12. 冬の月光
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
楸 茜凪と烏丸 凛が新選組の屯所で世話になり始めてから、七日が過ぎた。
平助と永倉、原田は烏丸と友好を深め、今では本当に酒飲み仲間となっている。
「烏丸ー!島原行くけど、お前も来ないかー?」
「え、いいのか!?」
「凛も来いよ!新ぱっつぁんの奢りだからさ!」
「えっ、俺の!?」
「行く行く!俺も行く!」
三人からの誘いを受け、笑顔で廊下を駆けていく烏丸。
途中で井上が、四人に“あんまり遅くなるんじゃないよ”と苦笑いで告げて、境内の門をくぐっていく背を見送った。
「全く……。時間があれば、すぐに島原なのだから」
井上が呆れつつ日頃隊務に励んでいる彼らのことを思えば、今日くらいは大目にみようと勝手場へと消えていく。
烏丸が消えていった門を見つめながら、残されていたのは茜凪だった。
決して行儀は良いとは言えないが、廊下の手すりに腰かけ、足を外側へ向けてぶらぶらしている彼女。
そんな彼女を見つけて声をかけたのは沖田だった。
「あれ。君は一緒に行かなかったの?」
「沖田さん……」
風呂上がりなのか、少しだけ火照った顔をしている彼に茜凪が振り返る。
そこへ斎藤が廊下の角を曲がって現れた。
すぐに沖田と茜凪が話しているのが見え、珍しい組み合わせだなと思考を巡らせ足を止める。
沖田と茜凪は斎藤の姿には気付かなかったようだ。
「君は烏丸くんにべったりな印象があるんだけどな」
「そんなことありません」
「じゃあ逆?」
「それもありません」
「ふーん?」
「彼らに誘われたわけでもありませんから。それに誘われていたとしても恐らく断っています」
未だに足をブラブラしながら、ぼんやりと夕暮れ時の空を眺める茜凪。
今日は幾分か天気が良く、冬の空が映した夕焼けが美しい。
「どうして?」
「夜は私用があるのです」
「―――」
茜凪の発言に、斎藤は思わず物陰に隠れて話を窺うことにしてしまった。
先日、土方に頼まれた“楸 茜凪を見張ること”。
北見 藍人がここにいない今、千鶴の傍にいなければならない理由が無くなったが、次に課せられた任務は彼女の尾行だった。
任務に当たるその“私用”。
斎藤にとっては重要な情報だが、対面している沖田は興味が無さそうに受け流す。
「私用ね。それって逢引きとか?」
感情が込められずに発せられた沖田の言葉。
茜凪は表情で“違います”と返せば、彼はようやく面白そうに笑った。
「だよねぇ。君って千鶴ちゃん並に色事には似合わなさそうだし?」
「そ、そんなことない、かもしれませんよ?」
「そうなの?じゃあ想い人がいるんだ?」
「“想い人”……」
沖田にからかわれているのは理解していたが、茜凪は彼の一言がやはりピンときていないらしい。
しどろもどろで反論していたものの、説得力を感じなかった。
「やっぱりピンときてないじゃない」
「……で、でも憧れてる方はいます」
「憧れでしょ、それは」
「…………。」
遠慮なく吐き捨てられる言葉に、茜凪が惑った。
語られるのが茜凪の色恋だとしても斎藤には全く関係のないこと。
これ以上の収穫はないと思い、足を遠ざける。
「そんなことより、暇なら僕と手合わせしてよ」
「手合わせ?」
「茜凪ちゃん、剣術の心得あるよね?」
「……―――」
だからこそ、沖田の誘いは斎藤には聞こえていなかった。
茜凪は返事に迷っていたようだが、しばし思案するように間を置いてから―――頷きを一つ返した。
「―――私でよければ」
茜凪の尾行の決行は今夜。
恐らく屯所の外へと向かうであろう茜凪を追い、式神や北見 藍人のことなど、新選組が聞けない事情を調べることを目的とする……―――。
第十二幕
冬の月光
時刻は深夜を回った。
境内が見渡せる場所で斎藤は土方と共に彼女の動きを待っていた。
もちろん、島原へ向かった四人は戻ってきたがベロンベロンに酔っぱらっていた為、烏丸が彼女に付き合うことは今日も無いだろう。
毎夜毎夜、一人でこの時間にどこへ赴くのか。
仮にも茜凪は女である。
不逞浪士が出歩いていて、街道を歩く彼女を襲わないとは限らない。
確かに普通の町娘にしては剣術の心得があるからと言っても、何もこんな時間に出歩かなくてもいいだろう。
向かう先によっては。
会っている人物によっては。
彼女を斬り捨てなければならないことも、また然り。
謎だけが増えていく彼女を相手にするのは難儀なことだった。
「副長」
「あぁ」
やがて入口を見張り始めてから四半時もしない頃。
定例ともいえる時刻に彼女はやってきた。
昨日とほぼ変わらない月の傾き具合。
対象が几帳面で真面目だということが行動からも窺えた。
辺りを気にする素振りもなく、昨日と全く同じように屯所から姿を消した彼女。
土方と斎藤は頷き合い、斎藤は彼女の背を見失わぬように駆けだした。
間者働きが多い斎藤。
尾行や隠密行動も、監察方と比べても同じくらいの働きが出来るはずだ。
土方は茜凪の行方を斎藤に任せるように彼の背を見送り、部屋へと戻ろうとした。
その時だ。
「一君に茜凪ちゃんを尾行させてるんですか?」
「!」
聞き慣れた、人懐っこい声から鋭い毒さを感じる。
顔を上げるまでもなく、土方はそこに誰がいるのか予測できた。
「総司、寝てろって言っただろーが」
「彼女がもし新選組に害を成そうとしているなら、早めに手を討たないと危ないですよ」
「あぁ?」
境内の入口を見つめて、沖田は敵を見据えるようでありながらも複雑な色を瞳に宿していた。
機嫌が悪いのは長年の土方としては手に取るようにわかる。
「信頼できるわけでもないのにあの子がここに滞在するのは、間者だった時に厄介ってことですよ」
「総司、お前なんか知ってんのか……?」
「―――……土方さん」
瞳に映ったのは、悔しさからくる殺意だった気もする。
「あの子、思ってた以上に強いですよ」
◇◆◇◆◇
見失わないように隠れて駆けて、また隠れての繰り返し。
一定の距離は保ちつつ、前を歩く茜凪がどこを目指していくのかを追う。
方角から言えば、都の東側へと向かっているようだった。
「(東方だと? そちらには……)」
主だってこの時刻にやっているのは、祇園の花街くらいだろう。
道順からしても、間違ってはなさそうだ。
誰もいない街道を一人行く茜凪。
今日は厚い雲が空を彷徨っている。
月夜も隠れる晩に、火を灯さずに女の一人歩きはどれだけ危険なものか、彼女は分かっているのだろうか。
そのまま尾行を続ければ、彼女が向かったのはやはり……―――
「祇園の花街だと……?」
花街は色々な情報が行き来する場だ。
もし、新選組の屯所で得た情報を不逞浪士に売っているのだとしたら。
もし、彼女が男と逢うためにここに来ているのだとしたら。
前者でも後者でもここにいること自体が彼女にとっても危険であり、新選組にとっても彼女が危険人物にもなりえる状況だ。
「(もうしばらく様子を窺うか……)」
花街の通りを一直線に進み、迷うことなく歩いていく少女。
途中、彼女はその美貌からか、色々な番頭に仕事に就かないかと声をかけられていた。
対して斎藤は芸子に遊んでいかないかと声をかけられる始末。
追うのが精一杯の状況で見失うかと思いかけた時。
彼女の足が止まった。
「あれは……」