が口を挟めば、三人は動きを止めてこちらを見やる。
「なんだおまえら」
「その羽織り、新選組か!」
「分かっているならば、話は早いだろう」
「女の子相手に三人がかりだなんて、みっともないとしか言いようがないよ」
男たちの標的は即座に少女から、浅葱色の羽織りへと切り替わる。
刃を抜き、声を上げて向かってくる男たちに沖田は笑みを浮かべて斬り捨てた。
斎藤も抜き身の一撃で撃退を示したかのように見えたが……―――。
「何……!?」
「まさか……!」
斬り捨てたはずの男が、悲鳴をあげて倒れ込む。
が、血は流れずに動きを止めるだけ。見覚えのある光景だ。
「下がれ!」
斎藤が即座に“部下に戦わせたら犠牲が出る”と判断し、隊士には下がるように命じた。
蹲っていた男達が悲鳴から、くすくすと笑いだし声をあげる。
「無駄だ……」
斬ったはずの二人が立ち上がる。
視線と思考を奪われたその場で、奥にいた三人目が剣を振りかぶった。
「総司……ッ」
「くッ……」
流れをなんとか受け止めれば鍔迫り合いになる。
押し合いは信じられないほどの馬力に腕が撓った。
斎藤が加勢を見せたが、立ちあがった二人の男が彼目がけて剣義を放つ。
こちらも受け止めて交わしたが、このままではまずい。
茜凪は屯所、烏丸も同じくだ。
運よく茜凪が祇園などへ行くために出歩いてたとしても、こんな裏路地の騒ぎに気付くのだろうか。
まず無理だろう。
斬れないのであれば、苦戦を強いられるだけの戦いに斎藤も沖田も表情を歪めた―――その時だ。
「ったく、茜凪と烏丸の馬鹿は何してんだよ」
「!」
「ッ……」
路地の奥。
聞き覚えのある声が響く。
そこからは永遠にも思える刹那。
奥から閃光が舞い、まず一人目が斬られる。
その一人目が手にしていた刀を奪ったかと思えば、声の主は奪った剣で自分の腕を一度傷つけた。
血が舞い、刃が一瞬紅く濁る。
濁りが白刃に戻ると、左右にいた斎藤と沖田が相手にしていた敵を二刀流の裁きで、切り捨てる。
“斬れない”者……―――式神が三体、滅却された瞬間だった。
「…っ」
「あんたは……」
やってる速度は目で追えるものだったが、同じ動きを自分にしろと言われた時、それなりに困難を要するだろう。
自分の刀でない奪ったそれを投げ捨てて、己の刀は肩にかけた。
斎藤と沖田の前に現れたのは、いつか喧嘩を吹っ掛けてきた少年。
「狛神 琥珀……」
「なんだよあの馬鹿共。全く役に立ってないじゃん」