11. 刻んだ決意
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慶応二年 十一月。
冬へと向かう京の町は、木々に誇らしく茂らせていた葉を枯らし、風の中へと乗せていく。
肌を叩く温度も随分と冷え込み、そろそろ巡察を辛いと感じる時期だ。
新選組の屯所である西本願寺もまた同じ。
冬空へと変わりゆく空の下、寒さに耐えながら鍛錬を積む隊士たち。
そんな彼らを見つめながら、境内の入口にある段差に腰かけていたのは、理由がありここへ滞在することになった茜凪と烏丸だった。
「なんつーか、新選組って常に大捕り物してるわけじゃないんだな」
「逆に考えて下さい。常に大きな捕り物をする程だったら、京の町は既に崩壊しています」
「ごもっともだな。こいつらがいるから、平和が保たれてるってとこか…」
あぐらをかいて、膝に乗せた腕で頬杖をつきながら隊士たちを見つめる烏丸。
折り目正しく、わざわざ正座をして光景を眺める茜凪。
今日、この場で稽古をしているのは三番組の隊士たちだ。
時間もそろそろ半刻を過ぎる。
休憩を入れるだろうと思った時、先に動いたのは別の人物だった。
「相変わらず暇そうだね」
「あ」
「沖田さん」
巡察に出ていた沖田が、斎藤が稽古を切り上げる前に戻ってきた。
そんな時刻か、なんて二人とも思いながら沖田の顔を見つめる。
「おかえりなさい」
「おかえり。今戻ったとこか?」
「ただいま。見てわかるでしょ」
まだ少しだけツンケンしているように見えるのは、気のせいではないだろう。
まぁ――千鶴以外との絡みを見ると――彼のこの反応は通常運転のようにも思える。
「二人はまた見取り稽古?」
「あぁ。やることないからな」
どことなく、沖田と楽しそうに話す烏丸。
茜凪は横でそれを見つめながら、――理由を知っているので――微笑ましくなってしまった。
沖田としてはさして気にもせず、羽織りを脱ぎぽつりと呟いた。
「見取り稽古じゃなくて体を動かせばいいじゃない」
「いや、そうなんんだけど、相手もいないしな……」
それとなしに烏丸が吐き捨てた言葉。
相手なら茜凪がいるのではないか?と疑問に思ったのは沖田の本音だ。
烏丸がガシガシと片手で頭を掻きながら笑うのはなにか理由がありそうだが、『だったら』と、沖田が口角をあげる。
「なら、僕が相手になるよ」
「えっ!?」
「……」
羽織りを片肩にかけながら、いたずらな笑みを浮かべた沖田。
対していろんな意味で硬直してしまったのは、烏丸だった。
烏丸の固まった表情を見て、茜凪はくすりと微笑んで告げる。
「お相手していただいたら?」
「ちょっ、茜凪まで何言ってるんだよ!」
「申し分ない相手だと思いますけれど」
からかうように、でも優しく笑うように烏丸に諭す。
沖田は少しだけそこで違和感を感じる。
同時に、“この子はこんな笑い方が出来るのか”なんて思っていた。
「やるの?やらないの?」
「~~……っ」
「烏丸」
「わ、わーったよ!やる!やるよ!」
照れくさそうにしながら烏丸が立ち上がる。
沖田はニィっと笑って、手に握っていた羽織りを茜凪に放り投げた。
「茜凪ちゃん。それ汚すと土方さんがうるさいから、しばらく預かってて」
「はい」
「やべどーしよ、緊張してきた……」
烏丸が緊張するのも無理はないけれど。
茜凪はそれよりも静かな視線で沖田を見つめていた。
沖田の楽しそうな表情を見て“本当に剣術が好きなんだろうな”ということ。
何より、初めて名前をきちんと呼ばれたことへの驚きだった。
「(―――彼らに下の名前で呼ばれる程、深く関わるつもりなかったのに)」
反面、ここに少しだけ馴染んでいることがどうしようもなく嬉しかった。
喜びを感じると同じくらいの痛みも感じる。
ここにいない、“新選組”に憧れていた人物を思い出してしまうからだ。
彼がいたら。
彼が、もし生きていたら。
「……―――」
きっとここにいて、他が為に剣を振るった選択肢も、未来もあったのだろう。
第十一幕
刻んだ決意
沖田と烏丸が剣の打ち合いを始めた頃のこと。
斎藤が部下を引かせて稽古を終わらせ、片付けに取り掛かり始めていた。
境内で未だに見取り稽古を続けていた茜凪は、斎藤がやって来たことでようやくそれに気付き、顔をあげる。
「あ……」
小さく漏れた声に、斎藤はとくに気にする様子もなく茜凪を見つめてから、沖田と烏丸の剣を見据えた。
「お疲れ様です。稽古は終了ですか?」
「あぁ。ところであれはどういう趣向だ」
斎藤が視線で二人を指して尋ねる。
茜凪もつられて、鍔迫り合いになっている沖田と烏丸を見つめる。
「暇だって烏丸が漏らしたら、沖田さんが相手をしてくださることになったんです」
「総司が……?」
「はい」
斎藤は、烏丸の実力をよく知らない。
故に容赦のない沖田が、ボッコボコにして打ちのめしてしまうのではないかという心配が頭を過った。
新選組の隊士でもない烏丸。
ましては自分達の護衛と称して、隠密にだが動いてくれている彼ら。
そんな彼を誤ってボコボコにして、いざというときの使い物にならないようにしてしまっては……。
「…………」
「心配ですか?」
斎藤の難しい顔を見て、茜凪が立ったままの彼を見上げた。
つられて見下ろせば、彼女はどこか楽しそうに笑っていた。
「大丈夫です。さすがに沖田さんまでの実力ではないはずですが、滅多打ちにされて死にかけたりするほど、烏丸は弱くありません」
「……」
斎藤は茜凪の発言に、先日の狛神と沖田の戦いを思い出す。
その時も彼女はこう口にした。
“狛神が勝てるはずない”
それは、沖田の剣技や実力をよく知っているからこその言葉のように思えた。
そして、今も―――。
「あんたは総司の実力を知っているのか」
木刀と木刀がぶつかる音が境内に響く。劣勢といえるのはやはり烏丸だった。
押されて距離を取る為に退いた彼を見つめたまま、茜凪は答える。
「全てを理解しているわけではありません。ですが“新選組の沖田 総司が強い”と、それだけを口走る方よりは……―――」
「……」
「知っていると思います」
見据えた翡翠色の瞳は、真剣に見取り稽古をしている。
ぽつぽつと湧いてくるのは、多くの疑問。
何故、あんたが総司のことを知っている?
あんたがどうしてそんなに真剣そうに稽古を見つめる?
あんたは女なのに、何故……―――。
「―――……そうか」
出てくる多くの疑問を呑みこんで、斎藤は茜凪の横に腰を下ろした。
思わず彼女が斎藤の方へ視線を向ければ、シャララと音を鳴らしながらとんぼ玉の簪が揺れた。
「斎藤さん、戻られないのですか?」
―――……恐らく、この女は疑問をぶつけても答えることはしないだろう。
もし立場が逆転し、己が問われた側だとしても、斎藤が彼女に真実を答えることがないだろうから。
つまり成り行きで協力関係にあるものの、心からの信頼関係は未だ築けていないのだ。
「あぁ。せっかくの機会だ。烏丸の太刀筋が見たい」
本当ならば、汗をかいたので水浴びをして着替えるべきだろう。
斎藤はそれを重々承知していた。
が、新選組を守ると決めた烏丸が、組内でも随一の剣を誇る沖田と稽古をしている最中だ。
「……そのままでいられたら風邪を召されませんか?」
せっかくの機会だし、稽古を見届けてからでもいいと思った。
だが、隣にいた女はそれを首を傾げて尋ねてくる。
「気温も下がってきてますし……」
確かに見上げた空からは、すぐにでも雪が降ってきそうだ。
今はよくても、すぐに体が冷えてくる。
茜凪は斎藤が答えを返す前に『あ、そうだ』と口にしながら懐をあさり始めた。
「これを使ってください」
「……、」
「剣客にとって鍛錬は逃せないものだというのは分かります。ですが、風邪を召されても烏丸も沖田さんも寝覚めが悪いでしょうから、せめて汗だけは拭いてください」