01. 寒宵に、新参者
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その戦いは、あまりにも理不尽だった。
その戦いは、人知れずに起きていた。
その戦いは、名前などなかった。
誰も知らぬまま、彼は死んでいった。
「どうして……」
そんな言葉が通用する時代でなかったことも理解しているつもりだ。
それでも、疑問の言葉を吐きださずにはいれなかった。
文久四年 二月。
改元される直前のこと。
その男は、雪が降る京の端の端で死んだ。
浮かべた笑顔は、今でも瞳に焼き付いて忘れられない。
彼の声音は、まだ耳の中で木霊する。
託された最期の願いは、あまりにも真っ直ぐなものだった。
「新選組を…―――」
薄桜鬼
~ 無名戦火録 ~
第一幕
寒宵に、新参者
慶応二年 十月。
尊王攘夷の志士達が京に名を連ねている時代。
薩摩や長州、そして幕府。
まさに日の本が真っ向から対立する組織を抱えていた時代である。
とある理由から新選組の屯所にお世話になっている雪村 千鶴は、京を隊士に連れられ巡察に出ていた。
「今日も冷えますね。原田さん」
「大丈夫か? なんなら、手でも繋いでやろうか」
「だ、大丈夫です……!」
巡察をしながら彼女・千鶴は父である雪村 綱道の行方を探し続けていた。
こうして京の町を新選組の隊士や、幹部達と出歩くのは何度目であろうか。
回数を重ねても手掛かり1つ掴めないまま、もどかしい時間が過ぎていた。
慰めるように冗談めいた言葉をくれる原田の横で、千鶴は照れながらも手を温めるために息を吹きかけていた。
雪が降るにはまだ早いけれど、気温が低いことに間違いはない。
「かなり冷え込んできたな。だいだい見周り終わったし、そろそろ戻るか」
原田が屯所への道を部下をつれて引き返していく。
見失わないようにそれを追う千鶴は、ふと近くで話をしていた町人の言葉に足を止めた。
「また辻斬りやって。怖いなぁ」
「今度の被害者は誰だ?」
「なんか、江戸から来た蘭方医とか言ってたなぁ」
最近、この京の都で辻斬りが発生しているということは聞いていた。
その辻斬りの被害者に出てきた単語が、まるで自分の父を指しているように聞こえたのだ。
「あの、すみません!」
「へ?」
「その話、詳しく聞かせていただけませんか?」
話をしていた町人に思わず声をかけてしまった千鶴。
原田は振り返り、彼女がいないことに驚いて来た道を戻ってきてくれる。
「おい、千鶴……」
視線を向ければ、町人に何かを懸命に聞いている彼女。
壬生狼として恐れられた自身が出て行かない方がいいなと瞬時に悟った原田は、そのまま千鶴が戻ってくるまで足を留めた。
「いやぁ、最近この京で辻斬りが発生しているだろう? 今度の被害者は江戸からきた蘭方医らしい」
「江戸から来た……どんな人ですか…?」
「どんな……。中年男性としか耳にしとらんのぉ」
「まさか……」
血の気が引いていく。
まさか。
まさか、父が辻斬りの被害者に?
一気に不安が胸を占めたが、彼女のそれは次の言葉で解消されることとなる。
「あぁ、でも今回の被害者は死なずに済んだようだ。なんでも脇を斬られて、追い詰められた時に助けた者がいたらしくてね」
思わず安堵のため息。
それが例え自分の父であっても、そうでなくても生きていることに変わりはない。
「ありがとうございました」
千鶴は、彼らに頭をさげて足早に原田の元へと戻ってくる。
「お待たせしてすみません、原田さん」
「あぁ。それより千鶴、どうだった?」
原田に結果を促され、千鶴は息を整えてから話し始めた。
「最近、頻発している辻斬りの被害者が父様と似通った点があって……」
「辻斬りの被害者だと?」
「はい。今回の被害者は、かすり傷で済んだらしいです」
「てことは、綱道さんが辻斬りに対抗したってことか?」
父様がそんな剣術や武術、体術を身につけているわけはないと娘である千鶴は思う。
振り返っても思い浮かぶ父の姿は医術に明るい、心根の優しい男である。武術を学んでいる姿は見たことがないので、さっきの町人が言っていた通りなのだろう。
「どうやら通りかかった方が助けてくれたらしいです」
「そうか……」
「でも辻斬り騒動の後、被害を受けた方の行方まではわからないみたいで」
千鶴の父探しは振り出しに戻ったということだ。
だが、近くにそれらしき人物がいることは確認できた。
足取りがまた浮かんで来ればいいと願い、原田に寄り添って千鶴は屯所へと足を進めていく。
話を聞いた原田は、歩きながらどうも考えごとをしているようだった。
「原田さん……?」
「ん?」
「さっきから黙ってらっしゃるので……。なにか気になることがありましたか?」
「あぁ、悪い。辻斬りについてちょっと考えててな」
原田は、どうも納得がいかないという風に前を見据えながら歩き続けた。
「辻斬りが頻発しているって話は、新選組にも入ってきちゃいる。夜の巡察に出てる奴らも対策してるってな。だが、“辻斬りから人を守った”なんて報告は初耳だったからよ……」
「ということは、新選組以外の誰かが父様らしき人を助けたってことですか?」
「そうなるな。それだけ腕の立つ人物が、京をうろついてるってことにもなる」
「!」
「それが長州や薩摩の奴らなら、厄介かもなって思ってよ」
苦笑いを浮かべつつ、原田はその先の懸念を敢えて口にしなかった。
そう。
助っ人に入った人物が薩長の奴らなら、綱道が襲われている際に助ける確率は高いだろう、と。
変若水の研究をしている綱道を生かし、利用する場面は百ともある。
「(父様……)」
千鶴が俯いてしまったのを見て、原田は大きな手で彼女の頭を撫でてやった。
「大丈夫だ、千鶴。どっちにしたって、今回のその被害者は死んでねぇ。巡察を重ねてれば会えるだろうさ」
「……はい」
そうして歩いているうちに、屯所である西本願寺の境内まで戻って来る。
原田は部下である隊士たちに解散の旨を告げ、千鶴の方へ振り返った。
「千鶴。俺はさっきの件を含め土方さんに報告に行くが、お前はどうする?」
一緒に来るか?と聞かれ、千鶴は少しだけ考えた。
土方さんなら、もしかしたら夜に巡察に出ていた隊士から何か新しい報告を貰っているかもしれない。
教えてもらうことが出来るなら、この胸の不安を薙ぎ払うことが出来るかもという希望がみえる。
「私も行きます」
凛とした姿勢で頷いた千鶴は原田に倣い、屯所の中へと足を進めたその時だった。
「左之さん!千鶴!」
長い髪を一つにまとめて結いあげた、小柄な青年が正面から手を振っている。
原田と千鶴も手をあげて挨拶をすると、バタバタと音を立てながらこちらへとやって来た。
藤堂 平助。
新選組の八番組組長であり、最年少幹部の一人だ。
「おかえり、千鶴」
「平助君。ただいま」
「おう、平助。土方さんは今部屋か?」
「多分そうじゃねぇかな。それよりさ、二人共!」
手をバタバタと大きく振り、楽しそうにしている彼に千鶴は小首をかしげた。
どうやら、何かいいことがあったらしい。
「どうしたの?」
「なんだ平助、やけに嬉しそうだな」
「聞いてくれって!新しい入隊志願者が来たんだって!」
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