15. 帳からの使者

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慶応二年 十一月。


某日 京の都。


ゆらゆらと足取りが悪い男が、風の夜道を行く。


傍から見れば、酔っ払いがフラフラしているような光景。


その光景を見て、潮時だと判断したかのように一人の男が、彼の前に姿を現した。



「ご苦労様。もういいよ」



しばらくして命絶えたようにガクリと膝から崩れ落ち、足取りの悪かった男は姿を消した。


消したといっても、“人でなくなった”というのが正しいだろう。


崩れ落ちた先にあった白い人型の紙を拾い上げたのは、見覚えのある藍い瞳だった。



茜凪もとんだ邪魔をしてくれるよね」



手に握った人型の紙は、斜め上から下まで綺麗な線が入っていた。


足の部分でなんとか思いとどまって、ぎりぎり形を保っていたらしい。


手元に戻ってきた紙を握り、何かを感じ取るかのようにして黙った彼―――北見 藍人は伏せていた目をあげ、笑った。



「ねぇ藍人?」



そんな冷たい、生気すら宿っていないような瞳をしている彼に背後から声をかけたのは、まだ新選組が出逢ったことのない女性だった。



「これからどうするつもりなのかしら?」



藍人の肩に、優雅な動きで腕を回し、寄りかかってくる女性。


美しく、纏う着物もとても上品なもの。
誰が見ても華族だと一発で見抜けるような容姿だ。



「あたしの願い、叶えてくれるんでしょう?」



耳元で囁くようにして笑う彼女。
藍人は間を置いてから、何も移さない硝子のような瞳で彼女を見返した。



「貴女様の命とあれば」



小さな式神を、もう数枚市中に放つ。
この気配を辿って、ここへやってくる少女の存在を想像しながら。





「七緒様の仰せのままに」





第十五幕
帳からの使者






寒空の下、茜凪は夜の町を迷うことなく感覚に任せて駆け抜けた。


相変わらず祇園の町に出入りしていた彼女。
ここ最近は遊郭の番頭からは出入り禁止を喰らいそうな勢いで目をつけられていたので外から芳乃を見守る日々が続いていた。


その茜凪を無遠慮に監視していたのは、副長命令を受けて動いている斎藤。
距離をあけて後をつけられていることも、もはや茜凪も公認の事実だった。


彼はどうしたって説明不足の状況の中、茜凪を完全に信じることは無いだろう。疑われているのもよく分かる。


だが、それくらいが丁度いいと思えた。
今日も様子見だけだったし、祇園の町に式神が及んでいないことを確認し、茜凪は帰路へとついた。



「(本当に毎日毎日、様子を見に来ているだけか)」



さすがに毎日芳乃、そして祇園の様子だけを見て帰る彼女。


斎藤もここまで来ると、些か疑うに足る理由がないと思い始めていた。


しかし、彼女がどうして芳乃にこだわり、祇園に出入りしているのかは未だ分からず仕舞いだ。


帰り道は夜道である。
女子である茜凪と共に足を並べて帰るべきかと考えていたその時だ。



「!」



少し惑うように足を止め、何かを感じ取ったように駆けだした茜凪


突然のことに斎藤も慌てて追いかけるが、彼女の足には到底追いつけるとは思えなかった。



「なんて速度だ……!」



角を一つ曲がられてしまえば、次に彼女がどこへ向かったのかが分からない。



「見失った……!」



しまったと斎藤がゆっくり足を進め、彼女の気配が残る方角を探っていく。


かろうじて人が通った感覚のある方へと足を進めながら、斎藤は茜凪の姿を探していた。




一方茜凪は、斎藤がつけていることは承知していたのだがこの時、彼のことまで考えている余裕がなかった。



「藍人……!」



感じる。
藍人が直に操っている式神の気配がする。
彼が放った数は多くない、距離ももうすぐ追いつく。


屯所の近くであるということがとても気がかりだったが、今は滅却させることが先決だ。


斎藤のことなど考えもせずに、茜凪はとにかく全速力で駆け続けた。


やがて西本願寺の通りまで戻ってきた時、不審に歩いている男が数名見えた。
誰もが“抜刀術”と認めるのに異論を唱えることが出来ない速度で、白刃を抜く。



「ッ!」



相手の懐に迷いなく飛びこんで、右腕で引き抜いた刃が相手の体に食い込む。
やがて肉を裂く感覚がした後、男は悲鳴をあげながら白い紙きれへと姿を変えた。


それを何度か繰り返し、最後の一体へと追い込んだ時だ。



「シンセン……グミ」


「っ!」


「コロシタイ……!」



不逞浪士に化けていた男が、鞘から刀を引き抜いたのを見て、対抗し横腹を裂いてやろうとした。
が、茜凪は即座に“しまった”と感じた。



「やば……っ」



式神の腹部を裂こうと入れた刃が、紙へと還す前に、相手の再生能力に押しとどめられた。


刃に貫かれたまま、腹部を再生し、肉を構築する男。


第三者から見れば、不自然な光景だっただろう。


“式神を斬れるはずの茜凪が、突如それが出来なくなった”のだから。
刃を腹に貫通させたまま、こちらに向かってくる式神に茜凪は一旦剣から手を離す。



「く……っ」



引っ張っても引き切れないと理解し、即座に判断した結果だった。
おかげで彼女は浪士の一太刀を浴びずに飛び退くことが出来た。
後少し判断が遅ければ、首が飛んでいたはず。



「……ッ」



後先を考えてなかった、という顔を見せる彼女。
このままでは劣勢だ。
優勢であることを悟った式神は、にんまりと笑顔を見せた後……―――告げてきた。



「オニノイヲカルキツネ……」


「―――!」


「鬼ノ威ヲ借ル狐……」





【 茜凪 】





「鬼ノ侍女……」





【己が決めた道だろう。ならば、振り返るな。泣き喚くな】





「……」





【その意志を誇り前に進め。それが貴様のやるべき事だ】





―――放たれた言葉は、茜凪の表情を険しくさせた。


そのまま向かってくる式神に茜凪は丸腰のまま睨みを利かせ、対峙する。
相手の刃が茜凪の額を真っ二つに割るかと思った刹那。



茜凪ッ!」



式神の背後から聞き慣れた声が響き、同時に滅却される式神。
目の前で紙吹雪となり、消えた光景はまるで幻想の中にいるようだった。



茜凪! 大丈夫か!?」


「烏丸……」



自分以外に式神を滅却させる者が近くにいるとしたら、もちろん烏丸だ。


彼が現れたことには疑問も何もないが、茜凪の行動に烏丸は疑問があった。



「お前が剣を取られるなんて珍しいな……」


「血の吸収、忘れてて斬れなかったのです」


「は!? 間抜けか!」


「う、うるさいですね……!うっかりしただけです……!」



烏丸が不安そうに茜凪の顔を見つめていたけれど、彼女はそのまま視線を逸らした。


だが、明らかに挙動がおかしい。


式神相手に丸腰で睨み、対峙していたことも含め、烏丸は再度問いかけた。



「なんかあったのか?」



冷静な彼女がとるような行為じゃないことは分かる。
何かあったのではないだろうか、と。



「……烏丸」


「ん?」


「―――何故、式神は千鶴さんを狙っているんでしょう」



式神―――つまりは北見 藍人の明確な目的は千鶴であることは茜凪も烏丸も把握していた。


だが、理由はなんだ?


過程は?
そこへ至った動機は何なのだ。



「それはなんともなぁ……。それに式神は千鶴だけじゃなくて新選組も狙ってるだろ?」


「そうですけれど、私の読みが正しいのなら―――」



茜凪はここ最近、常に考え頭にあったことを口にしようとする。
少し不安そうに語り出そうと開いた口が言葉を紡ぐ前に、少女は動きを止めた。



「……」


「!」



それは、躊躇ったからじゃない。


言いにくいことだったからじゃない。


背後に、ある気配を感じたからだ。



「こんばんは。 茜凪さん」




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