10. 式神
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慶応二年 十一月。
私、雪村 千鶴が新選組でお世話になり始め結構な年月が経ちました。
そして先日から、込み入った事情で新選組と行動を一時共にすることになった方達がいます。
「千鶴、このダシ旨いな!江戸風でよ!」
「本当ですか?お口に合ったのなら幸いです」
黒い着物を身に纏っている青年、烏丸 凛(からすま・りん)さん。
纏われた色とは裏腹に、彼はとても明るくて優しい人だということがここ数日でよく分かりました。
洗濯物を取り込むのを手伝ってくれたり、隊士さんの稽古を“見取り稽古”と言って道場に来たり。
何よりその穏やかで明るい空気は、新選組の隊士の中に違和感なく溶け込んでいて、今では平助くんや永倉さんと、とても仲良く過ごされています。
そしてもう一名……。
「茜凪さんはいかがですか?」
「とても美味しいです」
「ふふっ、よかったです」
烏丸さんとは対照的に、白い着物に身を包まれた――一見――物静かな女の子。
彼女は楸 茜凪さん。
着物と言っても少し様変わりで、町娘が纏うにしては動きやすそうな戦闘に長けた戦装束であり、長髪のとても長くて綺麗な髪をとんぼ玉の簪で結われているのが印象的です。
なにより誰が見ても、どんな服を着ていても、“美人”だと認められる容姿。
屯所内の境内で、北見 藍人から向けられた式神を間近で滅却してくださった際の息を呑むくらいの強さと美しさは、今でも覚えてる。
同じ屯所で数日過ごしてみたけれど、彼女についても分かったことがあります。
茜凪さんは冷静でどんなことに対しても受け流しが上手に見えるけど、意外と……―――
「おい、茜凪。その箸どけろって。この油揚げは俺のだ」
「なぜです?先に箸をつけたのは私です。ここは烏丸が退くべきだと思います」
「ふっざけんな!茜凪この前、俺の団子食べただろ!団子の恨みを俺が忘れたと思ってるのか…!?」
「それは貴方が私の桜餅を食べたからです」
「あれはお前が俺のあんみつ食ったからだろーがッ!」
夕食の鍋にうどんを入れて、その中に油揚げを大きく切って盛りつけておいたのですが同じ油揚げにたまたま箸をつけてしまった茜凪さんと烏丸さんは口論をしつつ、互いに火花をバチバチと散らしています。
そう、茜凪さんは意外と冷静に見えて、熱い女の子なのかもしれません。
「お前の食い意地の強さだけは、本っっっ当に許せないぜ」
「貴方に言われたくないです、烏丸」
幹部の皆さんがギャアギャア騒ぐ夕食の席。
事情が事情なので、しばらく共に過ごすことになったこの二人が新選組に馴染むまで時間はかかりませんでした。
なにせ、本来の素の彼と彼女がこんな感じだからなのかも。
油揚げを引っ張りながら、睨みあう茜凪さんと烏丸さんを見て、平助くんと永倉さんが笑っている。
沖田さんと斎藤さんは気に止めることなく箸を進めていたけれど、どことなく笑っているようだった。
原田さんが溜息をつきながら二人の仲裁に入っているけれど、びよびよに伸びた油揚げを譲ることをしない二人。
「あの……茜凪さん、烏丸さん。そんなに油揚げが好きなら、追加で持ってきますけど」
どうにかこの場を治めたくて、発した私の言葉を聞いて、二人は同時に呟くのだった。
「いただきます」
「ありがたくもうらうぜ!」
第十幕
式神
―――数日前。
それは、楸 茜凪と烏丸 凛が屯所に留まることが決まった日のこと。
「そうか。手間をかけてすまないな、烏丸くん。楸くん」
「いーっていーって。元はと言えば、水無月と狛神のせいだけどさ!」
近藤に屯所に在留することを許された二人は、それぞれの部屋を与えられ、自由な出入りを許されていた。
だが、もちろん新選組内にも知られたくない事情はある。
彼女たちは機密に関わることに関しては部外者として扱われるのは必然のことだった。
故に夜になったので動き始めた山南がどうして昼間は姿を隠しているのか。
そしてそのことを他言無用とされる理由も説明は伏せられたのだった。
事情を抱えた山南を加え、夜も更けた広間では平隊士や他の者に警戒しつつ話し合いが設けられる。
「ですが、少しだけでも話していただけませんか? 貴方たちの事、そしてあの“斬れない辻斬り”のことについて」
幹部達と監察方、土方、そして近藤、千鶴を含めた面子。
そこに言わば新参者と言われてもおかしくない茜凪と烏丸。
切り出された山南からの願いに、烏丸は茜凪の表情を窺ったが、彼女は烏丸の黒い瞳を見返して口を開いた。
「話せることであれば、極力お話いたします」
「と言っても、それもほんの極僅かだけどな」
「構いません。こちらとしても状況を整理しなければなりませんから」
にこやかに話しを進める山南。
即座に茜凪と烏丸が“彼は人ではない”と見抜いていたのは、また別の話だ。
「どっから話せばいいんだろうな……」
「―――式神についてからの方がいいんじゃないでしょうか」
茜凪が切り出した言葉は、狛神や水無月が幾度となく口にした言葉だった。
“式神”。
「まず、辻斬りの件からお話をします。結論から申し上げますとあれは人ではなく“式神”の仕業です」
「その式神ってのは、一体なんなんだよ。この前から何度も耳にしてるが……」
「その昔、陰陽師が使ってたとも言われてるよね。鬼人なんだっけ?」
沖田がクスクス笑いながら楽しそうに呟けば、満更でもない顔で烏丸が笑う。
「ま、中らずと雖も遠からずってとこだな」
「遥か昔、平安時代には安部清明が操ったとも言われています」
「じゃ、じゃあ、あれは本当に人じゃ……」
「はい。あれは人ではなく、力による思念が込められた“紙”です」
真顔で語られる話。
決して茜凪や烏丸が嘘をついているようには見えなかった。
「更に深く新選組に関わることでお話をするのならば、あの辻斬り事件は恐らく……―――北見 藍人によるものです」
「!」
「北見が……!?」
不気味な笑みを浮かべて、音もなく近付いてくる彼。
気配もなく、千鶴の背後に立つ感覚は、今でも忘れられないものとなった。
「北見が式神を操ってるってことか……!?」
「どうやって……。アイツはただの人間じゃないのか?」
「まぁまぁ、そこから先は話せない部分だけどよ」
永倉と原田の言葉に、烏丸がヘラヘラしながら答えた。
「彼の明確な目的が何であり、新選組に身を置いたのかはわかりません。ですが、こちらとしても彼の悪行を見逃すわけにはいかない」
「あいつが繰り出す式神は、ただの刀じゃ斬れないからな」